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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
71/168

-期待の新人-




* * *




 踏み固められた黄色い土を蹴る。真紅の鱗を逆立て、紅葉は握った拳を突き出した。だが、わずかに触れるかどうかの距離で、相手がひらりと身をかわす。


「っ、ぜんぜん、当たんないんな……!」


 灰の壁際へ跳んだ影を追いかけ、大きく踏み込む。刹那、視界に浅葱色が差した。


「紅葉の攻撃は、とても真っ直ぐだ。だから読みやすい」


 耳元へ呟きが落ちるのと同時に、すっと尖った冷気が頸部に触れる。追い詰めたと思ったら、壁を蹴り返した相手がカウンターを仕掛けてきた。


 急所へ突きつけられた鉤爪に、紅葉は渋々両手を挙げる。


「ちぇっ、また降参する羽目になるなんて。(ミオ)の作戦、毎回引っかかるんだよなぁ」

「紅葉は面白いぐらいに食いついてくれるから、おれも駆け引きしなくて済む」

「あっ、今オレのことちょっとバカにしただろ!」

「してないよ。単純だって言っただけ」


 表情一つ変えない朴念仁に、紅葉は口ごもった。修練場の手合わせで三連敗中の相手には、返す軽口を探すのも一苦労だ。


「紅葉、澪。こちらへ戻れ」


 記録帳を片手にした上官が自分たちを呼び寄せている。すると、修練着から覗く浅葱色の鱗を戻した青年――『(ミオ)』が、自分をちらりと一瞥した。


「牙雲少佐、少し機嫌が悪そう」


 その指摘はきっと正しい。牙雲の部下として長くやってきた自分よりも、数日前に別の部隊から異動してきた彼の方が優秀だったとしたら。第五部隊の長として、若干の面子は保ちたいと思うのが人の(さが)だ。


「あのさぁ、澪。次に手合わせする時、ちょっと手加減してくれたりしない?」

「それは無理。今は異動直後だし、手を抜けば後に響く」

「ごもっともで……」

「――紅葉! さっさと走って来ないか!」


 一喝に肩を跳ねさせ、紅葉は苦い顔で上官の元へ向かった。


「先の試合についての評価を伝える。まずは澪からだが――特に大きな指摘はない。むしろ、我々が行っている訓練以上に高度な技を身に着けている面もある。さすがは隊員数の多い《第四部隊》で経験を積んでいるだけあるな」


 その台詞に目を丸くしたのは紅葉の方だった。隊員に対する牙雲の評価は基本的に『大辛』だ。今のように指摘がないというのは異例とも言える。


「今後は第五部隊の隊員にも色々と教えてやってくれ」

「はい、お役に立てるように精進します」

「――すげぇな、澪。あれだけ少佐が褒めるなんて普通はないぜ」


 自分なら小躍りしてしまうような賞賛を受けているのに、彼は癖もなく整えられた薄水色の頭を静かに下げるだけだ。


 朴訥とした彼は、褒められてもぴんときていないのだろうか。相手の反応に首を傾げていると、不機嫌な声音が刺さる。


「次は紅葉、お前の番だ」

「あー、今日の指摘は気持ち優しめでお願いします。ほら、あんまり怒るとせっかく治りかけた傷が開いちゃいますよ?」

「まったく、俺の苦言に対する察しだけはいいな。それを戦闘で発揮してくれれば言うことはないが」

「だって澪のヤツ、惹き付けるの上手いんスよ」

「それはお前の判断力が足りていない証拠だ。少しは彼を見習え」


 口応えをぴしゃりと突き返される。自分も筋は悪くない方だと思うのだが、澪の実力が飛び抜けているのは事実だ。


 赤の入った指導書を手に、紅葉は同僚の元へ向かった。


「お疲れ。隣、座ってもいい?」

「どうぞ」


 額の汗を拭う自分の傍らで、新参者の彼はどこか涼しい顔だ。年齢は自分と同じぐらいだが、彼はすぐに上官から見染められる存在感を放っている。


「そういや、澪って第四部隊から異動してきたんだよな。いきなり部隊が変わって大変だったんじゃないか」

「おれは異動に自分で手を挙げたから、むしろ配属の希望が叶って良かった」

「へえ、うちの部隊は規律が厳しくて不人気って話なのに」


 兵の募集や異動は基本的に上層部が権限を握っている。本人の意思も一定程度は考慮されるが、希望がそのまま通るとは限らない。大規模な配置転換に乗じて得た現在の待遇に、澪自身は満足しているようだった。


「牙雲少佐はおれみたいな新参者にも分け隔てなく接してくれるし、安心できる」

「へへ、そうっしょ? 言うことは細かいし小言も多いけど、ああ見えて優しいんだよね」

「紅葉は牙雲少佐のことを信頼しているんだな」

「そりゃあもう! オレは一生少佐についていくし、背中を預けてもらうのが今の目標だからさ」

「……その目標、叶うといいね」

「少佐にイイとこ見せたいんで、次の手合わせは負けないからな!」


 淡々と返してきた澪が、初めてこくりと頷く。それに合わせて彼の両耳にある藍色の房飾りが揺れていた。


 今までは新米として他の隊員に教えを乞う側だったものの、今は同年代の同僚もできた。


 精鋭となるための挑戦権を得た上で、彼ともうまくやっていこうと考えていたが――それがいかに甘い認識だったのか、当時の自分は知る由もなかった。




* * *




 修練場で澪と手合わせをした翌日。午後の微睡みに落ちかけていたところで、紅葉は呼び出しを受けた。


 会議室には既に十名ほどの隊員が集まっており、その中には澪もいる。彼はぼんやりとした顔で壇上に向かった牙雲を見つめていた。


「よし、全員集まったな。今日、お前たちをここに呼んだ理由は、精鋭選抜試験の詳細について説明するためだ」


 思わず澪へ視線を送る。周囲の隊員も動揺を見せたが、本人がさも当然のような顔をしているあたり、聞き間違いではなかったらしい。


「これから伝える内容は、必要であればメモを取っても構わない。ただし、部隊内で試験詳細の漏洩が認められた場合、その隊員を不合格とする。情報管理は各自で適切に行うように。それでは説明を始める」


 壇上にいた牙雲がおもむろに大きな紙を壁へ張り出した。


「現在、空いている精鋭の枠は二つある。その枠に相応しい者を選出するため、今回は二種類の試験を用意した。一つ目は筆記試験だ。出題範囲はこの紙に記してある」


 異動した先輩から教えてもらった通り、筆記の科目は兵法や戦術理論、敵対種族の生態や時事などの一般知識だ。最後の記述問題は試験当日まで伏せられている。


 筆記試験の攻略方法は後で考えるとして。残る試験はどうだろうか。


「二つ目は実技試験だ。今回は修練場で行う模擬戦闘の結果を評価項目とした。対戦相手は試験直前にくじ引きで決定する。

 また、公正を期すために別部隊の精鋭を審判員として採用した。さらに俺以外の部隊長一名も試験官として配置し、二名体制で採点を行う形式で進める――以上が具体的な内容だ。質問がなければ、各自解散するように」


 牙雲が壇上を降りると、それに続いて隊員たちが一人、また一人と退室していく。すると、残っていた澪が抑揚のない声で呟いた。


「この部隊の試験は基準がわかりやすい。やることもはっきりしていて、納得できる」

「もしかして、澪は前に選抜試験を受けたことがあるのか?」

「第四部隊で一度だけ。当時は候補者の人数が多かったのと、試験形式が特殊で落ちてしまった」


 聞けば、澪は自分とあまり変わらない時期にドラーグドへ入隊し、他の部隊で既に頭角を現していたらしい。てっきり、自分のようにギリギリで試験参加の資格を手に入れたと思っていたのだが。


「それだけがんばったんだし、元の場所に残ろうとは思わなかったのか?」

「面談で牙雲少佐からも同じ話をされた。ただ、今後昇格するために必要な経験値を秤にかけた結果、この部隊へ移った方がいいと判断した」

「意外と野心家なんだなぁ、澪は」


 以前、牙雲は「やる気のある部下は好きだ」と言っていた。上官からの評価も良く、実力も充分で向上心のある澪は『期待の新人』として迎えられたのだろう。


「おれは早く昇格して将校になりたい。いや、絶対にならなければ」


 普段はどこか眠たそうにしている群青色の瞳が、ぬらりと輝いていた。


 ただ、精鋭として入れる枠は二つだ。古参の隊員はいるものの、互いがその枠を射止める可能性もゼロではない。


「澪にも目標があるのか。じゃあ、一緒に受かるようにがんばろうぜ!」


 なけなしの余裕を繕って拳を出せば、澪も同じものをこつりと当ててきた。

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