-登竜門-
螺旋階段の踊り場に天蓋から光が差し込む。陽だまり色に照らされたそこで、紅葉は幼馴染の姿を見かけた。
「飛翼じゃん! 時平さんに仕事でも頼まれたのか?」
「うん。資料室から書類を持って来ようと思って」
「なら、せっかくだしそこまで一緒に」
執務室には復帰しているが、重傷を負った上官たちはまだ本調子ではない。そういう自分もやっと稽古ができるまで回復したばかりだ。
少し前に病床から自室へ戻った際、飛翼に泣きつかれたのは記憶に新しい。彼は自分が第六部隊を助けてほしいと頼んだせいで、紅葉自身を死地に追いやってしまったのではないかと、長く気に病んでいたようだった。
例の襲撃事件は、身近な者たちの間に大きな爪痕を残している。同時にドラーグド全体も大きく動こうとしていた。
「そういや最近、第五部隊で頻繁に配置転換やってるんだよな。飛翼のとこはどう?」
「ぼくの部隊でも、先輩たちが時平少佐と配置の相談をしてたかなぁ。近いうちに第七部隊と第八部隊が編成されるから、既存部隊の精鋭や隊員が引き抜かれてるんだって」
現在、ドラーグド本部には六つの戦闘部隊が常設されている。
内訳で言えば《大佐》が率いる《第一部隊》と《第二部隊》、《中佐》が率いる《第三部隊》と《第四部隊》、そして、《少佐》が率いる《第五部隊》と《第六部隊》だ。
しかし、今は少佐の部隊が双方とも遠征できない。そのため、臨時で彼らの代わりを務める部隊の増設が行われるようだった。
「えー、もしオレも異動になったらどうしよう。離れちゃったら少佐のことが心配で、夜しか眠れないわ」
「ねえ、紅葉。最近、昼寝してサボってることあるでしょ」
「え、なんでわかったんだ?」
「だって普通は夜しか寝ないってば……あっ、ちょっと! 頭ぐしゃぐしゃにしないでよっ」
「そーいう冷たい目で見るからだぞ」
つれない態度を見せた相手の髪を乱しながら、紅葉は石畳の階段を上っていった。
* * *
飛翼と別れて執務室へ戻ると、数人の精鋭と隊員たちが部屋の隅に佇んでいた。聞き耳を立てれば、陰から牙雲の声が漏れ聞こえてくる。
「――そういった経緯で、お前たちを別の部隊へ置くことになった。ただ、ここを離れても苦労しないよう、俺も最大限の支援をする。新たな部隊での活躍を期待しているぞ」
敬礼した彼らの肩に触れ、牙雲は自分の机に戻ろうとした。しかし、傍にいた自分を見るや、その場で呼びつける。
「紅葉、こちらへ来い」
「どうしたんスか。頼み忘れたことでも?」
「お前に個別で伝えたいことがあってな」
「まさか、オレも異動させるとか言いませんよね?」
紅葉は思わず上官の肩を掴んだ。すると、相手がおもむろに眉間へ皺を寄せる。
「先の話を盗み聞きしていたのか」
「だって少佐もみんなも、ずっとコソコソ話ばっかりしてるから。最近やたらと配置転換もありますし、気になってしょうがないですよ」
「手筈が整ってから事情を話すつもりだったが……まあ、いい。それも含めて説明してやる」
人を締め出した格納庫の奥に向かうと、牙雲がやっと口を開いた。
「近々、臨時の部隊増設が行われると通達があり、その影響で精鋭を含む隊員が数人ほど引き抜かれた。そのため、第五部隊でも既存の編成を変えつつ、彼らが抜けた穴を埋める必要がある。特に精鋭の枠は早期に埋めなければならない」
「ってことは――もしかして、オレを精鋭にしてくれるんスか?」
期待されてはいたものの、こうも早く昇格の機会が巡ってくるとは思わなかった。ただ、逸る気持ちにすぐ水が差される。
「生憎だが、なれるかどうかはお前次第だぞ。精鋭として正式に認められるには『選抜試験』に合格しなければならない」
「げ、なんスかその『選抜試験』って」
「隊員を率いる者としての資質を問う、多角的な内容の試験だ。具体的な中身は部隊の方針によって異なるが、第五部隊では筆記試験も課している」
「じゃあ、今はスタートラインに足を置いただけってことか。にしても……筆記試験って聞いただけでテンション下がるなぁ」
「文句ばかり言うな。本来なら、新米に毛が生えた程度のお前が軽々しく受けられるものではないぞ」
牙雲いわく、従来の選抜試験を受けるには、今の倍以上の功績を積まなければならないらしい。しかし、大規模な体制変更もあって、現在は一時的に参加条件が緩和されているようだ。
上官は不服げだが、自分にとっては渡りに舟だった。精鋭になれば難易度の高い任務を命じられる。高位の上官と接触する機会も増えるため、過去の出来事について情報を得やすくなるという打算もあった。
「ま、チャンスがあるなら受かるようにがんばります」
「先に言っておくが、試験の採点は基準に則り、厳正に行う。絶対に贔屓しないからな」
「ハイハイ、わかってますって」
「話は以上だ。席に戻れ」
具体的な試験内容は、第五部隊に所属する全候補者が確定してから伝達すると言われている。異動が落ち着くまではまだかかるだろう。
「そういえば、少佐は『筆記試験も』って言ってたから、他で実技試験があるのかな」
残念ながら座学の方はからきしだ。実技試験で点数を稼ぐためにも、牙雲の課す試験の情報を集めておいた方が良いだろう。上官の目を盗み、紅葉は異動する精鋭の一人へ声をかけた。
「センパイ、ちょっと時間あります? 精鋭選抜試験の課題について知りたいんスけど」
「悪いが、そういうのはあまり詳しく言ってはならない決まりだ」
「そこをなんとか! 試験の答えじゃなくて、雰囲気とかだけでもいいんで」
そう頼み込むと、精鋭の彼が溜息交じりに答えた。
「たしか自分の時には筆記試験と実技試験があったはずだ。筆記は一般的な知識と、最後に小論文のような記述問題が用意されていた覚えがある」
「うわ、訓練所の卒業試験並みに重いっスね。ちなみに実技の方はどんな感じでした?」
その問いを受けた相手はしばらく口ごもっていた。
「……実を言うと、当時は明確に実技試験が課されるという話はなかったんだ。ただ、筆記の結果が悪かった隊員が試験に通ったり、その逆もある。だから、日々の行動を観察されていて、それが実技試験だったという推測が立っていてな」
「それじゃ対策のしようがないっスね。困ったなぁ」
「少なくとも牙雲少佐をむやみに怒らせなければ大丈夫だろう」
「それ、めちゃくちゃハードル高いっスよ。少佐ってば、何もなくたって怒ってるじゃないですか」
試験の間はおちおち寝坊することもできない。細かい性格の上官から日々の一挙手一投足を見られるのは、なかなか辛いものがある。集合時間に秒針一つでも遅れようものなら、即刻落とされそうだ。
すると、唇を尖らせていた自分に、精鋭の彼が耳打ちしてくれる。
「ちなみに、試験の採点は各部隊の隊長で行うが、最終的な合否判定は戦闘部隊の会議で決まるらしい。中でも、後進の育成を担う《第一部隊》の『聖大佐』が大きな決定権を持っているだろう」
「へえ、少佐の一存で決まるってわけでもないんスね。じゃあ、その人と仲良くしておかないと」
「そう言っても滅多にお目にかかれる方じゃない。小手先の話よりも、襟を正して普段の生活を送るのが一番だ」
「うっ、正論過ぎてなんも言えないっス」
「そう落ち込むなって。お前に実力がなければ、きっと少佐は試験自体を受けさせなかったはずだ。厳しいのは期待の裏返しだと思って、これからもがんばれよ」
紅葉の肩を軽く叩くと、彼は身辺整理の続きに戻る。有益な話は得られたが、試験攻略はかなりの難易度になりそうだ。
「ま、ここまで来たら、いっそやりきるしかないってね」




