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蒼い背中  作者: kagedo
EP.4 無差別襲撃事件 調査任務編
56/162

-かまいたち-




* * *




 緩やかな下りの山道が続く地域を抜けると、灰が舞う焦土が広がっていた。第六部隊が消息を絶ったという緩衝地帯に入れば、軍靴の足元でくすんだ土埃が上がる。


 戦火に覆われた中央区画も焼けた荒野ばかりだった。しかし、ここは大地の息遣いが少しも感じられない。あるものと言えば、露出した岩肌と、かつてこの地域を住処にしていた人族の廃屋ぐらいだ。


 傍らの枯れた樹木もやがて命尽き、その細い幹は崩れるようにして朽ちるのだろう。戦場の喧噪とは異なる静かな死の世界。


 紅葉の横を吹き抜けた風は、誰の訪れを知らせるでもなく、びょうびょうと壊れた民家の窓枠を叩いていた。


「全軍、止まれ。目的地の付近に到着だ」


 牙雲の号令で蒼い群れがその場に留まる。隣では亜久斗が地図を片手に辺りを見渡していた。


「例の襲撃の件もあります。緩衝地帯の中ですが、我々も奇襲に備えておきましょう」

「承知しました」


 上官の指示に従い、第五部隊は移動中の隊列を組み換える。紅葉は最前列に加わると、静まり返った地平線を眺めていた。


 空虚な無彩色が続く展望の奥へ、微かな色が現れた。目を凝らせば、離れた廃屋の陰から何かが近付いてくる。


 仄暗くくすんだ空を横切ったのは――純白の翼だ。褪めた蒼を纏う細い体躯と、淡い桃色の髪には強い既視感を覚える。


「……飛翼っ!?」


 幼馴染の姿に紅葉は思わず声を上げた。だが、彼は覚束ない軌道で宙を掻いている。羽ばたきには力強さがない。ふらふらとした不規則な動きから、飛んでいるのではなく、どうにか墜落を免れようとしているらしい。


 異変に気づいた紅葉は、制止を待たずに隊列から飛び出した。灰を被った地面を踏みしだく。古びたあばら家の近くで、翼を投げ出した飛翼が伏していた。


「おい、飛翼っ! しっかりしろ!」


 小さな身体を助け起こした時、生温かい物が掌を伝う。翼の付け根から染み出したのは錆びた鉄の色だ。それを見た途端、忘れていたかのようにぶわ、と血生臭い匂いが周囲に広がった。


 無機質な大地と滲む真紅の対比が凄惨な命のやり取りの様を物語っている。友人の傷を止血していると、後ろから蒼い群れを連れてきた牙雲が青い瞳を見張る。


「何が起きた? 時平や他の第六部隊の隊員はどこにいる」

「見つけたのは飛翼だけっス。しかも、こんなに傷だらけで」


 翼だけでなく、複数の裂傷が細い手足に刻まれていた。褪めた蒼の服もところどころが赤く染まっている。


「刃で切り裂かれたような傷ですね。致命傷には至っていませんが、すぐに処置した方がいいでしょう」


 傍らで様子を確かめると、亜久斗が手持ちの鞄から薬や器具を取り出し、手際よく治療を施していく。本人いわく、趣味で薬品を扱うこともあり、簡易的な医療行為も聞きかじっているらしかった。


 応急処置を待つ間、紅葉は傷ついた友が来た方角を見つめていた。何度確認しても、猛々しい時平たちの姿はどこにもない。


「あり得ない。そんな馬鹿な話があるものか」


 独り言には思えない言葉が牙雲の口から零れ落ちた。強く握り締められた白い拳が震えている。


 すると、不意に後ろで隊員たちがざわめき出した。振り返れば飛翼がゆっくりと身体を起こしている。


「飛翼っ! 大丈夫か!」


 意識を取り戻した友人の元へ駆け寄ると、彼は忙しない呼吸のまま自分の身体に縋りついた。


「……く、れは……、」


 血の気が失せた唇から、消え入りそうな音が漏れる。その背に手を回すと、強張っていた糸が切れたように飛翼が嗚咽交じりの声を上げた。


「紅葉っ……お願い、……第六部隊を、時平少佐を、助けて!」


 見開かれた翡翠はひどく潤んでいた。だが、そこから零れ落ちるはずの物はもう枯れ果てている。抱いた肩は小刻みに震え、長く恐怖に晒されていたのが容易に見て取れた。


「一体何があったんだ」

「この区画を行軍中、何かに襲われて、時平少佐たちが応戦したんだ……けど、少佐も、他の皆さんも、ぼくを逃がすのが、精一杯で……ッ」


 何度もしゃくりあげながら告げられた経緯に、亜久斗がそっと瞳を閉じる。彼の予想は望まない形で当たった。


 時平たちは事件のことを知らないまま、南部の緩衝地帯へ足を踏み入れたのかもしれない。そして、運悪く襲撃犯と鉢合わせたのだろう。


「襲ってきたのはどんなヤツだった?」

「……ごめん、相手の姿は見てない。奇襲されたっていうのもあるんだけど、ぼくたちもパニックになってたんだ。ただ、隊列に向かって鎌鼬みたいな風がいきなり吹きつけて――目を開けたら、前列にいた人が、その……真っ二つに」


 思い出した光景に飛翼の肩がびく、と跳ねる。これ以上は口にできないと、彼は顔を伏せた。


 吐き出された当時の出来事に紅葉はかける言葉を失った。判断を仰ごうと振り返れば、牙雲が唇を噛んでいる。すると、それまで話に耳を傾けていた亜久斗が、淑やかに、しかし、有無を言わせない口調で告げた。


「まずは第六部隊の安否を確認しに向かいましょう。そこで負傷者の確認と、現場の被害調査を行います。襲撃犯が付近にいる可能性が高いため、小隊に分かれての行動を。今は負傷者の救護を含め、我々の全滅を防ぐのが《最適解》です」

「……承知しました」


 牙雲は黙ってその命令に従った。内心では時平たちを襲った仇を討つべきか、第五部隊をここに留めるべきか、部隊長としての決断を迷っていたのだろう。


 だが、上官に命じられたという建前があれば、隊員たちを危険に晒したことに対する罪悪感は薄れる。亜久斗も彼の立場や心中を推し量り、自ら憎まれ役を買った。同時にそうしなければならないほどの危険が差し迫っている。


 ぐったりとした友人の身体を紅葉が寝かせていた時。精鋭たちへ編成の指示を出している牙雲と視線が合った。


「紅葉、お前は――」

「オレは少佐と一緒に行きます。飛翼のケガは気になりますけど、時平さんのことだって同じぐらい心配っス」


 上官はいつも以上に口元をへの字に曲げていた。おそらく、飛翼を拠点へ搬送する分隊に自分を入れようと考えていたのだろう。


 だが、友人から大切な仲間を助けてほしいと頼まれた手前、それを投げ出すことはできなかった。


「ここから先は何が起きてもおかしくない。それでも来るつもりか」

「逆に少佐がオレの立場だったらどうします?」


 その減らず口が覚悟の現れだと理解したのか。牙雲は深い溜息を零し、自分に背を向けた。


「だったらお前は俺の後ろにつけ。今回ばかりは勝手をさせないぞ」

「ハイハイ、イイコにしてるんで安心してください。しょーさの邪魔はしませんよ」


 取り繕った軽口は見透かされていたのかもしれない。褪めた蒼い軍服が視界ではためいている。灰の世界を進むその背中に続き、紅葉は第六部隊の行方を探しに向かった。

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