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蒼い背中  作者: kagedo
EP.4 無差別襲撃事件 調査任務編
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-黒環の耳飾り-

 急報を知らせる警鐘と、伝令班の矢継ぎ早な会話が吹き抜けの空間に反響する。巨大な柱を中心に伸びた連絡通路の先では、蒼い軍服の靴音が忙しなく行き交っていた。


 扇状に広がる石畳の床の上で、それらが騒々しい不協和音を奏でている。


「《戦況管理部隊》の階って、いつもにぎやかなんだよなぁ」


 長い行列が壁沿いに続いている。配給品の荷台を押して走る輸送班を横目に、紅葉は列の間でぼそりと呟いた。


 今、自分がいるのはドラーグドの頭脳とも言える中枢組織――《戦況管理部隊》の受付前だ。


 本部の中層に位置するここには、各拠点から吸い上げられた無数の情報や物資が集まってくる。それを戦闘部隊より少ない人数でさばいているというのだから、常に忙しいのは頷けた。


「次の方ー、お待たせしました」


 混雑の中でもよく通る声が硝子張りの小窓から流れる。いつの間にか自分が先頭にいたらしい。


「どうも。戦果報告書を持ってきました」


 預かっていた紙束を差し出すと、受付の隊員が疲れた表情を少しばかり綻ばせた。


「ありがとうございます! 第五部隊の皆さんからはいつも期限内にまともな書類を提出いただけて助かってます」

「いやぁ、ウチの少佐がそういうの厳しいんで」

「先日もらった別の書類も差し戻しせずに済んで、戦況分析に当たっている《調査班》の隊員たちも喜んでました。ぜひお礼をお伝えください」


 牙雲の遣いで何度かここを訪れているが、事務処理の手を抜かない彼の評判は上々だ。細かい作業を鬱陶しく感じる時もあるが、喜ばれているなら小言の嵐を受け続けた苦労も報われる。


 抱えていた書類から解放され、紅葉が足取り軽く執務室へ戻ろうとした時。からん、と何かの落ちる音が聞こえた。


「うわ、ツイてないな。どこいったんだろ」


 咄嗟に左耳に触れると、つけていたはずの黒環が無くなっている。慌てて屈んだが、廊下を往来する人混みの中で小さな耳飾りを探すのは至難の業だ。


「――こんなところでどうしたの? 体調でも悪いのかな」


 ふと自分の肩を誰かに叩かれる。視線を上げると、糸目の隊員が首を傾げてこちらを覗き込んでいた。


「ここで大事なピアスを落としちゃって」

「そうだったんだね……おーい、そこのみんな! ちょっとだけ足を止めてくれる?」


 紅葉の話を聞くや、彼はすぐにその場の隊員たちの行き来を止めた。思わぬ助けがあったものだ。靴音が消えた間に急いで床を確認すると、鈍く光る探し物が転がっていた。


「見つかったんでもう大丈夫っス!」

「それなら良かった。他の人も協力してくれてありがとう」


 その一声であっという間に元の人通りが戻ってきた。屈めていた身体を起こすと、紅葉は改めて相手の姿を確認する。


「わっ、偉い方だったんスね。さっきは手伝ってもらってありがとうございました」


 声をかけてくれた彼は、ふわふわとした金の癖毛と、常に機嫌が良さそうな顔を作る糸目を持っていた。そして、自分がこれまでに見たことのない文様が刻まれた腕章をしている。


「いえいえ。それにしてもキミは体格が良くて強そうだなぁ。戦闘部隊にいるの?」

「はい! オレ、第五部隊の紅葉って言います」

「ヨロシクね、紅葉クン。ボクは『スマイリー』っていうんだ。今は《大将》を務めさせてもらっているよ」

「ん? ってことは……もしかして、戦況管理部隊のトップってことですか!?」

「あはは、そんなにかしこまらないでいいのに。取って食べたりしないよ?」


 どうりで人の足ぐらい簡単に止められる訳だ。気の抜けた声で告げられた事実に、紅葉はその場で固まった。一方のスマイリーは先から浮かべた親しげな笑みのままだ。


「ご迷惑かけちゃってホントすみません」

「大切なものはもう無くさないようにね」

「はい!」


 掌に載せていた黒環をつまんで、左耳にしっかりとつける。自分の“お守り”が戻ってきたのは幸いだった。


「じゃあ、オレはこれで」

「ちょっと待って」


 引き留めようとしたスマイリーの手が肩へ触れる。


 視線が交錯した瞬間。突如、鋭利な刃がずるりと自分の内側へ差し込まれたような感覚が走った。蛇睨みにでも遭ったかのように、一瞬だけ呼吸ができなくなる。


「……ねえ、そのピアスはどこで手に入れたの? 大事そうにしてるからつい気になって」


 次の拍子には何事もなく周囲の時が流れていた。相手の掴めない笑みが変わらず向けられている。問いに対する気の利いた答えが思いつかず、紅葉は知っている事実をそのまま伝えた。


「あー、実はこれ、オレがちっちゃい頃に人からもらった物なんです。昔、住んでた集落が敵襲に遭ったせいで、逃げる途中で家族とはぐれちゃったことがあって。けど、この耳飾りをした人がオレを拾って親元まで送り届けてくれたんです。

 その時にコレをもらったんスけど、肝心な相手のことはほとんど覚えてないんスよね」


 頭の片隅に置き去りにされていた朧げな記憶。思い出せるのは、幼い自分を導く蒼い背中と、この耳飾りを渡された時にかけられた言葉だけ。



『――君たちが大きくなる前に、きっとこの戦争は終わる。怖い思いをするのは今だけだから』



 仇が蔓延る戦場で泣き出しかけた自分を宥めようと、その人はお守り代わりに自らの耳飾りを握らせた。


 だが、幼かった紅葉を両親に送り届けた相手は、名前も告げずに立ち去った。自分が長く握り締めていたそれに親が気付いた時には、もうその姿は無かったという。


 そんな些細な思い出にスマイリーは小さく頷いた。


「そっか、過去にドラーグドの誰かがキミを助けて、そんなキミが大きくなってココに来てくれたんだね。ボクたちとしても嬉しいよ。良い話を聞かせてもらったことだし、もし困ったことがあったらぜひボクに声をかけて。できることがあれば協力するから」

「じゃあ、スマイリーさんのご迷惑にならない程度でよろしくお願いします」


 敬礼もそこそこに、紅葉は彼の前から踵を返した。


 会ったことのない高位の人物と話したせいだろうか。緊張を緩めるようなゆったりとした口調を聞いていたはずが、逆に心拍数が上がっている。


 理由がわからないまま、紅葉はその場から逃げ出すように階段を駆け降りていた。


「キミとはどうか長い縁が続くことを祈るよ、紅葉クン」


 離れた螺旋階段の上から、不意にそんな囁きが落ちてきた気がした。




* * *




 夜霧の満ちる監視塔のやぐらは、いつも底冷えのする空気に包まれている。


 当番制で回ってくる本部の監視任務の中でも、特に夜の番は暇と寒さが堪えるので苦手だ。ただ、しんと静まり返った環境は考え事に向いている。


「何か見つけたのか」


 揺らぐ白い霧の尾を払い、紅葉は声の方を振り返る。すると、外套を羽織った牙雲が怪訝な表情を浮かべていた。


「ああ、スミマセン。ちょっと別のこと考えてました」

「なら任務に集中しろ」

「もー、まるで監視役の監視役っスね」

「お前は一人にしたらすぐに手を抜くだろ」

「だってこんな霧じゃどうせ何も見えませんし」


 眠気覚ましに軽口を交わしながら、紅葉は左耳の黒環に触れた。昼にスマイリーから問われた話がどうしても頭から離れずにいる。しかし、数時間かかってもこれといった記憶は出てこない。


 隣で双眼鏡を手にしていた牙雲に、紅葉はふと心の端に引っかかっていた考えを口にした。


「少佐、ちょっと聞いていいですか。ずっと昔にあった戦闘の記録って、本部のどこかに保管されてるんスかね?」

「直近の数年分なら資料室にある。もしそれ以前の物を見たいなら、戦況管理部隊が管理している区画に許可を得て入るしかないな」

「んー、だと探すのは厳しそうか」

「何が目的でそんなことを言い出したんだ」

「ああ、実は――」


 他の隊員が近くにいないこともあり、紅葉は上官へ過去に自身が体験した出来事を伝えた。


「ふむ。過去にお前を救った隊員のことを調べたいから、古い記録を見たがっていたのか」

「集落の場所と大体の時期は分かるんで、当時の記録が残ってれば見つかると思います。ただ、別にその人のことを知ったからと言ってどうこうしたい訳でもありませんし」

「いや。その相手がまだ生きているのだとしたら、探す価値はあるだろう」

「え、なんでっスか?」


 この話はこれで終わりにするつもりだったのに。意外にも私的な内容へ関心を示した牙雲の返事に、紅葉はつい栗色の瞳を瞬かせる。


「過ぎた年月を考えると今の相手はかなりの戦歴を持っているはずだ。退役している可能性もあるが、先人がここにいるなら、お前に礼の一つでもさせないと俺の気が済まない」

「ホント真面目だなぁ。まあ、記憶も曖昧だからこれまで気にしてなかったけど……命の恩人に会えるなら、やっぱり直接お礼言った方がいいっスよね。このピアスもちゃんと返せるし」

「礼節は守るべきだ。そういう話なら俺も協力してやろう。手筈が整ったら声をかける」


 話を終えると、牙雲は首に提げていた双眼鏡を再び構える。揺蕩う霧の中、その横で紅葉も月明かりを頼りに闇の奥を眺めていた。

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