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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
49/167

-真心と下心-




* * *




「あら、紅葉さん。先日は助けていただいてありがとうございました」

「いやいや、こっちこそケーブルを届けてくれてホントに助かったよ」


 本部の中央にある長い螺旋階段の上で、紅葉は一人の女性と立ち話に興じていた。牙雲に頼まれた遣いの途中で会った相手は、《竜のとぐろ》で護衛を務めた輸送班の隊員だ。


「とんでもない。第五部隊の皆さんはお変わりありませんか」

「うん、みんな元気にやってるかな。少佐だけは今回の経費を見て真っ青になってたけど」


 ――つい先日、第五部隊の元にウェスカーから経費の請求書が届いたらしい。


 今回の戦いでは人的被害はほぼ無かった。ただ、第三部隊の銃火器類の消耗については牙雲がツケを払わされた形だ。ただ、想定よりも額が跳ねた理由は、自身が燃やした大量の火薬もそこに含まれていたからだろう。


「それだけ武器を使ったということは、厳しい戦いだったんですね」

「ホント、今回は何度も死にかけたんだから。屋上で中佐に銃を向けられた時だってそうだし……あ、そういえば、あの時に来た整備班が敵だってよく気付いたね? オレ、全然わかんなかったよ」


 課せられた使命のために彼女が洞察力を働かせたと考えていた紅葉は、素直な賞賛を口にした。ただ、相手は少し困ったように首を横に振っている。


「いえ。あの人が敵だったとは私も知りませんでした」

「えっ? じゃあ、なんでケーブルを渡さなかったの?」

「だってあの場で他人にケーブルを渡したら、私がウェスカー中佐と直接話せないじゃないですか!」

「……もしかして、中佐に一目会うために輸送班として志願したってこと?」


 あまり人のことは言えないが――まさか、そんな志願理由が通るとは。唖然とする自分の前で、彼女は堰を切ったように経緯をこぼした。


「私、入隊した時からウェスカー中佐の大ファンだったんです! 召集の時も、目の前で中佐とお話ができる千載一遇のチャンスを高倍率のくじ引きで勝ち取ったんですよ? 運も使い切って、命の危険まで冒したのに。あそこで知らない誰かにケーブルを奪われて、中佐の顔すら拝めずに帰るなんてあり得ません!」

「ううっ、やっぱ世の中は顔なのか……!」

「少なくとも顔と下心はハッキリ見えますし」


 自分は目の前にいる彼女を守ろうとあれだけ頑張ったのに、相手は最初から他の男へ会いに行くつもりだったとは。残酷な真実を耳にして心が砕けそうだ。


 辛辣な台詞に折れかけていた時。どこか悪戯な笑みを浮かべた彼女から、掌に一枚の紙切れを渡される。


「え? コレって、」

「私の部屋番号です。何かあれば来てください」

「マジで!? ホントに遊びに行っていいの?」

「任務では助けてもらいましたから。約束は守ります」

「君って優しいんだね。明日にでも行くよ」

「ふふ。じゃあ私はこれで」


 去っていく輸送班の隊員を見送ると、紅葉も石畳の段へ靴先を乗せる。善行を積んだおかげで少しはツキが回ってきたのだろう。なびいてくれる可愛い隊員になら、自分はいつだって真心で接しているつもりだ。


 そうしてほくほく顔でメモを見返していた時。


「……うわ、やられた! これって執務室の番号じゃん!」


 残念ながら相手は公私混同させてくれなかった。先は謙遜していたが、彼女の洞察力は本物だったのかもしれない。完全に見破られていた下心が、千々になって消える音がした。




* * *




「ちょ、な、何なんスかこの書類の山……?」


 傷心を執務室で癒そうと思ったのもつかの間。机に鎮座する白い紙束を見て、紅葉はその場にへたり込んだ。すると、小山の向こうから牙雲の尖った声が飛んでくる。


「ウェスカー中佐から届いた書類の一部だ。第二報の期限が迫っているから早急に処理しろ」

「経費の話ならこっちも責任あるんで分かりますけど、本来は第三部隊の事務処理ですよね? ウチで受けるのおかしくないっスか」

「中佐は腕を20針も縫う大怪我をしながら敵と戦っていたんだぞ? 今は痛みでペンも持てないとうかがったゆえ、俺たちが最後まで責任をもって手伝うんだ」

「負傷してたのは左腕だから、ペンが持てないってのは嘘ですよ」

「いちいち上官に口応えするんじゃ――いや、それよりも、なぜお前が中佐の怪我の仔細を知っている?」

「あっ、やべ」


 ここに来てうっかり口を滑らせてしまうとは。狼狽えていると、こめかみに青筋を立てた牙雲が詰め寄ってくる。


「お前は何を隠しているんだ。さっさと白状しろ」

「だからぁ、拠点の屋上で戦闘になった時に中佐が普通に銃を撃ってたの思い出したんスよ。それにあの人だったらケガを口実にして、平気でオレたちに仕事を押しつけそうですし」


 言いながら相手を見れば、逸らされた青い瞳が宙を泳いでいる。どうやら予想が当たったらしい。


「少佐は何でも真に受けちゃって、しょっちゅう言いくるめられてるからなぁ。今度はオレが交渉役になってあげますよ」

「いらない心配だ。そもそも今回処理する分が追加されたところで、普段とそれほど量は変わらないだろ」

「……ん? 第三部隊の書類が追加されたのに、仕事の量がいつもと同じってどういうコトっスか」


 純粋に覚えた疑問を尋ねると、今度は牙雲が口ごもった。明らかに顔色を変えた彼を見て、出撃前まで記憶を巻き戻す。


 ――そういえば、あの時も牙雲から至急案件で書類を処理するように言われていた。ただ、よく考えれば、彼は督促を受けるまで仕事を放置する性格ではない。


「あっ、そういうことか! これまでうちの部隊の事務処理が大変だったのは、ウェスカー中佐のせいですね? もしかして提出期限ギリギリまで放られた書類の対応を、少佐がいい顔したくてこっそり引き受けてたんじゃないっスか?」

「まさか。俺は組織のためを思って動いただけで、」

「ほらー、やっぱり余計な仕事を受けてたんじゃないっスか! ボロが出ましたね」


 普段から本部にも戻らず、他の隊員も抱えていない上官が報告書を出せるカラクリが判明した。彼女の言っていた通り、他人の下心は不思議とよく見えるものだ。


 すると、苦い顔をしていた牙雲がとうとう声を荒げる。


「お前というヤツは! 不敬を叩き直すゆえ、今すぐ外へ出ろ!」

「それより目の前の仕事を片付けないといけないんじゃ?」

「ぐっ……なら、この書類の提出が終わった後で絶対に罰してやるからな!」

「いやいや、むしろ褒めてくださいよー。この間だって一人でがんばったのに、少佐ってばウェスカー中佐にお熱で見向きもしてくれなかったじゃないですか」


 今回の戦いでは、彼も自分にばかり構っている余裕は無さそうだった。少し寂しいと思う反面、自ら必要な行動を判断して動けた点は確かな成長につながっている。


 命じられた特別作戦では、不安を抱えながらも大仕事を完遂できた。それに精鋭たちからも機転を評価されている。奇襲を受けた夜に交わしたウェスカーとの約束も、何とか隠し通したつもりだ。


 ただ、一番に成果を見て欲しい相手はむすっとした顔で自分を睨んでいた。


「前回の働きは認める。だが、その態度で差し引きゼロだ」

「えー、中佐は褒めてくれましたよ? でも少佐からは一言もなくて、オレちょっと拗ねてます」

「そんな程度で臍を曲げるとは。任務一つをこなしただけで、新米と同じ基準で評価してやれるものか」

「……え? 新米じゃないんスか、オレ?」


 思わず聞き返せば、牙雲はこれでもかと眉間に皺を寄せた。


「まだその扱いの方がいいか」

「それって、オレを少し認めてくれたってこと?」

「あんな大役を渡した時点で察しろ。まったく、そろそろ目を離してもいいかと思ったが、俺の見込み違いだったようだな。自覚が出るまでしばらく下積みに戻してやる」

「イヤですよ! だって隣にいないと褒めてくれないじゃないですか」


 そんな自分の言い草に、上官が何か言いたげな顔で口をもごもごとさせていた。すると、しばらくして真横に結んでいた口が開かれる。


「……気付くとお前はずっと俺の近くにいるが、褒めて欲しいからなのか?」

「そりゃあ好きな上官にはイイ顔したいでしょ。あと、少佐はすぐに面倒を一人でしょい込んじゃうんで。オレにはできないことも多いけど、話ぐらいなら聞けますし」


 出会った当初から思っていたが、牙雲は不器用な上に誠実過ぎて損をするタイプだ。だから、不敬だと言われながらもつい口を出してしまう。


 目標とする上官が戦以外で潰されてしまってはこちらも困る。だが、相手はふい、と顔を背けて告げた。


「ふん、そんな台詞はせめて精鋭にでもなってから言え」

「じゃあ、なれるようにこれからも経験積ませてください」

「……気が向いたら考えておく。さあ、そろそろ手を動かせ。日が暮れるぞ」


 相変わらずのつれない態度で、彼は自分の席に戻っていった。


 自分が努力するのは一重に牙雲の背中を預かりたいという純粋な感情からだ。今は離れた場所にいるその背を追うばかりだが、そんな自身の真心はいつになったら届くのだろうか。


 課せられた“任務”を前にして、紅葉はやっと重いペン先を持ち上げる。


「ホント、上官には素直なのに、こうやって色々助けてあげてるオレには怒ってばっかりだし――やっぱりしょーさってば趣味悪いなぁ」






ep.3 fin

EP.3の読了、ありがとうございました。

お気に召していただけましたたら、ご評価、ご感想などいただけると励みになります。

EP.4も引き続きお楽しみください。

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