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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
48/136

-不敬なヤツら-




* * *




 白い壁に囲まれた廊下の一角。特別作戦で軽傷を負った何人かの見舞いを終えた牙雲は、病室の外で深い溜息をついた。


 数日前に本部へ帰還したものの、大佐へ提出する一次報告書の中身はまだ虫食い状態だ。


「事実確認をしようにも、あの状態では敵の討伐数どころか、復旧に関する諸情報も分からないか」


 戦の終わりにウェスカーが怒りに任せて粛清を行った結果。《竜のとぐろ》近辺は完全に地形が変わっていた。自分が最初に外を確認した時点で、平野だった外周全体に不格好な堀が造られていた様は記憶に新しい。


 ただ、千を超える敵から連日のように襲われたのにも関わらず、奪われた人命がゼロだったのは、語り継がれるべき伝説だろう。


 将として勝利を掴み取ったウェスカーはもちろん、彼を信じて行動した皆が貢献者であることは間違いない。


「あれだけの戦だったんだ、拠点側の復旧費用はやむを得ないな。だが、今回の消耗品の金額を考えると頭が痛い……」


 これから自分が第三部隊の装備に“勝手”をした分の経費が届く予定だ。さらにウェスカーが使い潰した砲台の費用の一部も請求されるかもしれない。下手をすれば当面の間は備品や食料を切り詰めなければならないだろう。


 本部に戻って早々、情報の埋まらない報告書と想定外の支出に追われ、心労が絶えなかったのは事実だ。しかし、これまでの件よりもさらに深刻な問題がある。


 ――自分の心が晴れなかった理由。それは憧れの将が一時的に戦線離脱を余儀なくされたからだった。


「予想はしていたが、今は諸手を挙げて勝利を喜ぶことはできないな」


 表向きには腕を負傷したウェスカーを本部が案じ、休息を与えたという話になっている。しかし、その実は自分が以前に報告していた暗殺未遂と、砲台の情報が漏洩した件の調査が済むまで、彼を戦場に置けないと上層部が判断したからだ。


 ウェスカーが担っていた役割を、軍はどのように埋めるつもりなのか。今後の懸念を抱えながら廊下を歩いていた時。目の前に人だかりが現れる。


「ちょっと、あんまり押さないでってば」

「そっちこそ邪魔しないで!」

「アンタはさっき見たでしょ? 早く仕事に戻りなさいよ」


 病室の前で押し問答しているのは、救護部隊の女性たちだ。彼女たちの目的を察し、牙雲はその場で咳払いをした。


「悪いがこの部屋に用がある。入れてもらえないか」

「あっ、すみません! どうぞ」


 扉を開けば、向かいの壁際から黄色い声が上がる。集まったギャラリーを閉め出すと、牙雲は寝台で身体を起こした上官へ一礼する。


「お声がけもせず伺ってしまい、申し訳ございません。外があの様子では休めなさそうでしたので、勝手をしました」

「……ふん。俺は人のやることに口を挟まない主義だ」


 ウェスカーが近くの椅子の背にかけていた軍服を肩へ羽織った。牙雲は招かれたそこへそっと腰掛ける。


「ここへ来た理由は経費の件だろ」

「その話もありますが――まずはお怪我について、お見舞い申し上げます。お加減はいかがでしょうか」


 ほんの世間話のつもりだったが、ウェスカーは精悍な顔つきを露骨に歪める。


「腕を20針も縫う羽目になった。今も鎮痛剤がなければ眠れないほどの激痛だ」

「ああ、なんともお労しい」

「だというのに、報告書の処理が追いつかない。先に調査班の長がここへ来て、あと一週間で提出を締め切るという話をされた」


 あの疫病神め、と苦々しく吐き捨て、ウェスカーは寝台の横に置かれた見舞いの品をねめつけた。


「その書類の期限は先に伸ばせないのですか?」

「既に3回目の延長を経ている」

「……それだと厳しいでしょうね」

「だが、無理なものは無理だ。例の長が相手でもない限り、取り立てにきた輩を脅して再延長させるしかない。しかし――腕が本調子でないゆえ、事故が起きないとも限らないな」


 枕元の銃へ触れた上官がじろりと自分を見た。首を垂れ、牙雲は積まれた書類をおもむろに自分の膝へ移す。


「聞き分けの良いヤツは嫌いじゃない。だが、そもそもあの時に貴様が余計な指図さえしなければ、傷はここまで悪化しなかった。だから全部貴様のせいだ」

「とんでもない! 自分は中佐に指図などした覚えは、」


 ウェスカーの口から漏れた話に、思わず青い瞳を見張る。すぐに否定を返したが、上官は整った顔をしかめるばかりだ。


「忘れたとは言わせないぞ。人間共との戦の時、口の減らない配下を使って、俺を後に退けないようにしたくせに。あれだけの敵味方の前で嘆願を受けた手前、断ったら俺はその場の全員の笑い者になる。敵よりも余程巧みに俺を追い詰めたものだ」


 もっともな指摘に牙雲は口を噤んだ。南面でノーバディの兵と撃ち合いになった時、ウェスカーは不本意な白旗を上げかけていた。だが、自分は紅葉の言動を借りてそれを阻止した。


 当時は腕を負傷していたとは知らなかったが、それを契機にウェスカーが無理を押して戦うことになったのは紛れもない事実だろう。


「……その件については申し訳ございません。ただ、自分は、どうしても中佐が負けるところを見たくありませんでした」


 その本音に上官が輪をかけて剣呑な表情を見せる。


「貴様は本当に将なのか? 運良く敵の砲が壊れたから勝てたものの、こちらも魔導砲を全て使い切っている。部隊長の判断としては論外だ。誰も死ななかったのは奇跡だろう」

「自分はその《奇跡》を信じていました。中佐ならどのような難局も覆し、決して味方を傷付けずに救うだろうと」


 そう断言すれば、ウェスカーは呆れたように額を押さえていた。だが、夢物語だと一蹴された話は現実になった。


 ――自分はウェスカーを信じ続けていた。だから彼を奮起させるために手を尽くした。それが自身のささやかな願いにも、通じていたから。


「自分が隊員だった頃、中佐に命を救っていただいたことがあります。その時から貴方はずっと憧れの人です。自分の力が及ばぬせいで、貴方を敗者にはしたくないと思っていました。あの時の言葉は、敬愛する将に持っていた自分の願望です。だから、己の願いを貴方へ押し付けたという意味では、確かに指図したと言えるかもしれません」


 布団の上に落ちたのは、もう何度目かも分からない溜息だ。


「指図を自ら認めるとは。本当に不敬なヤツだ」

「おっしゃる通り、自分は礼を失しました。気に食わなければどうぞ罰してください」

「そうしてやりたいところだが……ここで罰したら、書類の件で動かせる駒が消える。いいか、二度目は絶対に無いぞ」

「肝に銘じます」


 天邪鬼な反応だが、ウェスカーは責任の取れない話には決して頷かない。だから、彼は自分の意志で再び暁光として立ち上がったのだろう。


 以前、大佐からは「犠牲の無い戦争はあり得ない」と言われていた。しかし、不可能を可能にする存在が目の前にいる。ところが、当の本人はあらゆる華々しい戦果を「部下が言ったせいだ」と鼻にかけないものだから、さらに敬服してしまう。


 そんなふうに、当然のように誰の命も奪わせない戦の実現を、自身は願ってやまない。


「では、書類の件で後日伺いますので、しばらくお待ちいただければ」

「……そういえば、経費の話を忘れていたな。拠点から報告があったが、砲撃で露出した地層から貴重な鉱物資源が大量に発見されたらしい。出費の一部はそれで補填できるはずだ。正確な金額はその試算が終わってから出るだろう」

「なんと! 非常にありがたい話です」

「どうせ情報が漏れた武器だからと、最後に使い潰したのは正解だった。新たな砲台の開発には時間がかかるゆえ、俺もそれまでは暇をもらう」


 ウェスカーの影響力は戦場を去ってからも健在だった。


 彼曰く、例の砲撃の様子が中央区画にいる全ての敵に伝わったことで、一時的に警戒が強まったらしい。自軍の拠点に対する侵攻回数も顕著に減ったことから、当面は目立った動きもないだろう。


「去り際まであらゆる拠点を守るとは、さすがは我が軍の《暁光》ですね。中佐が安心して休めるよう、その間は我々が代わりを務める所存です」


 頭痛の種がいくらか減り、牙雲は内心で胸を撫で下ろした。同時に彼の力にばかり甘えていられないと気を引き締める。


 今回の戦では、混乱する拠点で全ての物事を一人で賄おうとしたことが失敗だった。反対にウェスカーは最初から自分の役割を明確にし、配下を喝破しながら動かして責務を全うしている。


 そんな彼の隣へ並び立つために、戻ったらすぐにでも修練を積まなければ――


「……もし貴様の“勝手”が無ければ、あれが俺の最後の戦になっていたかもしれない」


 不意に告げられた話に、牙雲は思わず首を横に振った。


「そんなことは! 中佐はご自身の実力で敵を撃破して、」

「俺の話を否定するのか?」

「い、いえ、それは」

「少しは褒めてやろうかと思ったが、その気が失せた。話は終わりだ。さっさと出て行け」


 羽織っていた軍服を投げつけると、上官は背を向けて布団に潜ってしまった。せっかくの機会を棒に振ったものの、それも悪い話ではない。


「では、次はその場で褒めていただけるよう、ぜひ隣へ置いてください」


 些細な約束を残し、牙雲が一礼して扉を閉める直前。こぼれた自嘲が耳に入る。


「また人に指図とは、配下が図々しければその上も同じだな。そうなると……俺も大概に不敬なヤツ、か」

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