表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
47/152

-全弾発射-

 偵察を申し出た自分の後ろで、不意に屋上の扉が開け放たれる。


「本部から輸送班が到着したんだね! 中佐が砲撃の準備をしたいと言っていたから、すぐにケーブルを接続するよ」


 駆け寄ってきたのは拠点にいた整備班の隊員だった。しかし、催促を受けても彼女は荷物の引き渡しを渋っている。


「私がウェスカー中佐へ直接ケーブルを手渡します。もし居場所をご存知なら、先に中佐を呼んでください」

「西側で敵が動いてるんだ。もう時間がない」


 ウェスカー本人に会う約束で来た彼女の責務も理解できるが、危険が迫っているのも事実だ。頑なな彼女を宥めようと紅葉が口を開いた直後。ぱぁんという乾いた銃声が響いた。


「何やってるんスか、中佐!」

「そこをどけ!」


 間髪入れずに監視塔の壁へ弾痕が刻まれる。悲鳴を上げた整備班を庇おうとすれば、拳銃を構えたウェスカーが金の眦を見開いて吼えた。その直後、ひゅ、と空を裂く音が横を通り過ぎる。


「ッ、そんなのアリかよ、」


 対峙した上官の足元へ突き刺さった黒い小刀に、紅葉は強い既視感を覚えた。


 ケーブルの損傷に加え、設計情報が漏洩した事実から、ウェスカーは砲台の管理に関わる者が間者だと考えたらしい。刺客を警戒した彼は、しばらく姿を眩ませることで、真の仇が先に砲台の元へ向かうように仕向けたのだろう。


 すると、銃口を向けられた間者はそれまでの態度を豹変させた。


「さすがはドラーグドの中佐か。勘の良いトカゲだな」

「生憎だが、本当に勘の良いトカゲが相手なら、貴様はこの場にいない」

「確かにそうだ。でなければ、すべての《的》がこの場に揃っている幸運は訪れなかった!」


 一瞬の隙をつき、間者は紅葉の後ろにいる輸送班の隊員に向かって暗器を放つ。しかし、彼女は怯まずに箱を庇ってその場へ伏せた。


「お前ッ!」


 ケーブルを奪おうとした仇の身体を紅葉は組み伏せようした。だが、その懐からは細い導火線が覗いている。


「撃っちゃダメです! コイツ、全身に爆弾を巻いてます……!」


 ウェスカーは剣吞な表情をさらに険しくした。左腕の傷が開き、精度の落ちた射撃が救いになるとは皮肉なものだ。


 今は自分が辛うじて敵の両腕を抑え込んでいる。ただ、全員を巻き込む可能性がある中では、決定打が与えられない。嫌な緊張感がその場を支配している。しかし、ウェスカーは構えた銃口を下ろさなかった。


「この至近距離なら、俺は決して外さない」


 心臓が止まりそうな目に遭うか、それとも本当に心臓を止めるのか――出す答えは既に決まっていた。


 小さく頷くと、紅葉は捕らえていた仇の身体を勢いよく突き飛ばす。懐の導火線に触れた間者が狂気めいた笑みを浮かべる。しかし、次の瞬間にはその額を無慈悲な弾丸が貫いていた。


 砲台の手前で、血塗られた弾がからんと転がる。耳の奥で今になって銃声が反響している。味方の間を抜け、敵の胴へ一切触れずに役目を終えたそれは、針穴を通すような軌道で放たれていた。


「遺体は下へ捨てろ。目障りだ」


 精鋭たちが慎重に敵の亡骸を抱え、地面へ投げ落とす。数秒後に下から聞こえた爆発音が、自身の耳元で起きなかったのは幸いだった。


「うう、中佐といると生きた心地しないっス」

「むしろ俺がいなければ貴様は死んでいた。この短期間で二度も助けてやったんだ。感謝こそされても、文句は言わせない」

「まあ、二度あることは三度あるって言いますし?」

「なら貴様を先んじて始末すれば、俺は救われるな」

「冗談に聞こえませんよ、それ……そういえば大事なお届け物があるんで、一緒に来てください」


 不敬を咎めた相手を連れ、紅葉は精鋭たちが保護していた彼女の元へ向かう。


「ウェスカー中佐。本部の輸送班を代表して、こちらを届けに参りました。お確かめください」


 隊員は震える手でケーブルの入った箱を差し出した。重みのあるそれを一緒に支えた紅葉は、金属の表面に残された温もりを掌で感じ取る。


「よくやった」


 彼女は空いた両手で顔を覆った。鼻を啜った相手に寄り添っていると、ウェスカーが自分に手招きしたのが見える。


「他のヤツらはどこだ」

「少佐たちは東面へ退路を確保しに行きました。ただ、空砲を3回鳴らせばその場から退避するって言付かってます」

「なら、さっさと退避の合図を出せ」


 将からの指示で東の空へ連続して空砲を撃ち上げる。暫しの間を置いて、蒼い軍服の一団を率いた牙雲が屋上へ着陸した。


「ウェスカー中佐! ご無事で何よりです」


 紅葉や精鋭たちの敬礼へ返す挨拶もそこそこに、彼はその場で跪く。


「これから砲撃を開始する。貴様は外にいる兵を全て引っ込めろ」

「ご安心ください。既に拠点内へ通達し、全ての出入口から兵を下げています。本部から派遣された隊員たちも道中で全員保護しました」


 戻った別動隊の後ろには、彼女とはぐれていた輸送班の隊員と護衛の姿があった。拠点への最短経路を進む途中で彼らと出会ったのだろう。


「話の分かるヤツは嫌いじゃない。俺の気が向いた時に使ってやってもいいが」

「……ご用命とあらば、どこへでも馳せ存じます!」

「ちょっと、少佐! オレたちのこと見捨てないでくださいよ!」


 上官の誘いに揺らいだ牙雲を引き留めつつ、紅葉は接続を終えたケーブルの束をウェスカーの元へ運ぶ。それを拾った軍帽の将が黒い動力装置の前へ赴いた。


「たかだか二千の敵だ。本来なら一発で焼き尽くせるが、これまで散々煮え湯を飲まされた。よって今回は相応の報復を行う」


 虫の羽音に似た駆動音が響く。ウェスカーが黒い箱から突き出たペダルを大きく踏み込んだ。金の眦が一層の輝きを放つ。装置に注ぎ込まれた魔力がケーブルを通じて高速で砲台へ充填されていった。


 それまで眠っていた黒鋼の隊員たちが次々に目を覚ます。きりきりと音を立て、青白い粒子が口径の淵に集まった。肌を刺す鋭利な魔力が膨張しながらその場に満ちていく。


「No.1からNo.12の装填完了。照準セット、安全装置の解除完了――全弾発射(フルファイア)!」


 伸びた12本の束の根元で、腕を組んだウェスカーが吼えた。刹那、視界を鮮烈な白が焼き尽くす。眩い光は沈みかけた斜陽を押し戻し、その場の時を瞬く間に白昼へと逆行させた。


 空間に無数の亀裂が走った。砲台から炸裂した閃光が《竜のとぐろ》を鳴動させる。将の激情が装置を伝うと、出力計の針が最大から振り切れる。


 バチ、バチ、と全ての砲台が唸りながら将に応えた。雷を纏う砲撃は限界を超えた連射でとうとう光の筋になる。激しく波打ち、暴れ狂うそれは、目覚めた巨大な竜が青白い尾で一帯を薙ぎ払うかのようだった。


 聴覚を麻痺させる爆音が長く轟く。音の衝撃で拠点全体が揺れている。いくら塞いでも耳が壊れそうだ。


 ――さんざめく白昼の輝きが過ぎ去った。これまで光に呑まれていた蒼い背中が、やっと紅葉の前に戻ってきた時。深くまで抉られた地層の断面が、それぞれの方位で覗いていた。敵の消息はもう見るまでもない。


 もはや地殻変動と同等の災厄を引き起こした将が、言葉を失った隊員たちを振り返る。軍帽を被り直した彼は、悪びれもなくこう告げた。


「任務完了だ。さっさと本部へ帰還するぞ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ