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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
44/167

-託された希望–

「それを寄越せ」


 白磁の面をつけた兵の一人が、輸送班の隊員へ刃を向ける。だが、彼女は気丈にも脅しに従わなかった。


「紅葉、お前は裏に回れ。彼女を巻き込まないよう、俺と何人かが先行して敵を引き離す。十分な距離を取ったら奴らを挟撃するぞ」

「了解。3時の方向に行ってます」


 敵も小隊で動いていたのか、頭数に大きな差はない。身を伏せている牙雲に頷くと、紅葉は数人の隊員と共に裏手へ回った。周囲の草を掻き分け、息を潜めて機をうかがう。ノーバディの兵は頑なに要求を拒み続ける隊員に痺れを切らしたようだった。


「渡さないなら、お前を殺して奪うまでだ」


 飛び道具を構える音。獣や竜の爪が覗く袖口。そして、合図を下す将の声。


「殺れ!」


 複数の兵が一斉に獲物を差し向けた。しかし、蒼い軍服を翻した牙雲たちが横から飛び出す。ハルバードの一閃が、無情にも彼女へ振り下ろされた刃を打ち払った。


「彼女を守れ! 決して攻撃を通すなッ!」


 屈み込んだ隊員を背に庇うと、牙雲は数人の隊員を連れて敵の隊列へ雪崩れ込む。急襲を受けたノーバディの兵は統制が取れていない。ただ、後衛にいた一人が先鋒隊の死角へ向かった。引き絞られた矢の先にいるのは、突然の出来事に硬直している輸送班の隊員だ。


「させるかっ!」


 真紅の鱗が生えた拳を握り締め、紅葉は迷いなく相手の胴を狙った。鈍い音と呻き声が耳元で響く。大きく踏み込むと、紅葉は黒い衣の臓腑を骨身ごと打ち砕いた。転がった敵は地面でそのまま動かなくなる。


 怒号と剣戟の飛び交う合間を縫い、紅葉はまだ胸を押さえている隊員に自らの手を貸した。


「君、大丈夫? 立てそう?」

「はい……助けていただいて、ありがとうございました」

「ケガが無くてよかった。もし動けるなら、そっちに隠れててもらえるかな」


 頷いた彼女が退避したのを確認すると、紅葉は追い立てられた敵を倒しに向かう。前には二つの敵影があった。一つは獣の腕、もう一つは長銃を構えている。


「死ねっ!」


 向かってきた相手が鉤爪の生えた腕を振りかざした。負けじと竜の鱗でそれを受け止める。しかし、銃口の照準が組み合った自分の左胸を狙っていた。ここで動きを止めたら餌食になる。


「オレたちは中佐のところに戻らないといけないんでねッ」


 咄嗟に懐へ潜り、伸ばされた敵の片腕を鷲掴む。そのまま肩口を支点に、浮いた獣の身体を地面へ叩きつける。軌道に味方を挟まれたせいで、急所から照準が逸れた。彷徨う銃口が自分を見つけ出す前に。枯草を踏み締め、紅葉は天高く跳躍した。


「食らえッ!」


 鋭角に入った靴底が黒い肢体を銃ごと地面へ蹴り伏せる。割れた面の裏からは表情を歪めた人間の顔が覗いていた。


「この、トカゲ共め……!」


 銃を手放した相手が、懐から抜いた小刀を首に突き立てようとする。だが、腕の鱗に噛み合った刃は通らない。間髪入れず、紅葉は敵の鳩尾へ肘を落とした。やがて周囲の喧噪が止む。ハルバードを携えた牙雲が兵を呼び寄せていた。


「制圧完了だ。お前も無事だったか」

「まだ余裕っスよ。じゃ、隠れてもらってた輸送班の人を呼んできますね」


 紅葉は遠巻きにこちらの様子をうかがっている隊員を迎えに行った。ただ、茂みから出てきた足元は覚束ない。隣で肩を支えると、彼女は小さくしゃくりあげながら震える声をこぼす。


「……ごめんなさい。これまで妨害され続けて、うまく進めなくて……」

「そんなことないよ。あんなにたくさんの敵に追いかけられてたのに、ここまで来られたんだから」


 彼女の様子を見かね、牙雲がやむを得ず周囲へ警戒を敷くように指示している。だが、落ち着いて話を聞けるまで待っていれば、敵に見つかってしまうだろう。紅葉は何とか相手を宥めながらここまでの経緯を聞き出した。


「本部から来た護衛や、他の輸送班の隊員もいたんだよね? 他の人はどうしたの?」

「……実は、この区画に入る直前で敵の襲撃に遭ったんです。護衛の隊員がどうにか包囲網を突破したのですが、追跡が激しくて。それを撒くため、やむなく輸送班の人員も単独行動を取っていました」

「ウェスカー中佐から要請されたケーブルは、君が持ってるんだね」

「はい、これです」


 留め金が外された箱の隙間からは、太い線が束になって収められている。


「敵の注意を惹くため、私以外は空の箱を抱えて逃げました。ただ、今は彼らがどうなったのかも分かりません」

「そうだったんだ……けど、みんなも君がここまで来られたと知ったら、きっと喜んでくれると思うよ」

「ええ。これだけは、絶対に奪われてはいけないと思ったので」


 平静を取り戻しつつある彼女に頷くと、紅葉は傍で見守っていた牙雲へ視線を送った。


「少佐、ケーブルはこの人が持ってます。ただ、道中で護衛や他の輸送班とはぐれちゃったみたいで」

「……そうか。輸送班は彼女へ望みを託したようだな」

「だったら、オレたちがそれを引き継がないとっスね」

「拠点の皆が我々の帰還を待っている。他の輸送班の安否は気になるが、まずは先を急ごう」


 やり取りの間にも拠点の方からは何度も雷鳴が轟いていた。危険な状況の中、放たれる青白い光が曇天に瞬き、自分たちを鼓舞してくれる。


「輸送班の隊員とケーブルの回収を完了した。これから拠点まで戻るぞ」


 牙雲の号令を耳にしながら、紅葉は隊列の横についた彼女へ声をかけた。


「その荷物、オレが持とうか?」

「戦闘部隊の方のお手を煩わせるわけにはいきません。それに、これを中佐へお届けするまでが私の任務ですので」


 つい野暮なことを口にしてしまった。ずっとその腕に抱き締めている箱には、彼女にとって譲れない想いが詰まっているのだろう。


「なら、オレが君のことを全力で守るよ」

「……ありがとうございます」

「それとさ、よかったら後で君の部屋の場所を教えてくれる? オレも本部にいるし、この戦いが終わったら遊びに行きたいと思って」

「ふふ。考えておきますね」


 沈んだ表情に少しばかり明るい色が戻る。彼女の笑顔を見られて良かった。取り付けた約束もあるから、残りの仕事も何とか頑張れそうだ。


 輸送班の隊員を中へ招くと、紅葉は索敵を続けながら進む隊列に加わった。

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