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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
41/167

-覚悟の献身-




* * *




「俺の"隊員"に勝手を働くとは、何を考えている!」


 荒れ果てた大地の上。静けさだけが鎮座する空間へ、雷鳴に似た咆哮が轟く。拠点の外周で上がった怒号に、紅葉は慌てて弾込めの手を止めた。


 やってきた軍帽の将は戦に向かおうとしていたのだろう。だが、眼前に広がった光景に、今にも発砲しかねない様相を見せている。


「ウェスカー中佐、あの、落ち着いてください。これには色々とあってですね」


 そうは言ったものの、ウェスカーが激怒している原因は間違いなく自分たちの行動にある。証拠に彼の視線は、近くに積まれていた銃火器や火薬の箱に注がれていた。


「御託はいい。俺は、なぜ貴様らが第三部隊の武器を許可なく持ち出したのかと聞いている」


 額へ突き付けられた銃口に紅葉は先を言い淀んだ。だが、事情を黙っていれば他に累が及ぶ。


「あー……実は、牙雲少佐の指示です。これは必要なことだから、中佐に怒られてもやるって言って聞かなくて」


 ウェスカーがこの場を訪れる一時間前。《ノーバディ》の進軍を受け、紅葉は牙雲たちと共に《竜のとぐろ》の周囲に赴いていた。そこで上官から『第三部隊のコンテナから武器を運び出し、戦の準備を始めろ』と言われたのだ。


 普段であれば牙雲が上官の許可もなく、他部隊の備品を勝手に動かすなど考えられない。


 先にウェスカーから詰められたせいで、彼がおかしな方向に吹っ切れてしまったのだと紅葉は思っていた。第五部隊の隊員たちも困惑した顔で、一度は制止をかけようとした。だが、牙雲は頑として指示を曲げなかった。その代わりに、彼はウェスカーに宛てた伝言を紅葉に残したのだ。


「もしウェスカー中佐がこの場に現れたら『全て自分の判断で兵を動かした』と伝えるように、って少佐に言われました」


 牙雲の言づけを聞き終えると、ウェスカーはしばらく口を閉ざしていた。正直、この一言で許されるとは到底思えない。握られた黒鋼の銃口からいつ火が噴くのか。小さく息を吞んだ自分をよそに、射干玉の瞳が不意に動いた。


「俺の配下を好きにしてくれるとは。どうにも命が惜しくないらしいな」


 紅葉が振り返ると、開けた荒野の方からハルバードを手にした牙雲が本陣へ戻ってきていた。ウェスカーの存在に気付いたのか、彼は蒼い軍服の裾を翻し、上官の前で跪く。


「身勝手な真似をした以上、しかるべき罰は受けるつもりです。しかし、それは自分の責務を果たした後で受けましょう」


 注がれた威圧の黒を牙雲は真っすぐに見つめ返す。揺らがぬ深い青の瞳は覚悟を湛えていた。


「ふん。その潔さに免じ、理由ぐらい聞いてやる」


 行動の真意を問われ、牙雲は黒い双眸から視線を逸らさずに口を開いた。


「今朝、中佐からいただいた喝で目が覚めました。外敵を倒すことや内部統制は、あくまで手段の一つに過ぎません。己が真に負うべき責務は『あらゆる資源を守ること』だと気づきました。その視点で考えた結果、自分は『中佐を徹底的に支援する』と決めた次第です」

「指示も無いくせに俺の望む支援ができると? 貴様は頭がおかしいぞ」


 ウェスカーは呆れ返った様子で首を横に振っている。ただ、牙雲は威圧にも怯まずに先を続けた。


「人命は何物にも代えがたい資源です。より多くを守るためには、中佐が攻撃に専念できる体制を敷くことが最良の策だと考えました。自分が隊員を動かしたのはそれが理由です」

「つまり、この戦の用意はあくまで貴様の勝手な判断だと言うのか」

「はい。中佐は外敵の排除をご自身で行う代わり、内部の話には口を出さない、とおっしゃっていました。また、戦闘準備は支援のうちで、直接的な外敵の排除には当たりません。自分の権限が及ぶ範囲で行った判断が誤りでしたら、どうぞ罰を」


 ウェスカーはとうとう乾いた笑いを漏らした。紅葉の前でしばらく天を仰ぐと、彼は形の良い唇を初めて横に引く。


「単に聞き分けがいいだけの犬だと思っていたが、多少の屁理屈もこねられるとは。ならば貴様が勝手に用意した陣をどう利用するかは、俺の勝手だな?」

「仰せの通りです」

「……もうじき敵が来る。罰を与えるかは、成果を見ての判断だ」


 それだけ残し、ウェスカーは用意された軍営に向かって歩き出した。後ろについた牙雲から目配せを受け、紅葉もそれに続く。


「しょーさ。さっきの返し、超カッコよかったっス」

「俺は自分の考えを述べただけだ」

「はは、けど今になってほっぺに鱗出てますよ? やっぱ緊張してたんスね」

「……言葉は選んだつもりだが、殺されても文句を言えないことをしたんだ。まさか俺が上官へ楯突くことになるとは、一体誰に似てしまったのか」

「誰っスかねぇ、そんな悪いヤツがいるなんて」


 そう返せば、むくれた牙雲に肘で脇腹を小突かれた。後ろをついていくと、既に内陣を回り始めたウェスカーが、整えられた体制を確認している。


「稼働できる魔導砲の数は?」

「常時5台を用意します。前回は前線へ持ち出す際に遅延があったため、経路を整理し、一台辺り15秒の準備時間の削減を行いました。3回までの連射にも対応可能です」

「まあ、及第点だな。火薬式の方はどうなっている」

「装填済みの銃火器を種類別で用意しています。魔導砲の射出直後に生まれる隙を防ぐため、小銃を中心に揃えました」

「悪くない選択だ。残るは砲台だが」

「戦況を俯瞰する役割も兼ね、屋上の砲台を使用します。空砲のタイミングは第五部隊の精鋭に一任しました。また、今回は敵の接近に合わせて稼働する機体を変えるつもりです」

「ほう? どういう趣向だ」

「人間たちは周到な策を練ってきています。そのため、砲台を東西南北へ向け、奇襲を音で前線へ知らせる工夫をしました」


 上官の問いに対して淀みない牙雲の返事が続く。少し前までやりくりできない防衛体制に苦心し、悩んでいた姿が嘘のようだ。


「俺も背中にまで目がついている訳ではない。拠点防衛のために必要ならば、勝手の一つぐらいは許してやる」


 牙雲本人が『徹底的な支援』と称しただけあり、ウェスカーからの指摘は一つもなかった。内心では要求を上回る体制を整えた牙雲の手腕を認めていたのだろう。彼の献身は口ばかりではなく、将としての度量と冷静な判断が伴ったものだ。


「伝令兵から敵がこの面に向かって進軍していると連絡が入った。10分後に戦闘開始だ」

「はっ。心してかかります」


 じきに号砲が上がる。軍帽の将を追いかけ、紅葉は前線に向かおうとした。ただ、不意に牙雲から呼び止められる。


「紅葉、一つ頼みがある。中佐の許可が出たので、万が一の時に動かす別動隊を編成することにした。お前もそこに入れ」

「了解っス! やっと出番っスね」

「余程の事情がない限り、我々が動く必要はないだろうが……念には念を、とも言う。中佐の支援をしつつ、周辺にも気を配れ」

「任せといてください」


 互いに一つ頷くと、二人はウェスカーの後を追って最前線へと赴いた。

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