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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
39/152

-半端者-

 吐き捨てた言葉と同時に、仇の腹部へウェスカーの膝頭が減り込んでいた。深手を覚悟で放たれた一撃により、組み合っていた身体が離れる。


 煌々とした双眸と視線が合う。紅葉は咄嗟に地面に落ちていた弾倉を彼の足元へ滑らせた。投擲された小刀をかわすと、ウェスカーが引っ掴んだそれを付け替える。


 距離を取られる前に仕留めようと、斥候が燃える炎を背にして再びウェスカーに斬りかかった。だが、彼は流血した手で黒刃を翻した敵の腕を掴んだ。


「長耳風情が図に乗るな」

「……がッ、!」


 振り解こうと暴れた相手の口布が外れる。細い手首を掴んだまま、ウェスカーは微塵の躊躇いもなく仇の口蓋に武骨な黒鋼を捻じ込んだ。


 ずどん、と重く響く慟哭。仇の断末魔は死をもたらす接吻に呑まれた。


 投げ捨てられた遺体が赤い炎に包まれる。やっと立ち上がった末に自分が臨んだのは、焼けた黒衣の裏にある尖った耳と華奢な体躯だった。


 今の敵が最後の一体だったらしい。激情を見せていた金の瞳が漆黒に戻ったところで、紅葉は口を開いた。


「中佐、どうして今の相手が精霊族だってわかったんですか。もし獣人や竜人だったら競り負けてたかもしれないのに」


 ウェスカーの眉間に深い皺が刻まれる。仇の血を浴びた銃口を拭うと、彼は黒鋼を隠すようにしてホルスターへ収める。


「最初に組み合った時点で、奴には俺を完全に制圧する力がないと踏んだ。それだけだ」


 個体差はあるものの、竜人は他と比較すると大柄な体躯を持つ種族だ。身体的な優位性があったのなら、確かに相手が精霊族か人間だという想定はつく。しかし、両者にそれほど大きな腕力の差異はない。


 それでも彼は間違いなく黒衣の内を見抜いていた。ただ、その理由こそが彼の《逆鱗》だ。


 業火が穏やかな朱に変わるまで、二人は黙したまま時を過ごした。すると、拠点の方からこちらに駆けつけてくる軍靴の音が響く。


「ふん、緊張感も無い上に耳まで遠いとは。今頃のこのこと現れて、不愉快だ」


 そう吐き捨てたウェスカーに視線を移した時、紅葉は腕を伝う赤の量に思わず声を上擦らせた。


「中佐! その腕、早く手当てしないと」

「気安く触るな。愚鈍な貴様らと違って、俺の身体は繊細だ」

「いや、中佐のガタいってオレとあんま変わんないっスよね? しかも繊細ならそれこそ治療してくださいよ」

「口の減らないヤツめ……いいか、この傷の件は誰にも話すな。他に告げたと分かった暁には、今度こそ額に風穴が開くぞ」


 それだけ残し、ウェスカーは拠点に向かって歩き出した。足を踏み出しかけたが、痛みだけではない理由でひどく顔を歪めていた彼を引き留めることはできなかった。




* * *




 ウェスカーが現場を去ってから少しも立たないうちに、延焼した煙の奥から牙雲が血相を変えて現れた。


「紅葉! ここで何があった」


 蒼い軍服たちを引き連れてきた彼に問われ、紅葉はまだ整理のつかない頭をどうにか働かせる。


「えっと、話すと長くなるんスけど、まずは少佐にいろいろと謝っておきます」

「しおらしい態度の時点で嫌な想像がついたぞ」

「さすがっスねぇ。当たってますから、怒らないで聞いてくれます?」


 こめかみを押さえている上官に、紅葉はこれまでの経緯を話した。当然、ウェスカーから口止めされた件を除いてだ。


「火薬の件はともあれ――人間共がウェスカー中佐を暗殺しようと目論んでいたとは。爆発音を聞いた直後から、異常事態だと思って手分けして拠点内を確認させているが、」

「牙雲少佐、ご報告です」


 二人が振り返ると、篝火の奥から駆け寄ってきた伝令兵が息を切らせて告げた。


「拠点の通用口をすべて確認したところ、このコンテナが安置されている付近に一番近い裏口の扉だけが開放されていました」

「そこ、さっきオレが通ってきた場所ですね。けど扉は最初から開いてましたよ」

「まさか。あの裏口の扉は、見張りの兵が外へ赴く時とそこから戻る時に、必ず特殊な鍵で施錠すると聞いているぞ」

「てっきりウェスカー中佐が人目を避けて、そこから出入りしてたのかと」

「安全面から、この拠点に属さない人員には位持ちだとしても鍵は渡さない。中佐もお持ちではなかったはずだ」

「えっ、じゃあ誰があの扉を?」


 紅葉が首を傾げていると、しばらく考え込んでいた牙雲が不意に指示を下す。


「敵の死体も含め、すぐにこの周囲を調べろ」


 上官の命令で、その場にいた隊員たちが一斉に敵の亡骸を確認する。紅葉もウェスカーが殺した斥候たちの持ち物を漁る。


 引き剝がされた黒衣の下には獣人、精霊族、人間、そして――自分たちとかつて同胞だったはずの存在も。


「……ん?」


 遺体の傍に落ちていた黒い弓をどかそうとした時、細かな凹凸が指先に触れた。


「どうした、紅葉」

「ココに文字が彫られてるみたいなんスけど、手がかりになりませんか」


 隣で別の屍を探っていた牙雲が弓を篝火の下にかざす。そこには微かに覚えのある刻印が浮かび上がった。


「これは精霊族の習わしの一つだな。彼らは自分の子の《飛躍》を願い、その願掛けとして飛び道具を授けるそうだ。それには息子や娘に贈る言葉が刻まれていると聞く」

「そうなんですね」

「ただ、寝返った場合は同胞の情を捨てるため、刻印を黒塗りして使っているのだろう」


 牙雲の話によれば、精霊族の鋳造技術で作られた武器は千年の時を経てもへたらないらしい。刻まれた文字は上官も読めないようだが、我が子にかける言葉は大方の想像がつく。


「牙雲少佐、鍵を発見しました!」


 手を止めていると、離れた場所で誰かが小さな銀色を掲げた。その足元では風穴の開いた額の下に、鱗の生えた頬が覗いている。それとほぼ同時に遠くの茂みから脱ぎ捨てられた蒼い軍服が見つかった。


「拠点内の混乱に乗じて密偵が紛れ込んでいたようだな。後で出入りの点検記録と突合し、他に細工をした輩がいないことを確認すべきか。ウェスカー中佐の暗殺未遂の件も含め、先行して本部の調査班に報告を送れ」

「中佐がいい顔しないんじゃないっスか」

「内部のことは俺に一任されている。中佐が口を出さない代わりに、ここへ敵が侵入した事実と、俺の勝手な憶測を本部に示すだけだ」


 例の上官は、自身が戦場に立つ機会を妨げることは口にしないだろう。だが、軍の主戦力として脅威に晒されていることを知りながら秘匿するのは、組織に対する背信行為だ。


 そのため、牙雲は自身の"お節介"の範囲で、ウェスカーの面子を保つつもりらしい。


「以降は拠点側の《戦況管理部隊》に任せよう。俺も迂闊だったが、一度追い払ったとはいえ、今夜のような敵襲があるとも限らない。砲台の動力ケーブルが手に入るまで、昼夜を問わず警戒を続けるべきだ」

「そろそろ到着するんでしたっけ」

「ああ、明日の夕刻には届くと聞いた」


 あと一日で砲台が稼働できるようになるのは大きな安心材料だ。ただ、紅葉はウェスカーが負った傷の様子を思い返す。彼はずっと一人で部屋に籠っているつもりだろうか。


「しょーさ。そういえば、さっき擦り傷つくっちゃったんで医務室に行ってきていいっスか」

「なぜ先に怪我をしたと言わないんだ、お前は」

「いや、ちょっと引っかかれたぐらいだったんで大丈夫かなって思ったんですけど」

「すぐに行ってこい。この後で防衛体制の指示をするから、大事なければ一時間以内に作戦室へ戻れ」


 その場を離れる言い訳をつけた紅葉は、医務室へ足を運んだ。


「あーあ、腹減ったなぁ」


 今頃になって腹の虫が訴えてきた。ただ、食事にありつけるのはもう少し先だ。


 開けっ放しの食堂から覗いた皿を横目にしつつ、紅葉は人知れず傷を負った上官へ渡すための薬を拾いに向かった。

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