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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
38/161

-成果発表-

 そういえば、自分も人の食事にばかり構っていた。ふと空腹を思い出し、紅葉は食堂へ戻ろうと歩き出す。しかし。


「……うわッ!?」


 ひゅお、という風切り音が耳元を過ぎた。続いて何かが地面を抉る。振り返ると、コンテナの手前にある地面に黒い矢が突き刺さっていた。精霊族の銀矢が加工されたものだろう。


「ウェスカー中佐ッ、敵が……っ」


 本能で感じ取った殺気に頬へ真紅の鱗が浮かぶ。紅葉は上官に危険を知らせようとした。その途端、何者かに頸部を圧迫されて声を奪われる。


 首を絞め上げようとする力は自分と同等か、それ以上だ。辛うじて押さえた腕を見れば、人の手には似つかない鋭い獣の爪が伸びていた。


 本来であれば相容れない種族が同じ場所へ現れた。その事実に、忘れていた存在を思い出す。《ノーバディ》の兵だ。


 抵抗を続ける最中、篝火の生む陰影の間を縫う人影が自分とコンテナを取り囲むように現れた。


「邪魔者はこちらで押さえた。”標的”はまだ中にいる」


 自分を押さえ込んだ獣人らしき斥候がそう告げる。同じ覆面と黒装束を身に着けた彼らの中には、どの種族がいるのかさえ分からない。


 彼らの狙いは『ウェスカーの暗殺』だ。コンテナの中にいる上官は完全に退路を塞がれている。


「そのトカゲはまだ生かしておけ。向こうの出方次第では使える駒だ」

「了解」


 完全に押さえ込まれた紅葉の目の前で、数人が飛び道具を手にウェスカーを待ち構えている。指示役が合図を送ると、扉の端についた一人が閂の外れた取手を勢いよく引いた。


「……中佐ッ……!」


 空間に現れた蒼い軍服が黒矢と暗器の切っ先に貫かれる。しかし、続けて滲むはずの命の色がない。


 刹那の沈黙。コンテナの内部で閃光が炸裂した。


 撃鉄を叩く音を響かせ、宙を舞う軍服を弾丸が突き破る。放たれたそれは眼前にいた敵の胴を貫通し、感電させて地面へ縫い付けた。


「寝る暇だけでなく、飯も邪魔するつもりか。寛大な俺もさすがに黙っていないぞ」


 剣呑な表情でそう吐き捨て、筋張った両腕に拳銃を構えたウェスカーが呻く敵兵を一瞥する。


 月冴の通らない闇の中で煌々と輝く金の瞳に、紅葉は思わず安堵した。扉が開いた瞬間、上官は肩に羽織っていた軍服を囮にして敵の目を欺いたのだ。


 ただ、本来ならば急所を一撃で貫けたはずが、今は暗がりのせいで精度が落ちている。堂々とした立ち居振る舞いの内心は穏やかでないはずだ。


「なんだ、あの妙な目をした将は……ぎゃッ!!」


 仕掛けるべきタイミングを図ろうと互いが膠着状態に陥っていた時。乾いた発砲音が響き、紅葉の首を絞めていた獣人の大腿部を弾丸が抉る。


「手助けはここまでだ。後は自力で何とかしろ」


 ふつ、と身体にかかっていた力が抜けた。喉を押さえながらも敵を振り払う。肩に食い込んだ爪が軍服を破ってわずかに皮膚を裂いたが、構っていられない。交錯する飛び道具の軌跡を掻い潜り、紅葉はコンテナの側面まで逃れた。


「っ、こんなに、入り込まれるなんて」


 ざっと見た限り、静寂に包まれた闇から忍び寄る影は10人程度だろう。これだけの侵入を許したということは、外の見張りも始末されているかもしれない。助けを求めるのは絶望的だ。


 しかもウェスカーの手元には火薬式の銃が二丁あるだけだった。この状況下では弾切れが命取りだろう。既に数発を放っているため、全ての敵を仕留めるには一つも無駄にできない。


 紅葉は今の己に求められる行動を瞬時に考えた。生き延びるための選択肢が、ぼんやりと視界に映る。


「ウェスカー中佐、ちょっとしたお願いがあるんスけど」


 鉄の箱に沿ってウェスカーの隣まで向かうと、上官が銃を手にしたまま舌打ちを返す。


「隊員のくせに俺に指図するとは。この状況でなければ撃ち殺していた」

「アハハ……それで、コンテナの中身をちょいと拝借、っていうかダメにしても許してもらえます?」


 頬に浮き出た鱗を落ち着かせようと指で撫ぜながら、呼吸を整える。横目で見たウェスカーはこれまでになく渋い顔だった。


「経費は貴様の部隊のツケにしておく」

「それなら遠慮はナシで」


 事情はともあれ、上官からの直接的な要請であれば、牙雲は吞まざるを得ないだろう。


 そんな皮算用もあり、紅葉は銃を構えた上官の背にあるコンテナの入口へ走る。動いた自分に黒装束の視線が集中した。しかし、ウェスカーが威嚇射撃で牽制する。


「何をするつもりだ」

「この状態だと暗くて動けないですし、助けも呼べません。だからその両方を解決しようと思ってます」

「……貴様の考えが分かったぞ」

「へへ、もう許可の取り下げは聞きませんよ」


 軽口を返し、紅葉は竜の腕に体内の魔力を宿らせた。


 深く息を吸い込む。内に眠る炎の揺らめきに意識を集中させた。手足の末端にまで巡っていく熱が、じわじわと鱗の奥で小さく爆ぜている。


 以前はこの段階で力を放っていたが、今はこの“火種”が確かな形になるまで堪える必要があると分かっていた。


「それじゃ、少佐に組んでもらった特別訓練の成果発表といきますか」


 ――第六部隊との共闘の後、牙雲が自分に課した魔力行使の稽古がここで身を助くとは。基礎となる気弾の生成に失敗するたび、撃ち返せなかった上官の水泡をかぶっていたのは苦い思い出だ。


 ごう、と一際大きな炎が鱗の表面を覆った。高熱を生む火焔を竜の腕に纏わせると、紅葉はコンテナの内部へ飛び込んだ。


 意図を察したウェスカーが正面から退避する。開けた視界に向け、紅葉は付近に置かれた木箱を渾身の力で外へ蹴り飛ばした。開いた蓋から中身が前方の空間へ散乱する。


「燃えろッ!」


 撒き散らした火薬に向け、紅葉は生み出した火炎弾をぶつけた。


 聴覚を刺激する断続的な爆発音が続く。赤々とした熱の色が引火して広がり、燃え上がる地表を生み出す。遠くの篝火よりも遥かに鮮明に敵影を映し出す光は、黒衣たちの動きを怯ませた。


 爆風に混じった銃声が轟く。黒鋼の躯体が火を噴き、捉えた仇の額を撃ち貫いていた。正確無比な射撃により、敵は瞬く間に頭数を減らしていく。


 その間、紅葉は投擲された暗器の先をかわし、袋小路のコンテナから転がるようにして逃れた。激しい音と炎熱が周囲で躍る。これだけ派手にやれば、さすがに拠点の人員も異変を感じて出てくるだろう。


「数戦分の火薬を全て駄目にしてくれるとは。貴様の命は高くつきそうだ」


 ウェスカーが空の弾倉を投げ捨てた。彼の私物だと言っていた黒鋼の躯体にも、おそらく弾はほとんど残っていない。


「お詫びにこれ拾ってきたんで許してください」


 心にもない態度の相手に、紅葉は懐へ隠していた弾倉を差し出す。手癖の悪さには言及せず、上官はそれを受け取ろうと手を伸ばした。しかし。


「……どけ!」

 

 空を裂く黒矢の先が互いの合間をすり抜ける。取り落とした弾を拾おうとした瞬間、ウェスカーに背中を突き飛ばされた。逆転する天地を仰げば、闇の狭間から現れた敵が上官の首筋に刃を突き立てている。


「ッ!」

「鱗の一つも間に合わないのか? 鈍いトカゲだ」


 銃身で刃を受けたウェスカーは、辛うじて致命傷を避けた。だが、斥候は太腿の鞘からすばやく二つ目の小刀を抜く。


 ざく、と何かを抉る音。黒い覆面越しの嘲笑に紅葉は瞳を見張った。


 左胸を狙った一撃を受け止めていたのは琥珀色の人肌だ。切っ先が深く突き刺さった腕からは、鮮血が滴っている。


 あれだけ小さな刃であれば竜の鱗で防げただろう。仮に運悪く表皮に刺さっていたとしても、防衛本能から深手は避けられたはずだ。しかし。


「貴様のような雑兵ごときに見せるほど、俺の鱗は安くない」


 明らかな命の色を流しながらも、ウェスカーの顔に恐慌や緊張の証は浮かばなかった。すると、黒衣に覆われた斥候の視線が今度は刃を受け止めた銃へ注がれる。


「トカゲが扱うにしては随分としつらえがいい飛び道具だな。それと、先まで奇妙な瞳ばかり気にしていたが、よく見れば面構えも大層な美丈夫だ」

「だから?」


 低く唸ったウェスカーを鼻で笑うと、仇の双眸が銃身に刻まれた文字を辿る。


「お前、鱗を()()()()()のだろう」


 ばち、ばち、と見えない雷火が爆ぜる。口にされた台詞に、ウェスカーがとうとう金の眦を決した。


「そんなに俺の鱗が気になるか? どうにも貴様の方が鈍いらしいな――もう()()()いるぞ」

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