-選べなかった道-
「どうしたんですか、急に」
しばらく黙り込んだ相手の瞳が、不意に自分を睨み据える。
「貴様はなぜこの軍に入った」
まさか彼が他人に興味を抱くとは思わなかった。虚を突かれ、紅葉は戸惑いながらも口を開く。
「あー、その。オレは昔、ドラーグドの人に助けてもらったことがあって、それで憧れてました。あとは、故郷にいる家族の食い扶持を稼ぐためですかね」
「それは己が望んだ生き方か」
「最初は集落の暮らしと違って、しっかり三食と寝床もあるし、手柄を立てればモテそうだとか、邪な理由もありましたけど。家族やみんなが平和に暮らすために役に立ちたいっていう気持ちはずっと持ってます」
「つまり、自ら選んで軍に入った、と」
紅葉は大きく頷いた。元々、自分の父親は集落の自警団に所属していた。だから、傍にいる大切な誰かを守るためという理由は、自分にとって自然なものだ。
しかし、ウェスカーは淡々と先を続ける。
「この世界で弱きは罪だ。他を凌駕する力が得られないのであれば、軍人などやるものではない」
「でも、ドラーグドにいる人は、大なり小なり守りたい物があるはずですよね」
「己の身も危ういくせに他人を守るだと? そうして自分で選択したのにも関わらず、貴様らは呑気に無能さを露呈している。とんだ笑い種だな」
自分の知る限り、ドラーグドは竜人の暮らす領地を守るための有志を募っていた。だが、皆が同じく持っているはずの志を彼に強く咎められ、紅葉はつい買い言葉を返す。
「じゃあ中佐はどうしてドラーグドに入ったんですか。自分の故郷や家族が、危険な目に遭うのを見たくないから戦ってるんじゃ、」
「――俺は貴様の言う“故郷”や”家族”とやらを持っていない」
口ごもった自分を一瞥すると、ウェスカーは磨きかけの黒い躯体を手に取った。
「父親は幼い時から行方知れずだった。残った母親と共にしばらく各地の集落を放浪していたが、あの女は俺を軍の庇護施設に預けたまま帰って来なかった。残されたのは忌々しい面影と、この銃だけだ」
ずしりとした重量を感じる色。持ち主と長い年月を共にしてきた武器の側面には、凹凸の薄まった刻印がある。見慣れない文字で記された言葉の意味は、聞くことができなかった。
「ある程度の年齢になった子供は、庇護施設を追い出される。その時に竜人の集落で生計を立てるか、軍人として生きるかを問われた。だが、仮に集落へ出たところで、身内も戻る里も無い者がどうやって食い扶持を得られる?
――結局、命と引き換えに与えられた日々の寝食を貪ることしか、俺には許されなかった」
ウェスカーが戦へ赴く理由は“生きる”ことそのものだ。そんな彼に対して『他人のために』などという高尚を気取った理由を口にするのならば、彼は当然それに値する強さを示せと言うだろう。
「……中佐ってスゴいっスね。ずっと一人で、誰にも頼らずにここまで這い上がってきたなんて」
冷たい色をした双眸がこちらを覗く。わずかばかり見開かれた切れ長の瞳に、紅葉は素直な気持ちを返す。
「普通は辛い過去があったら無気力になったり、根腐れする人ばっかりですよ。それに、たとえがんばれたとしても、その分だけ誰かに褒めてもらったり、チヤホヤされたいなって思っちゃいますし。
でも、中佐は自分のために強くなって、しかも結果的にみんなを助けてるじゃないですか。それなのに多くの見返りや楽を求めたり、理不尽を他人のせいにしないって、きっとウェスカー中佐にしかできないことだと思います」
「俺は他人の世話までできない。責任が持てないことには関わらないという主義だ」
「ああ、隊員を持たなくなったのも、オレたちを戦闘に出したがらなかったのも、そのせいなんスね」
第三部隊が無敗記録を更新し続けている裏には、ウェスカーの信条が強く影響していた。
過去の経験が他者からの救いの手を拒ませ、生来の気質と恵まれた才能が、皮肉にも彼を孤高の地位へ押し上げている。そうして自分の命を賭すことでしか生きられなかった彼だからこそ、同時にそれを守ることの難しさも知っていた。
苛烈な言動の裏に、血の滲む努力で築き上げた絶対の自信をもって、彼は軍人たる者の資格を説いている。
「――生憎、生き方は選べなかった。だから、死に場所ぐらいは誰の指図も受けず、自分で決める」
死というものは常に自分たちの思考の片隅を支配している。軍に入ってから紅葉もそれを意識する機会は増えた。だが、ウェスカーはその存在さえ一人で動かそうと懸命に足掻いている。
普段から人と関わることを拒んでいる彼が、大した付き合いのない自分にそんな話をしてくれた。深い意図はなかったのかもしれない。それか、自分を生意気だと感じて窘めたつもりだろうか。ただ、余計なことだとは自覚しながらも、紅葉はつい口を開いた。
「そうやって死ぬ時のことばっかり考えてたら、気が滅入りませんか? このままだと戦争が終わったら、やることなくなっちゃいますよ。今のうちに好きなことでも探しておかないと」
そう言って笑った自分に、ウェスカーは露骨に面食らった顔を見せた。
「本当に能天気なヤツだな。数百年も続く争いが終わった後のことを考えろだなんて」
「中佐みたいな強い人がいるからこそ、みんながそんな日を想像できるんですよ。でなきゃきっと、オレたちはこのドラーグドでがんばれないっス」
誰もがウェスカーのような強靭な精神と実行力を持つとは限らない。しかし、彼は多くの隊員たちの希望として確かに存在している。中には牙雲のように、彼の持つ強さを目指す者も生み出していた。
「自分が心に決めてやってきたことが誰かの幸せや目標につながってるなんて、一番イイことじゃないですか。オレから言うのも変な話ですけど、いつもみんなを助けてくれて、ありがとうございます」
「次々と訳のわからないことを……まったく、貴様の相手は疲れる。撃たれたくなかったら出て行け」
言葉とは裏腹に、銃を置いたウェスカーは食べかけの皿を引き寄せた。背を向けている彼の機嫌を損ねないよう、紅葉もおとなしくコンテナの出入口へ向かう。
「あーあ、後で少佐には謝らないといけないな。『趣味悪いなんて言って、すみませんでした』って」




