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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
36/168

-消えた主役-




* * *




「諸君、厳しい戦いの中、我々は《竜のとぐろ》を守り切った。まずは指揮官の立場として皆の貢献を称したい。まだ残党がいるので予断を許さない状況ではあるが、今は身体を休めてくれ」


 ウェスカーの策により敵を追い返したドラーグドの隊員たちは、鬨の声を上げてその勝利を祝した。牙雲が拠点内の食堂に集まった隊員を労う横で、今は紅葉もくつろいでいる。


「いやぁ、今回は楽でしたね。ほとんど中佐がバンバンやってくれたんで、オレはまだ元気っスよ」

「死者も重傷者もいない完全勝利の戦は俺も初めてだ。それに、上官の戦術は学びが多い。忘れないうちに報告内容としてまとめなければ」

「いや、そこは休みましょうよ」

「お前はまだ元気だと言っていただろう? 今回は中佐のおかげで俺たちも大して働いていないのだから、休む暇があるなら別の仕事だ」

「……あーあ、やっぱり中佐の補佐って大変だなぁ! 隣にいたせいでいつ撃たれるかビビっちゃって、なんか今になってグッタリしてきました!」

「お前というヤツは、」

「ささ、雑務は本部でもできるんで、少佐もちゃんと食べてください」


 小言を言う口を塞ごうと、料理が乗った皿を牙雲の前へ引き寄せる。日中は明朝に起きた戦闘の後始末で時間が過ぎてしまい、まだちゃんとした食事にありつけていなかった。


 ありがたいことに、人員が多いこの拠点は配給の量も豊富で、質も量も満足のいく食事が摂れる。騒ぎがひと段落した後の夕食は一層美味しく感じられるものだ。


「俺はほどほどでいい。他に分けてくれ」

「もっと食べないと大きくなれませんよー?」

「……ほう? では、帰ったらお前の修練時間を倍にしてやる。大飯食らいが俺と同じ鍛え方をして、どれだけ成長するのか楽しみだ」

「いや、ほんの冗談ですって! じゃあ少佐じゃなくて中佐にーーって、アレ? さっきまでそこにいたんだけどな」


 ふと気付けば、牙雲の横に座っていたはずのウェスカーの姿がどこにも見当たらない。


「お一人でしばらく気を張っていたから、部屋で休んでいるのだろう。そっとして置いた方がいい」

「けど、今日の主役がご馳走も口にしないでどっか行っちゃうなんて。それこそオレたちがタダ飯食べてる悪いヤツになるじゃないですか」

「そうまで言うなら食事を持って行け。くれぐれも失礼のないようにしろ」

「分かってますよ。あっ、オレの分もちゃんと残しといてくださいね!」


 頷いた上官の元を離れ、紅葉は料理を取り分けた皿を手にして廊下に出た。


 すると、不意に蒼い裾が遠くの通路を横切ったのが視界に入る。今は見張りを除いた大半が食堂に集まっているので、探していた彼の姿かもしれない。


「ウェスカー中佐!」


 消えた後ろ姿をしばらく探して回る。一階の廊下を通って足を踏み入れたのは、備品の格納された倉庫だ。見失った気配を探して佇んでいると、ふと頬へかすかな風を感じる。視線を上げれば、突き当たりにある裏口の扉が僅かに開いていた。


「外の空気でも吸いに行ったのかな」


 手がかりを頼りに屋外へ赴く。墨の空にはささやかな星の瞬きだけが広がっていた。煌々と冴えた光を放つ月は顔を隠し、道標となるのは等間隔に置かれた篝火の灯りだけだ。


 その頼りない炎の揺らめきの奥に、人が出入りできる大きさのコンテナが置かれている。扉の(かんぬき)には《第三部隊専用》の札がかかっていた。


「人がいない分、物に経費かけてるんだろうなぁ……ん?」


 複数あるコンテナの一つから光が漏れている。足音を殺して近づけば、隙間から中で人影が動いていた。


「ウェスカー中佐、そこにいますよね?」


 外された閂の横を軽く叩き、中に声をかける。しばしの間を置いて扉から覗いたのは、相変わらずの仏頂面だった。


「何の用だ」

「こんなところに閉じこもってたんスか。起きてるなら食堂に顔ぐらい出してくださいよ」

「騒がしいのは嫌いだ。放っておけ」

「まあ、そう言わずに。『あれだけの敵を一人で倒すなんて、ウェスカー中佐は最高にクールでカッコよかった!』なんて話で持ちきりですし」


 紅葉が食事を差し出しながら告げると、軍服を肩に羽織っていたウェスカーは小さく鼻を鳴らした。


「たとえ貴様らが無様に果てようとも、俺はこんな場所で死ぬつもりなど――おい、何をしている!」

「わっ、銃火器って色んな種類があるんスねぇ」


 外に出てきた上官の目を盗み、紅葉は開きっ放しの扉からコンテナの中へ立ち入った。壁に掛かる黒鋼の躯体と整備用の道具が所狭しと並べられている内部は、秘密基地のようで好奇心をくすぐられる。


「勝手に入るな」

「ちょっとぐらい見せてくださいよ」

「その皿だけ置いてさっさと帰れ」

「ほら、やっぱりお腹空いてたんじゃないですか! なら、中佐が食べ終わるまで見学してます」

「手元に銃がないと分かって調子に乗っているな」

「へへ、バレちゃいました?」


 持ってきた料理をウェスカーの手に押し付けると、紅葉は備え付けの作業台に載せられていた艶消しの黒い躯体へ視線を向ける。


「で、中佐はずっと一人で何してたんスか」

「コイツの整備だ。手入れをしないと目詰まりを起こす。面倒だが仕方ない」

「へえ、結構マメなんですねぇ」


 台を覗き込んでいた紅葉を押し退けると、ウェスカーは火薬の入っていた木箱を簡易の食卓代わりにして料理をつまんでいた。日中の戦いぶりから武器には無頓着なように見えたが、いつも腰に提げている拳銃は丁寧に取り扱っているのだろうか。


「それも頼めばやってくれそうですし、整備班へ預ければいいのに」

「……俺は自分以外、誰も信用していない。私物は他人に触れさせないようにしている」


 不意に食事の手を止めると、ウェスカーは被っていた軍帽を膝の上に置いた。柔らかな電灯の下、銃の塗装と同じ色をした長い前髪がはらりと精悍な鼻梁へ落ちる。それは褐色がかった肌と共に彼の容貌へ深い陰影を生んでいた。


「そんなに怖い顔しないでくださいって。せっかくのイケメンが台無しですよ」

「生憎だが、俺は自分の面が大嫌いだ。戦の役にも立たないくせに、余計な面倒ばかり引き寄せる」

「もしかしてモテ自慢っスか」

「……これは、俺にとっての“烙印”でしかない」


 武骨な掌が彫の深い顔立ちを覆う。光を吸う双眸が睨み据えていたのは、紅葉の背に置かれた金属板に映る虚像だった。

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