-絶えぬ号砲-
きん、と空気の澄み渡る音。直後、無彩色の荒野と強いコントラストを生む蒼い背中が、太陽さえ溶かす激しい光源に変わった。
腹部に響く重低音を伴い、大口径の魔力弾が東の空へ放たれる。天を覆う朧げな朝焼けは燦然とした輝きに掻き消された。
標的になった精霊族が攻撃に気付き、すぐに迎撃体制へ移った。しかし、敵の魔力弾はウェスカーの砲撃を殺すどころか、圧倒的な力の前に砕けて霧散する。
「それを寄越せ!」
射出された輝きを追っていると、手にしていた狙撃用の長銃をウェスカーに奪われた。照準を合わせた彼が即座に追撃を放つ。狙いは先に撃ち出した自らの砲弾だ。
雷光を纏う鮮烈な弾頭が、高密度の魔力を孕む球体に触れた瞬間。それは急速に質量を膨張させ、バチバチと激しく火花を散らしながら精霊族の上空で暴発した。
刹那、蒼き稲妻が空間に幾筋もの亀裂を走らせながら降り注ぐ。地表に着弾した雷撃は、竜の咆哮に似た轟きと共に敵を瞬く間に喰い破った。天の怒りを受けた精霊族は悲鳴を上げながら逃げ惑うばかりだ。
「持って行けたのは三割か」
舌打ちと共に聞こえた呟きに、紅葉は思わず生唾を呑み込んだ。
隣にいる将はこの一瞬で数百の敵を焼いた。抉られた地表がその威力の高さを物語っている。これまで牙雲と共に経験してきた戦とは、武力の規模が桁違いだ。
「次の攻撃で長耳共の全軍を前線に流す。右手に魔導砲を二つ、控え三つで左から来る獣共を焼き払うぞ。さっさとNo.462を運んで来い!」
白煙を上げる銃身を蹴り飛ばし、ウェスカーは次の武器を催促した。魔導砲を渡す合間で転がった筒を見れば、射出口がぐにゃりと変形している。
「中佐の攻撃って威力は半端ないけど、すっげぇ資源食うじゃん」
捨て置かれた銃に割り振られた番号は、ウェスカーがこれまで廃品にしてきた銃の数だ。篭める魔力を常に最大出力にしているせいか、一撃分で駄目にしてしまうらしい。それを見た以上、砲台へ初期投資することが、攻撃面でも軍の懐事情の面でも最適解だったことがよく理解できた。
「左の動きが遅い! 怠けていないで用意しろ!」
「は、はいっ! すぐ渡します!」
ウェスカーの怒号に、抱えていた銃身を慌てて渡す。次いで放たれた砲撃で、様子見を決め込もうとしていた精霊族軍が中央区画へ雪崩れ込んだ。攻撃に移ろうとしていた獣人軍も虚を突かれたようで、統率が取れずに動乱へ巻き込まれていく。
一方、ウェスカーは混乱する敵の頭上に無慈悲な砲撃を繰り返した。瞬間火力を高めるため、彼は既に最大まで装填されている魔力に自らの物を乗せて撃ち出している。
轟音を伴う雷光が瞬く度、敵の兵が減っていく。しかし――
「……次の銃!」
「ちょっと待ってください、まだ届いてないっス」
気付いた時には魔導砲が底をついていた。支援役が魔力を装填していたが、ウェスカーの連射速度に追いつかなくなっている。
「あ、あと10秒だけ、」
「愚図め、戦場で10秒も待てるか。目の前に獣共が来ているぞ!」
顎で示された先を見れば、砲撃を逃れた獣人軍の分隊がこちらに向かってきていた。高い機動力を持つ彼らを食い止めるには、手持ちがなければ間に合わない。
「どいつもこいつも使えないな。だったら――総員、後退だ」
その号令に前衛の隊員たちが困惑した表情を見せた。ただでさえ心もとない防衛線を捨て置けと言われたのだから当然だ。しかし、軍帽を被った将の横でこれまで戦況を臨んでいた牙雲が叫んだ。
「いいから早く下がれ! 我々が死んだら、誰がこの拠点を守れるというんだ!」
動かない兵を一喝すると、牙雲は自ら持ち場を捨て、隊員たちを内陣まで先導する。紅葉もそれに一歩遅れて続いた。
「少佐っ、ココで退いていいんですか! あのまま中まで攻め込まれたらヤバいっスよ」
「俺は中佐を信じている。きっと策を練っているはずだ」
背後を振り返ると、ウェスカーが栓を抜いた筒を地面に投げつけていた。直後、もうもうと上がる白い煙幕が敵の視界を覆い尽くしていく。動きの鈍った相手を見て、彼は後方に次の指示を下した。
「砲台を起動させろ」
傍についていた第五部隊の精鋭は、命じられるまま荒野へ向けて空砲を放った。
ドォンという鈍い射出音が付近の上空に響き渡る。とはいえ、魔力を弾に変換できなければ筒の内部で爆ぜる音を響かせるだけで、攻撃としては意味を成さない。しかし。
「総員、退避しろ! 退避だーーッ!!」
攻め込んできたはずの獣人軍が、掛け声と共に煙幕の中から一斉に消えていく。白くなった視界が晴れる頃にはがらんどうだけが残されていた。
「総員、持ち場へ戻れ。攻撃を続行する」
目の前で踵を返した敵の姿に、紅葉はしばらく栗色の瞳を瞬かせていた。一方、横にいたウェスカーは何食わぬ顔で火薬式の狙撃銃を手にして歩き出す。逃げ遅れた敵兵を淡々と処理しながら進むその足元には、薬莢と仇の屍がいくつも転がっていた。
「途中はどうなるかと思ったが、誰にも危害を加えずに敵を自ら退かせる方法を考えていたとは。さすがはウェスカー中佐だ」
再び前線へ赴いた上官の背を追いながら、牙雲が感服した様子でそう呟く。
「えっと、今のって簡単に言うと“ハッタリ”ですよね?」
「脅しも立派な戦術だぞ。あの不鮮明な視界で砲撃の音がしたら、中佐の攻撃だと考えて退くのが妥当だ」
ウェスカーの真の狙いは戦場における『聴覚情報の支配』だった。
彼は精霊族軍を攻撃して前線へ向かわせ、そこから押し出された獣人軍の兵が自分たちを狙ってくると予想していた。頭数の少ないこちらが正面衝突を嫌い、精霊族と撃ち合うところを見せつければ、接近戦を得意とする彼らが好機と見て近づいてくると考えたのだ。
実際にウェスカーは魔導砲の威力を認識させつつ、煙幕で視界を遮ることで、獣人軍に対して強制的に聴覚へ頼らせる状況を作り出している。後退も油断を誘う策の一つで、彼は空砲による“脅し”だけで敵の行動をコントロールしていた。
「あー、しかも平地で混戦状態になってると、遠目からじゃ今のが空砲なのか魔導砲なのかもさっぱりですね」
「あれだけ派手に攻撃していれば、砲の音が響くたびに敵は周囲の確認で一時的に動きを止める。空砲を囮にして本攻撃を仕掛けたり、今のように敵の襲撃回避や、魔導砲を準備する時間稼ぎにも使える技だ」
「動かないはずの砲台まで有効活用かぁ。オレたちも無傷だし、敵はどんどん後退してるし」
「我々がいなくても、中佐はきっと一人で今の策を進めていた。劣勢を案じていたが、あの方が“手出し無用”とおっしゃるのも頷ける」
牙雲はそう言っていたが、実際には彼の一喝が隊員たちの背中を押していなければ、先の後退は少し遅れていただろう。何人かは獣人たちと衝突していたかもしれない。その意味では、過去にウェスカーの行った善行が将に対する信頼につながり、兵を動かす結果を呼び込んだとも言えた。
「……グズグズするな。さっさと撃てる銃を持って来い!」
前線でウェスカーが不機嫌な顔で吼えている。放っておくと面倒なことになりそうだ。
「ハイ、すぐ持って行きます!」
将からの要求に応えるように促され、紅葉は装填された魔導砲を前線にまで担いでいった。
絶えぬ号砲が鳴り響く。敵軍は当初から大幅に数を減らしていた。青白く輝く雷が空を覆い、敵の頭上で爆ぜる。
そして、陽が天高く昇る頃。白昼夢の戦場に残されていたのは、大きく抉れた地面と炭化した有象無象の亡骸だけだった。




