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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
34/136

-ファンファーレ-




* * *




「ふん、前線には大した人数が置かれていないな。これで攻略できると考えているのなら、随分と舐められたものだ」


 黎明の白い光が《竜のとぐろ》を照らす。手にした双眼鏡を横へ放ると、ウェスカーが開口一番にそう告げた。


 昨晩、彼に一喝されてから迎撃の準備を始めた紅葉たちは、暫しの仮眠の後に本陣へ集まっていた。今回の召集を行う際、砲台の機能停止についても拠点の全員へ知らされたらしい。ただ、ウェスカーが将となって直々に発破をかけたことが功を奏したのか、大きな混乱は無かった。


「ねえ、少佐。オレもちょっとはお勉強したんスけど、獣人軍に対しては遠距離からの攻撃が有効で、精霊族軍は接近戦に持ち込むのが吉って話でしたよね? けど、こういう混戦の時だとどう動くんですか」


 隣でハルバードを握る牙雲に紅葉は声をかけた。聞いた情報によると、今は向かって西側に獣人軍、東側に精霊族軍がそれぞれ1000程の兵を率いて来ているという。


「理論通りにいくとすれば、まずは近づいてくる獣人を中衛から後衛の部隊で片付ける。その後は両翼に陣を広げ、残った獣人を銀矢の壁にしながら、精霊族の本陣にまで辿り着くのがいいだろう」

「といっても、今回は攻めも守りも人数が足りてないんで困ってるんスよね」


 それに頷くと、彼は憂いを払えない表情で唇を噛んでいた。


「本来ならば、この拠点は1000人以上の兵を置いて守備を固めるべき規模だ。それが、今は俺たちを含む500が本陣として南面へ置かれ、他の三方の守備はそれぞれ100前後の兵で賄っている。正直なところ、この戦力差で倍以上の敵を相手にする方法は見当がつかない。ただ、隊員に対する細かな指揮は中佐の指示で俺が行うことになった。そろそろ役割や作戦の説明があると思うのだが」


 陽光を反射する鉄の壁を背に、紅葉たちは軍帽を被った上官の命令を待っていた。吹きつける乾いた荒野の風が凪ぐ。


「頃合いだな」


 照らしつける陽の下で、ようやくウェスカーが動いた。


「今日、貴様らがやる仕事は三つだ。一つ、俺の指示に従い、弾幕を絶やさずに撃ち続けられる体制を維持しろ」


 紅葉は背後にある銃火器が山と積まれた荷台を振り返った。中には速射に優れた火薬式の物と、威力の高い魔導式の物が用意されている。ウェスカーはそれを使い分けて敵を迎え撃つのだろう。すると、牙雲がすぐに反応を示す。


「魔導式の物は装填に技術が必要です。第五部隊の後衛を指南役として、この拠点の人員に対応させても良いでしょうか」

「撃てる弾になるなら手段は問わない。この役は最も手厚くする必要がある。適性のある者は全員ここに宛がえ。それと、火薬式の方は技師共から装填方法の説明をさせた。だが、繊細さの欠片もないヤツには決してやらせるな。暴発して巻き添えを食うのは御免だ」


 漆黒の瞳に睨まれ、紅葉はつい苦笑いを返した。それほど目をつけられるようなことをしたつもりはなかったのだが。


「二つ。そこに持ってきた砲台の操作だ。戦況を見極められる利口で視野の広い者をつけろ。この持ち場は少数で構わない」

「では、第五部隊の精鋭で対応します」


 次の役割には第五部隊の精鋭たちがつくらしい。夜明け前に整備班が屋上の砲台を一つだけここに下ろしていたが、動力ケーブルがなければ単なる置物だ。そんな物を何に使うのだろうか。しばらく首を傾げていた紅葉の耳に次の指示が入る。


「三つ。前線に(デコイ)として並ばせる兵が必要だ。軟弱で鈍いヤツは論外。俺の指示に合わせて動ける、頑丈で肝の据わった反射神経のいい者が適任だろう」


 おもむろに歩き出したかと思えば、ウェスカーは少し離れた地面に靴先で線を引いていく。ただ、彼が敷いたそれは死守すべき防衛線とは比べ物にならないほどに陣から近い。


「囮役が動いていい範囲はこの線から後ろだけだ。この先に出たヤツの命は保証しない」


 下された指示はそこに立っていることだけだった。しかし、機を見て攻勢に転じなければ、敵に接近を許すばかりだろう。牙雲は隊員の配置や動き方を細かく伝える性格だったが、ウェスカーの話は意図も含めてさっぱり分からない。


 ただ、適正を聞く限りでは自分は最後の役に向いているようだ。牙雲の方を振り向くと、彼もこちらに頷き返してきた。


「各班は指示された役割を全うするように動け。中佐は攻撃に専念するため、指揮は俺が執る。もし報告があれば班長から前にいる俺に知らせろ――総員、配置につけ!」


 牙雲の号令で隊員たちが一斉に動き出した。彼が精鋭に指示を飛ばす間、ウェスカーが前に立つ隊員の背を銃身で突きながら配置を整えていく。


 地面の線を頂点として弧を描くように兵を置き終えると、彼は複数の銃火器を最前線に運ばせた。てっきり後衛から戦場を俯瞰する立場なのかと思っていたが、軍帽の彼は先陣に居座るつもりらしい。


「あのー、オレたちホントに立ってるだけでいいんスか?」


 横で魔導式の長銃を押し付けられた紅葉は恐る恐るそう尋ねた。正面に立てば、開けた視界の奥に獣人と精霊族の兵がずらりと並んでいる姿が現れる。前線同士は互いに目視できる距離で、こちらの頭数が少ないことには敵も気付いているだろう。


 すると、ウェスカーは不遜な表情のまま口を開いた。


「これは敵に貴様らの間抜けヅラを見せるのが目的だ。だが、戦の主導権は握らせまい。こちらから仕掛けるぞ」

「えっ、オレたちの方から攻撃するんスか!?」

「物分かりの悪い愚図には口で説明するよりも、見せた方が早いだろう」


 狼狽える自分の横で、軍帽の将が大型の武器を肩に担いだ。砲台の筒をそのまま縮小したような形状のそれは、可動式の魔導砲だ。砲台よりも簡素な造りのため、当然ながらそれより射程や威力は劣る。ただ、敵との距離が近い状況であれば、十分に使えると判断したのだろう。


「装填を開始する」


 宣言と共に、深い闇を彷彿とさせる黒の瞳が金色へ変わった。その途端、突如として自らの肩に強い重圧がかかる。


 周囲にある空気の質量が増したのは気のせいではない。呼吸さえも奪うほどの重苦しい将の覇気がこの場に渦巻いている。その感覚は、牙雲が激昂した際に放っていた魔力の波長に近かった。だが、ウェスカーの力はさらにその上を行っている。


 剥き出しの暴威に当てられ、全身が震えに襲われた。腕を覆う真紅の鱗も次々に逆立っていく。この力が明確な殺意を持ってぶつけられたら、きっとひとたまりもない。


 びり、と表皮を走る魔力にたじろぎかけた、その時。


「……しっかりしろ、紅葉! 敵の前だぞ」


 不意に耳奥へ入ってきた声で我に返る。隊員へ指示を終えた牙雲が前線に戻ってきていた。威圧に丸まっていた背を叩かれ、忘れていた呼吸を取り戻す。


 その間、臨戦体制に入った将の隣で牙雲が指示事項の完遂を告げた。


「ウェスカー中佐、後方の支援体制が整いました。いつでも動けます」

「上等だ。まずは右にいる貧弱な長耳共を中央へ押し出す。これと同じ型の魔導砲をあと五つ装填しておけ」

「承知しました」


 牙雲の頬と青い鱗が白い輝きに染まっている。視線を上げれば、たわむ砲身を構えた将が、褪めた青の軍服を風にはためかせていた。


「No.461、最大出力まで装填完了。安全装置(セーフティー)の解除完了。照準セット」


 乾いていく空気。バチバチと爆ぜる雷火と共に、大口径の先端へ淡い光の粒子が収束する。


「――さあ、“ヤツらの悲鳴(ファンファーレ)”を聞かせてやろう」

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