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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
31/168

-差し入れ-




* * *




 ちらつく明かりが執務机を照らしている。牙雲と作戦室に戻ってきたが、彼は数時間前から机に置かれた盤面をずっと睨んでいた。


「一つの軍を相手にするなら俺たちとここの人員で耐えられるだろう。ただ、この場所では漁夫の利を狙う輩がいる。本戦に人を割けば裏をかかれ、奇襲の警戒に当たると表が手薄になる状況だ。

 せめてウェスカー中佐の砲台が一つでも動けば、拠点付近に防衛線を配置して移動距離を縮め、全方位の守備を固められたのだが」

「残念ですけど、さっき整備班から『動力装置のケーブルが壊れてる』って報告がありましたもんね」

「出力の元がやられているようなものだ。今日明日での復旧は望み薄だな」


 進めては戻していた駒を脇に置き、牙雲が深い溜息をつく。


 今回使われた砲台はほとんどがメンテナンスを施されたばかりの物で、整備不良や輸送時の瑕疵は無いと判断された。そのため、ウェスカーの魔力を砲弾へ変換するのに使われる動力装置と、各砲台自体をつなぐケーブルの損傷が原因だという結論に至ったらしい。


 もちろん、砲台自体に問題がなければ他の隊員を使って稼働させることも牙雲は視野に入れていた。しかし、第三部隊の特注品として造られたケーブルは大元の動力装置へ集約される構造で、個別の砲台に切り分けての接続は困難だった。


「確認したら、予備のケーブルも摩耗して使い物にならなかったそうだ」

「そんなに頻繁にスペアまでダメにするもんなんですか?」

「整備班が粗悪な品を寄越すとは考えにくい。もしかしたらケーブルの規格に問題があったのかもしれないな」


 牙雲の言う通り、第三部隊の備品を雑に扱えば叱責どころか弾丸が飛んでくるだろう。本部の人員も点検は徹底しているはずだ。


「疑問は残るが、拠点の防衛のためには《動力装置につなぐケーブルの入手》が最優先事項だ。既に本部へ要請を出して、数日以内には届けてもらうことにしているが――」


 取れる策は着実に打っている。ただ、牙雲の表情は一向に晴れなかった。


「ケーブルが到着する頃には前回の砲撃から二週間が経つ。おそらく数日のうちにここを狙った攻撃があるだろう」

「これまで攻め込まれなかったのは単なるラッキーだったんスね」

「砲撃を続けられれば、敵の偵察兵に不利を悟らせて撤退させる効果的な戦術だったのだが。今回はその策が裏目に出たらしい」

「どういうことですか」

「この付近で勃発した獣人と精霊族の争いに、中佐の砲撃が横槍を入れてしまった。だから今は両軍から報復される可能性がある。そして裏には人間たちの兵も絡んでくるだろう。

 どの軍も警戒すべきだが、種族が絞れない環境下では《ノーバディ》に最も注意が必要だな」

「そこって人間たちの軍事組織ですよね? 他の種族と違ってこれといった能力が無いから、そんなにヤバい相手じゃないって思ってたんですけど」

「奴らを侮るんじゃない。お前の言うように武力の上では劣るため、彼らは戦わずして勝つことに重きを置いているんだ」


 『人間』が率いる軍事秘密結社――《ノーバディ》は、質の高い斥候たちを有する情報戦に長けた組織だ。


 彼らは元の軍で謀反を起こした者や、何らかの理由で追放された者の受け皿として、種族を問わずに兵を募っている。そうしてあらゆる種族を組み込むことで、各軍の詳細な内部情報を集め、いつしか対戦を優位に進めるようになったのだ。


「仮にこの拠点の内情を得た人間が、武力的な脅威を持つ獣人や精霊族へ情報を漏らして焚きつければ、事態が悪化する。非常に苦しい状況だが、命令を投げ出すわけにもいかない。今回はお前も腹を括る覚悟で望め」


 神妙な面持ちで告げられた言葉に、紅葉はしばらく唇を結んでいた。


「少佐、もう遅いんでそろそろ休まないと。オレたちが移動で疲れてるだろうからって、今日はこの拠点の人たちが夜の見張りをやってくれるみたいですし」

「上官を勝手に休ませようとは偉くなったものだ。お前こそ早く寝ろ」


 眉間に皺を寄せた相手に追い払われ、紅葉はやむなく作戦室を後にした。


 これまでも窮地に陥ることはあったが、普段の牙雲なら冷静に活路を見出し、味方を鼓舞するはずだ。しかし、今はそうした気概が見えない。正直な上官の口から出た懸念が、どうしても耳について離れなかった。


「――少佐はしばらく配置表とにらめっこしてるだろうな」


 隊員に宛がわれた仮眠室に向かおうとして、ふと階段の前で足を止める。


 昼間は監視塔まで辿り着くことができなかったが、夜もそこで任務を続けている隊員がいるだろう。上官や拠点で敵の攻撃を凌いでいた仲間が苦労しているのに、自分だけ休むのも少し憚られる。


「この拠点の人とは協力することも多そうだし、挨拶しておくか」


 どうせ牙雲は作戦室の仮設寝台で眠るだろう。彼が自分のいる部屋には来ないと考えて、紅葉は階段へ足をかけた。




* * *




 夜の屋上は幾分か空気が澄んでいた。


 昼の喧噪は静まり、広がる墨の空には点々と星が散っている。欠けた細い月から注ぐ刃のように冴えた銀色が、沈黙を貫く砲台を照らしていた。


 夜霧に覆われている本部とは違い、ここは拓けた地表がどこまでも見渡せる。敵襲にも気付きやすい立地のため、監視の隊員は逆に気を抜けないことだろう。


「お疲れさまでーす。今、ちょっと時間いいっスか」


 監視塔に向かう梯子の下まで赴いたが、しばらく待っても返事がない。監視任務は二人一組で行う場合が多いものの、今は対応できる人数が少ないのだろうか。


 監視員が一人で眠ってしまっているかもしれないと考え、紅葉は梯子に足をかけた。すると、半分ほど上ったところで複数の発砲音が響き渡る。墨の夜空へ青白い稲妻が走り、残光の尾を引きながら地表へ注ぎ落ちた。


 聞き覚えのある銃声に顔を上げると、そこには外套を肩にかけた麗人が月冴の中で佇んでいた。


「げっ、ウェスカー中佐……!?」

「貴様はまた俺の邪魔をしに来たのか」

「誤解っスよ! オレは夜勤やってる人に差し入れを持ってきただけで、」


 慌ててそう答えると、ウェスカーは抱えていた長銃と共に身体を引っ込めた。


 来訪が拒まれたのであれば、既に弾丸が顔を掠めていただろう。撤退を思い直し、紅葉は錆びついた鉄の梯子を登りきった。


「お、お邪魔します」


 恐る恐る狭い空間に入ると、ウェスカーが長銃と共に前方を見据えたまま片手を差し出す。催促するように指を曲げた上官の掌に、懐の袋から乾いたパンを乗せた。


 振り向きもせずそれを齧っていた軍帽の将が、しばらくして口を開く。


「もっとまともな飯はなかったのか」

「食堂からこっそりくすねてきた物なんで。今回はこれで勘弁してください」


 言いながら、自分が食べるつもりで持ってきたパンも渡す。どうやら彼は空腹だったらしい。そこに自分が都合よく食事を運んできたので、邪険にされなかったのだろう。


「そういえば、どうして中佐がここにいるんスか? 夜の監視は拠点の隊員がやってくれるはずっスよね」

「俺は自分の“仕事”をしに来ただけだ。だから邪魔な奴は下げさせた」

「監視任務こそ中佐がするような仕事じゃ、」

「――俺に課せられた使命は《この拠点の防衛》だ。それ以上でも以下でもない」


 不機嫌な声音に気まずい沈黙が流れる。返す言葉を探して、その横で地平線を眺めていた時――


「あっ! アレって敵の偵察兵、」


 声を上げた瞬間には、既に青い雷火を纏う弾丸が標的を貫いていた。驚いてウェスカーを見ると、光を吸う黒曜石の双眸が今は煌々と輝く金色に変わっている。


「ちっ、よく飽きもせず毎日来るものだ」


 月冴に淡く光る銃口を構えた上官はそう悪態をついた。


 彼の周囲には異なる形状をした銃火器がいくつも立て掛けられている。腰に提げられている火薬式の拳銃以外は、どれも砲台と同じく魔力を弾丸として篭められる型らしい。


 淡々と次の標的を探す姿と持ち場の様子から、紅葉はウェスカーが夜な夜なこの監視塔に陣取って敵を狙撃しているのだと理解した。


 ただ、どうして彼はこんな場所に張り込んで、手ずから敵を撃っているのだろうか。


「おい、そこの木偶」

「なっ、何でしょう? パンのおかわりはもうありませんよ」

「……貴様のところの部隊長に伝えておけ。内部統制までは許したが、くれぐれも俺の許可なく木偶共を使って余計な手出しをするな、と」


 口を噤んだ自分に、彼は凍てついた声音で告げた。


「ここは俺の戦場だ。この戦歴に“瑕”をつけさせるものか」

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