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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
30/152

-第三部隊、全滅?-

 ビリビリと肌を焼くような緊張感。知らぬうちに逆鱗に触れてしまった相手から、銃口を突きつけられる。


「ウェスカー中佐!」


 青ざめた顔で硬直していると、後方から足音が近付いてきた。視界の端に息を切らせた伝令兵が現れる。


「なぜこんな場所にいらっしゃったんですか? 先ほどお部屋に伺ったら『別で用事がある。そこで待て』と言われたので、廊下で待機していたんですよ」

「貴様のせいで部屋の前がうるさくなったから、昼寝の場所を変えただけだ」

「昼寝って……ひとまず牙雲少佐が会議室でお待ちなので、下までお越しください」

「なぜ俺が? 好きに待たせておけばいい。俺は軍の時間ではなく、俺の時間で生きている」

『めちゃくちゃ面倒くさいタイプだなこの人!』


 頼みを謎の持論で突っぱねられ、やってきた隊員は困り果てている。同情こそするが、今は自身が的にされている以上、余計な口出しは命取りだ。すると。


「紅葉! こんなところで油を売っていたのか」


 今度は自分を探しにきた牙雲が姿を見せた。自分から注意が逸れた隙をつき、転がるようにして上官の背中へ身を潜める。


「うわーん少佐! この人超怖いっス!!」

「……お前は何をやらかしたんだ?」

「声かけただけですよ! 信じてください!」

「信じようにも素行が悪過ぎる」

「ひどっ! 撃たれて死ぬかと思ったのに」

「ふん、あんなのは冗談(ジョーク)のうちだ。本気ならばこの至近距離で俺が外すなどあり得ない」


 牙雲が呆れた顔を見せたところで、ウェスカーも興が冷めたように銃身をホルスターへ収めた。集まった第五部隊の面々を、彼はじろりと一瞥する。


「それにしても、どいつもこいつも間抜けヅラの木偶(でく)ばかりだな。他に使える駒はいないのか」

「申し訳ございません。急な要請だったため、率いてきた精鋭もご挨拶ができておらず」

「その“精鋭”とやらはどこにいる。部隊長さえ見当たらんぞ」

「……大変失礼しました。申し遅れましたが、自分が第五部隊の部隊長である牙雲です。ウェスカー中佐の数々のご活躍を聞き及んでおりますゆえ、お会いできて光栄です」

「はっ、この軍は余程人が足りていないらしい。貴様ごときが部隊長など、先が思いやられるな」


 部下の挨拶も取り合わず、ウェスカーは傍にあった鋼鉄の躯体に寄りかかっている。あまりに不遜な態度に肩をすくめたが、当の牙雲は横柄な物言いを気に留めていない。


「自分を含めて至らぬ兵ではありますが、我が軍や中佐のために微力ながらも力添えしたく。まずは支援要請を出された経緯をご教示願います」


 説明を待つ牙雲の前で、ウェスカーは軍帽を深く被り直した。


「……第三部隊が機能停止に陥った」


 上官が顎で示した先には虚空を的にした砲台があった。ウェスカーいわく、軍から拠点防衛の任務についた初日は問題なく稼働していたものの、三日後に砲撃を試みたら不発に終わってしまったという。


「原因は判明したのですか」

「それが分かれば既に策を取っている。どうせこの拠点にいる整備班では埒が明かないから、本部のヤツらも呼びつけた。書面の返事では『原因究明には時間がかかる』と言い訳ばかりで、まったく使えない」


 腕組みをしたウェスカーがそう吐き捨てる。砲台は貴重な装備品で、故障の解析には本部の技師たちで相応の確認作業をしなければならないのだろう。だが、砲台の数はざっと見て10台以上ある。


「ちょっと待ってくださいよ。これだけの砲台を動かせるなら、少なくとも100人以上の隊員がいるはずじゃないですか。頭数がいるなら多少は戦えるのに、どうして急いで支援要請を?」


 純粋な問いかけにウェスカーの表情が明らかに気色ばんだ。それに気付いた牙雲がすぐに付け加える。


「すまない、俺からの説明が不足していた。実を言うと、第三部隊はウェスカー中佐とこの砲台の編成で組まれているんだ」

「ええっ!? じゃあ中佐があの砲台を全部一人で動かしてるんですか」

「俺の部隊には生身など必要ない。ごちゃごちゃと口応えする“木偶”よりも、指示通りに黙って動く“銃”の方が利口だ」


 第三部隊が出陣する戦闘では、将であるウェスカー自身が戦死しない限り、死者どころか怪我人さえ出なかった。もちろん砲台の運搬には控えの人員がついて回るが、戦場において頭数とは見なされない。


 類い稀な魔力の才に恵まれていた彼は、まさに一騎当千の活躍で数多くの勝利をもたらしてきた。この強さが彼を《ドラーグドの暁光》たらしめる理由だ――多少の性格難は軍が目を瞑っているのだろう。


「実際は”第三部隊”じゃなくて、単騎なんですね……『砲台の機能停止=ほぼ全滅』ってことか。だからオレたちが呼ばれたんだ」


 ウェスカーが派遣される拠点は往々にして窮地に立たされていた。敵襲が防ぎ切れないところを、彼の機動力と破壊力で補っているからだ。この拠点も戦闘に参加できる人員が足りず、次の敵襲があれば深刻な被害を受ける。


 今が危機的な状態であることは理解できた。ただ、問題はこの窮地をどのように脱するかだ。牙雲も頭を抱えることだろう。


「優先事項は中佐の砲台を可能な限り早く稼働させることです。想定される敵の勢力はどれほどでしょうか」

「付近で低能な獣共と貧弱な長耳の軍が争っていたから、初日に砲撃で一掃しておいた。以降は斥候や偵察が探りを入れにきたようだが、見えた範囲で始末している」

「砲台の故障にはまだ気付かれていないようですね。すぐにでも情報統制を行うのが賢明です。この話は拠点の人員にどこまで共有を?」

「誰にもする訳がないだろ。この失態が広まったらとんだ笑い種だ」

「それならば機密が漏洩した可能性は低いでしょう。ただ、本部の調査班には伝えた方が、」

「わざわざ自分から恥を晒せと? 冗談も大概にしろ」


 牙雲の提案はウェスカーに一蹴された。彼はどうにも本部と連絡を取り合うことを拒んでいるらしい。第五部隊を呼びつけた理由さえ語らなかったのだから、彼の中で譲れないものがあるのだろう。


「では、今の話は内密にします。派遣した整備の者に砲台の復旧を急がせ、ここの人員で取れる防衛策を検討しましょう」

「内部統制は俺の専門外だ。貴様の好きにやれ」

「承知しました。それでは失礼します」


 拠点統制の権限を託された牙雲は、ウェスカーに一礼して扉の向こうへ戻っていく。対峙する黒曜石の双眸に睨まれた紅葉は、去っていく蒼い背中を慌てて追った。


「はあ、さっきは心臓止まるかと思いました」

「奇遇だな。俺も絶対にお前が失礼を働いたと思って肝が冷えた」

「だから何もしてませんって。それにしても、ウェスカー中佐があんな横暴な人だったなんてなぁ。しょーさってば趣味悪いっスよ」

「何を言う。中佐は普段からお一人で多くの人命を背負っているんだ。当たりが強いのは、きっと将としての責が果たせずに苛立っているからだろう。そうした重責を自らの意志で負うその姿――俺は心から尊敬しているぞ!」

「……ファンって盲目」


 もしウェスカーが大きな人員を抱える指揮官だったとしたら、隊員は些細なミスで撃たれて死ぬか、精神的に摩耗して過労死するしかない。


 苛烈な性格の彼を単騎独行にした軍の判断は正しかったのだと、紅葉は口にしかけた言葉を飲み込んだ。

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