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蒼い背中  作者: kagedo
EP.3 中央区画 防衛戦編
29/168

-探し人の行方-




* * *




 荒廃した焦土の上で黒煙が吹き荒ぶ。焦げた匂いが辺りに充満しているせいで嗅覚が麻痺してきた。どこを見渡しても激しい交戦の跡を残すここは、各種族の兵がぶつかり合う中央区画の只中だ。


 伝え聞いた話だと、ここはかつて豊かな自然に富み、大陸繁栄の礎となった交易路の起点だったらしい。しかし、種族間の戦争が始まって以来、絶えず戦火が続いている。文明都市の名残は時を重ねるうちに風化して、いつしか廃墟に成り果てていた。


「目的地に到着した。全軍、周囲を警戒しつつ待機するように」


 蒼い隊列の歩みが止まる。空路と陸路を経由して辿り着いたのは、堅牢な城壁をこしらえた巨大な建造物だ。


「これがドラーグド最大の要塞――《竜のとぐろ》かぁ」


 牙雲が門番に到着を取り次いでいる間、紅葉は頂にある監視塔をぼうっと見上げていた。


 本部とは異なる風格を持つこの拠点は、巨大な竜が尾を沿わせて寝そべっているような外観をしている。一番の特徴は貴重な資源である鉄鋼をふんだんにあしらった鈍色の壁であり、蟻の一匹でさえ通さない佇まいだ。


 ただ、場所によっては焦げ付いた跡が残されており、幾度も侵攻の対象になってきたことがうかがえた。


「ここに常駐してる人たちは苦労してそうっスね」

「中央区画への足がかりになる場所のせいで、どうしても激しい攻撃に晒されることが多いからな。第三部隊が砲台を扱い始める前は、大佐の部隊も定期的に赴いていたらしい」

「そんなに重要な拠点なんじゃ、余計に要請の理由が気になりますね」

「我々の手に負える話であれば良いのだが」


 将である牙雲の役割上、第五部隊は必要な資源を守りつつ、領土内へ立ち入ってきた敵兵を排除する任務に宛がわれることが多い。しかし、中央区画での任務はどれだけ敵を効率的に駆逐できるかという、まさに純粋な“武力”が問われる世界だった。


 大陸の縦横に伸びるこの平野は、補給路の確保や侵攻・撤退などにおいて戦略上で重要な役割を果たす。枯渇した資源を奪う立場であれ、敵の侵攻から守る立場であれ、ここの領地を明け渡せば今後の戦いに響いてくるだろう。


 上官はその点を憂慮しているようだが、第三部隊の人員と協力できればどうにかなるはずだ。


「オレたちだって強くなってるんスから、きっと大丈夫ですよ。ほら、中へ行きましょ!」


 難しい顔をした牙雲の背中を押すと、紅葉は門番に敬礼を返しながら鋼鉄の門を潜った。




* * *




 《竜のとぐろ》に入った紅葉たちは、作戦室でウェスカーの姿を待っていた。


 拠点の人員から聞いた話では、兵のほとんどが消耗しており、今の防衛線も最低限しか保っていないという。懸念が的中したという事情もあり、牙雲は第三部隊と早く落ち合って適切な策を練ろうとしていた。しかし。


「おかしいな。遣いがウェスカー中佐を探しに行ってから15分は過ぎているぞ」

「ココは広いから迷子になっちゃったんじゃないっスか? オレも一緒に探してきますよ」

「妙なことはしてくれるなよ」


 自分たちを呼びつけておきながら、顔も見せないというのはどういうことなのだろうか。事情はともあれ、待っているのは退屈だからと、紅葉はいつもの小言を聞き流しながら廊下へ出た。


「さてと。お仕事がてら散歩でもしてみようかな」


 初めて訪れる拠点内はいつも新鮮な世界だ。ほとんどの場合はこうして自由に出歩ける時間もなく、帰還の時には疲れ切っていてそれどころではない。


「そういえばさっき見た時には監視塔があったっけ。本部はどこ見たって霧ばっかりだし、平野の方が眺めも良さそうだな」


 小さな好奇心から、紅葉は人目を盗んで上層階にまで向かった。拠点の人員から何度か声をかけられたものの、目的の一つである人探しを口実にすれば、それ以上の追求はない。


 周囲に誰もいないことを確認すると、紅葉は最上階にある扉の鍵を開けて外に出た。


 ざらついた砂塵が靴底で擦れる。屋上自体の広さから期待していたのだが、そこかしこで立ち昇る黒煙が開けた視界を遮った。


「なーんだ、もうちょっと風が落ち着かないと遠くまで見えそうもないな――って、これ例の砲台じゃん!」


 遠方から目の前にある淵へふと視線を移せば、無機質な黒鋼がずらりと並んでいた。砲身にある『ドラーグド本部 戦闘部隊 第三部隊専用』の刻印が重厚感のある輝きを放っている。


 それぞれの躯体からは長いケーブルが伸びていて、その束の先は箱型の装置に集約されていた。推測するに砲台の起動スイッチのようなものだろうか。加えて、黒光りする大口径の先は屋上を囲む全方位に向いており、敵襲を万全の体制で迎え撃つ様相だった。


 しかし、肝心の砲撃手がどこにも見当たらない。


「1つの砲台を動かすには10人ぐらいの魔力が必要なんだっけ。これだけ数があるんだから一人ぐらいは誰か見かけてもいいと思うんだけど……おっと、あの人が見張り番かな?」


 監視塔へ向かう柱の陰から黒いコンバットブーツの爪先が覗いている。だが、警戒に当たっているにしてはどうにも姿勢が不自然で――


「いや、完全に寝てるし」


 その人物は軍帽を日除け代わりにして荷台に寝転んでいた。傍に行けば微かな寝息まで聞こえる。風向きによっては戦火の喧騒が流れてくる中で、よくも悠長に居眠りができたものだ。


 ただ、そろそろ寄り道は終えなければ。部隊長の行方は第三部隊の隊員らしき人物に聞くのが早いだろう。


「あのー、お休み中にすみません。第三部隊の人ですか? ちょっとお尋ねしたいことが――ッ!?」


 ズドン、と重い銃声音が鼓膜を震わせる。雷鳴に似た轟きが過ぎ去った直後、こちらをねめつける黒曜石の双眸が自分を捉えた。


「え、待って、オレは敵じゃな……うわッ!」


 二度目の銃声が天に響き渡る。頬の鱗を掠めた弾丸と転がった薬莢を見て、紅葉はその場にへたり込んだ。黒鋼の拳銃を手にした隊員が銃口を向けたまま立ち上がる。


 相手の左腕には白い腕章が巻き付いていた。しかし、描かれた紋様は牙雲や時平の物とは異なる柄だ。


 だが、それよりもこちらを見下ろす冷徹な容貌に、はっと息を呑む。


 軍帽から覗く黒髪がつばの陰りと同化して、彫の深い顔立ちに影を添える。それが琥珀色の肌を持つ相手の気だるげな雰囲気と、背反する武骨な精悍さを引き立てていた。


 逆光を受けた端正な容姿に繋がっているのは、均整の取れた肉体と長い脚だ。背丈は自分と遜色ないはずが、その佇まいには圧倒的な敗北感すら覚える。


「……俺の寝込みを襲うとは、命が惜しくないらしい」

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