幕間 銀の英霊たち
* * *
とある日の昼下がり。執務室から資料を戻しに行く途中、紅葉は螺旋階段の途中で大柄な後ろ姿を見かけた。先日、侵攻戦に出た第六部隊が帰還したのだろう。参戦した幼馴染の活躍も気になって、自分から声をかけに行く。
「時平さん! この間の侵攻戦、お疲れ様っした」
「おう、紅葉か。飛翼のヤツも無事に戻ってきたぞ、安心しろ」
振り返った上官は意気揚々とそう告げた。どうやら今回も白星を勝ち取ったらしい。
「今から戦果報告っスか?」
「ああ。ケガ人の見舞いも終わったし、ちょうど大佐室へ行こうとしてたところだ」
「なら、方向は一緒ですね。歩きながら話でも」
自分の申し出に頷いた時平からは、飛翼の活躍や、他の第六部隊の隊員たちの様子を話してもらった。
この間の合同演習や共闘の経験を通じ、第五部隊と第六部隊は少しばかり距離を縮めていた。上官たちも表立っては言わないが、今は互いを認め合っている。自分と飛翼の関係もあって、そこから他の隊員たちの交流も増えたのだろう。
「……で、飛翼が獣人の攻撃を食らいかけた時はちとヒヤヒヤしたんだが、そのあと全員でボコってやった」
「はは、さすがに第六部隊総出じゃ相手もたまんないっスね」
「オレらの飛翼に手ぇ出す輩が悪い」
「ホント飛翼はイイやつなんで可愛がってやってください」
「当たり前だろ。第六部隊は一に仲間、二に武功、三に鍛錬を信条にする部隊だからな」
「いやぁ、漢気あってカッコいいっスね! ……あれ、そういえば時平さんのピアス、この前から種類変わってません?」
「ああ、これか? 毎日変えてんだ」
両耳につけられた複数のピアスの一つを外すと、時平はそれを大きな掌へ載せる。
「なかなかイイだろ」
「ですね、オシャレっス。形も雰囲気も全部違うけど、どれもイケてるなぁ」
「そいつは最高の誉め言葉だぜ。“元の持ち主”もきっと喜んでる」
「え?」
紅葉が顔を上げると、時平は癖で浮かべている眉間の皺を解いた。そして、掌に置いた銀色をゆっくりと握り締める。
「実を言えば、オレの耳についてるヤツは全部もらいもんでな。戦で死んだ第六部隊の隊員たちから譲ってもらった。ココが不良ばっかだってのもあるが、こういうのをつけてるヤツが多いんだよ。それで『自分が戦で死んだら形見として好きなのを預かってくれ』ってアイツらからも言われてる」
「へえ、部隊ごとにローカルルールみたいなのがあるんスね」
「まぁな。で、しまっておくだけだと『戦場に連れてけ!』ってアイツらが化けて出てきそうだから、日替わりで着けてんだ」
「きっと時平さんとまだまだ一緒に戦いたいって思う人もたくさんいますよ!」
「だったら嬉しい限りだ。ただ、やっぱり戦の時に落としちまうこともある。その時はそいつがその場所で眠りたかったんだと思うようにしてるが、内心じゃちょっと凹むんだよな」
「ちなみに形見ってどのくらいあるんスか?」
「今、オレが持ってる数は30個ぐらいか。場合によっちゃ持ち主の身内に返したり、最近は下もオレの真似をして、仲がイイ奴同士でそういう決め事をしてるし。
――こう見えて、昔はオレ自身がピアスをするなんて考えもしなかったんだがな。コイツは部下を持つ少佐になってから始めた、オレなりの供養だ。そいつらが生きてた証みたいなのを、記憶のどっかには残しておきたくて」
「ううっ、時平さんってホントに仲間想いなんスね! オレめっちゃ感動しました!」
「ああもう、やめろ! こそばゆいっての……っと、大佐を待たせちまってるかもしれねぇし、オレは先に行くぜ」
「ハイ! また色んな話を聞かせてください」
挨拶代わりに自分の背を肘で小突くと、彼は強面にはにかみを浮かべながら足早に螺旋階段を上っていく。
塔の遥か上、天蓋から差す陽光に紅葉はすっと瞳を細めた。先を歩く時平の両耳にある銀色がそれを反射して煌めいている。瞬く輝きの中、ふと上官の横に並ぶ英霊たちの姿が見えたような気がして、しばらくその場で立ち止まっていた。
「うちの少佐もそうだけど、ドラーグドはイイ人たちばっかりだな。ここに来て良かった」
去っていく背中を眺めながら、左耳にある自身の黒環へそっと触れる。
――もしこれが形見になった時には、誰に持ってもらうべきだろうか。脳裏に思い浮かぶ顔を並べながら、紅葉は石段の段に靴先を乗せた。
Fin.
ep.2で登場した時平と飛翼は、飛翼が主人公のスピンオフでも紹介できればと思います。
時間軸としては本編ep.1→スピンオフ→ep.2の予定です。