-ご機嫌ナナメの紅葉殿-
* * *
――今日の上官は、いつになく虫の居所が悪かった。
紅葉がそれに気付いたのは、戦果報告に行った牙雲が大佐室から帰ってきた後だった。
「しょーさってば、またご機嫌ナナメな顔だ」
怪我の治療を済ませた隊員たちは執務室で報告資料をまとめていた。包帯の巻かれた腕で筆を執っていると、視線に気付いた牙雲が眉間に皺を寄せる。
「何だ、紅葉。俺に言いたいことがあるようだな」
「いやいや、別に……前も思いましたけど、ホント地獄耳っスね」
「お前が分かりやすい反応をしているだけだ。丁度いい、俺からもお前に話がある。奥へ来い」
目が合ったせいで執務室の隅にある備品の格納庫に呼び出される。閉じた扉に背中を預けていると、牙雲が厚みのある封筒を自分に差し出した。
「この間、お前に特別訓練を課すという話をした。これは課題内容の資料だ。後で中身を確認しろ」
「へ? ああ、分かりました」
どんな小言があるのかと身構えていたが、それは杞憂だったらしい。紅葉は抜けた返事をしてそれを受け取った。ただ、戻ろうとしたところを引き止められる。
「待て。用事は今の件と、もう一つある」
自ら声をかけたものの、牙雲は続く言葉を言い淀んでいるように見えた。らしくない様子に首を傾げていると、固く結ばれていた口元がやっと開く。
「その……水神池で分家の青年から俺を庇ってくれた礼を、伝えていなかったと思って」
青い瞳を伏せ、牙雲はこれまでの過去を一つ一つ思い返すように告げる。
「お前は、この戦が始まる前にも俺の隣で戦いたいと言ってくれた。現地で時平と口論になった時も、戦いで苦境に立たされた時も、お前が支えてくれたおかげで心が折れなかった。紅葉、ありがとう」
思いがけない謝辞を聞き、紅葉はつい目を丸くした。だが、自分を見つめる上官の顔にふと笑い返す。
「いーえ。オレ、思ったことすぐ口に出ちゃうタイプなんで。けど、しょーさがそんな顔で褒めてくれるなら、次の戦もがんばろうって思います」
「何だ、その理由は」
「自分で気付いてないんスか? 普段ずーっと口元が曲がってるの」
「なっ、」
「みんなに対してはあんまりつんけんし過ぎない方がいいっスよ? まあ、オレは少佐が優しいって知ってるんで、そっけなくされても別にイイんですけど」
「……それが上官の労いに対する態度か、お前は! やはり先の礼は取り消す!」
「取り消すっても受け取っちゃったからなぁ。返品はナシで」
「まったく、本当に口の減らないヤツだな! 不敬が過ぎるゆえ、追加課題を検討する。その封筒を返せ」
「イヤですよ、そんなこと言われて返すヤツいないっしょ!」
「上官に逆らうのか? ……コイツめ、こうしてやる!」
「ちょ、ちょっと! 何するんスかッ! ……わっ!」
不貞腐れた顔の上官に押さえ込まれかけ、紅葉は慌てて封筒の端を掴む手を振り払おうとした。ただ、その拍子にびりびりと派手な音を立てて底が抜ける。
「あーもう、破けちゃったじゃないですか!」
「お前が悪い。拾って来い」
「今のは絶対しょーさも悪いっスよ」
「口答えするな」
倉庫の床に散乱した資料を掻き集めようと、渋々ながら裏返った用紙に手を伸ばす。しかし、記載されていた中身に思わず牙雲を見つめた。
「ええと、あの、これがホントにオレの課題資料なんスか?」
「俺の作った内容に文句があるのか」
「いや、その、何でカワイイ女の子の写真ばっかり入ってたんだろって」
「女性の写真? ……まさか!」
咄嗟に自分の手を払い退けた彼が一枚の紙を拾った。そこには艶やかにめかし込まれた女性が写っている。その下からも愛らしい顔立ちの少女や、奥ゆかしげな令嬢の姿が次々と現れた。
「こ、これは、違う! 机にあった封筒を取り違えたんだ! お前の資料はもう一つ別で、」
「いやいや、ここまできたら資料の中身とかどうでもいいんで。何で少佐の机にこんな写真があったのかを説明してくださいよ」
「ぐっ……分かった、白状しよう。だが、この話は内密にしてくれ」
狼狽に乗じて詰め寄ると、牙雲は諦めたように事情を告げた。
「実は、俺が戦場に出たと知った親族から見合い話が届いたんだ。宗家の存続のため、早めに妻を娶れと言われて」
「で、これがお嫁さん候補ってことっスか? 写真10枚ぐらいありますけど」
「正直、俺も辟易している。女性の扱いも苦手だし、軍人の妻ともなれば気苦労を多くかける。責任を考えると簡単には踏み切れない。しかも、その写真にいる一人が例の兄を亡くした青年の妹らしく……受け入れるにしろ、断るにしろ、頭が痛い問題だ」
「うーん。みんなしてカワイイし、美人だし、家柄もお嬢様っぽい子ばっかりだ。この中から一人を、って言われるとオレでも選ぶの難しいっスね」
「いや、一人ではない。三人だ」
「――は? え? ちょっと何言ってるかわかんないんスけど」
「だから、同時にここから三人を娶れと」
「はあぁ? なんですかそれっ!? こんな超絶カワイイ女の子たち三人と結婚できるなんてズルいじゃないですか!!」
「なぜ俺の見合い話でお前が怒るんだ」
「あーもう、ムカつくなぁ! 少佐にまだドラーグドにいて欲しいって思ったからがんばったのに、お見合いで家に帰られちゃうんじゃ損した気分っス! これから品行方正な牙雲少佐がプレイボーイだったって触れ回っておきますから」
「お、お前っ、何を……!」
「オレの口を塞ぎたいなら、お嫁さん選びで家に帰ってる暇なんかありませんよ?」
「だから最初にこの件は他言無用だと言ったはずだ! それに俺はまだ家へ帰るつもりはない。むしろドラーグドに残るため、今回の敵将討伐の褒美として軍に一つ頼みをする気でいるからな」
「……え? じゃあ、お見合いは先送りってことっスか」
「当たり前だ。近々戦で亡くなった分家の者を悼みに実家付近まで赴くが、そこで見合いはしないという話をつけてくる。その代わり、家への土産話として、もし次に水神池やその付近で敵襲が起きた場合、俺の部隊が手空きなら優先的にそこへ宛がってもらう許可をもらいに行くつもりだ。元は当主が亡くなったら家に帰るという話にしていたが、今の約束があれば俺も軍にいながら家を護りに行けるだろう」
「なんだぁ、おどかさないでくださいよ――けど、良く考えたらそれってお見合い相手の女の子を泣かすことになりません?」
「必然的にそうなるが、問題でも?」
「……ううっ、やっぱ少佐ってひどい! 健気な女の子たちを悲しませて何が楽しいんですかっ! 少佐は10人もの女の子を泣かした悪い男だってみんなに言っておくっス!」
「お前は面倒臭いヤツだな……分かった、相手の女性には一人ずつ詫びの手紙を書こう。それでいいな?」
「じゃあお手紙はオレがチェックしてあげます。女の子のご機嫌取りって結構大変なんスから」
「はあ、これではまるでお前が俺の上官だ」
「それぐらいしないとダメです! もし少佐が下手なこと書いて、逆恨みで刺されでもしたら大変ですし」
「お前は一体、女子からどんな恨みを持たれるようなことを仕出かしたんだ?」
拾い集めた写真を牙雲に押し付けると、紅葉は格納庫を後にした。彼からは後日、新しい訓練計画を見せるという話もあった。その背中を預かるにはまだ道半ばだが、実力を認められたのは大きな進歩だろう。
席に着き、普段のきりりとした上官の横顔を見つめながら思う。
「そうは言っても――やっぱ羨ましいなぁ。オレもいつかはお嫁さん三人もらえるぐらいがんばろ!」
Fin.
ep.2の読了、ありがとうございました。
お気に召していただけましたたら、ご評価、ご感想などいただけると励みになります。
ep.3も引き続きお楽しみください。




