-犬猿の仲-
* * *
「――先日の第8556戦線について、第五部隊の牙雲が戦果を報告します。死者数は84名、負傷者は239名、うち重傷者は65名。部隊ごとの被害状況の内訳は、第六部隊が提出した報告書と共にご確認ください。
また、対する敵兵討伐数は計244体、うち敵将1体。民間人の救出作戦、掃討作戦の完了後、拠点から支援で入った人員と、現地の民間人が協力して復旧作業を手配中となります。第一報は以上です」
石畳に敷かれた絨毯の上。戦地から戻った牙雲は時平と共に大佐室を訪れていた。
「両方の作戦を成功させたんだね。君たちには軍の代表として私から感謝の意を述べよう」
吉報を聞いた大佐は柔和な顔立ちを綻ばせる。上官からの労いに牙雲は深く頭を下げた。横にいた時平も大柄な体躯を屈めて首を垂れている。
幸い、指揮官である自分たちはすぐに戦線へ復帰できる程度の傷だった。だが、この戦で多くの兵が傷付き、消耗した。
特に人的な被害が大きかったのは第六部隊の精鋭たちだ。様々な攻撃の盾になり続けていた彼らの犠牲をどう償うべきか、自分には答えが出せなかった。
すると、大佐が思い出したように報告書を見返し、牙雲へ尋ねる。
「そういえば敵将討伐者の名がどこにも無かったようだが」
「……それは、」
「なんで重要なこと書いてねぇんだよ、テメェは。討伐者は牙雲のヤツですよ」
口を噤んでいた自分に代わり、時平がそう返す。肘で背を小突かれた牙雲はつい彼を睨みつけた。すると、険悪な空気になりかけた互いを見つめ、大佐がゆっくりと瞬きを返す。
「時平少佐の話は事実かい?」
「確かに敵将を斬ったのは自分です」
「ならば、それは報告書に記す決まりだ。うっかり書きそびれたというのなら話は別だがね」
ああ、上官に本心を見透かされている。穏やかな微笑を前にして答えに窮していたが、牙雲は噛み締めていた唇を解いた。
「敵将を倒したのは自分の力だけではありません。そこにいる時平少佐や彼の配下たち、部隊にいた皆と、水神の兵が導いてくれたのです。直接的に刃が触れたというだけで、自分は討伐者として名を挙げても良いものか」
「ったく、どうにもお堅ぇヤツだな! そういう誉れは黙って頂戴しておくもんだろーが」
盛大な溜息と共に時平が厳つい顔をさらにしかめる。すぐに言い返そうとしたが、大佐がそれを遮った。
「私も時平少佐の意見に賛同するよ。この件は君と共に戦場を駆けた全ての仲間が、君を信じてくれた証だと捉えてみてはどうかな」
「皆が、自分を信じてくれた証……?」
「そうとも。もし君が信用されていなければ、誰も命を懸けた行動は取れなかったはずだ。時平少佐も決して兵を渡さなかっただろう。皆の判断を尊重する意味でも、君は素直に誉れを受けるべきだと私は思うよ」
「大佐がそうおっしゃるのなら……分かりました。この度は自分がありがたく頂戴します」
「褒美の内容もゆっくり考えておくといい。ああ、そういえば、第六部隊の報告書にも君を褒める内容が書かれていたね。『牙雲少佐の適切な判断と地理的な知見を鑑み、自身の有する本作戦の指揮と部隊編成の全権を委ねた。戦力差の観点から大変厳しい戦いを見込んでいたが、結果として被害は最小限であり、両作戦を迅速に完遂することができた』と」
パラパラと報告書をめくっていた大佐の前で、それまでどっしりと構えていた時平が途端に血相を変える。
「大佐ッ、変なこと言ってもらっちゃ困るぜ!」
「何を焦っているんだい? 私の見立てでは、君が隊員を守る最善策を考え抜いた結果、牙雲少佐にこの戦の指揮を任せるつもりだったと理解している。間違っているだろうか」
「それは、その……当たってますけど」
口ごもった相手の顔を牙雲は思わず見つめた。現地で手を貸してくれただけではなく、まさか彼が自分を高く評価する書面を残していたとは。
当の本人は気まずさを隠すようにしかめっ面をさらに険しくさせた。だが、大佐はその様子を見てどこか悪戯な笑みを返す。
「ふむ、逆に牙雲少佐の報告書には、時平少佐や第六部隊の雄姿を称賛する内容が――」
「それ以上はおやめください! お願いですから、全てお心に留めておいていただくように!」
「あっはっは! なんだ、君たちは様々な方針の相違から仲が悪いと聞いていたが、どうやら私の勘違いだったようだね。今後は編成に気を遣わなくて良さそうだ」
慌てて口止めするも、大佐は一人で頷いたままだ。どう返事をしたものかと額を押さえていると、そこに時平が否定を被せてきた。
「そいつは誤解です、大佐! 今回の戦についてはオレも牙雲を評価しましたが、それ以外のやり方については認めてません! 毎日小言だらけで部下が参ってます」
「なっ、言わせておけば……! 確かにこの戦だけで言えば、普段の仲は捨て置いて時平と協力すべきだと自分も判断しました。しかしながら、彼の隊員に対する教育方針は目に余ります」
「うるせぇなヒョロガリ! オレのやり方に口出すんじゃねぇッ」
「そっちこそ俺の考えに口を挟むな、このウドの大木が!」
「ああ? テメェぜってぇ許さねぇぞ! そういやまだ合同演習の模擬戦が終わってなかったはずだ。そこで白黒つけてやるッ」
「望むところだ。今回の借りを必ず返してやろう……そうと決まれば鍛錬に向かわねば」
「おいッ、待ちやがれ! 先に出るのはオレだ!」
肘で互いを押しやりながら出口へ向かった二人の様子を眺め、大佐は肩をすくめていた。
「やれやれ、私に挨拶もなしとは。お互いのことになると、目の前にいる上官のことも忘れてしまうほどに、あの二人は仲が良いようだね」