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蒼い背中  作者: kagedo
EP.2 波乱の合同演習編
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-翠碧の魔将-

 翠の眼を輝かせた精霊族の将――『ネフライト』が指示を下す。整然と弓を構えていた精霊族の一団が即座に退くと、裏手から法衣を纏う別の隊が現れた。


 彼らは目の前で呪文を紡ぐと、水から生み出された球体を個々に作り上げる。そして、その水泡を合図と同時に蒼い群れへ射出した。


「くっ……!」


 頭部を狙って放たれた攻撃を、紅葉は燃える赤色をした竜の腕で弾いた。あった衝撃といえば、水風船が割れる音と水飛沫ぐらいだ。ただ、鱗の腕に付着した水滴を振り払おうとした時。


「うわ、この水気、全っ然払えないんスけどっ!」


 いくら腕を振っても水が落ちない。まるで膜に覆われてしまったかのような違和感が拭えなかった。しかし、それを見た牙雲が敵の真意をいち早く理解する。


「全員、顔を庇えっ!」


 魔力で生み出されたこの水弾を顔に浴びたら、ほとんどが鼻と口を覆われて溺死する。前衛の時平たちも、絶え間なく撃ち込まれる水撃を耐え忍んでいた。だが、次第に第六部隊の精鋭たちに焦りの色が見え始める。


「っぐ、身体が、死ぬほど重い……!」

「腕が、もう上がらねぇ」


 特殊な水泡が割れるたび、纏いつく水が重さを増した。顔を庇い続けるには腕を掲げなければならないが、蓄積された重量が体力を奪っていく。


「時平、これ以上は持たない。彼らを下がらせろ」

「下げろっても、じゃあどうすんだ!」

「案ずるな、この魔法では決して倒れない者たちがいる――水神の兵、動ける者は前へ来い!」


 将の号令に蒼い軍服の群れに紛れていた濃紺の一陣が現れる。分家の者たちだ。


「まずはあの攻撃を止めさせるぞ。俺に続け」

「御意!」


 水神の兵を引き連れた牙雲が、白い法衣の一団へ向かっていく。何度も水泡が直撃したが、水龍の血を引く彼らは尖った両耳をヒレのように変え、一切動きを鈍らせない。


「覚悟ッ!」


 携えたハルバードを振りかざすと、牙雲の斬撃を留めようと妨害の泡沫が集まって来た。だが、彼は洗練された動きでそれを矛先に絡め取る。そして、水の重量で威力を増した刃を勢いよく地面へ振り下ろした。


 ばしゃん、と盛大な飛沫を立て、地響きと共に白い法衣の群れが両断される。空間へ走った白波は後衛へ退いた兵にまで届いた。


 それに続き、分家の者たちが次々に抜刀した。彼らも水泡を利用し、威力を増した斬撃で仇の身体を斬り払う。水神の兵の特攻で、身体にかかっていた水の呪縛が解けたのを紅葉は感じた。しかし。


「自ら針山になりに来たのか?」


 ネフライトが下げていた弓兵へ再び指示を下す。今、攻撃に全てを懸けていた牙雲たちは無防備な状況だ。


「牙雲少佐っ! 危ない!」


 叫んだ時には、既に無数の矢が放たれていた。気付いた牙雲がきめの整った鱗で腕を覆う。だが、彼らの装甲では貫通を防げない。銀矢の射出音を、水神の兵たちが流血を覚悟で迎え討とうとした時。


「矢が……止まった?」


 牙雲たちを射貫こうとした矢じりの全てが、宙に座したまま静止している。あまりに不可解な現象を認識した直後、第六部隊の精鋭が紅葉の横を駆け抜けていた。


「牙雲のヤツばっかりに手柄持っていかれんのは(しゃく)だからな」


 後ろを振り返ると、一時的に下がっていた時平が掌をかざしていた。彼の周囲で揺らぐ陽炎は、魔力が働いている証拠だ。


「ほう、時を止める魔法とは。さすがはドラーグドの《少佐》といったところか」


 想定外の妨害にネフライトは片眉を吊り上げていた。効果は数秒だったが、戦場ではそれで十分だ。


「やられっぱなしは趣味じゃねぇんだよ。行くぞ、テメェら!」


 間に入った屈強な精鋭たちが銀矢を弾き返す。そこへ加勢した時平も、振り被った大鎚で宙に留まる攻撃を全て薙ぎ払った。


 敵はこちらを撹乱しようと、全体の指揮を執る牙雲を狙っている。だが、瞬時に隊列を横へ広げた第六部隊が追撃を許さない。それどころか、彼らは矢の雨を押し返し、白い群れの中央へ雪崩れ込んだ。


「中衛、後衛も第六部隊に加勢しろ! 好機を逃すな!」


 統制を保っていた精霊族の隊列が完全に崩れた。戦況が自軍に傾いたのを察し、牙雲が進撃を指示する。ネフライトが立つ本陣はすぐそこだ。


 静寂で満ちていた湿林の奥地が竜の咆哮で埋め尽くされる。動乱の中、紅葉は高揚する仲間と共に、真紅の鱗を頬に浮かべてぬかるみを駆けた。


 すると、前方で三体の精霊族がこちらに向けて矢をつがえている。


「ははっ、モテ期到来ってヤツか。まいったな」


 緑に映えるこの鱗は的になりやすいらしい。射出と同時に紅葉は鋭い動きで身を捩った。その背を掠めた銀矢が苔むした木肌へ突き刺さる。次いで鋭利な矢尻に足を狙われた。泥を踏みしだき、紅葉は倒木を飛び越えて回避する。


「逃がさない!」

「やべっ!」


 地表に着地した直後。硬直が解けないうちに、三体目から放たれた矢が身に迫ってきた。咄嗟に地面へ伏せると、白銀の軌跡が頭上を過ぎ去る。


 しかし、自分が立ち上がるよりも先に、精霊族の一団に取り囲まれていた。


「わっ、ちょっ、ちょっと待って……!」


 一斉に首へ小刀を向けられた時。彼女たちの背後に暗い影が差した。大地をさざめかせる激しい風圧が襲い、華奢な身体が耐え切れずに遠くへ転がる。


「紅葉っ!」


 そこには純白の翼を畳んで降りてきた飛翼の姿があった。倒木を背にしていたおかげで、自分は突風の影響を逃れたらしい。


「ああ、飛翼っ! マジで助かったぜ」

「間に合って良かった! 紅葉が襲われてたのが見えて、慌てて急降下してきたんだ」

「そっか。今、みんなの動きはどうなってる?」

「時平少佐や精鋭の皆さんが右に前進してて、牙雲少佐は左から攻め込んでるよ。敵将を逃がさないように本陣を囲もうとしてるみたい」

「じゃあオレ、牙雲少佐のとこに行ってくる!」

「僕もさっき伝令を言付かったから、すぐに行かないと。気を付けてね!」


 再び飛翔した幼馴染と別れ、紅葉は精霊族の兵を撒きながら牙雲の元へと赴く。木々の合間から放たれる後衛同士の魔法や矢じりが飛び交う中、上官たちは修羅のごとく己の武器を振るっていた。


 だが、本陣に近付くにつれて、敵からの抵抗も激しくなる。


「ッ!」


 牙雲の傍についていた水神の兵が狙撃された。鱗ごと肉を貫く射出で、濃紺を纏う彼が地に膝を着く。牙雲が追撃から庇おうとしたが、統制された間隔で矢が放たれるので叶わない。


「……私に構わず、どうか先へ!」

「ッ、すまない!」


 分家の者は背に矢を受けながらも、近くの敵を刀で薙いで道を開けた。牙雲がすばやくそこを抜けた瞬間、銀矢の乱れ撃ちがその場を襲う。そのまま全身を射られた分家の者は、程なくしてこと切れた。


 だが、銀矢の照準はまだ牙雲から外れていない。ハルバードで弾いたはずのそれが、奇妙な動きを見せた。魔法で操られているのだろうか。射出された方向からぐにゃりと曲がったかと思えば、複数の矢じりが角度を変えて牙雲に襲いかかる。


「牙雲少佐っ!」


 銀矢の雨を抜け、牙雲の背を射抜こうとした矢を紅葉は弾き返した。複数の鋭利な先端が真紅の鱗を削ぐ。だが、これなら擦り傷だ。


「大丈夫っスか」

「……問題ない。礼を言う」

「へへ、初めて少佐から褒められたな」

「お前の怒られる頻度が多過ぎるだけだ」


 溜息交じりの小言の後で、牙雲が青い眼差しに一抹の優しさを見せた時だった。


「――囲め。例の将が手薄だ」


 戦況を俯瞰していたネフライトの号令に、精霊族の後衛が自分たちを目掛けて魔力弾を連射する。考えるよりも先に、紅葉は牙雲を自身の身体で庇った。


「っぐ、ぅ……!」

「紅葉ッ! 無茶をするな!」

「……へーきっスよ。たまには少佐の前でカッコつけさせてください」


 牙雲の負った重責や心の痛みに比べれば、こんな傷など些細なものだ。共に戦う覚悟を見せるため、紅葉は破れた軍服の袖を捲った。


「馬鹿者。俺はまだ認めていないぞ……お前にこの背を預けるのは、早過ぎる」


 自分の背中から飛び出した牙雲が、ハルバードの刃先に青い閃光を溢れさせる。


 水龍の力により、鎧となった水の波動が飛び交う攻撃の勢いを殺す。前に味方がいないと分かるや、牙雲は覇気と共に包囲網へ突進した。


 澄んだ咆哮が轟き、目の前の全てが激流で押し流される。足元を掬われた精霊族たちが次々と波に呑まれて悲鳴を上げていた。


「この刃、貴様の首を捉えるまで下ろしはしない」


 全ての仇を斬り捨て、白波と共に敵の本陣へ乗り込んだ牙雲は、ネフライトの頸部へ斧の刃先を当てに行く。

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