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蒼い背中  作者: kagedo
EP.2 波乱の合同演習編
16/152

-招かれざる人-




* * *




 生い茂る緑の中、紅葉たちは拠点から離れた湿地帯に向かっていた。合同編成された部隊は民間人の救出作戦と、敵の掃討作戦を行う者とで半々に分かれている。今のところ、自分は掃討作戦の隊列に置かれていた。


「ここから民間人の集落がある地域だ。敵襲があった場合には深追いせず、民の避難を優先させるように。もし被害が著しい集落があれば、救出作戦側の何人かが残って民を拠点へ誘導しろ」


 ぬかるみを踏みしだき、行軍を続ける一行は牙雲の指示に頷いた。木々が密集しているここは視界が悪く、敵味方の区別がつきにくい。迂闊な攻撃ができない分、行動には慎重さが求められる。だが、隊列の中で第六部隊の隊員と隣り合っていた紅葉は、しばらく歩みを合わせていた彼らが徐々に苛立ち始めているのを感じていた。時平もそれを察したようで、溜息交じりに牙雲を呼び止める。


「ったく、悠長にしてんなテメェは。最前線に直行するつもりが、これじゃいつまで経っても辿り着けねぇぞ」

「取り残された民間人を助けるのも任務の一つだ。ゆえに集落の被害を放っておく訳には、」


 牙雲が反論しようと口を開いた時。視界の端で不意に遠くの茂みが揺れた。


「……そこに何かいるっス!」


 反応した上官たちは、引き連れてきた隊員をその場へ伏せさせる。先に動いたのは時平だった。規格外に大きな彼の場合は、堂々と構えていた方が仕掛けられにくいだろう。大鎚を担いだ彼が草木の合間を探る近くで、牙雲も木立に身を隠しながら進む。自分が指し示した場所を睨むと、彼は鈍色を構えた。


「姿を現せ。その裏にいるのはわかっている」


 ハルバードの刃先が茂みを薙ぎ払った。金属の噛み合う甲高い音が一帯に響き渡る。隊列全体へ緊張が走った。間合いを取ろうと牙雲が後方へ跳ぶ。だが、潜んでいた相手の正体に青い瞳が見開かれた。


「お前、水神の兵か!」

「まさか、貴殿は宗家の御子息で?」


 武器を下ろした牙雲が小さく頷いた。彼は他の隊員にも警戒を解くように促す。


「貴方様へ刃を向けた無礼をどうかお許しください」

「顔を上げてくれ。この状況下だ、責めるつもりはない」


 自分の上官と対峙していたのは、彼と同じ銀の髪を持つ竜人だった。手には良く研がれた刀を持ち、濃紺の着物を纏っている。瞳の色は牙雲の持つ青と似ていたが、それよりもいくらか淡い色彩だ。


「この地域が襲撃されたとの報せを受け、軍から俺の部隊が派遣された。だが、我々の方には詳細な被害状況が入っていない。知っている範囲で教えてくれ」


 武器を納めた分家の兵は、その問いかけに暗い表情のまま告げた。


「この先に逃げ遅れた民がまだ大勢います。しかし、周辺には敵の細作が散っていて非常に危険です。私は動ける民の何人かをこの近くまで送り届けた帰りでした。本来なら彼らをより安全な場所にまで連れて行くつもりでしたが、一人では追っ手を撒くのが精一杯で」

「そうか、よく頑張ってくれた。実は残った民の救出でお前たちに協力を仰ぎたいと思っていたところだ。他の者はどうしている」

「現在、我々は水神池の畔に陣を置き、分家が総出で武器を取っている状況です。逃がせなかった民は陣内に集めて匿っています。しかし、敵はこちらが攻めるとすぐに退き、遠方から矢を放ってくるので攻撃が届きません。魔法を扱える者もおりますが、応戦するにはとても頭数が足りず……うっ」

「大丈夫か! しっかりしろ」


 牙雲が崩れた分家の者を支える。よく見れば、着物の脇腹が裂けて赤く滲んでいた。


「牙雲少佐! この人、ひどいケガをしてます」

「精霊族の矢に当たったのだろう。誰か、拠点まで送り届けてやってくれ」


 待機していた隊員が牙雲の代わりに手を貸そうとした。だが、負傷している彼は大きく首を横に振る。


「家の者や郷の皆を捨てて私だけ逃げるなど、一族の恥です! せめて敵の首一つでも持って逝かねば、」

「何を言う、命の方が大事だ。代わりに俺が仇を討つ」

「なりません。殊に水神の跡取りである貴方様が危険な場所に向かわれるなど、もっての外――早くここからお逃げください。敵は分家の者が何とかします。我々は貴方様をお守りするためにいるのですから……!」


 傷を負った彼は、分家の者が牙雲のために戦っていると告げた。彼を守るため、これ以上の進軍を控えるようにと懇願した。しかし、その選択肢が牙雲の中にないことを、自分は知っている。


 ――「彼らに示しがつかない」という言葉は、この分家の者たちに宛てられたものだ。だが、この先へ彼が赴くことは誰にも望まれていない。


「……もういい。傷に障るからしゃべるな」


 傷つきながらも戦線へ赴こうとした彼の身体を、牙雲が控えていた隊員へ預ける。いくら引き留められようとも、軍から命ぜられた立場として、彼は先へ進むしかなかった。後ろ髪を引かれながら去った分家の兵を見送る上官の姿――その光景には強い既視感を覚える。すると、事の成り行きを見ていた時平がやっと口を開いた。


「今の話で行き先がハッキリしたな。その水神池とかいう場所に行けば、敵も民間人もいる。さっさと向かうぞ」

「待て、敵の斥候が付近に潜んでいる。こちらも偵察を放ち、警戒して進むべきだ」

「やりたきゃテメェの部隊はそうすればいい。だが、オレらは戦で敵をブッ叩くのが仕事だ。気長に敵の居場所の確認なんざしてる暇はねぇ。ついでに言えば、テメェの方こそ御守りしないとならねぇからお呼びじゃないって雰囲気だったぞ。身内に迷惑かけるぐらいなら、いっそ支援に回ったらどうだ?」

「断る。ここまで来て敵前で背を見せるなど、将の名折れだろ」


 牙雲は前線で戦っている分家の者を退かせ、代わりに民の避難を彼らへ任せようと考えていた。事前に警戒を敷いて退路を確保すれば、彼らの救出作戦を補佐しつつ、自身が掃討作戦の指揮を執れる。一方の時平は、敵前で士気を高揚させる隊員たちや被害状況を考えて、敵の掃討を第一義としていた。敵の攻撃で民の移動もままならないことから、原因の根本排除が適していると判断したのだろう。


 どちらの策が正解なのかはわからなかった。だが、彼らがあらゆる想定を苦心して考えた結果、導き出された答えだということだけは理解できた。


「……時平少佐、少しよろしいですか」


 二つの正義をどう取りなすべきか考えあぐねていた時。不意に隊列から飛翼が顔を出す。


「何だ、こんな時に」

「あの、えっと、もしよければ、ぼくが偵察に出ようかと」

「はあ? お前の上官はオレだぞ、何言ってやがる!」


 時平の一喝に飛翼がびくりと肩を跳ねさせる。しかし、目に涙を溜めながらも、彼は自身の意見を精一杯の言葉で伝えた。


「時間がないからこそ、先にぼくが上空から周囲を確認して、お二人に状況を報告するべきだと思いました。そうすれば、時平少佐は陣形を整えて速攻へ移れますし、牙雲少佐も安心して各所へ行動の指示ができるかと」

「部下にそこまで正論を吐かれちゃ、相応の理由が無いうちは拒めねぇな――おい、牙雲! しばらくお前にコイツを貸してやる」


 申し出を受け入れた時平は、偵察役に飛翼を抜擢した。しかも一時的に牙雲の指揮に入れる許可まで出している。それには牙雲も明らかに驚いた表情を見せた。


「恩に着るぞ、飛翼隊員。だが、単独行動は危険だ。俺の部隊から何人か護衛をつける」

「ありがとうございます! トップスピードに乗れば大抵の攻撃は振り切れるので、加速するまで援護いただけると助かります」

「承知した。第五部隊の後衛は、飛翼隊員が安全に上空へ向かうまでの補佐を頼んだ。敵陣は地理上、10時の方向にあると推測できる。6時の位置から向かって迂回しつつ、様子を見るのが良いだろう」

「わかりました。では、行ってきます」

「飛翼っ、気をつけろよ! なんかあったらオレも行くから!」

「紅葉もありがとう。じゃあ、また後で!」


 飛翼はその場で敬礼すると、第五部隊の後衛と共に木立の奥へ姿を消した。


「良い部下を持ったな」

「当たり前だ、誰が育てたと思ってやがる。それにアイツは初陣で千本の銀矢を背負って飛んだ“漢”だ。偵察ぐらいどうってことねぇ」


 珍しく素直な牙雲の称賛に、時平が不機嫌な口調を被せて返す。しばらくして純白の翼が上空を横切ったのを確認した一行は、木々の合間でその帰りを待ち続けた。

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