表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼い背中  作者: kagedo
EP.9 交錯する思惑編
155/160

-冒涜の果てに-

「今は襲撃の前から考えていた計画が保留になったのよね。だったらわたしの手が空いているわ。水神家に要求に応じるふりをしてもらって、迎撃するのはどうかしら」

「うーん。悪い手ではないんだけど、水源地での派手な戦闘は避けてほしい。それに戦力状況からして、白銀サンが表に出てくる動きは相手も読んでいるはずだ」

「ごめんなさい、早計だったわね」

「いや、策の一つとしては考えられるアイデアだよ。ただ、仮に動いてもらうとしたら、聖サンを追い詰めたような刺客が来た時にどう対処するかが課題だね」

「……ああ、えっと、スマイリー? その話は個別で私としようか」


 腕組みをした彼らの前で不意に聖が割って入る。だが、表情を強張らせた彼の様子に、白銀がはっと息を呑んだ。


「他の情報を聞いている間にすっかり忘れていたわ! あなた、どんな無様な負け方をしたのよ!」

「いや、ほとんど勝っていたんだけど、最後の最後で少々予想外のことが起きてだな」

「そういうのを詰めが甘いっていうの! わたしの前でみっともないところを……じゃなくて、大佐が威厳を保たなければ、兵がついて来ないわ。少しは反省して!」

「まあまあ、白銀サン。そこはもうちょっと男のプライドってのを考えてあげてほしいな」

「部下に反面教師にしてもらういい材料でしょう」

「君は本当に容赦がないね……聞いてほしくない面々が前より増えているが、仕方ない。情報共有ということで白状しよう」


 白い視線が突き刺さっている聖がとうとう折れた。肩をすくめると、彼は当時起こった戦闘について口を開く。


「君と紅葉隊員が帰還してきた際にさわりを話したが、実は、五人の竜人が私の刺客として手配されていた。四人はノーバディ側の兵だったが、一人は内通者としてドラーグド内に潜んでいたらしい。そして、彼らは一斉に《覚醒》して襲ってきたんだ。四人までは対処できたが、スマイリーの植物が敵の頭を食いちぎってくれなければ、最後の一人に命を持っていかれただろう」

「……あり得ないわ。大佐と同じように《覚醒》を操れる者が、ノーバディにそう何人もいるはずがない。どういうことなの?」


 それまで気を立てていた白銀の表情が一変する。紅の引かれた唇をきつく結んだ彼女に、聖が視線を伏せた。


「私が対峙したのは、過去の《研究》で生み出された《強化体》に近い存在だと見ている。実は、敵対した竜人の中に、私の扱う属性と同じ能力を持つ者がいた。だが、それは己の命と引き換えに対象を道連れにする魔法だ。《内乱》の際に楼玄を倒そうとした以外で、後にも先にも使ったことがない。あえてそれを使う兵を宛がったということは、楼玄の手が入っていたと考えていい」

「実力を持つあなたに妨害される可能性が高いと踏んで、けしかける者を選定していたのね。牙雲少佐を連れ去った例の彼も《覚醒》を操れたと考えると、信憑性のある話だわ」

「徐々に疑問は解けて来たものの、どれも嬉しい内容ではないね。倒した遺体の回収も指示したが、確認に向かった時には既に燃やし尽くされていたことだし」


 ただ、証拠隠滅を図ったということは、敵も聖に嗅ぎつけられることを警戒していたのだろう。それこそが楼玄の関与を疑わせる証拠に他ならない。その時、二人の会話を耳にして考え込んでいたスマイリーがふと顔を上げた。


「――今の件で思い出したことがある。飆の動向を調べる中で、ノーバディの内部で数年前から秘密裏に危険な人体実験が行われていたという噂を、亜久斗クンが教えてくれたんだ。15年前の《研究》では、能力を持たない個体に対して特定属性の魔力を付与することが限界だった。だが、楼玄はそれを発展させて《覚醒》の力まで自由にコントロールできる個体を生み出したのかもしれない」

「そんなの完全に“ズル”じゃないですか! 味方にいたら見破れないし、勝てっこないですよ」


 導き出された答えに全員が青ざめる。ただ、思わず叫んだ自分に聖が口を開いた。


「懸念は多くあるが、君は牙雲少佐の《覚醒》訓練を見ていたのだろう? 《覚醒》は単純に竜の力を発現させればできるようなものではない。そう考えると、今回の《強化体》はまだ大規模な戦地に投入する前の試験運用段階だ。もっと簡単に言うなら――送り込まれた彼らの大半は、ほぼ使い捨ての駒だろう」


 紅葉はぎり、と奥歯を噛み締めた。襲撃の背景は自分も聞き及んでいる。本部に攻め入ってきたほとんどの兵は、牙雲の拉致を成功させるための囮だったのだ。


「対峙した彼らはまるで《抜け殻》のようだった。しかし、そんな精神で《覚醒》を扱えるはずがない。《覚醒》は一瞬で自身を高揚状態に持って行かないとできないからな」

「こう、心の底から昂ってくるような戦意や情緒が見えないってことかしら? そこにいる敵を形が見えなくなるまで殴って粉々にしてやりたい、みたいな」

「いささか物騒な表現ではあるが、白銀の言いたいことは分かるよ……おや、君は何だか難しい顔をしているね?」

「あー、その、《覚醒》ってやっぱり素人に理解するのは難しそうだなって」


 そう返しながらも、紅葉は内心で大きな溜息をついた。聖の推測からして、牙雲を攫う実行犯だった澪はおそらく生きているのだろう。だが、彼の消息については手がかりがない。すると、自分の横で天音がすっと手を挙げた。


「あの、アタシからもいいですか? 今の《抜け殻》みたいって話で、澪に異変があったことを思い出して。この襲撃の前から時々、感情を押し殺したような音が彼からしていたんです。すごく不自然な音で、その時は心配事でもあったのかと考えていました。でも、襲撃の中で同じような音がいくつも聞こえてきて――もしかしたら、聖大佐が倒した竜人がアタシの聞いた音の出所だったのかも」

「《強化体》の存在は音で識別できるのか? 君にしかできない芸当だが、それが事実なら驚くべきことだな」

「アタシも全てを拾えるわけじゃないけれど、魔法を使うたびにあの子からおかしな音がしたのは本当です。それに、」


 当時のことを思い出し、天音が喉を詰まらせた。つかえた彼女の背を白銀が優しくさすっている。しばらくして、呼吸を整えた彼女が先を続けた。


「襲撃の時に澪が言っていたの――『アタシの歌が聞こえない』って。この歌は人の《感情》に働きかけるものだから、それが聞こえないということは、」

「……《心》を失いつつある、と」


 頷いた天音を前に、スマイリーがわずかに表情を歪めた。同時に澪と交わした会話が耳の奥で反響する。精鋭選抜試験を終えた後で、自分を下した魔法について尋ねた時。彼は確かにこう口にしていた。



『――できるだけ魔法は使いたくなかった。使うにはそれなりの"代償“があるから』



 当時、彼は一刻も早く強くなりたいと言っていた。そのくせに大総統の姿を見て、《抜け殻》になることを強く恐れているとも。次々と蘇ってくる記憶に、ぞわ、と何かが全身の神経をざわめかせる。まさか、彼はそうと知りながら戦い続けていたのだろうか。そして、楼玄は冒涜的な行為で得た悍ましい力を、悪びれもせずに他者へ植え付けているのだろうか。


「まあ、確証がなければボクたちの憶測に過ぎない。敵の戦力として例の《強化体》に匹敵する個体がどれほど用意されているのかという懸念はあるが――目下でボクたちがやるべきは、水神家とノーバディの衝突を回避しつつ、牙雲少佐の救出を進めることだ」


 悪い思考を断ち切ったのはスマイリーの一言だった。


「謀反人の澪はノーバディ側の作戦要員としてドラーグドへ潜伏していた。かなり楼玄に近い存在と見ていいだろう。その場合、水神家との交渉の仲介や、捕虜の監視役を兼ねている可能性がある。彼の足取りを辿れば、牙雲少佐の居場所が分かるかもしれない」

「一理あるな。彼が寄宿舎に残していった物や、行動記録など、我々でも情報を集めてみるか」

「ボクも各所に掛け合ってみるよ。水神家との交渉も望み薄だが、連絡自体は継続する。ノーバディもせっかく手に入れた交渉材料を簡単に殺したりはしないはずだ。出方を伺いながら、できる限り迅速に次の手立てを考えたいね」

「ならば、諸君には私からまた声をかけるとしよう。他になければ今日は解散で、」

「あの、今更なんスけど。将校同士の話にオレが混ざってても大丈夫なんですか」


 当然、牙雲の安否は知っておきたい。澪の動向も同じぐらい気になっている。だが、ここでは自分が聞くべき以上の機密まで飛び交っている始末だ。すると、報告書を片づけていたスマイリーがからりと笑った。


「アハハ、本当に『今更』だね? どうしてボクが将校でもないキミの同席を許可したと思う?」

「あー、ええと、楼玄の話を知ってたからですかね?」

「それだけじゃない。キミは拉致された牙雲少佐や、謀反人の澪と最も近い人物だった。ボクたちが手がかりを探る上で、キミの発言は一定以上の価値を持つ。『重要参考人』の立場だと言えばわかるかな」

「……やっぱオレ、まだ変な疑いかけられてます?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ