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蒼い背中  作者: kagedo
EP.2 波乱の合同演習編
15/136

-意地の応酬-




* * *




 合同演習も終わりに近づいたある日。普段のように屋外で準備をしていると、突如としてけたたましい警鐘が敷地一帯に鳴り響く。


「第五部隊、集合しろ!」

「第六部隊も続け!」


 また例の抜き打ち訓練だろうかと横で誰かが囁く中、牙雲と時平は珍しく顔を見合わせたままだ。すると、本部からやってきた伝令兵が上官たちに一枚の書状を見せる。


「今しがた、本部の戦闘部隊に緊急召集がかかりました。敵襲によって民間人の集落まで被害が及んでいる地域があり、大佐からは『すぐに出撃を』と言付かっています」

「民間人が巻き込まれてるっつったら、かなりマズい状況じゃねぇか」

「近くにある軍の拠点は動けないのか」

「避難を優先しているため、敵を完全に退けられない状況です。今は現地の義勇兵が参戦し、何とか持ち堪えていると報告が入っていますが、」

「ったく、まどろっこしいな! さっさと戦が起きてる場所を言え!」

「その……大陸の北部に位置する大規模な水源地付近です」


 牙雲の顔がさっと青褪めた。次の瞬間、彼は伝令兵から通達文を奪い去る。


「この戦、俺が行く。いや、行かねばならない」

「牙雲、テメェ! 抜け駆けすんじゃねぇぞ。オレの部隊にも出る資格はある」

「これは決して渡せない。俺の故郷が仇に襲われているのを見過ごせるものか」


 牙雲は手にした書状が潰れるまで握り締めていた。彼が見せた剣幕を見て、紅葉は思わず息を呑む。だが、険悪な上官たちの間にいた伝令兵が上擦った声で先を告げた。


「あっ、あの、大佐からの指示にはまだ続きがありまして! 『今回の任務は大規模な地域における《民間人の救出》と《敵の排除》が条件であるため、単一部隊では任務遂行の困難が予想される。そのため、指揮官二名を含む合同編成での部隊出撃を命ずる』とのことです」

「つまり、民間人を助けるのと、水源を守るために敵をブチ負かすのを両立させろって話か」

「そして、任務遂行には第五部隊と第六部隊が協力して編成を組む必要があると?」

「左様です。今回は水源地付近での戦闘が予想され、広範囲に影響が出る戦術を取る部隊は派遣できません。そこで、領土内での防衛戦や支援に精通した牙雲少佐と、侵攻戦に長けた実力をお持ちの時平少佐に声がかかったのかと」


 項垂れた伝令兵から聞いた指示に、牙雲が伸びた銀の髪を掻き上げた。


「それが命令であれば異論は無い。すぐにこの場の全員で出撃する」

「あれこれ文句つけてる暇もねぇしな。ココを出るまでに敵の情報を寄越せ」

「今、《戦況管理部隊》が用意しています。現地の状況を含めた報告書も急ぎお渡ししますので、皆さんは正門へ移動してください」

「承知した。第五部隊、すぐに出撃準備を!」

「テメェらもボーっとしてねぇでさっさと走れコラ!」


 成り行きを見守っていた隊員たちが弾かれたように本部へ駆け出していく。遅れて蒼い群れを追いかけていると、近くで飛翼の姿を見かけた。


「なあ、飛翼。さっきの出撃の話、聞いたか?」

「まさか合同演習での模擬戦どころか、いきなり本番になるなんてね」


 暗い顔で横を走っている彼に紅葉も小さく頷いた。正直、今までの演習は第五部隊と第六部隊の隊員同士で戦闘訓練をしていたようなものだ。陽動や協力らしきことも一切なかった。それどころか、お互いの隊員同士が派手にぶつかり合って、毎日小競り合いや喧嘩も起こっていたぐらいだ。


「オレも第六部隊の人にはよく絡まれたし、飛翼もうちの偵察役に目の敵にされてたもんな」

「トップスピードで飛んでた時に魔法替わりの模擬弾が当たった時はさすがに痛かったよ」

「悪りぃ」

「どうして紅葉が謝るの? 演習なんだから仕方ないでしょ」

「いや、だってさ。この演習が本当にルール通りだったら、オレと飛翼が一緒に協力してたんだぜ」

「あ、ぼくと番号が同じだったんだね。それなら味方同士だったかも」


 袖口に縫い付けられた数字を見せると、飛翼も同じものを見つめていた。


「この合同演習って、本来ならオレたちの部隊が連携して取り組まないといけない物なんだよな? なのに少佐たちも仲悪いし、部隊にいる人もそんな感じ。だから今までの演習は軍の考えとしても違うんじゃないかと思ってて。ずっとモヤモヤしてたんだ」

「うん、ぼくも同じ気持ち。紅葉は間違ってないと思うよ」

「そっか、オレだけじゃなくて良かった」

「……それと、牙雲少佐は大丈夫? かなり気を立ててたみたいだけど」

「オレもちょっと心配なんだ。自分の家がある場所だって言ってたし、焦るのはわかるんだけど、それ以上に何かがありそうな気がしてて」

「ぼくが協力できることがあれば何でもするよ。有事の時は、時平少佐も感情だけで判断する人じゃないと思うから」

「ありがとな。オレの方でも何かあったら連絡する。じゃあ先に行くぜ」


 飛翼が小さく手を振った。頷き返すと同時に、力強く地面を蹴る。林道の遠くを駆ける銀髪の後ろ姿を追い、紅葉はそびえ立つ黒い塔の麓へと向かった。




* * *




 数日間の行軍を経て辿り着いたのは、鬱蒼と生い茂る針葉樹林に囲まれた土地だった。目的地に最も近い拠点に立ち寄ると、そこで新たな情報を耳にする。


「今、この拠点から動ける者が民間人の救出に当たっていますが、小さな集落が点在している地域で被害の全容がまだ掴めません。ここからさらに奥地にある水源地付近での衝突が最も激しく、支援が届かなければ一週間も持たないと予想されます」


 拠点にいる隊員の説明を聞いた牙雲が露骨に表情を曇らせる。


「大佐のおっしゃっていた通り、救出作戦も敵の討伐も一刻を争う状況だ。すぐに対応しなければ」

「じゃあテメェの部隊は救出作戦に回れ。生憎、オレらは侵攻専門だ。そんな柄じゃない」


 黒鋼の大鎚を肩に担いだ時平がそう吐き捨てる。だが、青い双眸を伏せた彼は当然ながら頷かなかった。


「あの地域周辺は道が狭く、湿地で足場も悪い。道中での混戦が予想される上、敵は精霊族(エルフ)だと言っていた。お前の部隊は大半が前衛だから、飛び道具を駆使する相手には分が悪いだろう」


 軍の報告によると、今回の敵対組織は『精霊族(エルフ)』の国軍である《エトワール》だ。


 彼らの多くは弓の名手で、統制の整った集団戦を得意としている。また、魔法の扱いにも長けているので接近が難しく、竜人の鱗をいとも簡単に貫通する術を持つ厄介な相手だった。しかし、時平は戦地の環境や敵との相性を鑑みても、攻められると踏んだらしい。


「はん、銀矢の一つや二つが何だ。テメェの部隊と違ってオレらは装甲の強度が違う。もし奴らの狙いがこの土地にある水資源だとすれば、汚染を恐れて規模のデカい魔法も使って来ないだろ。接近戦に持ち込めば十分に勝機はある」

「それは慢心だ。矢の当たり所が悪ければ死ぬし、我々を狙った魔法で局所的に攻撃してくる可能性もある。奇襲時の退路確保が難しいことから到底許容できない」

「テメェの許可なんざもらうつもりはねぇ。オレの部隊は殺られる前に殺るだけだ」

「聞き分けの無いヤツめ。俺は土地勘がある分、ここの地形や道もおおむね把握している。中衛、後衛の頭数も揃って、前後に幅を持つ俺の部隊で行くのが最善策だ」

「んなこと言って、もし相手の後衛と魔法の撃ち合いになったらそれこそ不利だろーが! テメェがのんびりやってる間にも民間人への被害が拡大する。こういうのは短期決着が一番だ」

「ここは俺の故郷だと言ったはずだ。だからこそ俺が、」

「だから余計にダメだって言ってんだよ!」


 彼の言葉を遮るように、時平は大きく首を横に振った。


「そんなに殺気立って、まともな判断ができるはずねぇだろ。テメェは故郷のために部下の命を危険に晒すのか? 作戦とテメェの故郷云々は無関係だ。ちっとは考えろこの石頭!」

「なっ……お前、どの口がッ!」

「やめてください、牙雲少佐!」


 言い争いを聞きつけ、紅葉は牙雲の身体を慌てて押さえ込んだ。掴みかかろうとした手を留めると、青い瞳が自分を睨みつける。


「放せ、紅葉! コイツだけは絶対に許さないっ」

「仲間割れしてる場合じゃないっスよ! ちょっと落ち着いてくださいって」

「俺が行かなければ意味が無いんだ。そうしなければ、彼らに示しがつかないだろ!」

「……彼ら? 誰ですか、それ」


 牙雲がふつりと動きを止め、唇をきつく結ぶ。すると、時平が黄色い瞳を細めた。


「テメェ、さては家のことを優先するつもりか? どうせそんなことだろうと思ってた」

「黙れ。お前には関係ない」

「テメェの身勝手な話にオレの部下や味方を巻き込むのはゴメンだ。そんなに身内が気になるなら、テメェこそ戻ればいいだろ」

「俺はドラーグドの少佐だ。この軍服を纏っている限り、仲間を捨てて逃げたりしない」

「ふん。だったらオレとテメェの部隊の半分ずつを、救出作戦と敵の掃討に宛がえば文句ねぇな」

「わかった、こちらもそれで手を打とう。だが、進軍時は俺の指示に従え」

「指揮官はテメェだけじゃない。オレの部隊はオレの方で動かす」

「なら勝手にしろ。忠告したからな」

「言われなくてもだ」


 時平は鬼のような形相のまま、飛翼や自分の部下たちを連れ、拠点の仮設テントを出て行った。


 人員の割り振りはどうにか折り合いがついたものの、具体的な話はまとまっていない。掴んだままだった牙雲の腕を放すと、紅葉は尋ねた。


「作戦を二つにするって言っても、誰かが救出作戦を指揮しないとダメですよね? 時平さんは掃討作戦に向かう気でいますし、どうするんスか」

「あの血の気の多い部隊が支援に回るなどという想定は最初からしていない。民間人の救出については考えがある。その件は案ずるな」

「だったらいいんスけど」

「その他の話なら後で聞く。俺はこれから進軍の計画を立てて指示をしなければ、」


 背を向けようとした上官の肩を、紅葉は咄嗟に掴む。


「オレも前線に行きます。少佐と一緒に戦います」

「前衛は時平の部隊で事足りている。お前が来る必要は、」

「でも、今の空気じゃ連携なんて絶対に取れないっスよ。オレだったら時平さんと話ができます。直接言いにくいことはオレが伝えるんで、同行を許可してください!」


 先の口ぶりから、牙雲は自分を比較的安全な救出作戦に置くつもりだったらしい。だが、ここで上官たちを険悪な関係のまま進軍させれば、きっと一生の後悔を負う。


「……前線までの同行は許可してやる。だが、掃討作戦へ加えるかは状況を見ての判断だ」

「わかりました。オレ、がんばります!」


 どうにか食い下がって得られた許可に頭を下げる。不機嫌な彼に突っぱねられなかったのは幸運だった。これで上官たちの間で揉め事があっても仲裁できる。それに、軍と家との間で板挟みになっている彼を支えたい気持ちも強かった。


 牙雲の隣で戦い続けるためにも、この戦は決して落とせない。部下たちへ指示を出しに行った背中を見つめながら、紅葉は小さく拳を握り締めた。

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