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蒼い背中  作者: kagedo
EP.8 本部急襲編
137/162

-昔日-

 しゃん、と鳴る鈴の音。同時に人の肉を焦がした嫌な匂いが広がった。


 水壁に複数の白波が浮かぶ。清浄なる音色と共に交錯する紫紺の閃光が、暴走した隊員たちのこめかみを次々に撃ち抜いた。硬直した自身の横を過ぎたのは浮遊する六つの環だ。


 浄化の煌めきが舞い、迫る禍を祓う。きぃんと響いた音と光芒が最後に捉えた黒衣の背を貫いた。すべての魔力が消失したその場に残されたのは、元の静謐だけ。


「到着が遅くなってすまなかった」

「聖大佐、ご無事でしたか!」


 裁きの閃光が過ぎ去れば、凄惨な戦場に似つかわしくない穏やかな声がかかる。だが、錫杖を掲げた上官は苦い表情を浮かべていた。


「避難経路を確保するため、中層階で起きた戦闘の支援に入っていたんだ。連絡通路も含めて至る場所から敵が侵入している。どうやら本部の構造が漏れているらしい」

「それだと深くまで入られるのは時間の問題です。非戦闘員たちはどこへ匿えばいいのでしょうか」

「今はスマイリーに任せているが、彼一人では庇い切れない部分もあるだろう。それもあって、最大の侵入経路となる下層階の掃討を私が進めることになった。君たちは中層階へ移動してスマイリーたちの支援に向かってもらいたい」

「承知しました。それと、西門側の状況についてご報告が」

「事は聞き及んでいる。ノーバディの手口に警戒するよう言われていたのだが、彼らの方が上手だったようだな」


 聖が懐から複数の小さな注入器具を自分に差し出した。敵が撃ってきた物と似ているが、中身は透明な薬液だ。


「君も見た通り、隊員たちが暴走した原因はノーバディが仕掛けた罠だ。彼らは人為的に《覚醒》を誘発する劇薬で、我々の統制を混乱させる策を取ってきた。だが、この鎮静剤を投与すれば、対象の《覚醒》を止めることができる」


 不意の《覚醒》を起こした際の対処として、鎮静剤が有効であるとは聞かされていた。事実、自分も暴走しかけた時にこの薬で救われている。ノーバディ側もそれを理解した上で、鎮静剤の保管を任された救護部隊を先に襲撃したのだろう。


「以前、別の拠点が襲撃に遭った際にこの劇薬の使用が報告されていた。ただ、戦場に立つ君たちの不安を煽らないよう、緘口令が敷かれていたんだ」

「左様でしたか」

「今渡したのは、鎮静剤の開発や改良に協力していた亜久斗中将が、成果物として上に預けていた分だ。スマイリーが調査班の執務室にある在庫の回収に動いているが、手持ちの数は限られていると理解してほしい」


 握らされたそれに牙雲は奥歯を噛み締めた。敵に劇薬を使われた場合、どの命を救うかはこちらで判断するしかない。惑う自分に憂いを宿す赤い眼差しが返される。


「ただし、たとえ鎮静剤の投与が間に合ったとしても、戦闘中に意識を失えばその者を救うことは不可能だろう」

「つまり、この薬は隊員の暴走による二次被害を防ぐものでしかない、と」

「――私から伝えたいことは以上だ。君は第五部隊を連れてすぐに中層階へ行きなさい。若き隊員たちには、より多くを救うための選択をしてほしい」


 これが己の仕事だと残し、老将が再び武器を構える。


「第一部隊、ここから体制を立て直すぞ。我が天導に続け!」


 魔を断つ六輪がきりきりと回転しながら彼の背に浮かぶ。円を描いて並んだそれぞれの銀環から、薄紅の光線が止めどなく放たれた。


 混戦状態にも関わらず、無数の閃光が精密な軌道で敵の急所だけを焼いていく。八面六臂の乱れ撃ちは、高い集中力と魔力の練度がなければできない。瞬く間に積まれた黒い屍が燐光に埋もれていった。亡骸を踏みしだき、統制を取り戻した第一部隊が雪崩れ込む黒衣たちを押し留める。


 しゃん、と鳴る清浄の調べ。それに合わせて縦横に走る光の格子が向かってきた敵を焼き払う。差した光芒の導きにより、中央階段までの道が完全に拓けた。


「皆のことを頼んだよ」


 敬礼を受けた聖がやっと微笑む。蒼い裾を翻す己の背に部下たちが続いた。


「第五部隊! 奇襲に警戒しつつ、急ぎ中層階まで移動せよ!」


 号令と共に竜の羽ばたきが満ちた。飛翔する自分たちを狙った飛び道具は、紫の光にことごとく撃ち落とされる。石畳の覆う遥か下を望めば、六輪が光の尾を引きながら中央の支柱に沿って旋回していた。


「ご武運を」


 託された命を果たすため、牙雲は喧騒の音を目指して先を急いだ。




* * *




「さて、まずはこの場の者に聞こう。今すぐにこの敷地から退けば深追いしないが、どうする?」


 琴鈴の音色に包まれた空間で、聖は努めて穏やかに告げた。膠着状態から次第に両者の間が縮まっている。塞いだ石畳の階段へにじり寄る大群を見渡した。見送った牙雲たちはもう中層階へ入った頃だろうか。これほどまでに殺気立つ本部は懐かしい。同時に四方から向けられた矛先が問いの答えだと悟る。


「そうか、諸君らの意思は理解した。それでもここを通りたいのであれば、先に私の首を獲ることだ」


 黒衣の大軍から部下を逃し終えた今、己のやるべきことは一つだけだ。銀の杖を携え、自然とできた隊列の合間を抜ける。退いた味方に替わり、鷹揚な足取りで囲いへ進み出れば、敵がわずかに後ずさった。


「数は百ほどと見たが、もしや若い衆ばかりかな」


 また靴先を踏み出すと、石畳の目地から黒い靄が昇り立つ。渦を巻く煙が仇の足元へ広がった。自身が将として御旗を掲げていた頃は、それだけで相手が慄くはずだったのだが。


「ふむ。一度前線から離れてしまうと、こうも睨みが効かなくなるとは。歳月人を待たずと嘆くべきか、安心して隠居できると喜ぶべきか」


 過去の威光は意味をなさない。ならば、忘れ去られた戦火の色をこの手で呼び起こすまでだ。


「では、勇敢な諸君らに今から教えよう――このドラーグドで、最も多くの同士を殺めた男のことを」


 ぶわりと逆立つ黒い鱗が頬を覆った。撫でつけた黒髪からは、山羊のような角が真っ直ぐに伸びる。左右で異なる三対の翼は、人の持つ正邪の境を表していた。


 嗚呼、15年前にこの場で起きた悲劇が両の眼へ鮮明に蘇ってくる。当時と違うのは、対峙した相手が纏う衣の色ぐらいだ。


 内乱の鎮圧を任された自分は、数え切れないほどの同胞を殺めてきた。横にいた自らの部下たちも、直接的な傷だけでなく、同士討ちの咎に苛まれて多くが前線から離脱していった。前途ある隊員たちにこれ以上の罪禍を負わせてはならない。だからこそ、既に罪を被った己が落とし前をつけるべきだ。


「せめて安らかに逝くといい」


 錫杖を振り上げる。きん、と銀輪が宙に留まる。中心から光を集めた球体が生み出された。急速に膨張していくそれを従えると、《竜》を宿した聖はぎらつく紅玉の双眸を見開いた。


 刹那、何物にも妨げられぬ極光が黒衣の群れに降り注ぐ。清濁の入り混じる烈風が地表を駆け抜けた。


 魂魄の爆ぜる音。黒い靄で包まれていた一帯へ白骨の灰が舞い落ちる。敷かれた石畳も粛清の残照で淡く染まっていた。この無慈悲な命の滅却こそが、彼らに与えられる唯一の慈悲に他ならない。


「正面玄関の掃討を完了した。これから速やかに西側の通路を封鎖し、他の通用門の守備を固めるように。私は先に中層階以上を占領している敵の排除を進める。後を頼むぞ」


 黒衣の群れが灰燼の奔流に変わる。静寂だけが降り積もる世界。


 この世を諸行無常とするならば、人の行いもまた変わるべきなのに。どうして誰もが同じ悲劇を繰り返すのだろうか。今の問いの答えを持つのは、過ぎし日にこの組織を去った稀代の名将だけ。


「万が一のことを考えると……輝月にも知らせるべきか。急がねば」


 昔日の情を抱え、燃える寂光土を力強く蹴る。立ち上る灰が落ちた時、既にその翼は天蓋を目指していた。

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