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蒼い背中  作者: kagedo
EP.8 本部急襲編
135/135

-鳴り響く警鐘-




* * *




 大将室から戻り、執務室にいる兵の様子を眺める。紅葉の姿がないことを除けば、これまでと何ら変わりのない景色だった。


 しかし、スマイリーの憶測を聞いた手前、自身の部下――殊に澪のことが気がかりだ。


 彼を迎えた当時、新たな顔ぶれということもあってそれなりに気を遣っていた。口数は少なかったが、仲が良かった紅葉と共に他愛のない話もしていた。周りからはみ出る性格でもなく、スマイリーから言われた以外では問題も起こしていない。自身の前では善良な一人の隊員だ。そう、自身の前では。


「牙雲少佐」


 はっとして前を向けば、澪が書類を手に机の前に立っていた。


「悪い、考え事をしていた。どうしたんだ」

「ここを出る日程がずれ込んだため、備品の再点検についてご相談したく」

「わかった。輸送班とも連携して、必要な物を手配しろ」

「承知しました。では、しばらく席を外します」

「澪、一ついいか」


 普段と変わらず淡々と返した彼を呼び止める。だが、そこでかける言葉までは深く考えていなかった。


「ああ、いや……紅葉の代わりに手を挙げてくれたお前には感謝している。しっかり頼むぞ」


 首を傾げている相手に些細な声かけを残す。彼はただ頷くだけだと思っていた。しかし、自分を見つめた群青がふつりと光を消す。


「一度決めたことを覆すのは、褒められた行いではありません」


 長い沈黙が解けると彼の背中が廊下へ消えていく。どうにも余計な口を滑らせたらしい。


 彼は初めから討伐に加わることを忌避していた。だが、紅葉の決断が彼の考えを変えさせたのだろう。澪もまた、紅葉が残した誓いを信じているのか。それとも、やはり後悔の念に駆られているのだろうか。もしくは――


「いや、俺が信じないでどうするんだ」


 内から湧き上がる思考を振り払うように、牙雲は渡された書面の端を握り締めた。




* * *




 昼食の時間を過ぎても、澪はまだ執務室に戻ってこなかった。


「少し近くを見て来る。澪が戻ったら教えてくれ」


 部下にそう言付けて廊下へ向かう。紅葉ならまだしも、午後の訓練に彼が理由もなく遅れることはない。なんて考えが過るあたり、自分はここにいない相手に甘いらしい。


 すると、螺旋階段に足を乗せた自分の前に中層階から数人が駆け降りてくる。彼らを率いているのはスマイリーだ。


「お先にどうぞ」

「悪いね。誰かが通用門にイタズラを仕掛けたみたいで、皆と様子を見に行くところだったんだ」


 踊り場ですれ違った彼の視線が頬を薄く撫ぜた。しかし、にべもなく告げられた理由には違和感を覚える。単なる出入口の点検にこれだけの人員を割くだろうか。


「ボクは急ぐからここで、」


 連絡通路へ向かおうとした上官が再び歩みを、いや、一切の動きを止めた。刹那、金の癖毛が覆う頬へぶわりと鮮緑の鱗が生える。


「――すぐに警報を鳴らすんだッ! 下層階の通用門から何者かが本部内へ侵入している!」


 隊員たちは完全に虚を突かれた顔だった。しかし、糸目を見開いた彼を見てすぐに四方へ散らばっていく。


「何が起きたのですか」

「この子たちが見張っていた場所を、侵入者に突破されてしまったようだ」


 軍靴の周りに緑の蔦が急速に集まってくる。葉の擦れる音以外、辺りは異様なまでに静かだ。だが、彼の耳目として本部内に根を張るこの植物たちは、母なる大地の異変をいち早く察知したのだろう。


「我々がすぐに排除します。どこへ向かえば良いでしょうか」

「同時に三箇所、四箇所……いや、今の間にもどんどん数が増えている」

「各軍の主力は中央区画付近にいるはずでは? この状況で本部を襲ってくる軍などいるはずが、」

「そういう時に限って仕掛けてくる相手は――間違いなく《ノーバディ》だ」


 蒼白な顔で告げられた事実に息を呑む。やっと呼吸を紡げば、本部内に敵襲を知らせる警鐘が響き渡っていた。吹き抜けの空間に反響する不協和音。迷っている暇はない。


「今の被害は下層階に集中しているようだから、非戦闘員は上層階へ避難させる。キミたちにはこれ以上の侵入を食い止めてもらいたい」

「第五部隊や本部に残っている討伐隊で、すぐに出入口を封鎖するように指示します」

「頼んだよ」


 草葉を模した鮮やかな緑の翼を広げると、スマイリーが天蓋へ飛び去った。石畳の廊下を走り、自らも急ぎ執務室まで引き返す。鳴り響く警鐘に騒然とする部下たちへ向け、牙雲は武器を手に取りながら指示を下した。


「本部の下層階で襲撃が発生した! 敵はノーバディと推定される。今回は複数の通用門を破られたため、この階を含めた区画全域で戦闘になる可能性が高い。各自、すぐに戦闘態勢へ移れ!」


 上層階へ避難する救護部隊の隊員たちとすれ違うように、牙雲は兵を連れて一階まで飛び降りた。


 敵は各所に通じる通用門から中枢となる上層階へ向かうはずだ。だが、多くの兵を連れて移動するには、この中央にある螺旋階段と吹き抜けの空間を使わなければならない。まずは経路を押さえ、水際で食い止める必要がある。


「牙雲少佐!」


 広げた翼を畳み終えないうちに背中から声がかかる。顔を上げると、第一部隊の精鋭が駆け寄ってきた。


「我々は聖大佐から下層階にいる敵の排除を命じられました。状況はご存知でしょうか」

「ああ、偶然にもスマイリー大将と話をしていた最中に敵襲があったことを聞かされた。我々もこの場で敵を迎え撃つつもりだ」

「天音中佐と第四部隊に対しては、中層階付近で敵を食い止めるように指示が出ています」

「そうか。俺の方でも伝令を通じ、討伐隊にいた精鋭たちを各階層へ配置した。守備の頭数は十分あるな」


 そう告げたものの、不安を煽るように喧騒が大きくなる。周囲に紛れた殺気が頬の鱗をさざめかせていた。


「――北門より複数の敵が侵入、中央に向かっていますッ! 西門も同様です!」

「了解。第一部隊は西門へ向かってくれ。我々は北門の方を対処しよう」


 ぐわんぐわんと鳴る鐘の彼方から鋭い報せが届く。牙雲はすぐさま北の通路へ向かった。偵察を置き、壁伝いに進みながら石畳の廊下を進む。直後、前を行く隊員が息を呑んだ。


「ノーバディの兵がこちらに、……がッ!」


 ばしゅ、と短い射出音。同時に先行していた味方が頭蓋ごと額を射られて事切れる。刺さっていたのは黒塗りの矢だ。精霊族が混ざっている。


「一気に制圧するぞ」


 身を潜めていた角から飛び出す。対峙した白磁の面は十体ほどで、後ろでは既に三体が弓をつがえていた。武器の質は相手の方が高い。狭い通路で距離を取られては厳しいだろう。


「俺が道を開ける!」


 宣言と共に淡い青の輝きがその場へ満ちる。放たれた矢を水槍で次々に撃ち落とすと、牙雲は咆哮を上げながら斬りかかった。流れるような鈍色の刃が正面の敵を袈裟斬りにする。次の踏み込みで、怯んでいた一人の胴を貫く。


「はあぁッ!」


 がきん、と金属が鳴った。振りかぶった斧の刃先へ硬質な何かが深く噛む。破れた黒衣の袖から覗いたのは――燃えるような赤い鱗。


「っ……!」


 わずかに硬直した自分の胴へ拳が打ち込まれた。どうにか武器を盾に敵の足を掬う。転がった身体を脚で押さえ、白磁の面を剥がす。良かった、彼ではない。周囲では部下たちが侵入者の掃討を進めている。牙雲は捕らえた兵の首へ厚みのある刃を添えた。


「誰に命じられてここを襲った」

「それしきの脅しで言うとでも?」


 嫌な笑みを浮かべた相手が、睨み据えた自分へ向けて何かを放つ。直後、喉に刺すような痛みが走った。


「ッ、決してここを通すな!」

「邪魔なんだよ!」


 眼前で破裂したのは煙幕だ。焼ける喉を無視して指示を下せば、白煙の奥から影が迫る。鱗を逆立てた腕がハルバードの柄を掴んだ。振り解こうとするも抵抗が強い。それならば。


「力量を見誤ったのが、お前の運の尽きだ」


 短い呻き、ばきりと鳴る体躯。背骨をへし折る勢いで、相手が天井へ叩きつけられる。石畳を割る間欠泉がそこで噴き上がっていた。


「これで全部か」


 水飛沫に吸われた煙が晴れる。わずかに呼吸を乱しながらも、牙雲は転がった敵の屍を数えた。しかし、味方も数人が負傷している。数はこちらが優位だったが、虚を突かれたのもあるだろう。


「制圧完了だ。数人は遺体を確認するために残れ。他は援護へ回って――」

「牙雲少佐っ!」


 ぞわりとした悪寒が背筋を走った。振り返れば、倒れた黒ずくめの一人から頸部を狙った小刀が放たれていた。襟元へ迫る黒刃に反応が遅れる。腕をかざそうと身構えた時。きん、と冴えた礫が死の投擲を弾く。喧騒が去ったその場へ現れたのは、薄氷を従えた部下の姿だった。

ある程度の目処がついたため、更新再開します。

(2025/05/20時点)

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