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蒼い背中  作者: kagedo
EP.7 討伐隊編成編
132/162

-忘れていた憧憬-




* * *




「ったく、エラい目に遭ったな」


 柚葉に陣営を追い出されて数分後。妹を連れて帰るつもりだった自分の横で、時平たちが頬一面を覆った鱗を落ち着かせていた。


 彼の溜息はもっともだ。民間人の保護や安全を優先していたとはいえ、上官がほとんど裸のまま帰ってきたと噂になったら、聖に合わせる顔がない。


「部下に声もかけないで裏から来るなんて、姐御が重傷でも負ったのかと思ったぜ」

「オレも妹のことで頭がいっぱいだったんで、そこまで気が回ってませんでした」

「前から豪胆なお方だとは知ってたが、オレよりもよっぽど肝が据わってやがる」


 大男たちが顔を覆いながら飛び出してきたせいで、幕の外に余計な緊張を走らせてしまったのは記憶に新しい。時平の一喝ですぐに落ち着きを取り戻したのだけが救いだ。


「まあ、オレは不可抗力で白銀さんのことジロジロ見ちゃってましたけど」

「そうだな、つい目が行っちまう気持ちはわかるぞ。特に輝かんばかりのあの鱗はな!」

「あ、そっちですか……」

「色、艶、大きさ、硬さ、形――全ての要素において姐御の鱗に勝るものはねぇ! オレもいつかはアレぐらいバキバキになりたいもんだ。最近は鍛錬の強度が足りてねぇ気がするし、手合わせしてもらうのもいいな」

「そういう意味じゃ、時平さんに腹パンできるのって白銀大佐ぐらいっスよね」

「――腹パンで思い出したぞ。すっかり忘れてたが、テメェも心配かけさせやがって!!」

「あ、いや、そこは忘れたままでいてもらっ……ぐはッ!?」


 不意打ちの拳が腹に入る。胃の中身を吐かなかった自分を褒めたい。これが日課になっているのであれば、第六部隊の隊員が頑強になるのも頷ける。


「言っとくが、お前がバカをやったらぶん殴っていいって牙雲のヤツからも許可取ってるからな」

「ハイ、勝手したオレが悪かったんで……うぐっ」


 これも心配の裏返しであれば今の一撃も甘んじて受ける他はない。まだ襲撃の爪痕はあるものの、故郷の件はここでひと段落だ。次は約束していた牙雲たちの元へ戻らなければ――


「時平少佐。紅葉隊員を連れて中へいらっしゃい」


 その場でうずくまっていると、不意に幕の内側から白銀に呼び立てられる。広い背に続き、入れ違いで外に出てきた妹を預かろうと迎えた時。


「あなたは残って。伝えたいことがあるの」


 報告書を手にした時平と共に、紅葉は恐る恐る自分を引き留めた相手の机に向かう。


「早速だけど、第二部隊は一刻も早く本部へ戻らなければならない。ただ、ノーバディの襲撃とあなたが言っていた重要機密とやらは、大いに関係があると推測できる。だから、あなたはわたしたちと来るべきよ」

「でも、オレは中央区画に行かないと。今の討伐隊の指揮は牙雲少佐が代行してるんで、日程を考えたら今頃《竜のとぐろ》に向かってるはずですし」

「部隊長のわたしが現地に行くまで多くの兵は動かせないから、同行しても遅くないわ。それにノーバディの長が言っていた話がどうにも引っ掛かるの」


 犀臥は彼女へ告げた。自らと刃を交えた時点で、こちらの敗北が決まっているのだと。


「彼らがここを襲撃した理由は、接触したあなたの口封じが目的ではないと話していたわね? それが事実なのであれば、この時点で彼らが重要視していたのはわたしの動きでしょう」

「つまり、ノーバディは第二部隊の足止めが目的だったってことですか?」

「おそらくは。そして、わたしの記憶が正しければ、本部から届くはずの便りが数日遅延しているの」


 時平が差し出した報告書を受け取ると、彼女はそれを捲りながら柳眉を寄せる。白銀と本部の間では定期的に書面のやり取りが交わされている。ほとんどは聖が彼女だけに寄越す雑記――否、事務的な連絡なのだが、今はそれが途絶えているようだ。


「不審な点は他にもある。第二部隊の帰還について告知されたのは、あなたたちがここへ派遣される直前だったはずよね。ただ、その通達よりも早くに『第三部隊が《竜のとぐろ》へ向かっている』と連絡があったの」

「そりゃあ妙な話だ。姐御とウェスカーの旦那の居場所が被るなんて、滅多なことじゃない」

「主力部隊が同じ拠点にいたら他が手薄になっちゃいますもんね」


 その指摘に時平も腕組みしながら大きく頷いていた。思い返せば、自分が討伐隊へ参加表明する前に、ウェスカーが急ぎ本部を発とうと戦況管理部隊で無理を通していた記憶がある。その時点で、第二部隊はまだ《竜のとぐろ》に駐在していたらしい。


「ただ、出撃先って普通は本部の方で統制されてるんじゃ?」

「そうよ。もちろん、情報の行き違いが発生した可能性はあるけれど、当時は頻繁に戦闘がある時期ではなかったはず。単なるミスだと片付けるのは尚早だと思うわ」

「うーん。情報を混乱させて第二部隊を足止めすることで、ノーバディがオレたちを邪魔したかったっていうならわかりますけど。ただ、それなら討伐隊を派遣しようとしてる他の軍にも同じように仕掛けるはずですし」

「討伐へ参加する将校のみへの連絡網もあるが、他の軍が襲撃されたって話はオレらのところにも入ってねぇな」

「本部からの情報を得られなければ、こちらも憶測で動くしかない。この地域の復興に手を貸してあげたいところだけれど、今は帰還を優先したいの」


 将たちの話にその場で考え込む。飆の討伐の話が出てきた前後で、本部の中では異変が次々と起こっていた。ウェスカーの行動に始まり、今回の襲撃や牙雲の嘆願書の件もまだ原因がはっきりしていない。どこかにしこりの残る出来事ばかりだ。


「……わかりました。オレも第二部隊と一緒にまずは本部へ帰還します。時平さん、オレの家族やこの集落の人たちのこと、お願いできますか」

「おう、任された。飛翼もいるから安心して行ってこい。ここが片付いたらオレも中央区画に行くぜ」

「あなたもご家族に挨拶をしていらっしゃい。妹さんが無事だったことをちゃんと伝えてあげて」

「はい! じゃあ失礼します」


 残った上官たちに敬礼し、紅葉は幕の外に出た。陣営の支柱に背を預け、靴先で小石をもてあそんでいる柚葉へ声をかける。


「柚葉。そろそろ父さんたちが迎えに来てくれるだろうから、広場の方に……ん? さっきまでそんなのつけてたっけ」

「これ、ステキでしょ? 白銀さんからもらったの」


 結い上げた彼女の髪には見覚えのない飾りがついている。革や麻の組紐をつけているのは見かけたが、銀貨のような髪留めは珍しい。


 妹の話では、気を利かせてくれたことに対する礼として、鎧の上官が自分の髪留めを譲ってくれたのだという。とても気に入っているようで、柚葉は年相応の得意げな顔だった。


「よかったな。オレからも後でお礼を言っておくよ」

「うん。それと、兄さんも助けに来てくれてありがとう。ちょっと見直したかも」

「見直したって、普段からカッコいいだろ?」

「やっぱ今のなし」

「なんでだよ!」

「自分で言っちゃうとこがダメ。少しは白銀さんを見習ってよ!」

「あれは格が違うっていうかさぁ」

「……ねえ、兄さん。あたしも集落を出られる年になったら、ドラーグドに入りたい」


 形ばかりの辛辣な台詞に肩をすくめていると、不意に妹がそう呟いた。


「いや、だって、あれだけ危ない目に遭ったんだぞ? 死んでもおかしくなかったのに、なんで」

「もちろん怖かったよ。けど、兄さんや白銀さんが来てくれた時、すごく心強かった。だから、あたしもあんなふうに人を助けられるようになりたいと思ったの」

「つっても、大佐みたいになれる人はほんの一握りだってわかるだろ」

「やってみなきゃわからないでしょ? それに、兄さんだって同じようなこと言って家を飛び出していったじゃない。ホントはモテたかっただけだろうけど」

「うっ、」


 不純な動機を見透かされた上、過去の言動を挙げられたら否定できない。むくれている彼女の気持ちも理解できた。ただ、実際に妹が軍に来てもいいのかと言われれば複雑な気分だ。かける言葉を悩んでいると、柚葉がぽつりとこぼす。


「……白銀さんはあたしにとって心から尊敬できた人なの。強いだけでなく、人のことを想って行動できるすごい存在よ。だから、あの人に少しでも近づきたいって思っちゃった」


 彼女は己のことなど構いもせず、民の救出や妹の治療を優先していた。合わせた栗色の瞳に浮かぶのは、自分にとっても懐かしい色だ。


 ――幼い時に見たあの蒼い背中を、自分はずっと追いかけていくつもりだった。ただ、長いようで短い月日の間、自分は多くの上官や仲間たちの背を見つめ続けてきた。出会った彼らの考えや生き方へ触れるたびに、多くの学びを得ている。


 生きているだけでいいのであれば、自分はきっと故郷に留まっていただろう。最初は単なる憧れだけだった。だが、そんな気持ちが、今は別の感情に変わり始めている。


「そっか。そこまで言うならオレは柚葉を応援するよ。まあ、できるのは卒業試験の過去問を教えるとか、母さん説得するのに協力してやるぐらいだけど」

「ホントに手伝ってくれるの?」

「ああ、わかったから。じゃあ次の休暇の時にでもな」

「約束だからね!」


 振り返った長い毛先が嬉しそうにぴょんと跳ねる。試験勉強は幼馴染に手伝ってもらうとして。妹の頼みを聞き入れてやるためにも、まずは目の前で起きている話を解決するのが先だ。


 挨拶も兼ねて家族の元へ向かおうとした時。忙しない足音がこちらに駆け寄ってくる。


「飛翼? どうした、すげぇ顔色悪いぞ」


 柚葉をその場で待たせ、伝令書を抱えて現れた小柄な彼の元へ向かう。その顔は一目見てわかるほどに青ざめていて、唇も真っ白だ。付き合いのある自分から見ても異常だと理解できる。


「あ、あの、本部の伝令班から、さっき連絡があって! ぼく、時平少佐たちに、それを早く伝えないといけないんだけど、その、ええと」

「ちょっと落ち着けってば」

「――んだよ。姐御と話してんだからちょっと静かに、」

「ああ、時平少佐っ!」


 騒ぎを耳にした時平が陣幕の中から厳つい面を覗かせる。すると、珍しく上官の台詞を遮った飛翼の喉から震えた声が漏れた。


「……本部がっ、本部が、壊滅状態に陥りました……!」






fin.


EP.7の読了、ありがとうございました。

お気に召していただけましたたら、ご評価、ご感想などいただけると励みになります。

EP.8も引き続きお楽しみください。

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