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蒼い背中  作者: kagedo
EP.7 討伐隊編成編
127/160

-銀翼の女傑-

「さあ、早く立ち上がって」


 手甲をはめた両手が差し出される。ようやく落ち着いた妹と一緒に、紅葉はそれを掴んだ。


「助けてもらってありがとうございました」

「ドラーグドの者として当然のことをしたまでよ」


 くぐもった声に促され、深く項垂れていた姿勢を戻す。甲冑姿の相手が老婆の様子を確認している間、紅葉はゆっくりと妹の手を引いた。踏みにじられた指先は痛々しくあかぎれているが、他は掠り傷程度で済んだようだ。


「危険な目に遭わせてゴメン」

「大丈夫。兄さんが助けてくれたし、おばあちゃんも無事でよかった」


 彼女の頬に残る砂まじりの血潮を黙って拭う。片割れだけになった老婆の心を癒す術を、自分は持ち合わせていない。そうして唇を噛み締めていると、不意に頭上へ大きな影が差した。


「白銀大佐!」


 羽音を立てた蒼の一団が空から次々と着陸する。威風堂々とした佇まいは《第二部隊》の隊員たちに違いない。そして、彼らを迎えた鎧の相手こそが部隊長の『白銀』だ。


「敵の全数と周辺の状況はどうかしら」

「前方9時から1時の方向に約50の敵影あり。うち一名はノーバディの長と見られます。また、4時から6時の方向にも十名規模の別動隊が複数確認できました。この周辺一帯は砂地となっているため、従来の避難経路からの変更が予想されます。第六部隊の時平少佐が現地に入った点も含め、連携はいかがしますか」

「まずは民間人の避難経路を確保しつつ、ノーバディの長を発見したという伝令を本陣へ速やかに送って。時平少佐には集落の出入口を固めてもらうように。相手の力量が未知数である以上、下手な援軍は犠牲者を増やしかねないわ」


 再び眉庇を下ろした彼女は、地面に置いた武器を拾い上げる。手元を覆う円錐状の槍先と、分厚い大型の盾が両手で眩く光っていた。


「安全が確保できたら、民間人の保護と避難を最優先で進めなさい。そこの彼も含めてね」


 自分が追われているという報告が入っていたのだろう。不安げに袖を引く妹を宥めていると、鎧の指揮官が自分の左胸に目を留める。


「挨拶遅くなってスミマセン。オレは第五部隊の紅葉と言います。飆の討伐に参加する予定だったんスけど、この集落の出身だったんで一時的に第六部隊の編成へ入れてもらいました」

「なぜあなたは彼らに追われていたの?」

「えっと、不可抗力で軍の重要機密を知っちゃったのに加えて、《全軍円卓会議》でもノーバディの長と接触したことがあって。ただ、アイツはオレの口封じが目的じゃないって話してました」

「今はあなたの言葉を信じるわ。ただ、その点も含めてスマイリーに事情を聴くのが早そうね」


 敵前で熟考している暇はない。虚穴の対岸ではすでに犀臥が散った兵を呼び寄せている。


「周辺の土地勘があるなら、あなたが先導して妹さんたちを上手く避難させて。精鋭も何人かつけるから、問題があれば彼らと連携して対処しなさい」

「了解っス」

「――以上、各自の役割を迅速に遂行せよ!」


 頷いた自分の横で、数人の精鋭たちが一糸乱れぬ敬礼を返す。次いで、鋼を纏う上官が天高く槍先を突き上げた。


「これから敵の制圧を開始する! 先鋒隊はわたしに続けッ!」


 号令に猛々しい咆哮が呼応する。彼らを率いる鋼の翼が先陣を切った。


「まずい、《銀翼の女傑》が来たぞ! すぐに退避を――ぐあッ!?」


 周辺の家屋へ紛れようとした黒衣が、宙から高速で繰り出された長槍に貫かれる。別の敵は左の盾に弾き飛ばされ、骨身を砕かれていた。


 ノーバディの兵が複数いても、立ちはだかる鋼をその場へ留めることすら叶わない。攻防一体の技を前に、集落で話した隊員が彼女を称していた時の言葉が蘇ってくる。


 重厚な装甲は飛び道具を物ともせず、撃ち落とそうとする銃弾すらも銀翼に傷をつけられない。羽ばたきのたびに彼女は次々と敵を粉砕していく。


「あの人、覚醒しながら戦ってるのか」


 通常、竜人が重量のある鎧を身につけ、斥候をも凌ぐ速度で飛行するのはほぼ不可能だ。だが、その姿をよく見れば、兜の裏から白く煌めく角が伸びていた。


「民を害した報いを受けなさい」


 白鱗の長い尾が鞭のごとくしなる。風切り音と共に家屋ごと薙ぎ倒されていく仲間を見て、斥候たちは慌てふためいていた。


 鋼鉄の制裁から辛うじて逃れたとしても、後に続く隊員たちが背を向けた仇を一掃していく。白銀の手腕もさることながら、隊員同士も密に連携が取れていて、どこを見ても洗練された動きだ。続く隊列は、激しく鱗を逆立てた蒼い竜の背を彷彿とさせた。


 響いていた喧噪が止んだ。立ち上る砂煙が晴れる。ほんの数分で地表には血に塗れた屍の山が築かれていた。


「連れてきた兵をこうもあっさりと片付けられるとは。第二部隊の白銀――その実力は伊達ではないようだ」

「あなたがノーバディの長? どこに行方を眩ませていたのかと思ったら、集落内に潜伏していたなんて。外を探しても見つからないはずだわ」


 鋼の穂先が構えられる。しかし、味方を失ったにも関わらず、犀臥は刀傷の残る顔へ不気味な嘲笑を浮かべていた。


「単純な武力で争えば結果は見えているからな。ただ、せっかくの機会だ。貴殿らと踊るのも悪くない」


 砂岩色の瞳が離れた場所にいる自分を捉えた。


「逃げるぞッ!」


 びりびりとした殺気が肌を焼く。白銀が退避を叫ぶよりも先に、紅葉は老婆と妹を連れて走り出した。刹那、数秒前にいた大地が大きくひび割れる。


「さて、貴殿は全てを守り切れるだろうか? お手並み拝見といこうじゃないか」


 亀裂から伸びたのは岩石で築かれた巨腕だ。地表を割りながら現れたそれが、自分たちの行く手を阻もうと付近の民家を打ち砕く。だが、瞬時に飛来した白銀が崩落物を刺突で粉砕した。


「一度ならず二度までも民を傷つけるその蛮行、決して見逃す訳にはいかない――第二部隊、構えッ!」


 空を震わせる咆哮が上がる。掲げた鋭利な穂の先に無数の鉄槍が出現した。合図と共に、控えていた隊員たちが生成された武器を掴む。


「大佐の命令だ! 彼らに攻撃を通すな!」


 指揮官の支援を受け、蒼い群れが果敢にも岩の腕へ矛先を突き立てにいく。精密な刺突が脆い場所を的確に抉った。しかし。


「なっ……!?」

「多少の期待はしていたが、長以外はそれほどでもなさそうだ」


 応戦する隊員たちの肉体から突如として血飛沫が上がる。彼らを串刺しにしていたのは岩肌から生えた棘だ。


 胴を貫かれた者が必死に逃れようともがいている。すると、砂塵の狭間で犀臥が片腕を振り下ろした。砂岩の腕が羽虫でもはたき落とすように動く。同時に囚われた隊員たちが悲鳴ごとぐしゃりと肉塊に変わる。


 夥しい血潮が砂地を赤黒く染めていく。大地を覆う高笑いに、横で柚葉が引き攣った顔を見せていた。


「止まるな! いいから走れ!」


 この次は自分たちの番だ。砂煙の立ち込める中で、紅葉は老婆を背負ったまま叫んだ。後ろでは蒼い軍服たちを握り潰そうと、棘に覆われた隻腕がまた地面を揺らしている。


「初めからわたしと戦うつもりはないようね」


 銀の槍が妹の背中に迫る黄色い指先を砕いた。しかし、すぐに砂塵が欠けた場所を修復していく。


 白銀が何度か攻撃を試みているものの、巻き上がる砂嵐に身を隠す敵を捉え切れない。合間で民を狙う岩の腕や、砂底へ招こうとする砂の波を留めているからだろう。自分たちと並走する精鋭たちも変質していく大地に翻弄され、攻め手を欠いていた。


「オレたちを庇ってたら、第二部隊も全力を出せないのか」


 彼女たちはずっと中央区画で交戦を続けていた部隊だ。高い武力を有する一方、近くに民間人や家屋が存在する地域で民間人や資源への影響を考慮しながらの戦いは慎重にならざるを得ない。


 対する犀臥は兵を失っており、敵地で力を制限する理由はなかった。討伐隊の主力となる白銀たちが想定以上に消耗すれば、ドラーグド全体の被害が大きくなるのが目に見えていた。

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