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蒼い背中  作者: kagedo
EP.7 討伐隊編成編
125/161

-お尋ね者-

 喧噪に包まれた広場の中で、紅葉は民へ呼びかけていた隊員に駆け寄った。


「一体何があったんですか」

「集落の敷地にノーバディの斥候が現れて、民間人が襲撃されたらしい。避難完了前の地域に被害が集中しているから、白銀大佐が陣営にいない隙を狙ったんだろう」

「オレの妹が午前中に集落の外れへ行ったきり、帰ってきてないんです! どこかで見かけてませんか?」

「現時点の報告で、死傷者の中に少女はいなかったはずだ。ただ、君は陣営にいた方がいいだろう」


 自分の顔をじっと見つめていた隊員が、言いにくそうに口を開く。


「襲撃された民間人の一人が、ノーバディの斥候からこう言われたらしい――『栗色の髪と瞳を持つ、黒環の耳飾りをした青年はどこだ』と」


 横にいた飛翼が青ざめた顔でこちらを振り返った。ふと左耳へ触れるも、それを澪へ預けたことを今になって思い出す。


 妹の容姿はお尋ね者となった自分と似ていた。斥候に目をつけられてもおかしくない。この集落の襲撃は自分をおびき寄せるためだったのか。聖から言われていた懸念が脳裏に蘇る。


「飛翼、すぐに時平さんへ伝えてくれないか。柚葉を探したいから、援軍を連れて集落の外れまで来てほしいって」

「わかった。けど、ぼくが戻るまでぜったいそこを動かないで。約束破ったらホントに怒るからね!」


 強い念押しの言葉を残し、飛翼がその場を飛び去った。白い翼が民家の合間に消えていく。その手前で他の隊員たちが動揺する民を落ち着かせようとしていた。


「やっぱりバレてるよなぁ」


 ノーバディは何度も奇襲を繰り返しながらこちらを攪乱してくる。白銀もそれを理解しており、圧倒的な武力による威嚇で状況把握や民の移動時間を稼いでいたのだろう。


 ただ、標的の自分が動けば敵を惹きつけられる。柚葉を探すと同時に、人々から危険を遠ざけられるのであれば、迷っている暇はなかった。


 自分を案じてくれた幼馴染に何度も謝りながら、紅葉は人混みを掻き分けていった。




* * *




「――柚葉ッ! どこだ!」


 唸る警報音が聴覚情報を掻き消していく。中心部に通じる大きな道沿いには、点在する民家から避難場所へ向かう人の列が続いていた。流れに逆らっているうちに、辺りは閑散とした景色へ変わる。


「柚葉っ! 返事してくれ、頼む……!」


 居住区画を疾走し、息も絶え絶えに叫んだ時だった。


 遠くで狼煙が上がっている。周辺では草木の焼ける匂いも一緒に漂ってきた。一縷の望みにかけて、紅葉は小綺麗な軒先に辿り着く。そこでは救援要請を示す黄色い布がはためいていた。


「ドラーグドの隊員だ! 誰かいるのか!」


 庭先に咲く鮮やかな花が訪問者を出迎える横で、紅葉は玄関の扉を叩いた。すると、近くの窓から切迫した声が返ってくる。


「中に三人います! ご年配の夫婦がいて、おばあちゃんが足が悪くて動けないの!」


 急いで覗き込んだ窓枠の向こうで、栗色の長い髪を結い上げた活発そうな少女と視線が合う。


「柚葉! よかった、無事だったんだな」

「に、兄さん? どうしてここに」

「今日こっちに戻ってきたんだよ。でも、父さんと会ってた時に警報が鳴って、柚葉のことをずっと探してたんだ。心配したぞ!」

「だから、この家にいるご夫婦を避難させようとしてたんだってば。でも、あたしだけじゃ敵と鉢合わせたら逃げられないし、助けを呼ぼうとしてたの」


 窓越しに手を握ると、妹は赤い鱗とばつの悪そうな顔を一緒に浮かべていた。昔から世話好きだった妹は、配給品を渡しがてら、外れに住むこの老夫婦の様子を見に来たのだろう。


 ただ、敵も上がった狼煙を目視していたはずだ。ここに留まっているのはまずい。


「オレも手伝うから、まずは移動しよう」

「兄さんは手を空けた方がいいでしょ。全員で飛ぶのも危ないし、おばあちゃんはあたしが背負っていくわ」

「集落まではけっこう距離あるぞ?」

「大丈夫。これでも最近は父さんと自警団の訓練に出てるんだから!」


 玄関先まで二人を連れて来た妹の背丈は、いつの間にか自分の肩まで伸びている。見ないうちに随分と成長していたようだ。自警団の腕章を身に着けた彼女のことは頼りにしてもいいだろう。


「よし、じゃあオレについてきてくれ」


 踏み固められた土の道に出ると、紅葉は索敵に全神経を集中させた。先行して民家の陰に敵がいないかを確認しながら、元来た道を辿る。


 住民たちはもうほとんどが中心部に行ってしまったのか、辺りに人の姿はない。警報音はもう止んでいる。しばらく歩いたところで紅葉は振り返った。


「柚葉。もう避難場所も近くなってきたし、背負うのオレが代わろうか?」

「あたしは平気。それならおじいちゃんの荷物を持ってあげて」


 助けを待ち続け、心身共に疲れているはずの彼女は、今も気遣いを絶やさなかった。自分の妹ながら立派なものだと誇らしくなる。


「軍人さんにもご迷惑をかけてしまって、すまないねぇ。どう御恩を返せば良いのやら」

「なら、オレたちが助けた分、じいさんたちも元気に長生きしてくれ、」

「――兄さん、後ろ!」


 突如として柚葉が悲鳴を上げる。一拍遅れて振り返ると、背後で小刀が振りかぶられていた。


「ッ、危ねっ!」


 寸でのところで鱗の生えた腕を首との間に捻じ込む。自分を仕留め損なった黒衣が、舌打ちと共に距離を取った。地面へ倒れ込んだ老人を庇い、身を翻して追撃の暗器を打ち払う。応戦して紅蓮を放つと、斥候は民家の陰へ飛び込んだ。


「柚葉! じいさんたちと隠れてくれ!」 


 妹が頷いたのを確認すると、紅葉は拳を握り締めた。今なら飛翼の呼びに行った援軍がこちらに向かっている可能性が高い。彼女たちを下手に動かすよりも時間を稼ぐべきだ。


「避難中の民間人を襲うなんて卑怯だぞ。それでも軍人か!」


 消えた気配を探りながら四肢の鱗を逆立てる。刹那、背後に戦慄が走った。


 振り向き様に炎熱を放てば、物陰から黒衣が飛び出してくる。同時に左腕へ衝撃が走った。振り抜かれた黒い刀身をどうにか受け止め、斬りかかってきた相手の腹へ拳を減り込ませる。呻いた黒衣が足元へ転がった。


 息つく暇もなく次の得物が自分の首を狙う。横から入った刀が頬を掠めた。鱗の表面に血が滲む。それでも背中へ組み付こうとした敵の腕を掴み、渾身の力で地面へ叩きつけた。


「っ、思ったより数が多いな」


 飛び交う暗器を鱗で防ぎ、塀へ背中をつける。目算で両手の指以上となると、この拳だけで戦うのは難しい。


「おばあちゃんたちに乱暴しないで!」


 対処を迷っていると近くで妹の叫びが聞こえた。次いで飛び道具を打ち払う音。小型の暗器に彼女の鱗が勝ったのだろう。それでも手練れの兵に少女が敵うはずもない。状況の悪化を理解し、家屋の庭先まで踏み出そうとした時だった。


「ぐッ、……!」


 死角から剛腕がもろに脇腹へ入る。崩れた姿勢を戻せず、地面へ押さえ込まれた。獣の腕に片腕を掴まれた状況では分が悪い。それでも足掻いていると、不意に白磁の面から低い声が落ちる。


「髪と瞳の色は条件に合致するが、コイツは『ハズレ』か」

「民間人まで巻き込んで、何を嗅ぎ回ってるんだ」


 斥候たちは澪に預けた黒環を目印にしていたのだろうか。もし、本当に自分の存在が目当てであれば、賭けに出るしかない。


「……ああ、そうか。お前は『紅葉』ってヤツを探してるんだろ? そいつならよーく知ってるぜ」

「貴様、その男の身内か」

「身内もなにも、オレだってのッ!」


 掴まれていた腕へ灼熱を纏わせる。黒衣が怯んだ隙に拘束を振り解き、紅葉は難を逃れた。


「標的がいたぞ! この男だ!」


 視線と敵意が一斉に自身へ降り注いだ。だが、紅蓮を纏わせた両腕で恐怖ごと前を薙ぎ払う。弾かれた鉄杭が地面へ転がった。


「そう簡単にやられるかよッ」


 咆哮と共に群がる黒衣を殴り飛ばす。気迫に怯んだ斥候たちの前で、紅葉は赤々とした業火を立ち上らせた。大地へ広がる炎熱を味方に低く身構えた瞬間。


 ――ざり、ざり、ざり。


 聴覚が奇妙な音を捉える。直後、ぞわりとした何かが全身を駆け抜けた。これまで通ってきた道は固められた土のはずだ。だが、砂に埋もれた大地を踏みしめながら、何かがゆっくりと近づいてくる。


 ――ざり、ざり。


 足音に紛れ、重たい物を引きずる異質な音が混ざっていた。いやに早くなる鼓動が、緩慢なそれらと不協和音を奏でている。


 地面へ広がった業火が揺らぐ。自分を取り囲んでいた斥候たちが後退を始めた。


 ――ざり。


 音が消えた。頬へ細かな砂嵐が吹き付ける。辛うじて目を開けると、砂塵の奥にぼんやりとした人影が浮かんだ。


 纏いつく嫌な空気で思い返されるのは鬼神の襲来だ。しかし、あの鎌鼬の射程であれば、とうに自分の四肢は切り刻まれているだろう。


 煤けた地面を強く踏みしめる。吹き荒ぶ砂嵐が収まった。


 砂塵の彼方から現れた黒い軍靴が、転がった亡骸の裾を踏みにじる。横に添えられたのは、不格好な流線型を模した鉄の塊だ。断頭台の刃を彷彿とさせる厚みの刀身がそこで鈍く光っていた。

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