-故郷へ-
* * *
澄んだ朝焼けが頬を照らす。普段は厚い霧の層で覆われている門前が、今日は珍しく昇った陽の光を受けていた。
蒼い隊列が薄くなった霧を掻き分ける。重厚な黒い鉄門の前で並ぶ間も、紅葉は逸る気持ちを抑え切れずにいた。
すると、本部の方から大鎚を担いだ時平がやってくる。暁光を背にした彼の後ろへ目を凝らせば、続く人影があった。
「少佐! わざわざ来てくれたんスね」
「討伐任務の引継ぎの件で時平と話していたから、ついでに見送りへ来ただけだ」
「ついでってヒドいなぁ。オレに会いたかったくせに」
「どうせすぐに俺たちの所へ来るんだろ」
そっけない返事に笑みが漏れる。自分が新米だった頃は心配ばかり耳にしていたが、彼なりに成長を認めてくれた証だろう。
「それもそうっスね。あと、澪がオレの代わりに討伐任務の方を穴埋めしてくれることになってるんで」
「彼からも話を聞いた。おかげで大幅な配置変更をしないで済みそうだ」
「じゃあ、アイツにはお礼言っておいてください」
「承知した。それと、お前は俺の故郷を助けてくれたのに、上官の俺が助けてやれなくて、本当にすまない」
牙雲が青い双眸を伏せた。律儀なまでの相手に向けて、紅葉は首を横に振る。
「謝る必要なんてありませんよ。少佐の立場はわかってますし、根回しもしてくれたじゃないですか。それに、少佐たちが討伐任務に行ってくれるから、オレも安心して故郷を守りに行けるんです。だから、離れた場所でも気持ちでは一緒に戦ってくれてるって思ってます」
ぎゅ、と結ばれていた口元が解かれる。牙雲が自分の両肩へゆっくりと手を伸ばした。
「――紅葉、俺はお前の口から朗報を聞けることを祈っているぞ」
「しょーさ殿のご命令とあらば!」
敬礼を返した自分の肩を力強く叩いてから、牙雲が隊列を離れていく。最前列にいた時平と視線を交えると、彼は黒い門構えで蒼い一団を見据えていた。
「第六部隊も、南部戦線に同行するヤツらも、全員揃ってんな?」
自分を含めた隊員たちが一様に頷き返したのを見て、豪傑の将が大鎚を掲げる。
「なら、定刻通りに出発だ。行くぞ、テメェら!」
「押忍、時平少佐ッ!」
切り立った断崖の前で、先陣を切った彼が堅牢な煉瓦色の翼を広げた。それに続いた隊員たちも次々と幽谷へ飛び込んでいく。
竜の羽ばたきが立ち込めていた霧を払った。靴先で地面を蹴る。落ちていく身体と赤い翼が向かい風を受ける。
「行ってきます」
朝霧の狭間で敬礼している上官の姿が見えなくなるまで、紅葉は彼に手を振り続けた。
* * *
「――くそっ! なんてザマだ!」
「おれらが間に合わなかったなんて」
「どうしてこんなことに!」
数日の行軍を経て辿り着いた現地の状況に、横にいた第六部隊の隊員たちが口惜しそうにそう漏らしていた。彼らを率いてきた時平も、同じく額を押さえて項垂れている。
戦火に喘ぐ民を救うため、自分たちはこの場にやってきたのだが――
「この周辺、もうキレイさっぱり敵が片付けられてやがる!」
到着早々に辺りを見て回ったところ、確かに集落の一部で襲撃を受けた形跡が見受けられた。しかし、目の前では既に民の避難や家屋の復興が開始されている。
「いやいや! 戦闘が終わってるんだから普通にイイことじゃないですか! 残念そうな顔しないでくださいよ」
「悪りィ、後ろは戦うつもりで来てたヤツばっかりだったからな。まあ、第二部隊が駆けつけたって話で、こんなオチもあるだろうと予想はしてたんだが、」
「時平少佐! ご到着されましたか」
肩透かしを食らった自分たちの元に蒼い軍服姿が駆け寄ってくる。隊章を見る限り《第二部隊》の者だろう。機敏な動作で敬礼した彼に、紅葉たちも挨拶を返した。
「早期の復興支援の協力に感謝いたします。私は白銀大佐から民間人の避難の統制を任された者です」
「おう、じゃあお前がココの責任者か。まずはよろしく頼むぜ。で、白銀大佐はどこだ?」
「現在、大佐は精鋭たちを連れて周辺の警備に当たっています。待機場所をご案内しますので、お待ちいただく間に状況報告ができれば」
「そいつは助かる」
支援活動の責任者に連れられ、紅葉たちは集落の一角に置かれた仮設テントを訪れた。
がらんとした幕営の中で一際目を惹くのは、部隊長席の横に鎮座する銀の甲冑だ。鏡面のように隅々まで磨き上げられたそれが、覗き込む自分の蒼い軍服を映し出している。『予備品』という札が胸元へ下がっているが、傷や凹みを見る限りでは、実戦でも使われている物だろう。
「それは白銀大佐が身に着ける特注の鎧だ。超硬合金とかなんとかっていう金属でできてんだと」
「へえ。めちゃくちゃ硬そうっスね」
遠巻きから珍しい品をしげしげと眺めていると、横に時平がやってきた。
「魔法や火薬で起きる爆発にも耐えられるってのがもっぱらの噂だな」
「えっ、鎧が耐えられても中身はさすがに耐えるのムリなんじゃ?」
「甘いぜ、紅葉。あの人は中央区画のど真ん中でしんがり張ってるんだ。お前の炎ぐらい火傷のうちにも入らねぇよ」
「時平少佐のおっしゃる通り、白銀大佐はドラーグドの《盾》でありながら《矛》でもあるお方です。まさに稀代の名将と言えましょう!」
紅葉たちを招いた隊員が隣で誇らしげに胸を張った。隊員たちからの信頼も厚く、過酷な戦場で戦果を挙げ続ける相手には興味をそそられる。
ただ、それより先に知りたいのは家族の安否や集落に起きた被害だ。時平が視線で先を促すと、報告書を手にした隊員が口を開く。
「この近隣集落は家屋の損傷が中心で、民間人の負傷者もわずかに出た程度でした。今回、襲撃してきたのはノーバディの兵と見られます。大佐自らの率いる先鋒隊が向かったところ、敵が撤退を始めたため、数時間で制圧を終えました」
「そりゃあ人間共がいきなり白銀大佐と鉢合わせたら、早期撤退すんのが妥当な判断だ。アイツらごときじゃ勝てっこない」
「けど、見回りに出てるってことは、まだ完全に警戒が解かれたワケじゃないんスよね?」
自分の問いに第二部隊の隊員が小さく頷いた。
「本部から来た皆さんはご存知かと思いますが――付近でノーバディの長が目撃されたという話があったため、大佐が事実確認を進めています。また、人間たちが再び奇襲を仕掛けてくる可能性もあるでしょう。本格的な攻撃はこれからだとも考えられます」
自らが外へ赴くことにより、白銀はノーバディ側の動きを強く牽制している。本部から自分たちが到着するまで続けるつもりだったのだろう。
「なら、大佐のお戻りを待つ間、オレらが警備がてら集落を見て回るのが一番だな。それと、連れてきた何人かはここに置いておく。手が足りてないところへ送ってやれ」
「承知しました」
深々と頭を下げた彼を背に、時平が黒鋼の武器を担ぐ。
「紅葉、お前も一緒に来るか」
「ハイ! あと、家族のことも気になるんで、まずは避難地域へ顔出したいっス」
頷いた上官と共に、紅葉は集落の中心部へと向かった。




