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蒼い背中  作者: kagedo
EP.2 波乱の合同演習編
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-牙雲の逆鱗-

「なあ、少佐に話す件でさ。オレとしては一番当たり障りない理由を考えたいんだけど」


 余計なことを考えずに遅刻を謝っていれば、ここまでの騒ぎにはならなかったのに。初陣で敵に取り囲まれた時とまるで同じ気分だ。乾いた溜息を漏らす自分の隣で、飛翼が白い顔をしている。


「ぼくにはどうやっても怒られる未来しか見えないよ。懲罰も百叩きぐらいだったらまだいいけど、もっとひどいと除隊になっちゃうんじゃ、」

「縁起でもないこと言うなよ! とにかく、何とかして少佐たちに会う方法を考えないと」

「――飛翼っ、どこ行った! 紅葉もいたら返事しろ!」


 茂みの中で顔を突き合わせていると、太い咆哮が霧の彼方から響き渡る。咄嗟に木立の奥へ視線を移せば、そこには見覚えのある人影があった。


「あぁ、時平少佐っ! ぼくたちここにいます!」

「時平さん、オレも一緒です!」


 霧の向こうにいる上官へ飛翼が上擦った返事を返す。大柄な体躯が立ち止まったのを見計らい、二人は茂みから彼の元へ駆け寄った。


「こんなところで今まで何やってたんだ! 心配かけさせやがって」

「うっ、えぐっ、本当に、すみませんっ」

「だあもう、泣くんじゃないっていつも言ってんだろ。みっともねぇな」


 飛翼が情けない声を上げて広い懐へ縋りつく。口調こそ荒っぽいが、彼は部下が落ち着くまで大きな掌で背中を叩いてやっていた。


「紅葉、お前も大丈夫か? 敵に襲われたんじゃないかと、牙雲のヤツがいつも以上に白い顔になってたぞ」


 その光景は言われなくとも目に浮かぶ。牙雲は他の隊員たちの指揮を執りながら、今も必死に自分の姿を探しているのだろう。紅葉は無意識のうちに噛んでいた唇をゆっくりと開いた。


「オレも飛翼も何ともないっス。ただ、この騒ぎをどうしようかと思って」

「そんな話は後だ。まだ近くに敵がいる可能性があるし、お前らの安否確認が取れた報告をしに戻らねぇと」

「その、敵襲の件なんですが、実は――」


 えぐえぐと泣いている飛翼の横で、紅葉は朝から今の状況に至るまでの経緯を説明した。最初は激怒されるかと身構えたが、話を進めるうちに時平の顔が呆れた表情に変わり、最後にはとうとう額を押さえて天を仰ぐ。


「――つまり、お前らは寝坊した遅れを取り戻そうと、経路外だった監視塔の下を飛行した挙句、敵だと勘違いされたってことか? とんでもねぇ厄介をやってくれたな」

「す、すんませんっ! あの、本気で反省してます」

「はい、ぼくもです……!」


 しょぼくれた二人を見た上官は、厳つい顔で大きな溜息をついた。


「とりあえずお前らが無事だったなら今はそれでいい。次は本部に話を伝えて、全体の警戒態勢を解いてもらうべきか」

「さっき東側の監視塔に本部の調査班が向かってるって聞きました。牙雲少佐も連れて、そこでオレがみんなに今の話をするのが一番早いと思います」

「ああ。牙雲のヤツは訓練場の北側の区画にいるから、拾って監視塔に向かうぞ。運が良ければそこで話を止められる」

「あの、二手に別れませんか。時平さんは先に飛翼と監視塔へ行ってください。その方が情報を早く上げられますし。それにオレ、牙雲少佐にちゃんと謝らないと」

「……アイツにぶん殴られてもいい覚悟ができるなら、行ってこい。調査班についてはオレが何とかする。あと、この辺りは敵の討伐に来てるヤツらも多いから、間違って攻撃されねぇように気をつけろよ」

「ありがとうございます! すぐ行ってきます」


 時平は自分の申し出に頷くのを躊躇ったように見えた。そんな彼の忠告に一礼すると、紅葉は上官を探しに霧の中へと駆け出した。




* * *




「――この大馬鹿者がッ!!」


 監視塔に響き渡った鋭い一喝。細い体躯から出たとは思えない声量に、紅葉はびく、と肩を跳ねさせる。


「お前というヤツは、どうしてこうも人に迷惑ばかりかける? 単なる謝罪では済まされないぞ」


 言葉と同時に胸倉を掴まれた。凄まじい剣幕を見せた彼に返事もできず、項垂れていることしかできない。


 今から少し前。時平と別れた自分は、訓練場の外周で捜索の指揮を執っていた牙雲を見つけた。だが、周囲にしばらく隊員たちがいたので、声をかけるタイミングを見失っていた。


 ――いや、実際には彼の前に一人で行く勇気が出なかったのだ。自分が悪いのはもっともだが、こうして怒鳴られるのが目に見えていて、謝りに行くのは気が重い。


 そうして尻込みしているうちに、とうとう牙雲の方が先に自分を見つけてしまった。その時は上官から安堵の溜息と共に無事を確認されるに留まった。


 しかし、牙雲を監視塔に連れて行くため、自分は『時平たちが敵襲についての報告で待っている』と曖昧な話を告げて、無理矢理に彼をここまで引っ張って来た。


 そこで《真実》を白状した結果が、この状況だ。


「俺が何に対して最も怒っているのか、お前は理解しているか」

「……すみません。わかりません」


 襟を掴んだ手が打ち震えている。牙雲の頬には青い鱗がまだらに浮かび上がっていた。これを見たのは初陣の時に言いつけを破り、叱責された時以来だ。


「軍の規律は必ず守るべきで、破れば厳罰に処す決まりが定められている――理由は、『異常』をすぐに判断するためだ。『異常』は日々の『正常』が保たれているからこそ察知できる。

 特に屋外の敷地で定められた経路以外の移動が原則禁じられているのは、敷地内での『異常』――つまり『敵襲』へすばやく対処すると同時に、隊員同士での交錯を防ぐためだ。皆が規律を守っていれば『異常』は起こりえない。この規律が存在する理由を一度でも考えていたならば、こんな軽率な行動を取れる訳がないだろ!」

「……はい」

「生返事をするな。そんなに殴られたいかッ!」


 牙雲が耳の横で拳を握りしめるのが見えた。ああ、時平から言われた通りの展開だ。頬へ迫る衝撃を予想し、ぎゅっと目を閉じる。だが、ついにそれは来なかった。


 恐る恐る片目を開けると、牙雲が長い溜息と共に掲げていた拳をゆっくりと下ろしていく。


「他の者の目があるゆえ、今日はここで収める。だが、もう二度と俺に手を上げさせるようなことをするな。以後、仲間を巻き込む馬鹿な真似をすれば、俺はお前をこの部隊から外す」


 自分に背を向けた彼は「頭を冷やしてくる」とだけ告げ、その場から立ち去った。階段の向こうに消えていく蒼い背中を、紅葉はただ見送ることしかできなかった。

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