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蒼い背中  作者: kagedo
EP.7 討伐隊編成編
117/163

-祈りの炎-




* * *




「本当に実戦形式でやるんだな?」


 しんと静まり返った修練場の中央で牙雲が再三の確認を口にする。しかし、返す答えは決まっていた。


「ハイ。実際の戦闘とまったく同じ条件でお願いします」

「ホログラムを倒す方が簡単だと思うが」

「結果出せずにずっと待たせてたんで。さすがにそれぐらい色つけないと、カッコ悪いっしょ?」


 志願について問われてから今日で三日目になる。夜分のここを訪れる数時間前。上官の机に一人ずつ呼ばれて意思表明をした際、自分は志願の欄に印をつけた。逆に、澪の欄には何も書かれていないのを見た。


 それぞれの選択を後悔しないためにも。今日は前にいる上官と向き合う覚悟だった。


「それと、お前が口にした合格条件も気になっている。『俺を地面へ10秒間押さえ込む』というのは、どういう理由だ?」

「ホログラムとの戦闘だと止めを刺したら終わりです。でも、オレは少佐を傷つけたいわけじゃない。もし《覚醒》で暴走しかけたとしても、亜久斗さんが持ってた鎮静剤が効くまで持ち堪えればいいと思ったんで」


 今日の自らに課したのは、いかに牙雲を傷つけずに危機を脱するかという内容だ。しかし、上官は余計に眉間の皺を深くする。


「俺の力量を甘く見ているのか。それこそ殺すつもりで来て、初めて叶う結果だろ」

「難しいことはわかってますよ。けど、オレはそれをやらなきゃいけないんです」

「……その覚悟には理解を示そう。だが、実力が伴わなければただの絵空事だ」


 ああ、始まる前からいつもの小言ばかりだ。軍服の袖を捲ると、紅葉は端末をつけた両腕を真紅の鱗で覆った。


「それも含めて今から試してください」


 頷いた牙雲が長物の先を向ける。端末の時限装置が起動する。やがて、低いブザーの音が二人の間に落ちた。


 凝った音響は斧の刃先が振り下ろされる風音まで再現していたらしい。ホログラムと同じ速度で飛び込んできた一撃をかわす。斬り返す刃が入る前に、突き出した赤い拳で柄を留める。


「ふむ、初撃は避けたか」

「何回ボコボコにされたと思ってるんスか? 嫌でも覚えますよ」

「確かに怠けてはいなかったらしいな――ならば、これはどうだ?」


 組み合った姿勢が解かれた。距離を取られるとまずい。翻った裾を追う。振りかぶる動きが視界に入る。閃撃が身体の横を抜けた。


「っと!」


 がん、と重い衝撃がかざした腕に走る。もし動きを止めたら、刃の裏についた鉤爪の餌食になっていただろう。牙雲は自分を引き倒そうとしたが、単純な力ではこちらに分がある。そのまま柄を肘で押し返せば、反動で相手の胴が空いた。


「もらった!」


 掴もうとした蒼い袖が見えた。しかし、次の瞬間には噴き上がる水の柱に遮られる。濡れこそしないものの、かかる圧力は本物だ。受け流そうと軌道を逸れれば、離れた場所から声が響く。


「詰めが甘いぞ」


 顔を上げた時には幾筋もの水槍が放たれていた。応戦する火球で肉体を穿つ先をどうにか相殺する。このまま遠距離から攻撃を受け続けてはジリ貧だ。


「っ、もうあんなに距離とられてんのかよ。そっちがその気なら……!」


 迫りくる白波へ真っ向から炎熱を当てる。じゅわりと焼けた空気の音が広がった。


「今度はオレから行かせてもらうんでッ!」


 宙を漂う水蒸気に紛れ、紅葉は死角から一気に距離を詰めた。反応した牙雲がハルバードを掲げる。ただ、魔法行使との選択に迷ったのか、自分の攻撃がわずかに早かった。


「くッ、」


 蹴り伏せる靴底が直に入る。衝撃で細身の体躯が大きく弾かれた。しかし、背中を地面に着けるまでには至らない。


 長柄を支えに持ち堪えた牙雲がすぐに矛先を振り上げた。連続の突きを転がるようにして回避する。ただ、駆け抜けた先には灰色の壁が待ち構えていた。


「そこだ!」


 冴えた切っ先が正面に迫る。咄嗟に垂直の壁を強く蹴り返し、斬撃の軌道よりも上に逃れた。がきん、と斧の刃先が壁に弾かれる。空で弧を描きながら降り立ったのは牙雲の背面だ。


 これ以上の好機はない。認めてもらいたい気持ちがこの身を突き動かす。振り返ろうとした相手の足元を払う。牙雲が完全に姿勢を崩した。それでも誓いの証は手放さない。


「っ、まさか」

「ここまで追い詰められるのは、予想外でしたか?」


 肩を掴んだ自分を押し戻そうと、牙雲がハルバードの柄を間に挟む。強い反発と低く呻る声。ぶわりと頬へ青が広がっていく。だが、なけなしの余裕を繕った紅葉は、ハルバードを握る掌へ急速に熱を込めた。


「ッ!」


 高温になった金属に耐え切れず、牙雲の手から武器が落ちる。物理的な抵抗の手立ては奪った。だが、ホログラムとの戦いであれば、ここでカウンターが来るはずだ。


 覗く青い瞳へ光が宿る。《覚醒》の力を使われたら勝ち目がない。それでも。


「――オレは、約束したから」


 耳の奥で竜の咆哮が轟く。真紅の鱗から満ち溢れた魔力が全身を包んだ。牙雲がその身へ力を取り込む前に、空気中の水分が爆ぜながら次々と蒸発していく。


 今は自分自身が燃えているのかと思うほどの熱を持っている。だが、牙雲の肩を押さえつけている手は、紅蓮に覆われながらも彼を害することはなかった。


 自分は上官を助けたい。彼が安心して前を向けるよう、その背中を預かりたい。己が願う本当の強さ――それは、きっと《救う》ための力だ。


 静かに燃える祈りの炎が空間を包む。揺らぐ蜃気楼の狭間で青い双眸が自分を捉えた。全身に強くかかっていた負荷が徐々に抜けていく。ブザーの音は鳴っていない。機械上では勝敗がつかず、戦闘が続いている状況だ。


「少し見ないうちに、成長したな」


 上官の裁定に安堵の溜息が漏れる。ああ、生きてきた中で、今が一番長くて短い10秒間だった。


 人の形に戻った掌を見て、紅葉はそこで初めて己がひどく呼吸を乱していたことに気付いた。息を上げている自分の肩に牙雲が触れる。すると、浮かんでいた頬の鱗がすっと引いていく感覚がした。


「オレは、オレが正しいと思う方法で、少佐やみんなを救いたいんです。誰かが腹を括らなきゃいけない時もある。犠牲を払わないとならないこともある。役割や立場、考えだって人それぞれだけど――何でも一人で背負い過ぎると、前を向けなくなっちゃいますよ」

「……はあ。お前はそれでも軍人か」


 また彼には考えが甘いと言われた。だが、本当に聞きたくない小言ならとっくに耳を塞いでいる。


「そろそろ自分の身は守れるようになってきたんで。今度は少佐の背中を任せてください」


 初陣で交わした彼との約束が蘇る。開いた口からは、またつれない台詞が返ってきた。


「いつまで俺の上に乗っているつもりだ」

「あ、すんません」


 慌てて手を離すと、牙雲が自分を押し退けて身体を起こした。軍服の裾を払い、静寂に包まれた空間で上官が呟く。


「一度決めた話を覆すつもりはない。討伐への参加を許可する。だが、この命令には必ず従え」


 掴み取った次の道を前に、深く頭を下げた自分へ彼はこう命じた。


「――紅葉。皆で絶対に生きて帰るぞ」

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