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蒼い背中  作者: kagedo
EP.7 討伐隊編成編
113/162

-異変-

 鈍色の閃撃と蒼い裾が舞う。流れる踏み込みから斧の刃先が迫る。きん、と澄んだ音。それを受け止めたのは地面から伸びた氷柱だ。


 分厚い氷を叩き割った牙雲の影が黄色い土の上を駆けた。ハルバードの矛先が突き出される。しかし、対峙する同僚はその刺突を冷静に見切った。


 浅葱色の鱗が牙雲の横を抜ける。間合いへ飛び込んできた影の懐へ肘が入った。耳朶を打つ呻き。逃れようとした足元に蒼炎が走る。薄氷に靴底を取られたと知るや、青い双眸が煌々と光った。


「させない」


 先んじて放たれた焔が伏した身を包んだ。氷結していく水分を操れず、清廉な青が薄らぐ。


 四肢を凍りつかせた上官を澪が捉えた。かざした右の氷鎌がためらいもなく白い頸部を掻き切る。錆びた鉄の色に代わり、舞い上がる霜とホログラムの儚い輝きが噴き出した。


「すげぇな、澪! 連続で少佐のこと倒したじゃん!」

「――また、おれの"勝ち"だね」


 鳴り響いていたブザーの音が止む。こちらを一瞥した彼の返事に紅葉はつい口ごもった。牙雲を追い詰めるまでの力はついたものの、自分はいつも止めを刺し切れない。先のように地面へ倒した瞬間、カウンターで放たれる水撃を防げなかった。


 ――いや、それでも隙は確かにあった。本当はできるはずなのに、現実には同僚と大きな差をつけられている。己にだけ足りていないもの。澪の動きを見て、紅葉もそれを自覚していた。


「まだ一戦だけなら続けられるけど」

「いや、明日は午前中に屋外演習あるし。遅刻すると怒られるから、オレは次に持ち越すわ」


 こくりと頷いた彼が端末を外し始める。ただ、その後ろ姿に紅葉は小さな違和感を覚えていた。


「なあ、澪」


 追いかけた背中に声をかける。しかし、手合わせの時とは打って変わって、彼はぼんやりとしたままだ。


「澪ってば! 聞いてんの?」

「……何?」

「これ落としてたぞ」


 うわの空になっている彼の手へ拾った耳飾りを握らせる。藍色の房を見つめた後、相手は首をかしげながらそれを付けた。


 反応こそ薄いものの、普段の彼は自分よりもしっかりした性格だ。他の精鋭が気付かない点をすぐに指摘したり、指示をこなすのも早い。だが、ここ最近になって、何を言われても遠くを見つめている機会が増えている。


 そして、自分だけが感じているもう一つの変化。


「そういえば、最近の手合わせでよく魔法使ってるよな? オレ、前に澪から『魔法はあんまり使いたくない』って聞いた気がしたんだけど」

「あれは試験の前に他人へ手の内を見せたくなかっただけ。必要があれば当然使う」


 もっともらしい台詞に追及することもできず、紅葉は沈黙を貫く相手を見つめていた。




* * *




「――あら、二人とも! この間見た時よりもケガが減ってきたわね」


 澪を連れ、石畳の廊下で備品を積んだ台車を押していた時。柔らかな金の巻き髪を弾ませた天音が正面から駆け寄ってきた。軽く挨拶するつもりで立ち止まったが、澪はそのまま先へ向かおうとしている。


「おい、天音ちゃんに声かけられてるぞ」


 引き留めた自分の横で、淡いヘーゼルの瞳が澪を覗き込む。すると、彼はようやく眠たげな目を瞬かせた。


「ふふっ、澪ったら。ボーっとしながら歩いてると転んじゃうわよ?」

「……失礼しました」


 頬をつつこうとした細い指に澪がすっと後ろへ下がる。多分、彼は好き避けするタイプだ。


「天音ちゃんは定例会議の帰りっスか? さっきウチの少佐も戻ってきたばっかりだったんで」

「ええ。実は、そこで将校たちに対して各部隊から特別任務に参加する人員をリストアップするように言われてて。これからまた忙しくなりそうなのよねー」


 陽だまりのような笑顔がわずかに曇った。すると、後ろにいた朴念仁がぼそりと口を開く。


「もしや、軍は中央区画の近辺で起きた無差別襲撃事件の解決に動くのですか」

「察しがいいじゃない。アナタの言った通り、これからその首謀者の討伐に向かう部隊を編成するそうよ。もうじき大規模な動きがあるんじゃないかしら」


 紅葉は視線を床へ落とした。つかの間の平穏が訪れていた理由は、それぞれの軍が脅威を排除する準備を整えていたからだ。


 しかし、あの人間――(ヒョウ)が今もどこかで殺戮を繰り返しているという噂は、あまり聞こえてこない。戦闘が鎮まったせいで、他者と鉢合わせる機会が減ったのだろうか。


「アタシだって本当はドラーグドのみんなを傷つけたいわけじゃない。ただ、中には身内の方や友達が被害に遭った人もいるし。危険な実行部隊に抜擢するのは気が重いけれど、自分から手を挙げてくれる人のことは精一杯応援しないとね」


 言葉とは裏腹に、聞けば活力の溢れる声が今はすっかり鳴りを潜めている。ただ、飆の襲撃で多くの隊員を失った牙雲や時平は、討伐の志願者たちと同じ決意を抱えているのだろう。彼らが報復に赴くというのであれば、自分も共に向かうつもりだった。


 ――誤った暴威の矛先を、改めさせなければ。


「すまない。頼まれていた備品の一つに取りこぼしがあったから、おれが持ってくる」

「ああ、それなら先に戻ってるわ」


 ふと服の裾を引いてきた澪から荷物を預かり、紅葉も執務室へ帰ろうとした。しかし。


「ね、紅葉。ちょっといい?」


 廊下の隅へ身を寄せた天音の視線は、石畳の階段へ消えた背中に注がれている。


「澪のことについて聞きたいの。最近、あの子の周りで変わったことはなかった?」

「いやぁ、特に何も。ただ、前より反応が鈍くなってる気がしてました」


 これといった証拠はないが、覚えた違和感を相手に告げる。すると、天音もらしくない声で囁いた。


「アタシもさっきからそう思ってたの。出会った頃からあの子の音は小さかったんだけど、牙雲くんの訓練を見学してた時よりも聞こえにくくなってて。人が発する音の大きさって、よっぽどのことがない限りは変わらないはずなのに……悩みでもあるのかしら」


 音から感情の機微を汲める彼女が言うのならば、おそらく本当なのだろう。同時に感じていたわずかな異変が表層へ浮かんでくる。


「今度、アイツに聞いてみますよ。オレも気になってたんで」

「そうね。アタシが言うよりも、きっと紅葉の方があの子も話しやすいと思うから」


 フリルのあしらわれた袖を整えると、天音がようやく花開くような笑みを見せた。直後、どこからか彼女を呼び立てる声が響く。


「天音ちゃん! 次のスケジュール押してるんで早く戻らないと」

「もー、立ち話もままならないなんて。それじゃあ、澪のことをお願いね? あと、牙雲くんもまだ覚醒訓練中だから、何かあったらフォローしてあげてちょうだい」

「了解っス。天音ちゃんも歌い過ぎて、喉痛めないように」

「ありがとう! また声をかけるわね」


 去り際の甘い投げキッスに不可抗力の赤い鱗がぶわりと並ぶ。念のために背後を確認すると、紅葉は頬の鱗を撫ぜながら台車を押していった。

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