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蒼い背中  作者: kagedo
EP.2 波乱の合同演習編
11/136

-大捕り物-




* * *




 どこからか差し込む明かりが瞼の上に落ちてくる。いつものように飛翼が先に起きて照明をつけたらしい。しばらくすれば彼がそのうち起こしに来るはずだ。それを待つつもりで、枕にぎゅっと顔を押し付ける。


 ――合同演習が始まってから今日で一週間。折り返し地点となるにも関わらず、演習は上官の方針の違いから停滞することが多かった。そして、合同演習の間には所属部隊だけで行う通常の訓練時間も設けられている。


 ただ、そこで牙雲がつける稽古の強度が半端ではないのだ。正直、近接戦の実力で言えば体格の良い第六部隊の方が優れていた。一戦交えて以来、指導がより厳しくなったのは想像に難くない。


 おかげで既に身体の節々が疲弊している。竜の鱗で覆っている両腕にも小さな痣や引っかき傷が無数に残っていた。


 当然、飛翼も自分と同じ状況だ。日増しに厳しくなる訓練で時平の怒号を聞き、彼は二度ほど失神していた。短時間で復活したので演習に支障はなかったが、飛翼本人も「これだけ緊張して倒れるのは久しぶりだ」とこぼしていた。


「……紅葉、起きて!」


 微睡の中で幼馴染の声が遠巻きに聞こえた。まだ全身が気だるくて動けない。だから、もう少しだけ――


「紅葉ッ、起きてってば! 急がないとマズいんだって!」

「うぅん……もうちょっと」

「ああもう、二度寝はダメだよ!」

「いててっ、今日は乱暴だな」


 間髪入れずにぺちぺちと頬を叩かれ、紅葉は小さく呻いた。ただ、切迫した声にようやく瞼を開ける。


「だって悠長にしてられないもん。あと5分で合同演習が始まっちゃうよ!」

「へ? どういうこと?」

「実は、今日に限ってぼくも寝坊しちゃって。急がないと遅刻して怒られちゃう!」

「ああ、ええと、とりあえず着替えてすぐ出るぞ!」


 現実を直視した途端、一気に目が覚める感覚はいつになっても不思議だ。時平から叱責を食らうと鼻を啜っていた飛翼を宥めながら、彼を半ば抱えるようにして部屋を飛び出す。


 しかし、連絡通路から屋外訓練場までの距離を考えると移動に10分は必要だ。


「――これ、間に合うのムリじゃないか?」


 鉄橋の途中で思わず足を止める。だが、先まで泣きながら後ろをついてきた飛翼がはっとした表情になった。


「ねえ、この連絡通路から訓練場まで飛べるなら、道をショートカットできるんじゃないかな」

「それしかない! 名案だな、飛翼!」

「で、でも、ドラーグドでは緊急事態じゃない限り、屋外で移動経路を外れるのは規律違反になるんだよね? 思いつきはしたけど、やっぱり止めた方が」

「今以上の緊急事態ってないっしょ。それにこの霧だし、誰も見てないからわかんないって」

「ああっ、一人にしないでよ!」


 飛翼は迷っている表情だったが、最後には自分と一緒に鉄橋の手すりに脚を掛けた。蒼い軍服の背にあるフラップを外し、すぐに背中から生えた竜の翼を広げる。


 自分の翼は真紅の鱗と、筋張った膜が張られた堅牢な形だ。一方、飛翼は自身の体格と不釣り合いなほどの大きさを持つ、羽毛に覆われた純白の翼だった。


「集合場所は東か。だったらあの監視塔の方向に行って、近くで降りよう」

「じゃあぼくが先導するね」


 霧に埋もれた景色の道標は、目の前にある本部の黒い巨塔と、東西南北に設けられた監視塔ぐらいだ。


 指差した方角に向け、飛翼が鉄橋から勢いよく跳躍した。空は飛竜族の領分だ。風を受けた無数の羽が細い身体を即座に空中で安定させる。その場で宙返りを打つと、飛翼はこちらに向けて手を振った。


 合図と共に鉄橋を飛び立った紅葉は、先を行く小さな背中を追いかける。


 ドラーグドを囲う幽谷から立ち上る濃霧のせいで、この辺りはいつも薄暗い。敵襲を阻む自然の要塞として機能する霧は、時に陽光までも遮ってしまう。太陽が昇り切っていないこの山奥は吐く息も凍るような寒さだ。


「もうちょっとで監視塔に着きそう」

「どうにか滑り込みたいな。降りられる場所は?」

「見えにくいけど、左手の木の横に空き地があるんだ」

「分かった。オレ、着陸に時間かかるから先に行ってくれ」


 羽ばたきから生まれた気流が横を抜けていく。頷いた飛翼が身を翻して急降下しようとした。しかし――


「わっ……!!」


 霧の合間で着陸を試みた彼が小さく叫ぶ。次の瞬間、上空から幾筋もの矢が視界に降り注いだ。


「ッ、なんだ!? 飛翼っ、大丈夫か!」


 濃霧へ姿を消していた白い翼が呼びかけに浮上する。翡翠の瞳を見開いたまま、飛翼は蒼白な顔で戻って来た。


「なんとか直前で避けたけど、さっきの矢ってドラーグドの監視任務時に使われてる物だったよね」

「つーことはオレたち、味方に攻撃されてる?」


 空中で互いの顔を見合わせた途端。監視塔の警鐘がけたたましい音を立てて鳴り出した。続けざまに静寂に包まれた辺りへ緊急放送が響き渡る。


『――緊急連絡! 緊急連絡! 本部内敷地の東方面で二体の不審な飛翔体を確認。戦闘部隊の各指揮官、及び部隊員はただちに敵襲への警戒態勢へ移行せよ! 繰り返す、戦闘部隊の各指揮官、及び部隊員は――』


 繰り返された伝達内容に、紅葉は自分の顔からさっと血の気が引くのを感じた。これは拠点や領土内で敵襲があった時に流される放送だ。ということは――


「これってオレたちのことじゃ、」

「たしかに周りには誰もいなかったし……ど、どうするの、紅葉? ぼくたち捕まっちゃうよ!」

「まずは少佐たちに事情を説明しないと。このままだと大騒ぎになる!」


 地表に着陸するや、翼を畳んだ二人はすぐに駆け出した。視界を曇らせる霧を払いながら、屋外訓練場の外周に辿り着く。


 草木の陰に隠れながら敷地へ向かえば、既に集まっていた第五部隊と第六部隊の隊員たちが忙しなく動いていた。


 蒼い群れの中で自分の上官を探していると、本部へ続く林道の端に集まる一団の姿が現れる。背まで伸ばした銀の髪を一括りにした後ろ姿は、間違いなく牙雲だ。


 周囲には東の監視塔からやってきた伝令兵がいて、上官は彼らに今の状況を伝えていた。


「――今日はこの時間に合同演習を行う予定だったが、隊員二名がまだ到着していない。今は第六部隊が先行して周辺の捜索に当たっているところだ。安全を確認するまでは俺の部隊でも捜索を続け、進展があれば本部へ報告する」

「承知しました。東の監視塔には《戦況管理部隊》の調査班が向かっていますので、関係者に戦闘部隊の隊員二名が行方不明となっている件も報告します」


 数人の伝令兵は牙雲に敬礼してその場を去った。一部始終を聞いた紅葉は思わず苦い表情を浮かべる。


「ヤバい、もう本部にまで敵襲の通達が行くみたいだ。引き止めるのが間に合わなかった」

「ぼくたちが悪い事をしたってみんなに伝わっちゃったのかな」

「いや、オレたちが敵襲に巻き込まれたんじゃないかって話になってる」

「ええっ! それ、余計に説明するのが気まずいよ」

「できればどっちかの少佐が一人でいる時に捕まえて、直接事情を話した方がいいと思うんだ。方法を考えないと」


 時間の経過につれて事態が悪化していく。上がった心拍数を落ち着けようと、二人は近くの木立に身を寄せた。

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