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蒼い背中  作者: kagedo
EP.6 覚醒訓練編
108/160

-真のライバル-




* * *




 甲高い金属音が修練場の天井を震わせる。激しく衝突するハルバードと大鎚の応酬は、目で追うのがやっとの速度だ。


「んだよその弱っちぃ斬り込みはッ! テメェ、腕が鈍ったんじゃねぇのか?」

「そういうお前こそ動きが遅いぞ。ついて来られないなら出て行けッ!」


 派手に火花を散らしているのは武器だけではない。交錯する罵倒の数は、開始からしばらく経った今も変わらず増え続けている。二階席にまで伝わる尖った空気に、紅葉は苦い表情を浮かべた。


「やっぱ呼んだの失敗だったかなぁ」


 時平に協力を頼み込んでから数日後。血炉に口利きしてもらい、どうにか少佐たちを引き合わせることができた。


 牙雲には万が一血炉が長期任務に行かなければならない場合の代理として、時平を立てられるか試したいと伝えている。そのため、二人が実際に対戦する環境も整えられていた。


「おーおー、がうがうもとっきーも派手にやってるじゃん」

「ウォーミングアップから元気いっぱいね!」


 長い裾を引きずる血炉が最前列の手すりに腰掛けている。その隣では天音が感心した様子で手合わせを見守っていた。上官たちがいてくれたおかげで、安全が担保されたこともあるのだろう。二階席に限って自分の立ち入りもやっと許可が降りた。


 ただ、ここを訪れた理由は、単に牙雲の様子を心配して来たというだけではない。持ちかけた話に対し、時平は実際の戦闘で《覚醒》した牙雲を止めるための手段を案じていた。だから、立ち向かう脅威について自分の目で確かめるつもりだった。


 この日を迎えるまで、牙雲は部下が顔を出すことに強い難色を示していたらしい。しかし、事情を聞いた血炉がうまく宥め、その上で自分がどうしてもと食い下がったので、折衷案が採用されたのだ。


 ――そこまでして手に入れた権利にも関わらず。見学席にいる朴念仁は、激しい攻防を前にうつらうつらしている。


「おい、澪。瞼が落ちかけてるぞ?」


 隣からは言葉の代わりにふあ、と大きな欠伸が返ってくる。牙雲のホログラムとの戦闘に連日付き合っていたせいだろう。残念ながら今も成果は芳しくないが。


 すると、しばらく目を擦っていた澪が、おもむろに下の様子を覗き込んだ。


「牙雲少佐が打たれ強い理由がよくわかった。あの時平少佐の攻撃を、ほとんど退かずに打ち返している。並の体力では無理だ」

「寝てたと思ったらちゃんと見てたのか! まあ、考えてみればずっとあの時平さんと競ってたんだし、そりゃタフにもなるよな」

「牙雲少佐は、なぜそこまでして戦えるのだろうか」

「――それは牙雲くんのハートがとっても熱くなってるからよ♡」


 ウィンクと共に返された答えに、紅葉はきょとんとした顔を向けた。すると、耳を澄ましていた彼女が先を告げる。


「だって、ぜったいに負けたくないって音がギュンギュンしてるもの!」

「確かに時平さん相手だと、少佐の動きが冴えてる気もするような……どう思う?」

「天音中佐の聴覚が、おれたちよりも鋭いということだけは理解した」

「あら、そういうアナタたちからも似たような音がしてるじゃない」

「ふーん? だってよ、澪くん」


 ニヤリと笑って寄り掛かれば、朴念仁が鬱陶しげに身体を押し返してきた。


 負けたくない。仲間としての実力を認めているからこそ、自分もそんな気持ちを覚える。出来の良い彼もそう思っているのだとしたら喜ばしい話だ。


 そうしてしばらくじゃれていると、不意に長い裾が視界を横切る。


「天音ー、そろそろ止めないと下であのまま二人の世界に入っちゃうぜ」

「もう十分に身体も温まったはずよね。じゃあ本番に行きましょ」


 天音が拡声器を握った。上官たちが準備する間、座席から乗り出した澪がぼそりと呟く。


「《覚醒》の克服にはおれも興味がある。だが、相手が時平少佐になっただけで何か変わるのだろうか」


 その問いには明確な答えを返せなかった。ただ、悪い方向には転がらないという確信だけは、ずっと己の内にあった。


 長く交わされていた打ち合いの音が止む。いよいよ本番だ。


「――さあ、二人とも聞いてちょうだい! これからアタシが歌うから、サビの部分で手合わせを開始してね。あと、時平少佐は耳栓してもらった方がいいかしら」

「今回は実戦形式でって話だし、ナシでいいんじゃね? なんかあったらオレが間に入るよ」

「なら、計測装置のダメージがしきい値を超えたらストップする方向にしましょう」

「りょーかい。んじゃあ、オレが飛び込むタイミングは後ろのアシスタントくんたちに任せるわ」

「あ、オレたち見学してるだけじゃないんスね……」

「当然だろ? 何しに連れて来たと思ってんのさ。見てるだけじゃなくて、がうがうたちのダメージは責任もってチェックしておいてくれよ」


 いきなりの重い指示に辟易しながら、投げて寄越された計測画面を膝の上に乗せる。今回は致命傷の手前にある赤い線を越えたら手合わせを中止するようだ。


 やがて澄んだ歌声が高い天井へ響き渡った。蒼い軍服をまとった二人が再び睨み合う。すると、牙雲がおもむろにハルバードの矛先を向けた。


「どうしてお前はこんな話に協力した」

「オレだって好きでテメェの面なんか見に来るかよ。上官の頼みだったから断れなかっただけだ。それに、いつまでも修練場を占拠されたら堪ったもんじゃねぇ」

「本当に理由はそれだけか」

「何が言いてぇんだ?」

「……巻き込んで悪かったと思っている」

「んだよ、珍しくしおらしい態度じゃねえか」

「詫びているのはお前じゃない、血炉中将に対してだ。どうせろくでもない話を誰かから吹っかけられたのだろう」


 青の双眸がじろりと二階席へ向けられる。気まずい顔を浮かべていると、時平が表情の厳つさに拍車をかけた。


「訓練がうまくいかないからって部下に八つ当たりか? 性格まで小せぇヤツだな! そもそも、テメェがいつまでもウジウジしてっから悪いんだよ。そういう態度のせいで世話焼かれてる自覚ぐらい持て」


 袖口から煉瓦色の鱗を覗かせる彼に、牙雲の表情も険しくなる。


「少なくとも、俺はお前に手伝ってくれなんて頼んでない。こちらも上官の命令だから相手をするだけだ」

「それなら条件は一緒だな。つっても、この間みたいな中途半端な試合はゴメンだ」


 ぱきんと音を立て、時平が両腕の装甲を固める。高揚の旋律が流れる中、臨戦態勢に移った彼が大鎚を振り上げた。歌唱の影響を受けているのか、その肩口は普段にも増して隆起しているように見える。


「そうか。俺もお前とは白黒つけるべきだと考えていた」


 静かな水面へ冴えた輝きが宿る。次の瞬間、牙雲の両頬にぶわりと青い鱗が浮かんだ。さざめく魔力の波動が周囲に満ち満ちていく。


「はっ、互いに不完全燃焼だってなら話は早ぇ。テメェが《覚醒》しようがなんだろうが、オレはブッ潰すだけだ――どっちが強いか、ここでケリつけるぞ」


 歌姫の紡ぐ高らかな音色が開幕を告げる。決闘の火蓋が切って落とされた。

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