-地獄の大乱闘-
天音が息を吸い込んだ直後。きぃんという鳴音が空間一帯を覆った。金属を引っ掻く音、ざらついた低いノイズ、鋭い警笛。それらが入り混じった不快音の嵐が、観客席にいた紅葉たちの耳をつんざく。
「ッ、う、これも、攻撃なのか……!?」
耳を塞いだ澪がわずかに眉根を寄せながら頷いた。拡声器の方向でないにも関わらず、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回されるような感覚が走る。
流れていた音色はたった数秒で消えた。だが、暴力的な音波のせいで耳鳴りが消えない。目の前では天音が牙雲に何かを命じている姿が見える。音の防壁で守られていた彼が、頷きと共に手にしていた武器を構えた。
次の瞬間、右手側の地面が衝撃波で爆ぜる。時平が焦った様子で振り返った。壁際にいたウェスカーの姿が立ち上る土煙の奥へ消えていく。視界が覆われた中で声が届かなければ、連携を取るのは不可能だ。
不鮮明な砂埃に目を凝らすと、わずかに風の流れが見えた。紛れていた鈍色の刃がウェスカーの横から迫る。
「ッ、くそ……!」
戻ってきた聴覚が悪態を拾う。風圧を感じ、軍帽の彼がようやく接近に気付いた。しかし、既に翻った青い閃撃が身体を捉えている。かざした黒鋼の銃口も間に合わない。
「お覚悟を!」
ハルバードが空間を薙ごうとする。しかし、同時に牙雲の動きが不自然に止まった。ウェスカーが寸前で刃を避けた直後、頸部を狙った一閃がどさりと地面へ落ちた。
「あら、時平少佐のおかげで命拾いしたわね?」
時空を留める陽炎を見て、天音が肩をすくめていた。それに舌打ちを返し、牽制を放ったウェスカーが大鎚の裏へ身を隠す。
「人のことを言えた攻撃じゃないぞ、あの女。耳が壊れるかと思った」
「そうやって文句言えてるぐらいなら、ケガはなさそうっすね」
「まったく、貴様がそんな技を使えると知っていれば、もっと楽に終わっただろう。今から数秒間、奴らの動きを止めろ。静止した的なら外しようがない」
「そいつはできない相談です」
「なぜだ?」
軍帽の将は不服げな顔だが、時平は臆せずに返す。
「コイツはオレの中で使いどころを決めてるんで。消耗デカくて一日三回までしか使えねぇのに、いちいち敵の止めで使ってたら、それありきの戦い方になっちまいます。やるなら正々堂々ブン殴るってのがオレの流儀です」
大鎚を構えた彼の宣言に、ウェスカーは小さく鼻を鳴らす。
「ふん、貴様の魔法の有用さを褒めてやっただけだ。俺は他人の手など借りる必要もないからな」
「プライドと目線が青天井過ぎて褒められた気がしねぇ」
苦い表情を見せた時平の裏で、ウェスカーがホルスターから二つ目の銃を引き抜いた。光を吸う漆黒の瞳が、みるみるうちに金色へ変わっていく。
ばち、ばち、と雷火の爆ぜる音。魔導式の銃を構えた彼は荒ぶる魔力を限界まで装填する。銃口から青白い光の粒子が漏れる。びり、と肌を刺す空気が満ちる。そして――
「喚き散らすだけしか能のない的には、コイツをくれてやろう」
引き金から指が離されたと同時に、収束した魔力と眩い光が弾けた。吐き出された迅雷が光の尾を引きながら宙を走る。
「天音さんッ!」
強化された魔力で攻撃を押し切ろうと、牙雲がハルバードを振り上げた。青波が壁を築きながら渦を巻く。しかし。
「くれてやるのが一発だけだと、誰が言った?」
追撃の火薬弾が白昼の色を貫いた。高密度の質量が牙雲の目の前で弾け飛ぶ。拡散した閃光が水壁を駆け抜け、空間一帯を食い破る音を連れて高くへ昇った。
刹那、けたたましい爆音と青白い光が後方にいた天音へ襲い掛かる。
「アンタもホントに諦めが悪いわね」
歌姫が声を張り上げた。澄み渡る高音域が天鼓の轟きに衝突する。降り注ぐ稲妻がぱん、と弾け、彼女を彩る煌めきに変わった。激しく拮抗する音量は修練場を突き破り、本部の天蓋まで届きそうだ。
高速で振動する音波により水壁が四散する。嵐と化した会場で、飛沫を立てながら下を走る衝撃波を時平が打撃で留めた。しかし。
「……うおっ!?」
地面に丸い窪みを築いた彼が、何かに気付いた様子で鋭い瞳を見開いている。
ただ、見えたのはそこまでだった。屋内で鳴り響く雷鳴に隊員たちが一斉に身を伏せる。澪と飛翼に裾を引かれた直後。壁を伝った雷光が天井付近で爆ぜ、会場は一面の闇に包まれた。
『ちょ、ちょっと、みんな戦闘止めろってば! 照明落ちてるから!! もし電源系統やられて装置がダメになってたらマジでヤバいんだけ、――うわあぁッ!?』
とうとう場外にまで影響が出始めた戦いに血炉から制止がかかる。ただ、自分たちがいる下で別の乱闘が起きていた。
『キェーーーーッ!!』
『なんでこんなところにまで部外者が入ってきて……こらッ、ダメダメ! そこオレの席だから!』
『天音ちゃーーん!! S席じゃないけど会いに来たよーーーー!!』
『『『みんなで来たよーーーー!!!!』』』
放送席がチケットの亡者たちに占拠されてしまったらしい。大混乱に陥った空間の中で顔を上げると、真っ暗だった会場の一部から光が差し込んでいた。出入口の前にいたのは会場警備の隊員たちだ。
「す、すみません、天音ちゃん!! さっきの大きな音に驚いて振り返ったら、隙を突かれて扉を突破されてしまいました……! 下の通路にも人が押し寄せていて、」
どうやら会場から締め出されていたファンたちが暴走しているらしい。ほとんど明かりが届いていない下でも動乱が発生している。
「天音ちゃーーんっ!!」
「ウェスカー中佐ーーっ!!」
一体、どれだけの人数が外にいたのだろうか。様々な色をした棒の光が最下層を埋め尽くしていく。キレイだなんて呑気な話をしている場合ではない。
「ウェスカー中佐のファンクラブ会員も混じっているな……一体何が起きているんだ? どうしてこんなに隊員がここへ、」
「んなの知るか、オレの方が聞きてぇわ!」
「み、みんな! 来てくれるのは嬉しいけどルールを守ってちょうだい! 二回目のライブもやるから次の機会で、」
「これ以上俺に近付くな! 本気で撃つぞ!」
「キェーーッ!?」
「「「中佐ーーっ!! ワタシたちのハートを撃ってーー♡♡♡」」」
『いや、だから、人数多過ぎてオレでも押さえつける手が足りないって!! 誰か手伝ってくれーー!』
こうなっては収拾がつかない。横では飛翼が震えながら自分にしがみついている。嬌声と悲鳴が入り混じる地獄絵図を前に、澪がすくっと立ち上がった。
「紅葉。おれは、こういう時にどんな行動を取るべきかを知っている」
呆然とする自分の前で、同僚の彼が恐ろしく冷静に言ってのけた。
「『逃げるが勝ち』だ」




