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蒼い背中  作者: kagedo
EP.2 波乱の合同演習編
10/136

-第六部隊の流儀-




* * *




 濃い霧に覆われたドラーグドの敷地は静寂に包まれている。きんと冷えた空気と朝霧の中、紅葉は本部へ通じる鉄橋の上を脱兎のごとく走っていた。


「やっべぇ、演習初日に遅刻はさすがにマズいって……!」


 朝は飛翼が身体を揺すって起こしてくれたものの、二度寝にはさすがに付き合ってくれなかった。部屋を出たのは集合時間の15分前。霧の向こうに薄らと見えている屋外訓練場へ行くためには、本部内を抜けなければならなかった。


 ここから目的地まで飛べたらどれだけ楽だろうか。だが、ドラーグドでは屋外敷地に向かう場合、定められた経路以外での移動は原則禁止になっている。


 だが、普段からギリギリの生活を続けているので足には自信があった。朝霧の立ち込める鉄橋を抜け、階段を駆け下りて何とか訓練場に向かう扉へ辿り着く。


「よし、思ったよりも余裕ある感じだし、このままなら――」

「どこが余裕だ、馬鹿者!」

「わっ!? こんなところで何してるんですか、少佐」

「聞きたいのはこっちの方だ。お前以外は全員集まっているぞ」

「げ、マジっスか。じゃあすぐ行きます!」


 扉を開けた途端、目尻を吊り上げた牙雲がその場で仁王立ちしていた。大きな粗相は避けたと思ったのだが、読みが甘かったらしい。


「集合場所まで林道があるのは忘れていないだろうな」

「もちろん、そこも含めて30秒前には着く予定、」

「5分前に到着するのが決まりだろ! そもそもの目標設定が間違っている!」

「ああ、はい、分かりましたよ! いつも聞かされてるんで」

「だったらすぐ行動に移せ!」

「朝からそんなに怒らないでくださいってば」


 上官に追い立てられ、慌てて林の奥へ足を踏み入れる。開けた視界の先で並んでいたのは第五部隊と第六部隊の隊員たちだ。その後ろ姿を見るだけで、違いは一目瞭然だった。


 牙雲の率いる第五部隊の列は整然としており、服装や姿勢などの崩れはほとんどない。一方、第六部隊は秩序と統制を見せる彼らとは真逆の雰囲気だ。


 聞いていた通り、彼らの多くは不良のように軍服を着崩していたり、装飾品だらけの耳をしている。しかも全員が揃って並みの体格以上に鍛えられ、悪い意味での威圧感で溢れていた。唯一、隅でちょこんと並んでいる飛翼だけがまともな隊員に見える。


「さっさと並べ。すぐに訓練を始めるぞ」


 第五部隊の最後列に自分が身を置くと、ハルバードを手にした牙雲が号令をかけた。


「本日より第五部隊、第六部隊の合同演習を開始する。期限は2週間、各部隊ごとに『侵攻役』と『防衛役』を定め、各部隊の役割が同じ班同士で演習を行う。これは部隊間の連携を高めることが目的だ。次に概要についてだが、本演習は定期実施される実戦訓練の一つであり、」

「――だあもう、まどろっこしいなテメェは! 毎度毎度同じ台詞を言う必要あるか?」


 牙雲が説明を始めた直後、横から茶々が入った。隊員の視線を集めたのは、牙雲の整った服装とは対照的に、蒼い軍服を袖だけ通して羽織っている大男だ。


 猛禽類を思わせる鋭い眼光と、後ろに撫でつけた橙色の髪。そこに入った金のメッシュや、尖った耳に開けた複数のピアス。輩の風貌をこれでもかと盛り込んだ強面が、筋肉の鎧に覆われた長身の上に乗っている。


 この壁のような人物こそが第六部隊の部隊長である『時平』だ。だが、牙雲は規格外の体格を持つ彼に棘のある物言いを返す。


「今回は新入りがいる。どうせお前はロクな話もしていないだろうから、俺が代わりに説明してやっているんだ」

「んなのいらねぇわ。言いたいのは結局これだけだろ。各部隊が班に分かれて交互に攻めと守りの訓練を行い、最終日に本格的な模擬戦やって終了! 一言で済むじゃねぇか」

「軍の方針や背景から伝えねばこの演習を行う意図が分からないだろ。それともお前の記憶力が低過ぎて、情報を覚えていられないだけか?」

「はぁあ? そんなの身をもって知れって話だ。テメェみたいにグチグチ言うより身体へ叩き込む方が早い」

「お前とはいつも話が合わないな」

「奇遇だな、オレもそう思ってたところだ」

「だったら説明は各部隊で実施する。第五部隊はこちらに集合しろ」

「第六部隊はオレの方に来い。さっさと済ませるぞ」


 演習は開始早々にもの別れに終わったらしい。牙雲の説明を片耳で聞きつつも、紅葉は反対側に集まった第六部隊の様子を横目で追っていた。


「――よく聞け、テメェら。今日の合同演習の目標を発表するぞ。目標はどっちの役割にしろ『敵の全討伐』だ。各自、配置は班ごとに相談して決めろ。なんか問題があればオレに言え。以上!」

「「「押忍、時平少佐!」」」


 多くの問題児を従えているだけあり、時平の話は誰でも分かるほどに単純明快だった。綿密に計画を練る牙雲とは違い、彼は放任主義らしい。だが、爆音に近い声量の返事を聞く限り、彼らは時平に対して絶大な信頼を置いている。問題があった際のフォローは手厚いのだろう。


「ああ、それと演習開始前に“いつもの”をやるぞ。オレの横にいる部隊長様の話は長いからな」


 時平の嫌味に第六部隊の多くは笑い声を上げていた。気まずそうにしているのは飛翼ぐらいだ。もちろんそれは牙雲にも届いているのだが、彼は気にせずに説明を続けていた。


「――以上、先の3点からこの演習は様々な想定を踏まえて行う。ここまでで質問のある者は?」


 彼が部下に確認を行っていた時。自分の意識は完全に違う場所へ移っていた。


 いつの間にか第六部隊の隊員が敷地で横一列に並んでいる。彼らの前では時平が掌に拳を打ち付けていた。


「いいか、テメェら。朝飯はちゃんと消化したな」

「押忍!」

「じゃあ一人ずつ“アレ”やるぞ」


 言うや否や、時平は一番端から隊員の腹に次々と自身の拳を一つずつ打ち込んでいく。突如として起きた暴力まがいの行動に唖然としていると、第五部隊のどこかから囁く声が聞こえた。


「やっぱり第六部隊はおっかないよな。アレが毎日だろ?」

「『鱗は殴れば強くなる』ってのが時平少佐の持論らしい。戦績も上がってるからホントに効果も出てるみたいだが、自分は無理だな」


 隣から鈍い打撃音とくぐもった声が響く中、紅葉は一人で戦慄していた。


「飛翼は『ボコボコにはされない』って言ってたけど、普通にボコられてるし! ってか、アイツあんなの食らったら吹っ飛ぶんじゃ、」


 慌てている間に、とうとう小柄な幼馴染の前へ巨大な影が差した。その体格差から後の結果が不穏でしかない。


「ああ、飛翼……!」


 無事を祈った前で、無情にも時平が拳を振り上げる。瞬きもできずに固まっていると――


「あうっ!」

「お前はちっこいからこれで十分だ」


 予想とは裏腹に、飛翼は額を指先で弾かれただけだった。第五部隊の一部からも安堵の溜息が漏れる。


「時平少佐ぁ、あんまりデコピンし過ぎると飛翼がバカになっちゃいますよ」

「あー、確かにそうだな。じゃあ飛翼、次ドコにすんだ?」

「ええと、なら、ほっぺとか……?」

「お前なぁ! そんなとこ鍛えてどうすんだよ!」


 隊員たちの掛け合いと、時平のツッコミに第六部隊はどっと笑いに沸く。


「……まったく、粗野で品の無いことを。妙なパフォーマンスをやるのは勝手だが、俺の部隊の集中力を削ぐな!」

「テメェが長ったらしくしゃべってる間にオレは部下を鍛えてただけだ。文句あっか?」


 一部始終を横目にしていた牙雲が苛立った様子で咎めたが、時平は意にも介していない。


「結果が出ていなかったら単なる暴力沙汰だ。一時期、故障した隊員が複数いたせいで軍法会議でも問題になっただろ」

「生憎、今はこれが第六部隊の教育方針でな。オレにはここにいるヤツらを強くする責任がある。そのためには何だってやるぜ」

「はっ、それは大層な考えだ。俺には理解できそうもない」

「構やしねぇよ。せいぜい演習での戦力差で恥かかないように祈ってろ」


 互いにそっぽを向いた二人はそれから口も利かずに部下たちの元へ戻る。第六部隊の流儀について噂する配下をねめつけると、牙雲はあからさまな咳払いをして黙らせた。


「質問が無ければ、各自番号に応じて攻守の班へ別れるように。不明点があれば俺に確認すること。以上だ」


 上官の指示に敬礼した第五部隊の隊員たちは、それぞれの役割を確認しつつ配置に回る。


「まいったなぁ」


 この具合だと何も起こらないことを期待する方が難しい。決して目を合わせない上官二人を交互に見つめ、紅葉は遠巻きにいる飛翼と共に小さな溜息をついた。

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