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蒼い背中  作者: kagedo
EP.1 上官との邂逅編
1/167

-期待外れの召集-

「まさか、こんな時に新入りを寄越して来たのか?」


 軍靴の行き交う仮設の陣営内。褪めた蒼の軍服をまとう伝令兵の前で、牙雲(ガウン)は深い溜息をついた。


「ここは広域の輸送路に通じる要衝だぞ。陥落を防ぐため、総力戦も辞さないと伝えたはずだ。本部は何と言っている」

「帰還予定の部隊がまだ戻っておらず、こちらに回せる人員がすぐに捻出できないとのことです。そのため、第五部隊に配属予定だった例の隊員を送ったものと思われます」

「毎回必要な資源が届かないとは知っているが、新入り一人が増えたところでどうこうできるものか! 稽古をつけている余裕もないのに」


 好転しない状況に、伸びた銀の髪を何度も掻き上げる。自軍のほとんどが志願兵である以上、戦力確保は長年の課題だ。しかし、自身の部隊が本部から派遣された当初、この拠点は敵に制圧される目前だった。今でこそ最低限の防衛線を維持しているが、膠着状態が続く中から形勢を覆すのは至難の業だろう。


「おっしゃる通り、拠点の隊員だけではとても手に負えません。だからこそ、防衛戦で秀でた実績を持つ牙雲少佐へ声がかかったのかと」


 当然、本部も勝利のために最大限の努力をしている。この難局を乗り越えるために、若くして位を授かった自身が将として抜擢されたのだ。組織の期待に応え、防衛作戦を成功させることが今の己の責務だろう。


「そうだな、ここで嘆き続けても始まらない。まずは新しい隊員の情報を見せてくれ」

「こちらの資料です」


 澄んだ青い双眸が記された文字を辿る。見えてきた人選事情に、牙雲はようやく小言の矛先を収めた。


「――ふむ。学科成績は下から数えた方が早いが、戦術実技は軒並み高い評価だな。補充したかった前衛として申し分ない素質を有している。それでここに送った、と」

「輸送班と同行しているので、本日中には到着する予定だと聞いています」

「了解。補給も届くなら少しは余裕が出そうだな」

「ですが、多くは優先的に前線へ送っているため、陣営内の品は底を尽きかけています。今日の到着分が来たとしても、持って一週間程度でしょう。民間人からの支援も要請しましたが、敵の略奪による被害が深刻で、用立ては難しいとの報告が来ています」

「遠征してきた分、敵の獣人共も兵糧が尽きて諦める頃だろうと思ったが。我々の資源を食い荒らしながら来るとはな」


 自身を含め、この陣営にいるのは誇り高き竜の血を引く『竜人』だ。四肢を自在に鱗で覆うことができ、飛行能力や高い知性、魔力の素養など、人族の中では戦に有利な能力を揃えていた。しかし、対する敵の『獣人』たちも高い身体能力と鋭い爪牙を持っている。好戦的な彼らを早く追い返さなければ、民への被害が拡大するだろう。


「状況は把握した。何にせよこのまま劣勢へ甘んじる訳にはいかない。竜人軍事機関 《ドラーグド》の少佐として俺も前に出て全力を尽くす。どんな手を使ってもこの防衛線を死守するよう、皆に伝えてくれ」

「はっ!」


 伝令兵の姿が幕の向こうに消える。新たな人員を含めた策を練ろうと天を仰げば、ろくに構えず伸び切った銀髪が椅子の背に触れた。鬱陶しさにそれを一括りにすると、牙雲は再び机へ視線を戻す。


「膠着期間が長過ぎたか。物資はまだしも、人的な消耗が響いている。そこをどうやって切り抜けるかが問題だな」


 目下で広げられた地図に描かれたこの大陸――『ヴァートランバーツ』では、こうした人族同士の争いが日夜繰り返されていた。


 過去を遡れば、大陸の各地に棲む四つの人族が共に築き上げた文明都市が存在したらしい。しかし、飽食の時代を経た人々は資源枯渇という現実に直面した。限られた資源を巡って人族が数百年にわたる戦火を交えた結果。繁栄の名残は、今やそのほとんどが焦土と化している。自分がこの世に生を受けてからも、争いは広がるばかりだった。


「深追いを避ける戦略で効果が出なかったとなると、敵より先に仕掛けるべきか。前線から負傷者を退かせ、不意を突いて俺の直属を充てれば勝機もある。それなら兵の配置はもう少し前を厚くして、」

「――失礼します。本部から派遣された隊員が到着しました」


 不意に幕の外から声がかかる。長く睨んでいた卓上から、牙雲は涼やかな青の瞳を離した。今回の新入りには欠員補充としてすぐに働いてもらう可能性が高い。早い段階で信頼関係を築いておくべきか。


「分かった。俺が出迎えよう」


 位を示す左袖の腕章を整えると、牙雲は資料を片手に作戦室を出た。陣営内ですれ違う蒼い軍服の群れが一礼を返す。今のように直属の部下で不敬を働く者はいない。自身も己の立ち居振る舞いには普段から気を払っている。しかし、ふと目にした記載が頭から離れない。


「事情から戦歴の空白を問うつもりはないが、この特記事項だけはどうにも気がかりだな」


 新入りの中には見た目で能力を判断する輩もいるのが現実だ。事実、外見のみに言及すれば、自身も猛々しい武人とは言い難い。


 竜人は人族の中でも大柄な体躯を持つ種族だ。しかし、どれだけ鍛えても肉がつかない体躯とそれを助長する色白さは、軍人としては大きな欠点だろう。さらに、常にしかめていなければ威厳を保てない容姿に加え、今は尖った耳にかけても落ちてくるほどに髪が伸び切っている。これでは頼りなく映るだろうか。


「まあ、少々難があったとしても、聞き分けさえ良ければ構わないか。態度が悪ければ一から規律を叩き込んでやる」


 そう思い直しつつ、牙雲は報告書を管理するテントの前でふと足を止めた。面会前に正式な配属手続きの書類を拾うため、資料を目にしながら幕に手をかけた時。


「うッ……!?」

「わっ、ゴメン! まさかすぐそこに人がいると思わなくて」


 どん、と大きな衝撃と共に身体が弾き飛ばされる。支柱を掴んでどうにか持ち堪えると、幕の隙間から蒼い袖が伸びた。丸みのある栗色の瞳をさらに見開いていたのは、しっかりとした肩幅を持つ青年だ。出会い頭で衝突して当たり負けしたらしい。出入口で確認を怠ったのが悪かったと、牙雲も侘びを入れようとした。しかし。


「ああ、大事な顔にケガさせなくてよかったぁ。ほっぺに鱗も出てるし、びっくりさせたよな」


 動揺の最中に腕を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。まだあどけなさの残る瞳がこちらをじっと見つめていた。


「へえ、こんなにキレイな青の鱗は見たことないや。もっとよく見せてよ」

「何の真似だ」

「あ、いや、他に痛いとこはないかなーって思って! すごい勢いでぶつかっちゃったし、ひとまず軍医さんに見てもらおうか。オレが付き添うからさ」

「必要ない。戦闘部隊の者がこの程度で他の世話になるなど、」

「えっ、君って戦闘部隊の人なの?」


 左胸の隊章を指で示せば、相手がきょとんとした顔を返す。先の態度も含めて随分と馴れ馴れしい。厚みのある身体を押し退けて睨むと、彼は変わらず人懐っこい笑みを返してきた。


「なーんだ、同じ所属だったのかぁ! オレ、ここに来たばっかりで何もわかんなくてさ」

「お前、もしかして本部から来た新入りか」

「そう! オレは『紅葉(クレハ)』っていうんだ。君は?」

「……牙雲だ」

「これからヨロシクな!」


 友好の証として握手を求められる。ただ、しばらくニコニコとしていた彼がおもむろに視線を伏せた。


「ああ、そうだ。実を言うとこれから《少佐》に会わなきゃいけないんだった。でも、移動してきて疲れてるのに、お偉いさんと話すの大変じゃん? どうせならこんな“美人”といる方が楽しそうだよね。ちょっと診察室でも借りてさ、ココのこと先に教えてよ」


 宙に浮いた手をまた握られて、やっと合点がいった。ああ、そうか。おそらく彼は自分について大きな勘違いをしているのだろう。


「……運が良かったな。今日はわざわざそちらから“お偉いさん”の元へ出向く必要も、“美人”から離れる必要もなさそうだぞ」

「え、ホント? ってことは一緒に陣営内デートできるじゃん! やった!」

「そんなに喜んでもらえるのであれば、少佐の俺もここまで会いに来てやったかいがあるというものだ」

「ん? なに? 少佐の俺って、」


 紅葉の表情がぴしりと凍りつく。冷めた自分の眼差しを前に、口をぱくぱくとさせた後。


「ウソ、まさか君が少佐ってこと!?」

「ただの新米に俺が『君』呼ばわりされる覚えはない」


 眉間の皺を深めながら左の腕章をずい、と突き出す。《位》を持つ者のみが着用を許されるこの腕章には、自身の地位を示す文様が刻まれていた。勢いに流されて正式には明かしていなかったものの、自分に落ち度はない。


「で、でも、少佐っていうぐらいだし、もっとこう、ゴリゴリに鍛えててイカつい感じの人だと思ってたんですけど! 牙雲さん、オレよりちっちゃくて細いし、髪も長いし、色白でキレイな顔だったし……完全に女の子かと」


 自分が気にしている所ばかり言い立ててくるのはわざとだろうか――いや、それは私情だからどうでもいい。思えば、この新米の人事資料には『女性隊員と班を組ませるべからず』という特記があった。


「女癖の悪さは聞いていたが、まさか配属初日に俺を口説きにかかるとは。なかなか良い度胸だ」

「いやいや、美人に声をかけないなんて軍規違反でしょ?」

「そんな決まりがあるか! それより、先は俺との面会を避ける口実を探していたように見えたぞ。ここへ到着して軍医の世話になったことにすれば、恩情で面倒を明日に持ち越せると思ったんだろ」

「ぎくっ」

「反省の弁もないようだな、この不届き者め。今すぐそこに跪け! お前の性根を叩き直してやる!」

「今日は勘弁してください! オレが悪かったのと失礼なこと言っちゃったのは認めますからぁ!」

「それなら大人しく罰を受け……あっ、こら、逃げるんじゃない! 誰か、その男を捕まえろ!」


 腕を振り解かれた牙雲は周囲へそう命じたが、軍営内を駆け回る彼をすぐに止められる者はいない。


 追手をかわす機敏さを持ちつつも、紅葉は拘束や妨害を突破する力強さも有している。備品を撒いて進路妨害をしたり、的確な逃げ道を探したりなどの状況判断も悪くない。移動の後にこれだけ走れるなら持久力も大したものだ。


「腹立たしいが、本当に素質はあるな」


 陣営の裏に隠れた大柄な姿を捉え、傍に居た隊員へ挟撃を命じる。退路を塞がれた紅葉が慌てて細い隙間を駆けて来た。仮設テントの隙間から短い栗色の髪が覗いたのを見計らい、牙雲はその進路へ立ち塞がった。


「わあぁッ!」

「地形の重要性を理解できたか、新入り」

「あはは、その科目はどうも苦手で……ええと、ハイ、すんませんっした」


 とうとう両手を挙げた彼にもう何度目かも分からない溜息が漏れた。相手を居直らせると、牙雲は黒環の飾りがついた左耳を引っ張る。


「いたたっ、ちょ、耳取れるって!」

「到着早々に陣営内を荒らし回る新米など前代未聞だ。本部もとんでもないヤツを寄越してくれたな……だが、お前の能力は十分に確認できた。明日から任務に参加しろ」

「へ? オレ、もう実戦に出てイイんですか?」

「本来、新入りは偵察で経験を積ませてから戦闘へ出す決まりだ。ただ、今は時間も人手も足りていない。これは特別措置での同行許可だ。ゆえに俺は上官として、お前や作戦に関わる他の隊員を命に代えても守る責を負う。戦場では必ず俺の指示に従え。いいな?」


 彼は志願兵として戦うつもりでここへやってきたのだ。輝かしい未来を夢見る隊員の初陣を、屈辱の負け戦にしてなるものか。力強く頷いた相手に、牙雲は吊り上げていた目元をようやく緩めた。


「ドラーグド本部《第五部隊》へようこそ、紅葉隊員。今後の活躍を大いに期待する」

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