again
数分もたてば、落ち着いた様子のユーリが顔を上げる。赤くなった目元を隠すように袖でこすり、これからのことに思考を向ける。
ここは、ユーリからすれば過去の世界だ。前と同じことが起きるのならば、今日は祭りの日。つまり―――。
(勇者の、選定式・・・!)
ユーリの故郷であるソルティアという街からそう遠くない場所に、王都であるルダが存在している。そこにいる預言者により、厄災を振りまく魔王の顕現と、それに対抗する勇者が現れると告げられた。そして、全人類の希望として選ばれたのは、勇者の末裔であるユーリだった。前の彼は、その使命を喜んで引き受け、ただ一人で王都へと向かったのである。
今思えば、あの選択がすべてを狂わせたのだろう。
勇者として求められる幸福につられてしまったのだ。それが悪いことだとはだれも思わないだろう。ユーリでなくとも、誰もが同じ選択をしたはずだ。
だが、彼が街へと戻った時には火の手が上がり、かつての長閑な光景は見る影もなかった。
それをなしたのが、ミリヤであると知った時の困惑と怒りは今でも覚えている。
何が、彼を魔王へと変えてしまったのか。それを知る機会を捨て去ったユーリにとって、あの時の選択は間違い以外の何物でもなかった。
―――だから、今度こそは間違えない。
「あ、やっと来た。おーーい!ユーリ!こっちこっちー!」
ようやく正門へとやってきたリーシャは、周囲などお構いなしに大声を上げた。そのことを小さくたしなめるミリヤだったが、周りはいつもどうりの光景に頬をほころばせていた。
目の前のリーシャとミリヤの二人が並んでいる姿に涙があふれそうになるが、何とかこらえて笑顔を浮かべた。
「ごめん、待たせて」
「ほんとだよー!出店の料理が食べれなかったらユーリのせいだからね!」
「さっき待ちきれなくて食べてただろ?」
「あれは朝ごはん!これからは昼ご飯なのっ」
「まだ一時間もたってないよ・・・」
小言を言うミリヤをリーシャがあしらい、それにミリヤもしょうがない、といった様子で笑う。
夢にまで見た光景が、そしてこれから変わることのない現実にしていくと決めた光景に、また涙腺が緩くなるのを感じる。
「って?!なんで泣いてるの!?じょ、冗談だから!全然怒ってないから!」
涙目になっていたユーリに気づき、あわあわとする彼女に一言謝りをいれてから顔を上げる。
「目にゴミが入っただけだから、大丈夫」
そんな見え見えなウソに、長い付き合いである彼らが気付かないはずもなく、なおも心配そうにこちらを見つめる二人に快闊な笑顔を向ける。
「大丈夫だって、ほら出店行くんでしょ?早くしないと全部たべちゃうよっ!」
「あ!ずるい!行くわよミリヤ!!」
「ちょっと!そんなに走ったらはぐれるよ!」
先頭を走るユーリも、そのあとに続くリーシャも。
そして、彼らを見失うまいとついていくミリヤも、それぞれが笑顔を浮かべていた。
▽
王都・ルダ
都市の中央に位置する王宮。その王室内に、二人の男が向かい合っていた。
長い机を挟み、その上には古びた剣が置かれていた。刃は錆び、鞘には土や苔が付いたかつて神器と呼ばれていたそれは、今では見る影もなかった。
並べられた両方を、神妙な面持ちで見つめる白髭の男―――現国王が、威圧感を感じさせる声を震わせながら口を開いた。
「これが・・・かつて魔を払いのけたといわれている神器か。随分と汚れてしまっているな」
国王の声に答えたのは、黒いローブを目部下に被り、影となった顔にハーフマスクをつけた年若い壮年の男だった。
穏やかな口調と、彼の見た目とのギャップが妙に怪しく見える男は、立場上目上の者である国王に、敬意を含ませながら答えた。
「如何に優れた武具であろうと、手入れを怠れば錆びつき、汚れてしまうものです」
「ふむ。我はそういったことにあまり明るくない。貴様がそういうのならばそうなのだろうな―――して、預言者よ。これを持ってきたということは、そういうことと受け取っても構わんな?」
「ええ、もちろんです―――勇者となる人物を見つけました」
預言者と呼ばれた男の言葉に、つばを飲み込む音が響く。
急かすように前のめりになった国王の姿に、預言者は小さく口角を上げた。
「それで、だれなんだ・・・?」
「ここ、王都ルダより僅かに離れた地にある商業都市ソルティア―――」
国王は、その言葉の続きを察したのか目を見開き、それと同時に納得の表情とともに、預言者の言葉を待った。
「かつて厄災を祓った勇者の末裔―――ユーリ・ライドルトこそが、次代の勇者です」
ああ、と。国王は背中をソファに預ける。
王都・ルダ現国王―――カリルア・ライドルトは、自身の息子とも呼ぶべき存在の運命を想い、静かに瞳を閉じた。
暗闇の中で、三日月を口に張り付けた男に、気づかぬまま。
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