缶コーヒー
初めて文を書きました。
非常に拙く下手くそな文章ですが読んでいただけると幸いです。
現在少々時間がある状態ですので趣味程度に今後も書いていきたいと思います。
誤字脱字等はご容赦くださいませ。なんせ人生初執筆なもので。
「昨日石川君に告白した」
それは高校2年生の夏休み直前だった。
むせ返るような猛暑の中、耳を差すような蝉時雨を遮ったその言葉に一瞬時間が止まったかのようだった。
「へぇ…で、どうやったん?」
少しうつむき気味に頬を赤く染めた由紀に悟られないように僕は平静を装った声色で返す。
「わからん…。明日返事するって。やけえ今日の放課後3組行ってくる。」
飲みかけのペットボトルのラベルをカリカリと弄りながら、発せられたその言葉はいつものお調子者の彼女を感じさせ無いほどに弱々しかった。
「そうなんや…。まあ大丈夫やろ!駄目やったら愚痴くらい聴いたるわ!」
我ながら上手く作った笑顔を彼女に向けながら僕は言った。
それにつられたように彼女もいつもの無邪気な笑顔で、うん、ありがと。と言った。
彼女と僕は幼稚園からの幼馴染みで親同士の仲が良く昔からよく遊んでいた。しかし昔は僕も彼女は家族のような感覚で特別意識するようなことはなかった。
それは中学1年生の冬だった。
その日はバドミントンの大会で、3年生が引退した後で1年生でも試合に出ることができた。僕は中学で初めての公式戦だったこともあり、自分の力どこまで通用するのか楽しみだった。
1回戦の相手は小学生の頃に何度か試合したことのある吉野くんだった。彼には小学生の頃、毎回接戦ではあったが勝ち越していたし勝てる相手だと油断していたのかもしれない。
しかし彼は小学生の頃と比べて一回り身体が大きくなっていて、成長期が少し遅かった僕に比べてパワー、スピード共に僕を遥かに上回っていた。
結果は1ゲームも取れずにストレート敗けだった。
上級生に敗けたなら仕方ないと思えたかもしれない。しかし、同学年の、さらに小学生の頃には勝ち越していた相手への大敗ともなれば悔しさも一抹ではなかった。
試合後、悔しくて止めどなく溢れる涙を誰にも見られたくなかった僕は体育館裏で泣いていた。
汗で濡れたユニフォームで真冬の外気に晒されていては、いくら上衣を着ていても流石に寒かったがあれほど惨めな大敗と涙でくしゃくしゃな顔を人に見られたくなかった。
そんなことを考えながら体育館に戻れずにいると冷えきった頬に焼かれるような痛みが走った。
「熱っつ!?」
ビックリして僕が顔をあげるとそこには由紀が笑顔で立っていた。
咄嗟に顔を上げた僕だったが、いくら幼馴染みとはいえ泣き顔を人に見られたことが恥ずかしく、すぐに顔を反らした。
「…何すんだよ…。」
ぶっきらぼうに返す僕の横に彼女は座り、はい、と缶コーヒーを渡してきた。
なぜ缶コーヒーなのかと思ったが凍えそうな程冷えた身体だ、背に腹は変えられない。
「風邪引くよ?」
恥ずかしさでその場を去ってしまいたかったが、彼女はそんなこと全く気にしていない様子で、何も言わずに僕の隣に座っていた。
「ダサかったやろ。」
徐々に冷静さを取り戻し、僕が弱々しく呟いた僕に彼女は心底不思議そうな顔で僕言った。
「全然?最後まで諦めんで頑張った人にダサいなんて思う人おらんよ。かっこよかった!次は勝てばええ!」
僕は下を向いたままその言葉にまた涙が溢れそうになったがグッとこらえ彼女の顔を見る。
体育館裏。微かに漏れる光に照らされたいつも通りの少し幼さの残る、しかし普段からは想像できないような大人びた彼女の笑顔に僕の中のなにかが落ちていく音がした。
初めて抱いた恋心と飲み干した砂糖とミルクたっぷりの缶コーヒーはあまりにも甘ったるかった。
なんて記憶を辿るのは何年ぶりだろうか。
ずいぶんと懐かしい記憶だ。きっとコイツのせいだなと笑いながら机の上に置いた白い封筒にもう一度目を落とす。差出人は【石川和希、由紀】
この封筒が届いてからもう2日が経ったというのにまだ開けることが出来ずにいる。我ながら女々しい奴だなと呆れてしまう。
高校を卒業してからは彼女とは違う大学に進学し、僕は県外に出て彼女は地元に残った。
僕も同じ大学に行くという選択肢がなかったわけではない。しかし、彼女の笑顔が向けられる相手がもう僕ではないという現実に堪えられる自信がなかった。そうして、逃げるように県外に出た僕は大学の4年間を無難に過ごし、東京で就職した。
今の生活は嫌いじゃない。仕事はそれなりにやりがいを感じるし、仲の良い同僚もいる。しかし、やはりどこかで何かが足りない感覚だけが喉に引っ掛かった魚の骨のように残っている。
そんなことを考えながら今日も定時を迎え、帰り支度を済ませていると同期の新谷から声がかけられる。
「ちょっと待って!俺も今から帰るから飲みいこう!」
まだ僕は行くとも言っていないのにバタバタと支度を始める。
新谷は面白い奴ではあるが飲むと感情が制御できなくなるのか、泣き出すことが多々あるため、普段はやんわりと断ることが多いのだが、明日は休みであるのと、あの白い封筒のせいで今はあまりに家に帰りたくない気分なことも相まって誘いに応じる事にした。
数杯飲んだ頃には新谷は号泣していた。仕事の愚痴だったり競馬で大負しただったり色々で、僕は話し半分に聞き流しながら笑って相槌をうっていたが、終電も近くなってきたタイミングで新谷はドキリとする話を始めた。
「最近さぁ。俺の高校の時好きだった子が結婚したらしいわー。」
本来であれば適当に聞き流すところなのだが一瞬言葉に詰まってしまう。
その一瞬の間に新谷も違和感を感じたのか、どうした。と聞いてくる。こいつたまに変なとこ鋭いよなと思いつつ、何でもないよ。と返した。
ふーん。と煮えきらない様子だったが新谷はまた泣きながら話を続ける。
「俺が直接聞いた訳じゃないけどさぁ、その子と仲良かった奴から聞いて、もう辛くてぇ、めっちゃ泣いたわー。」
途中から今日一の嗚咽混じりの大号泣で他のお客さんも何事かとこちらを見ているので僕も恥ずかしくなり、新谷を慰めながらお店の人たちに謝りそそくさと店を後にした。
新谷はペースが早く、泥酔しており足取りもおぼつかなくなっていたので僕は介抱しながら新谷の家まで送ってやる事にした。
なぜ男を家まで送ってやらねばならんのだと心のなかでツッコミを入れながら電車に乗った。
そして最寄りの駅から新谷の家まで送っている時新谷はまた思い出したかのように号泣し始めた。
「あぁ…。なんでだよぉ、なんで結婚しちゃったんだよぉ。俺好きだったのに…」
情けない顔で涙を流しながらフラフラしている成人男性に少し引いたが、僕も新谷のように感情のままに泣き喚くことが出来たらどれだけ楽だろうかとボーッとする頭で考えていた。
ふと我に返ると今まで泣き喚いていた声がピタリと止んでいることに気がついた。
新谷を見ると人がいない静かな公園の滑り台に登り高らかに宣言した。
「俺は決めたぞ!俺は結婚する!千佳ちゃんよりずっと可愛くて優しくて料理上手な子と結婚してやるんだ!絶対だ!」
唐突な新谷の言動に僕は驚きを隠せなかったが、それ以上に何か吹っ切れたかのような清々しさを放っている新谷の顔が面白くて吹き出してしまった。
「ハハッ!お前、結婚って。気が早すぎだろ。先に彼女作るところから頑張れよ!」
新谷は、なんだとー。と叫びながら滑り台を滑り降りてフラフラしながら僕の方へ駆け寄ってくる。
「わり、歩けねぇ。肩貸して。」
アルコールのせいか表情筋がゆるゆるになった新谷はにへらぁと笑っている。
「アホだろ。お前。」
僕も新谷につられて笑いながら肩を貸し歩き出す。酔っぱらい二人がヘラヘラしながら肩を組んで歩く姿は端からみれば奇妙なものだっただろうが、その時の僕はそんなことはどうでもよかった。
今は何もかも忘れて、ただ馬鹿みたいに笑っていたかったのだ。
駅から新谷の家までは徒歩5分程度の距離なのだがかなりの時間がかかった。
流石にもう終電は無いなと思いながら新谷をベッドに放り投げる。
「おぉ、終電もう無いだろ。泊まってくか?」
新谷が聞いてくるが、僕はなぜか今夜は独りでいたい気分だった。
「いや、今日は駅の横のホテルに泊まるよ」
新谷はそうか。とだけ答えた。僕は部屋を出る直前に新谷に一言だけ残した。
「早く新しい恋見つけろよ。」
すると新谷は顔を枕に埋めたまま返してきた。
「お前もな」
僕は鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をしていただろうか。本当にコイツは変なところで鋭い。
「うるせぇ。早よ寝ろ。」
そう残して部屋を出た。
夜風が頬を撫でる。冷たくも温くもない、酔いが回り少しだけほてった顔には心地良い風だ。
ホテルまでの足取りが少しだけ軽い。
ホテルに入り、シャワーを浴びベッドに潜る。
目を閉じるとたくさんの思い出が蘇ってくる。
僕がずっと閉ざしていた。思い出さないように蓋をしていたたくさんの記憶だ。
初めて由紀にあった日、は流石に昔過ぎてあまり覚えていない。
習い事をするのはいつも一緒だったこと。
アイスのバニラ味をどちらが食べるかで喧嘩したこと。
テストの点で競いあったこと。
由紀と僕の家族でBBQに行ったこと。
初めて由紀を好きになったこと。
初めて由紀に好きな人が出来たこと。
由紀の恋を後押ししたこと。
由紀に好きだと伝えられなかったこと。
蓋を外せば溢れ出してくる思い出と涙はグラスから溢れる水のようにこぼれ落ち、もうけして戻ることはないのだと悟りながら気付けば僕は深い眠りについていた。
ずっと深くまで沈み、このまま目が覚めなければいいのにと思った。
目が覚めて、携帯を見ると10時30分を少し回っていた。なかなか寝たなと苦笑し、帰り支度を整える。鏡を見ると泣き腫らした跡が見える。
いい年こいて恥ずかしいなと思いつつも少しだけ心が軽くなった気がした。
最寄りの駅からゆっくりとした足取りで帰路に着く、ホテルでさんざん泣き腫らし軽くなった気がした心とは裏腹に家に近づくほどに足取りは重くなる。
家の近くの公園の横を通りすがった時ふと昨日の新谷の姿を思い出す。ふっと吹き出し、少し立ち寄ってみる。流石に新谷のような奇行はできないがベンチに腰かけようとすると横の自販機が目に映る。
なにか買うかと財布を取り出す。
なににしようと顔をあげると缶コーヒーが僕を誘うようにこちらを見つめていた。皮肉なもんだなと苦笑しながら120円を投入し缶コーヒーのボタンを押す。
ガコンと音を立て落ちた、力なく横たわるコーヒーは今の僕みたいだなと自傷気味な笑みが浮かぶ。
そうだ、僕は誰が何と言おうとあの高校2年の夏に失恋したのだ。本当はもっと前からこの恋終わっていたのかもしれない。いや、そもそも始まってすらいなかったのか。
もし僕が早く由紀に気持ちを伝えていれば結果は変わっていたのだろうか…。なんてそんな仮定に意味などない。今の結果が全てだろう。
だから今だけはこの缶コーヒーを飲む間だけはあの甘い初恋の思い出に浸らせてくれ。
そう思いながら一口煽る。
「苦っげぇ…。これブラックじゃねぇか。」
初めて知った失恋の味はあまりにも苦くて脆くて儚くて、また少し泣いてしまった。けれども思っていたより嫌いではなかった。
コーヒーを飲み干した僕は思い腰を上げてパンッと顔を叩いた。
「よっしゃ!あいつ倒してくるか!」
家についた僕は3日間開けられずにいた白い封筒から中身を取り出し、出席に丸を付けた。