6.
明日はイゼリアさんと約束した日です。前回の部活動の際に今週末は用事があるので連絡を受け取れないことを話しています。用事、なんていつもと違い言葉を濁したせいで、知人と遊びに行くことを結局言う羽目にはなりましたが、特に問題ないでしょう。
学校では芹菜先輩と知り合ってから、放課後は部活か、芹菜先輩のお部屋に遊びにいくかのどちらかでした。遊び、といっても毎回一方的にスキンケアやお化粧の仕方を教えられ、道具を渡され、という流れで。遊ばれていたのでしょうか? 意図は分かりませんが、お友達がいないからあげる宛のない物をくれているのだろうと解釈しています。それにしたってあまりにも量が多いので、無駄遣いはやめた方がいいと言ったのですが、断じて無駄遣いではないそうです。私には理解出来ませんが。
そうして貰った物を使わないわけにはいかず、スキンケアは欠かさずにしていたのですが、お化粧は教えてもらっただけで自分ではやっていません。
イゼリアさんに可愛くして来るようにと言われていましたが、やはり使うべきは明日なのでしょう。
毎日お化粧をして仕事に行く母に見てもらう為、今日は外泊の許可をもらって実家に帰ってきています。母の部屋の鏡台を借りて、いざ開始、です。
教わったことはしっかり覚えています。が、
「……なんで?」
ただでさえメイクは朝しても夕方には落としてしまうものなので、無駄にすることがないよう、渡木先輩の元でしっかりと見て勉強したつもりだったのに、顔が全然違います。手順に間違いは無いはずですが。
「わっ、野々ちゃん!?」
「ママ」
良かった。先輩は手際良くやっていました。だから甘く見ていましたが、メイクは想像以上に難易度が高く、鏡に映る顔は自分でも外に出られる出来ではないことが分かります。
「どうしたのその顔!」
「これ、もらったから明日遊びに行く時にと思ったんだけど……」
紙袋を漁って見せると、納得してくれたみたいです。
これまでこういうことをしてこなかったから、ママからしたら驚きだったでしょうか。
まあ、私だって先輩に貰わなければ少なくとも社会人になるまで手を出すことはなかったと思う。これらがどのくらいの値段なのか……正直知るのが怖いです。
「そういうことならママに任せて。まずは一旦そのメイク落としてね。クレンジングはあるの?」
「うん」
うー、落としちゃうの勿体ない。まあ、ここから修正出来るようなレベルじゃないですもんね。1から教わりたいですし。明日には形にしないといけないですからね。
「先輩にやってもらったのと同じようにしたんだけど」
「慣れよ、慣れ。ママも野々ちゃんと同じくらいの頃から試行錯誤しながらメイクしてたわ」
「早くない?」
「そんなことないわよ。多くないお小遣いを使って、いかに可愛くできるか研究するの。楽しいのよ」
紙袋の中身を手に取るママは本当に楽しそう。
「天寿の物も結構あるのね」
「そうなの?」
「学生向けブランドもあるからね」
天寿というのは、星花女子学園もある空の宮市に本社がある大きな企業。私の父……いえ、ママの再婚相手が勤めていて、幼い頃私たち2人がとてもお世話になった会社です。その関係で私は天寿につくことを目指しているのですが、そうでした。天寿はコスメも多く手がけている企業です。
「このリップ、期間限定ですごく人気があった物だわ。こっちはクリスマスコフレに入ってたファンデーション。このアイシャドウもデパコスのものだし……高いものばかりね。こんな良いものを先輩がくれたの? その子、高校生?」
クリスマスこふれ? デパコス? って、なんでしょう。
「高等部の二年生だよ。使用期限が過ぎてるし流行りも変わったからって……」
「コスメの使用期限なんてあって無いようなものよ。合わなかったのかしら。それにしてもこんな良いものをくれるなんて。やっぱり星花に通う子は違うわね」
食べ物の消費期限と同じような物かと思っていましたが、違うようですね。ますます私にくれた意味が理解出来ません……。私は絶対に自分のお金で人に奢ることはしません。歳上の人に奢ってもらうからイゼリアさんと遊ぶことを了承しました。今回のように歳上の人には奢ってもらう話でなければ受けません。後輩からお誘いがあっても、1円たりとも奢ることはなく、しっかりと割り勘します。お金は大事です。誰が相手でも貸し借りだって言語道断。正直、あんな風にお金遣いが荒い人は苦手ですし、後で見返りを要求されるのではないかと心配です。だって先輩とは知り合って間もないのですから。
「野々ちゃんが帰ってくることを話したら、パパがご飯を食べに行こうって言ってたわ。それまでに形にしてパパに見せてあげましょう」
⭐︎
「野々ちゃん、大人びたね。メイクをすると見違えるなぁ」
父はよく気付き、素直に褒めてくれるとても良い人です。それに、血の繋がりのない私のことを娘として可愛がってくれて、こんな豪華なご飯を食べさせてくれるのですから。
「私が教えたのよ。明日お友達と遊びに行くのに練習したかったんですって」
「そうか。ちゃんと学校生活を楽しめているなら安心だね」
そうやってホッと息をつく姿に嘘偽りはありません。借金を残して蒸発した実の父親とは大違いです。
当時の私は幼かったので、いろんな土地を転々としていたことの意味をちゃんと理解出来ていませんでした。まあ、お陰で現在も特に父親への復讐心は無く、かといって会いたいとも思わず。要は興味がないということですか。
私も母も、過去に囚われず幸せな暮らしができているのは父と、借金の肩代わりをしてくれた天寿のおかげです。その恩に報いるべく天寿に就職することが私の以前からの目標で、その過程の1つに、星花への入学があったわけです。
「メイクなんてお金がかかるから無駄遣いだと思っていましたが、もう少しちゃんと勉強してみようと思います」
「その歳頃の興味は将来に繋がるかもしれないからね。やりたいことをやると良い。もちろん、見境なく欲に従って使い続けるのは良くないけどね。野々ちゃんにその心配は無さそうだ」