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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第一章
9/86

闇夜の賊と月夜の踊り子8

 ***


「うぅぅ……」


 男達のうめき声がそこかしこで聞こえる。そこは甲板から船内に下りてすぐの部屋だった。ランプを灯した薄明かりの船室には、敵の攻撃を受けて負傷した男たちが集められ、薬草と血のにおいが混じり合ってむっとしていた。最初は鼻を覆いたくなるような臭いだったが、今は感覚が慣れてしまっている。ユイナはそんな場所でカトレアとともに薬草をすりおろし、負傷者の治療に奔走(ほんそう)していた。


 船内で薬草についての基礎知識を持っているのは、舞姫学校で薬術を教わってきたカトレアとユイナだけだ。そういった知識のない他の子供達は、新しい容器を用意などで手伝ってくれ、通路では、手のあいた子供達が他にできる事はないかとこちらの様子をうかがっていた。その時、子供たちの人垣が割れ、新たな患者が連れられてくる。


「ユイナさん、彼をお願いします」


 ヨセフとエビンのふたりが、まともに歩けない負傷者を両脇から支えた状態で、戸口から声をかけてきた。ユイナは振り返り、「はい。そちらの壁ぎわに座らせてあげてください」と、部屋の開いている場所を指さす。


「分かりました。――あともう少しです。頑張って歩いてください」


 ヨセフが負傷者を励まし、エビンとともに壁際へと座らせていく。ユイナはその間に包帯を巻き終え、運ばれてきた新しい患者のもとへ急ぐ。患者は船乗りの男で、太ももの真ん中に矢を受けていた。出血は少ないようだ。ユイナは負傷した船乗りの横にひざをつき、止血のために傷口よりも胴体に近い部位をきつく縛っていく。もともと力はないので、唇を噛みしめて全力でしばった。


「あの、敵はどうなっているんですか」


 ユイナの質問にヨセフが振り返る。


「今は敵の攻撃もやんでます。たぶん、アレスさんが敵と戦ってくれているんだと思います。負傷者も、今のところ彼が最後です」

「そうですか」


 この船への襲撃がやんでいるということは、アレスが敵を食い止めるために戦っていると考えられる。

 本当は彼のもとへ行きたい。行って一緒に戦いたい。でも、自分には船から岩山に飛び移るような跳躍力もない。今はただ、無事を祈ることしかできない。

 不甲斐なさに唇を噛み締め、せめて今できる事を片付けようと男の太ももから生えている弓矢へと手を伸ばす。そして、なるべく傷口を広げないように一息で引き抜いた。


「ぐうぅぅ……!」


 苦悶の声をあげる男から目をそらして傷口を薬草で押さえる。

 心を削られるような想いをして運ばれてくる男を治療している。男が怖いとか、そんな悠長なことを気にしている場合ではなかった。もし、アレス一人だけで敵を抑えきれず、外での戦いで押し負けて敵が船内になだれ込んできたら、次に狙われるのは自分たちなのだ。


「ユイナ、そっちが終わったら火傷の薬を調合してちょうだい」


 部屋の奥からカトレアが言った。


「もう少し待ってください。すぐ行きます」


 すりつぶしておいた薬草を太ももの傷口に塗り、出血しないように包帯を巻きつけていく。


「ユイさん、包帯は私達がするからカトレアさんの所に行ってあげて」


 三人の少女が申し出てくれた。船旅に出てから仲良くなった三人組の少女だ。


「ありがとう。――ヨセフさん、治療を終えて歩ける人達を他の船室に連れていってあげてください」


 応急処置を終えた人々の誘導は手のあいた少年少女に任せ、ベッド脇にいるカトレアのもとへ急ぐ。

 カトレアは熱したナイフの腹を、患者の深い傷口に押し当てていた。そうやって出血の多い傷口を焼いてふさいでいるのだ。そのせいで、カトレアのまわりは血の焦げる嫌な臭いがしていた。

 ユイナは調合の器材を棚から引っ張り出し、火傷に効く薬草をいくつか混ぜてすり潰し、少しだけ水を加えて粘りをもたせる。


「できた?」

 カトレアが重傷者の治療を続けながら火傷薬を催促(さいそく)する。

 応急処置は遅くなればなるほど効果が薄れていく。早く正しい処置が必要だ。

 銀狼のアレスと初めて出会った時も、噛みつかれた左腕の治療をするため、急いで小川まで歩き、薬草を探した。


 あの時は痛みで力の入らない私の代わりに、アレスが薬草を咀嚼してくれたっけ。


 ユイナは現実逃避してしまう思考を振り払い、調剤した薬をカトレアのところへと運ぶ。カトレアはそれを受け取り、焼いた傷へと塗りこんでいく。そんな時、通路の奥から「邪魔よ! そこをどきなさい!」と高圧的な少女の声がした。


 振り返ると、来訪者に驚いた子供たちが通路の両脇に逃げるところだった。その割れた人垣を抜けてきたのは金髪の少女、メリル王女だ。寝起きらしく、首すじでそろえたショートカットが少し乱れている。船内でも静かな船長室で寝ていた彼女は今の今まで外での騒ぎに気付かなかったらしい。


「何なのこれは……っ」


 メリル王女は小ぶりの鼻を手で覆い、新緑の瞳で緊急病室と化した室内を一目にすると、その寝起きの顔をしかめる。


「まさか海賊が……、見張りは何をしていたの!」


 そこまで言った王女は瞬きして、視線を室内から通路へと動かし、


「アレスは、アレスはどうしたの!」と問いかけた。それに対してヨセフが答える。

「アレスさんは敵と戦っています。僕達を逃がすために、一人で敵地に突っ込んでいって……」


 それを言い終わる前だった。階上の甲板に何か重たいモノが落ちた。ドンッ、と天井の板が鳴り、全員が頭上を仰いだ姿勢で固まる。木造の天井越しに、甲板で重たいモノが動く気配がする。いったい何が落ちてきたのかと固唾を呑んでいると、天井越しにザイの声がした。


『アレス! お前その怪我……!』


(アレス? 怪我してるの!?)


『俺は問題ない。それより気をつけろ。敵はかなり手強いぞ』


 聞く者の体を鋭くつき抜けるような狼の声がした。間違いなくアレスの声だ。それに反応してメリル王女が階段へと走り出し、遅れてカトレアが子供たちに指示をだす。少女たちが幼子を連れて通路の奥へと避難し、戦える少年たちが敵の侵入を防ぐために素早く階段下を固めに走る。


「ユイナ、どこへ行くの!」


 薬箱を持って部屋を出ようとすると、カトレアに呼び止められた。


「アレスが怪我しているみたいなんです。私が行かないと」


 言葉にする時間も惜しくて薬箱を抱き締め、薄明かりの通路を急ぐ。


「待ちなさい! 外に出たって邪魔になるだけよ!」


 呼び止める声を置き去りにして、階段下まで駆けつける。そこにはすでにヨセフやエビンといった少しでも戦える少年が机を立ててバリケードを造っていた。


「どこへ行くつもりですかッ」


 ヨセフが抱き止めて言う。肩を握ってくる両手が押しとどめようと必死だ。


「通してください! アレスが怪我をしているんです!」

「だからって外に出るのは危険です」

「いいから通してください!」


 ユイナは身をよじってヨセフの両手から離れ、それでも捕まえようとしてくるヨセフの腕をするりと(かわ)すと、小柄な体格を利用して少年たちの包囲網を抜けていく。


「ユイナさん!」


 呼び止める声を無視し、バリケードを造っている机と壁のわずかな隙間をすり抜けると、バリケードで立ち往生する少年たちを振り返り、「アレスを連れて戻ってきます。そこを守っていてください」と言い残して階段を上っていく。


『もっと舵を切れ!』

『これ以上は無理です! 風向きが悪すぎます!』

『帆の調整はできないのか!?』

『できますが、海賊に狙われていては……』

『それなら俺とザイで時間を稼ぐ! そのあいだに帆の向きを変えてくれ!』

『それしかなさそうだな』


 指示を出すアレスの声と、それに応えるザイの声が聞こえる。

 階段を駆け上がって甲板に出ると、数人の船乗りが帆の向きを変えようと慌ただしく動いていた。甲板を見渡し、左舷に銀狼を見つけ出す。四本足で岩山の黒い影に向かって立ちはだかり、仲間を守ろうとする姿が星明りの下で銀色に光っている。だが、よく見ると、銀狼の体には敵の矢が刺さっており、先に駆けつけていたメリル王女が、彼の負傷におろおろしていた。いつも気丈な王女からは想像もできない姿だった。


「ここは危険です。船へお戻りください」


 銀狼が岩山へと注意を向けながら、王女を押し戻そうとしている。ユイナも敵の攻撃に注意を払いつつ二人に駆け寄ると、銀狼が気付いてこちらに目を向ける。


「ユイナ、王女を連れて船内へ戻れ」

「アレスも船内に避難してください。手当てしますから」

「俺はいい。問題ない」

「問題ないって……酷い怪我をしています」


 ユイナはまじまじと銀狼を見上げる。彼は、足と背中に矢を受けていた。他にも無数の傷を負っているらしく、風を絵に描いたような流れる銀毛が、自身の血で赤く染まっている。足を引きずり気味なのは、痛いからではないのか。


「そんな体で戦うのは危険です。せめて止血だけでも……、え?」


 自身の体格よりも倍はある銀狼を説得しようとしていたユイナは、その後方に浮かび上がる巨大な影に気付き、言葉を失う。岩山と岩山の狭い空間に、ナイフのように鋭い船体がするりと出てきた。


「海賊の船です……!」


 それは速さを重視したスマートな帆船だったが、肝心の帆をすべて閉じていた。それでも船足を出しているのは、人力で()をこいでいるからだ。そして、鋭く尖った船首をこちらの横腹に向けて突進してくる。


「やつら、このまま体当たりするつもりかよ!?」


 ザイが叫んだ。


左舷(さげん)、応戦しろ! ぶつかる前に相手を沈めるぞ!」


 銀狼は甲板に爪をつき立てて巨躯を固定すると、呪文を唱え、自身さえも呑みこみそうなほどの魔法陣を開いた。眉間に力を込め、魔力を放つ。


「行け、氷矢!」


 刹那、魔法陣から無数の氷が放たれた。周囲の空気を冷却して白い尾を引く氷の矢が、敵船へと襲いかかり、容赦なく船べりやマストを粉砕していく。木片が飛び散り、敵の甲板も穴だらけで、足の踏み場もないほどになる。

 だが、鋼鉄で補強された巨大な船体は少々の損傷ではびくともせず、折れたマストを海に落として、海の壁と呼ばれる島々の間からつき抜けてきた。やや斜め後方から迫る海賊船。もうその船首は衝突を避けられない軌道に入っている。


「まずい、ぶつかるぞッ」

「帆の調整はまだか!?」

「船長!」


 舵手が指示を仰いで叫んだ。


「くそがっ。舵を切れ! ぶつかるよりはマシだ!」


 シュガースの命令で舵が目一杯に回され、船がギシリと軋んだ。急激な方向転換による遠心力で、外側にマストを引っ張られたように船体がかしぎ、予測してなかった動きに船乗りの男たちが倒れていく。ユイナも転びかけたが、軽く床板を蹴って飛び、踊りで鍛えた平衡感覚で体勢を立て直す。

 振り仰ぐと、斜めから滑りこんできた海賊船が接近し、視界を埋め尽くしていく。まるでこちらの舵きりを予測していたかのような軌道で、左舷の手すりをへし折りながら横に体当たりしてきた。その衝撃で反対側に傾き、船体が悲鳴を上げた。足許の床板が湾曲し、はじけていく。ユイナは持っていた薬箱で顔面を守り、破片に当たらないように身を細くした。

 海賊は狡猾(こうかつ)だった。こちらが衝突でひるんでいる隙に船内から姿を現し、矢でこちらの動きを封じつつ、剣を装備した海賊が飛び移ってくる。応戦するザイも敵を棍棒で突き返すが、数人の侵入を許してしまい、敵と味方が入り乱れての戦闘が始まった。漕ぎ手に回っていた海賊も甲板に上がってきたのだろう。手薄な船首や船尾を狙って乗り込んできた。

 銀狼はユイナと王女を背後に庇いつつ、近付いてきた海賊を体当たりで突き飛ばす。


「ここにいては危険です。中にお戻りください!」

「心配いらないわ。うるさい虫けらを駆除するのは私の方が得意でしょ。それに、夫を傷つけられて黙っていられると思って?」


 メリル王女はふところから水晶玉を取り出すと、肩を怒らせて言い放つ。


「私の魔獣で一掃してあげるわ。出よ、黒死鳥(こくしちょう)!」


 水晶玉を魔法の媒介にし、新緑の紋章を刻んだ魔法陣が開かれた。その扉を抜けて現れたのは、一羽だけではない。まるで魔法陣を押し広げるような勢いで、おびただしいほどの黒い鳥が現れた。ひっきりなしに吐き出される黒鳥は、数十羽の大群となり、暗黒の激流と化して海賊へと襲いかかっていく。だが、その激流は海賊だけでなく、仲間も見境なく呑みこんでいき、その羽音で悲鳴さえもかき消していった。それどころか、黒鳥の群れは星空をすっぽりと覆い隠し、一瞬にして辺りを暗闇に変えてしまう。


「………!」


 敵も味方も、それどころか人影さえも判別できないほどの暗闇。しかし、ユイナは船尾に現れた小さな紅い光点に気付いていた。それは物陰を疾走しながら右舷へと回り込み、銀狼を背後から狙っていた。ユイナは叫ぶ。


「後ろに敵が来てます!」

「どこよ!?」


 暗闇に目が慣れていないのか、メリル王女が怒鳴る。敵の姿を目で追えているのはユイナだけだ。ユイナはマストの陰を利用して敵の前に飛び出し、魔法陣を展開する。そして攻撃しようと額に力を込めた時だ、開いたばかりの魔法陣が二つに割れた。


「え?」


 何が起きたのか理解できなかった。ただ、割れた魔法陣が消えていき、その向こうから踏み込んできた黒い仮面の敵が、手にした剣でのどを狙ってくるのが見えた。殺されると思った。が、黒面はユイナと視線を合わせて剣を鈍らせる。


「おんな……?」


 仮面の下、暗闇でも紅く輝く瞳が驚いたように明滅した。次の瞬間、ふさふさした銀色の尻尾が腰に巻きつき、持ち上げられて両足が宙に浮いたかと思うと、強引に敵から引き離された。それと同時に銀狼は氷矢を放つ。黒面はその攻撃さえも見えているのか、難なく躱して銀狼へと迫る。

 ユイナは、なかば投げ飛ばされるように尻尾から解放され、顔を上げた。

 黒面の敵がまさに剣を振り下ろすところだった。銀狼はとっさに魔法陣を広げる。


「甘い!」


 黒面は言い放ち、体重を乗せて剣を振り下ろした。

 魔法陣に敵の刃が食い込み、そのままじわりじわりと振り下ろされていく。


「魔法陣がっ!」


 斬り裂かれていく!?

 敵の剣には封魔の紋章が刻まれている。それで魔力を抑え込み、魔法陣を弱体化させているのだ。

 銀狼は眉間にしわを寄せ、魔法陣を強固にしようと魔力を放つ。が、すでに裂け始めた魔法陣に、敵の攻撃を受け止めるだけの強度はなかった。

 すでに半ばまで通っていた刃が、銀狼の盾を完全に斬りはらう。魔法陣とのつながりを分断された銀狼は体勢を崩してしまうが、敵は次の攻撃態勢に入っていた。それに気付いたユイナは叫ぶ。


「アレス!」

「もらった!」


 霧散する魔法陣を突き破って敵が接近し、下段に構えた剣を神速で放つ。敵の刃が鋭い弧を描き、銀色の毛に覆われた首を狙っていた。


「くっ……!」


 銀狼はとっさに身を引くが、相手の方がわずかに速い。銀狼の顔面に刃が斬り込んでいき、甲高い金属音とともに火花が散った。

 まばゆい閃光の中で、剣を牙で噛みしめた狼の姿が浮かび上がる。息をのむ時間さえない刹那の攻撃。それを銀狼は牙で受け止めていたのだ。

 敵は剣を引き抜こうとするが、膂力(りょりょく)は銀狼の方が上だ。牙をがっちりとかみ合わせたまま武器ごと敵を(ふところ)に引き寄せ、剣に突き立てた牙を、ギリ、ギリ、と(きし)ませる。いや、軋んでいるのは剣の方だ。


「まさかこいつ……っ」敵が驚愕の声をもらす。


 銀狼は全身の毛を逆立て、あろうことか鉄製の剣をかみ砕いた。牙の隙間から破片が四散し、銀狼の唇を切り裂いて鮮血に染め上げる。

 剣の砕ける衝撃で敵は後方に体勢を崩し、銀狼はそれを見逃さなかった。口をすぼめると、口内に溜まった血とともに鉄の破片を敵めがけて無数に放つ。敵にそれをかわす手立てはなかった。高速で飛来する凶器を全身に受け、後ろにのけ反る。だが、音が軽い。とっさに黒い外套をはらって破片の直撃を避けていた。


 黒面の敵は後方へと飛び退き、仲間の海賊に「引け!」と命じる。黒面が親玉なのか、交戦中だった海賊たちがいっせいに自分たちの船へと引き始めた。

 ユイナは追い打ちをかけるために魔法陣を展開し、全力で力を解放する。放たれた灼熱の炎が暗闇を払いのけ、その明かりで敵の姿を視認したメリル王女が不敵に笑い、黒鳥に攻撃の命令を下す。

 ユイナも王女も敵を追い払うことにがむしゃらだった。炎が黒鳥を焼き、黒鳥が炎の勢いを弱め、互いに足を引っ張り合う状態になってしまう。だが、それでも疲弊した海賊には効き目があった。ほうほうの体で逃げていく。


『船を出せ! 敵船から離れるぞ!』


 敵の親玉が指示を出しつつ、床に落ちていた弓を拾い上げて牽制してきた。こちらもそれに応戦しつつ、舵を切って海賊船から離れていく。二つの船は互いに大きな被害を受けたまま、痛み分けという形で戦場を離脱していき、ユイナは、仲間を守ろうと魔法を使い続けた。


「もういいユイナ。海賊は遠くに逃げた。もう力を使わなくてもいい」


 銀狼に止められたのは、どれほどの時間が経ってからだろうか。魔法陣を閉じてみれば、敵船は握りこぶしぐらいの大きさになり、大海原を逃げ続けていた。

 いつの間にか、周囲には船内にいた子供たちも集まり、心配そうにこちらを見つめていた。ようやく危機は去ったのだと思うと、急に足から力がぬけ、がくりと膝をついた。


「ユイ姉さん」

「ユイナさん」


 駆け寄るペントとヨセフに体を支えられる。

 辺りを見回すと、床板には無数の矢が刺さり、甲板はさながら、弓矢の草原となっていた。風を受ける白帆も、マストも、甲板にいる誰もがボロボロの状態だ。

 棍棒を手にしたザイが近付いてきて気遣うように顔をのぞきこむ。


「まったく無理しやがって。顔が青ざめてるじゃないか」


 星明りだけで顔色まで分かるとは思えなかったが、そうなのかもしれない。

 もう、体に力が入らない。


「ちょっと休みたいです」


 安堵と極度の疲労で、眠たくなってしまった。


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