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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
88/88

光の雨は、しとしとと23

 ***


 教科書を持つ手が震えた。


「噓でしょ」


 講義中にもかかわらず声がもれてしまった。口を閉じて周囲の様子をうかがうと、数名からじろりと一瞥(いちべつ)されたものの講義は粛々(しゅくしゅく)と進められる。

 ユイナは教科書に視線を戻し、じっくりと読み返す。


 “舞姫ロゼッタは人々の未来を祈り、約束の岬で舞った。舞姫の祈りで奮い立った人々は、魔神ベロントスとの激闘の末、深手を負わせて海の底へと追いやった。勝利は目前だった。ところが、海から現れた魔神ベロントスによってロゼッタは捕まり、握り潰されてしまう。”


 魔神の手から滴り落ちる血を想像し、戦慄する。動揺を隠しきれない。


 ――舞姫が死んだ……?


 有り得ない。天女を宿した舞姫は、救世主を導く神聖な存在となり、不老不死になるのだ。シルバート王国ではそのように教わってきたし、誰もが信じて疑わなかった。だから、貴族令嬢は本物の舞姫になるために全身全霊をかけて舞踊に励む。踊れることは女としての品位であり、踊れない少女は落ちこぼれだった。舞踊の優劣が家名に影響するほどだ。

 それほど、シルバート王国において舞姫は神聖で特別な存在とされてきた。


 ところが、ロートニア王国では少々違うようだ。舞姫も死ぬのだ。そして、それが当然なのか誰も驚かない。驚いているのはユイナだけだ。

 “死”というありふれた現実に殴られた気がした。


 ――カトレアさんをノノルに残したのは、これが理由?


 自分よりも他人の心配ばかりするアレスだ。家族を守るため、妹と子供達を安全な国に残したのかもしれない。そう思うと、すべてが腑に落ちた。


 ――もしかして、同じ理由で私も置いて行かれた?


 胸がそわそわする。いや、今は考えないようにしよう。


 ――でも、舞姫がいなくて救世の旅はどうするの?


 舞姫に宿った天女は進むべき未来を指し示す。その導きがなければ、救世主は漂流者のように向かう先を見失ってしまう。世界は広い。どこに眠るとも分からない魔神の遺物を探し出せるだろうか。メリル王女の魔物が探索能力に長けているとしても、見つけ出すのは難しいはずだ。魔眼の海賊と交戦したのも、救助のために航路を変更したからであって、まったくの偶然に過ぎない。

 考えれば考えるほど、やはり、アレスの傍には舞姫が必要だと思う。


「ロゼッタの死後、人々は魔神の恐怖に支配されます。ですが、希望の光は途絶えません。天女は次の舞姫をお選びになりました。言うまでもないでしょうが、次に選ばれたのは北の大地を治めるロートニア家の姉妹でした」


 そうか、舞姫が死のうとも、身体を持たない天女は生き続け、次の舞姫を選び、その娘に宿るのだ。

 待って、その舞姫に選ばれたら私も――

 アレスの隣に立つ姿を想像し、身体が熱くなる……いやいや、今はカトレアさんが舞姫だ。百年に一度の踊り子と称された彼女を差し置いて舞姫になれるわけがない。


「姉のリーネは大地の大天女アシルを宿し、妹のミーナは水の大天女フロルを宿したと伝えられています」


 ガターン!

 激しく椅子が倒れる音が響き、教室が静まり返った。


「また貴女! いい加減にしてもらえますか、ええと、ユイナさん」


 教師が呆れる。言われてみれば、前回の授業でも魔神ベロントスを知らなくて水を差した。だが、血相を変えて立ち上がったユイナは、それを(かえり)みる余裕もなかった。教師は確かに言った。姉と妹にそれぞれ大天女が宿ったと……。


「舞姫が二人もいるなんておかしいです」

「何がおかしいと言うの」

「最低でも三の大天女がいないと世界を支えられません」

「ああ」


 教師は、言いたい事を理解してくれたようだ。


「四柱天女ですね」


 ユイナはうなずく。


「この世界は大きな円盤の形をしていて、大天女が天空から糸を垂らして東西南北の四方を支えているから水平でいられます。ただし、世界に危機が訪れた時、その危機を知らせるために一人の天女が舞姫の身体を借りて地上に降りてきます。すると、四つあった支えが一つ減り、世界は不安定になってしまいます」


 四脚の椅子から一本の脚を取ったら簡単に倒れてしまう。それと同じだ。


「ですから、三人の天女は守護方角を離れ、均等な三方から世界を支えます。世界がひっくり返らないように安定させるためです。ところが、舞姫が二人も現れてしまったら、支えが二つになります。二つで世界を支えるのは大天女でも無理です」


 円盤の上で人や物は絶えず動いている。それに合わせて支える位置を変えられるはずがない。


「三方で世界を支える必要があるから、舞姫は世界に一人しか現れないのです」


 少なくとも、シルバートの舞姫学校でそう教えられてきた。


 くすくす、と失笑が聞こえた。

 何がおかしいのだろう。


「古い考えをお持ちなのね。前の学校で教えてもらえなかったのかしら」


 意味が分からず柳眉をひそめる。


「神話に古いも新しいもないではないですか」

「いまだに世界が円盤だと信じているのでしょ?」

「古いわ」と、口々に言われる。


 まるで、世界は円盤ではないかのような口ぶりだ。

 確かに、と教師が言葉を継ぐ。


「ひと昔前まで世界は円盤だと信じられてきました。しかし、それは間違いで、今では球体ではないかと考えられています。海を見てみなさい。水平線の向こうが見えないのはどうして?」

「水平線の向こう?」

「出港した船が水平線へと消えていくのを見た経験はないかしら? それは世界が丸い球体だからよ。球体の丸みに船が隠れていくから、消えたように見えるの。岬に行くことがあれば、水平線もゆるやかな弧を描いているのがわかるはずよ」


 深く考えたこともなかったが、思い返してみれば、長い船旅で見た水平線は、緩やかな弧を描いていたような気がする。


「しかし、球体だとしたら、反対側にいる人たちは下に落ちてしまいませんか? 下と言いますか、空に向かって?」

「それについても海が説明してくれます。水平線の向こうの海も、流れ落ちずに存在しています。詳しい事は私にも説明できませんが、球体の中心に向かって海も、そして、私達も引っ張られているそうです」

「そんなことが……?」


 理解しがたいけど、世界は球体で、世界中の人が地面に立っていると考えると、つじつまは合っている気もする。少なくとも否定はできない。


「では、大天女の支えが二つに減っても、世界は傾いたりしないのですか?」

「しないのでしょうね。ロートニア家の姉妹が同時に舞姫になっています、その史実が物語っているではないですか。ステンドグラスにも、魔神ベロントスに立ち向かう救世主と、その傍らにいるロートニア姉妹の二人が描かれているでしょう?」

「ステンドグラス?」


 聞き返して思い出した。


「宿舎の廊下にある、あのステンドグラスですか」


 宿舎入口まで続く長い廊下に、色とりどりの光が射しこんでいた。今まで気にも留めていなかった。


「そうですよ。それに、のちに四人の舞姫が揃ったという史実もあります」

「四人!?」


 次から次へと情報の波が押し寄せてきて面食らってしまう。


「火、水、風、大地……大天女は四人いらっしゃるのよ。大天女が地上へと降りてくるためには、器となる舞姫も四人必要でしょう。中央通りの石像にも書いてなかったかしら?」


 たしかに、通りの両脇には歴代の舞姫が並んでいる。世代の違う舞姫だと思い込んでいたが、同じ時代に生きた舞姫もいたということらしい。

 シルバート王国で教え込まれていた常識が崩れ去り、同時に、新しい世界が開けていく。

 アレスの舞姫はカトレアだけだと思っていた。でも、もしも、他の大天女を宿せる舞姫が存在するとしたら……。胸がドキドキする。動悸を静めようと胸元に手を当てるが、そんなことで静まるはずがない。


「舞姫になれる可能性が……私にもある?」

「はい? 何と言いましたか?」


 独り言に反応した教師が聞き返す。近くにいた生徒が代わりに答える。


「自分も舞姫になれるかもしれないって……」

「舞姫? 舞姫って、まさか、本物の?」


 教室がどよめいた。


「冗談でしょ?」

「神話を信じているの?」

「昔は信じていませんでした。でも、今は信じます」


 ドッと笑い声が上がる。


「そっちの舞姫は無理だって!」

「夢と現実の区別がつかないのかしら」


 あはははははは!

 嘲笑がどしゃぶりの雨となって頭上に降り注いだ。


「静かになさい。授業中ですよ」


 教師がたしなめるが、そんなもので少女達の嘲笑はやまない。

 ユイナの瞳は涙で(うる)んだ。


「あらあら、泣いてしまいましたわ」


 ユイナは笑顔で涙を拭う。悔しいわけではない。悲しいわけでもない。とてつもない可能性に気付いて、嬉しさで震えが止まらないのだ。笑いたい者には笑わせておけばいい。彼女達はきっと、ユイナには関わりのない人達だ。


 神話に出てくる舞姫になろうなどと分を越えた夢かもしれない。それでも、なりたいのだ。ふとすると雲をつかむような夢に、確かなものが欲しかった。居ても立ってもいられなくなった。


「早退します」


 一礼し、倒れた椅子を元に戻し、スタスタと歩き始める。唖然とする生徒達を横目に教室を出ると、そこからは駆け出した。他の教室でも講義は続いている。一人の生徒が廊下の足音に気付き、振り向いた。黒髪少女が駆け抜け、瞬きした時には幻だったかのように姿が見えない。


 校舎を飛び出したユイナは、大通りの舞姫像を遠目に見たが、足の向きを変えて宿舎へと急いだ。歴代の舞姫も気になるが、二人の舞姫が同時にいたという証拠を見つけるなら、宿舎のステンドグラスだと思った。


「お嬢さん、そんなに急いでどうしたの?」


 美容室から出てきた髭のおじさんが話しかけてきた。


「確かめたいことがあって!」


 答えながら風のように駆け抜け、宿舎に到着した。廊下のステンドグラスから光が射し込み、赤や黄色、緑や青といった色彩が散りばめられていた。

 神話を描いたステンドグラスを目で追いかけていく。美しい大地、魔神の出現、荒れる大地、ロゼッタ舞姫の誕生、天女の啓示を受諾するコーウォック、人類と魔神の激闘、ロゼッタ舞姫の死……そして――


「あった……!」


 ロートニア家の姉妹が舞姫となる瞬間にたどり着いた。天空から降りてきた二人の大天女が、姉妹に宿る様子が描かれている。


「舞姫は、一人だけじゃないんだ……」


 暗闇に囚われていた心にひと(しずく)の希望が落ちてきた。小さな希望は、しかし、しとしとと小雨(こさめ)のように降ってきて、闇一色だった世界に光の雨跡を広げていく。闇が追い払われて世界の輪郭が浮かび上がってくる。自分の息遣いを感じた。鼓動を感じた。


「ずっと暗闇を歩いているような気持ちだった」


 アレスに頬を叩かれ、監獄のような舞姫学校に追いやられ、激しい後悔に(さいな)まれた。そして、疲れ切った心はずっと暗闇をさまよっていた。敵を殺せると言ってしまったことも、結婚を望むガモルド男爵やアリエッタを裏切って異国に逃亡したことも、親友のティニーを一人ぼっちにさせた心残りも、奴隷商人が恐ろしくて立ち向かえなかった後悔も……悪い自分を見つけては、だから捨てられるのだと自分を責めた。責めて責めて責め立てて、心が闇に染まっていった。そして、心のもやもやをコルフェにぶつけてしまった。


「アレスに置いて行かれたのはコルフェも同じなのに……自分ばかりが苦しいと思っていた……周りが見えなくなっていた。とんだ勘違いだよ……最低だ。コルフェに謝りたい。迷惑をかけたみんなにも謝りたい」


 ステンドグラスに描かれた大天女と、ロートニア家の姉妹を見上げる。赤や黄色、青や緑など色とりどりの彩光が押し寄せてくる。包み込まれるようなぬくもりを感じた。それは冷え切った心にはあまりにもあたたかくて、手で胸を押さえていないと呼吸が苦しいほどだ。でも、生きていると実感した。


「変わりたい……自分を変えたい」


 あふれてくる涙を拭う。

 どうして気付かなかったのだろう。暗闇から抜け出す方法は近くにあったのだ。美しい色彩で表現されたロートニアの神話は、誰かが動いたから歴史も変わった。今へと続く未来が開けた。


 ステンドグラスはまだ続いている。神話の続きが気になり、隣へと歩みを進める。

 舞姫となった姉妹が、救世主コーウォックに啓示を与えている。背の高い舞姫が姉で、小柄な舞姫が妹だろうか。そして、二人の舞姫に導かれた救世主が、巨大な魔神に立ち向かおうとしている。勇敢(ゆうかん)な後ろ姿が、アレスの姿と重なって見えた。


 魔術大国シルバートにおいて『銀狼』の二つ名を与えられるほど強いのに、戦争孤児を見て見ぬふりができずに家族に迎えるほど優しい彼は、子供達から好かれ、時に振り回される、そんな強くて、優しくて、不器用な彼が好きだ。だから、いつか彼が見せた寂しそうな顔が忘れられない。一騎当千の彼は、子供達を守るために一人で戦ってしまう。やさしくて強いから孤独になる彼を見てきて、力になりたいと思うのは当然ではないか。


 ステンドグラスに描かれる救世主の隣には二人の舞姫がいる。でも、救世の旅に出たアレスの隣には舞姫がいない。


「いつか、舞姫を必要とする時が来るかもしれない」


 救世主の背に手を触れる。ガラスの感触から陽射しの温もりが伝わってくる。


「舞姫になりたい。カトレアさんと一緒に」


 長身の舞姫がカトレアだとすれば、救世主を見上げる小柄な舞姫は――大人と子供ほどもある背格好の差は、アレスと自分を見ている気がした。思い上がりだと言われてもいい。ステンドグラスへと両手を添え、救世主の背に(ひたい)を合わせる。


「私は舞姫になります。舞姫になって、貴方(あなた)を支えます」


 しばらくステンドグラスに寄り添ったユイナは、ゆっくりと離れて宿舎の玄関へと歩き出す。

 今の決意を形にしたかった。


 ステンドグラスの神話を遡るように廊下を一歩一歩と踏みしめる。玄関を出ると、陽射しに包まれる。見上げた晴天に、日除けの幕が揺れている。校舎の窓には講義を受ける生徒達が見え、お昼前の時間が流れる。舞姫学校ノノルでは当たり前の光景。道端に野花が咲き、小鳥がベンチの下で地面をつつき、遠くに見える食堂の煙突からは白い煙が立ち上っている。


 世界は何一つ変わっていない。だけど、そっぽを向いていた世界が振り向いてくれたような、世界の一つ一つから息遣いを感じた。それは、ユイナの胸に希望が生まれたからかもしれない。ただそれだけで、世界は色鮮やかになった。


 道の先で、美容室へと戻っていく店主が見えた。


「あの!」


 声を上げて呼びかけた。店主が立ち止まり、あたりを見回してユイナへと目を止めた。そして、駆け寄るユイナを待ってくれた。


「お嬢さん、今度はどうしたのかしら?」

「髪を切ってもらえますか」


 店主は瞬きした後、「もちろん」とほほ笑む。それから、美容室のガラス戸を引くと、「いらっしゃーい」と招き入れる。

 緊張と期待で胸をふくらませて店内へと踏み入れる。観葉植物が両脇に並び、その先に一脚の椅子がある。


「どうぞ、あの椅子に座りましょう」

「はい」


 言われるまま進み、やわらかな椅子にちょこんと座る。目の前には大きな鏡が設えられていた。綺麗に磨き上げられ、一辺の曇りもない。天窓から太陽の明かりが射し込み、部屋全体が明るく感じた。半開きにされた窓からそよ風も流れている。


「黒髪を切るのは初めてだからワクワクするわ」


 店主が後ろにやって来て、ユイナのほっそりした首にカットケープを巻いた。


「さて、今日はどのようにしましょう」

「バッサリ切ってください」


 店主は目をぱちくりさせる。


「バッサリ? バッサリってどのくらい?」


 ユイナは右手を頭の後ろにまわし、首筋にふれた。


「そんなに?」


 ユイナはあたりを見回し、髪型の教科書を見つけた。自室で何度も読み返した本と同じだったので、手にして該当のページを開いて見せる。

 店主が受け取る。


「大人の魅力・ショートボブ」


 すらりとした細身の女性が肩肘に手を添えて立つ様子が描かれている。


「強い女性になりたいんです。私を大人の女性にしてください」

「そんなに強くならなくても、女性にはしとやかさも必要でしょ」

「しとやかさ?」


 一瞬、カトレアの流れるような美しい銀髪が思い浮かんだ。彼女ほどしとやかな女性に会ったことがない。だけど、そのしとやかさの中に強い芯がある。その強さに惹かれる。憧れている。そして、それはカトレアにしか出せない魅力だとも知っている。


「しとやかな女性になりたいわけではありません。私は、なりたい自分を目指します」


 気圧された店主は、しかし、満面の笑みになる。


「何があったのか知らないけれど……いいじゃない、いいじゃないっ! その覚悟、胸が熱くなってきたわ。こんな気持ち初めてよ。ああ、もう、ぞくぞくしちゃう! 任せて、強くて大人の女性ね」

「強くて、芯があって、大人な女性です」

「あらあら、注文が増えているじゃない」


 髭の下でふふふ、と笑う。なぜか楽しそうだ。


「髪を見させてもらうわね」


 店主は、くしで黒髪を梳かしたり横や後ろから眺めたりした。


「うんうん、はいはい。見えて来たわよ。きっと似合うわ」


 ハサミを出してきて、ユイナの黒髪に入れて自在に操っていく。

 華麗な手さばきと同時にサクサクと軽やかな音がして、気持ちまで軽やかになってくる。

 なりたい自分になれそうな気がした。そうしたら、舞姫になれるだろうか。

 いや、違う。舞姫になるんだ。


「一大決心でもしたような顔ね」


 店主が聞いてきた。ハサミは絶えず動いている。


「そう見えますか?」


 鏡に映る店主に聞き返す。


「見えるわ。すごい気迫を感じるもの。迷いがなくなった顔をしているわ」

「そうですね。うじうじしていた自分に、お別れしたいと思っています」

「へぇ、そうなのね」


 ニコニコしながら鏡に映ったユイナを見ている。じっと見ている。あまりにじろじろ見られるので気になってきた。


「な、何か……?」

「好きな人に会いに行くのかと思ってね」

「え?」


 胸を突かれたようにドキリとする。動揺を隠しきれずにいると、


「だってそうでしょ。この閉鎖された学校で、思いっきりおしゃれをしたい時って、好きな人に会いに行く時ぐらいじゃない?」

「いえ、会いに行くと言いますか……、会いたくても会ってもらえないと言いますか……」


 だって、アレスはユイナを置いて旅立った。会いに行って嫌な顔をされたら、辛くて立ち直れないかもしれない。


「死に別れたわけじゃないのでしょ?」


 死別したわけではない。かと言って、戦いに向かった彼が生きている保証はない。

 ユイナは、柳眉をひそめながらうなずいた。


「はっきりしない娘ね。生きているなら会いに行くのよ。そして想いを打ち明けるの」


 簡単に言ってくれる。しかし、会いに行かなければずっと会えないままだ。会えないのは嫌だ。


「会いたいです」

「それがいいわ。当たって砕けろよ」

「はい。――いえ、砕けたくはありません」


 店主は、ふふふと笑った。


「彼に会いに行くなら、大人になった貴女を見てもらわないとね。責任重大だわ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 気恥ずかしくもあったが、うれしかった。

 お昼前の美容室はおだやかな空気に包まれる。ユイナは瞳を閉じて待った。この心地良い時間をずっと味わっていたいような、でも、新しい自分に早く会いたいような気持ちだった。


 しばらくして店主がハサミを置く音がした。

 黒髪に櫛を通しながら扇子で風を送り、切り毛を飛ばしているようだ。すべての作業を終えたのか、カットケープが外される。


「さぁ、鏡を見て」


 ドキドキしながら目を開けると、黒髪ショートボブの少女が見つめ返していた。今まで黒髪に隠れていた鎖骨や、ほっそりとした首筋が露になり、ユイナの小顔がさらに強調され、ぐっと大人っぽくなった。


「どう? 希望の女性に近づけたかしら?」

「すごいです……」


 感嘆の言葉しか出てこない。


「立って、全身を確認してみたら?」


 言われるまま立ち上がると、店主が椅子を部屋の隅に動かしていく。ユイナは後ろに下がりつつ、全身が鏡に映る位置に立った。

 舞姫学校の白い制服にほっそりとした少女。ロートニアの女性に比べれば小柄なユイナだが、ショートボブになったことでほっそりとした首筋と小顔が目を惹いた。ぐっと大人に近付いた印象だけど、自分でも驚いているところがまだまだ幼い。


「その場で回ってみて」

「は、はい」


 横顔や正面を見てもらえるようにゆっくりと回った。

 何度もうなずく店主は次の指示を出してきた。


「今度はもっと激しく」

「え?」

「踊るとどうなるかも確かめておきたいわ」

「わかりました」


 勢いをつけて回転するとスカートと黒髪が広がり、ピタリと一周で止まると黒髪が顎のラインでまとまる。


「いいじゃない。静かな時は凛々しく、激しい時は躍動感にあふれる。彼も目が離せないでしょうね」

「ありがとうございます」


 ユイナは最高の笑顔で応えた。



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