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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
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光の雨は、しとしとと22


 ユイナが入室すると、おしゃべりでうるさかった教室が水を打ったように静まり返った。入学した時は珍しさから声をかけられたものだが、今は、悪意のある目で睨まれている。特待生で優遇されるユイナを妬んでいるようだ。好きで特待生になったわけでもないのに。


「よく顔を出せたわね」


 悪態をついた生徒と目が合う。ユイナは返す言葉がなくて、会釈して前を通り過ぎる。


「なっ」


 怒りの視線が集まる異様な光景に、努めて気付かない振りをして自分の席へと向かう。

 用水路に突き落とされそうになったばかりなので、ナイフで斬りかかられてもおかしくない気がして、魔術が飛び交う戦場を歩く気持ちでいた。いつでも反応できるように、身構えながら歩く。


 この状況、怖くないわけがない。自室に閉じ籠っていたかった。それでも授業に参加したのは意地だ。ここでくじけたら二度と立ち上がれない気がした。

 私は漂流者だ。向かう先は分からない。もっと怖い未来が待っているかもしれない。だけど、今から抜け出したいなら、立ち止まるわけにはいかない。


 窓際の最後尾にユイナの席はある。

 机には、丸められた紙くずが積まれていた。机の棚にも同じ物が詰められている。

 警戒した。紙の中に毒蛇がいたらどうしよう。いや、しかし、そうなれば教室にいる生徒も危ない。そんな危険を冒すとも思えないけど……。

 教科書を使って紙くずを転がしてみる。非常に軽く、何かが包まれているような気配はない。もう一度転がす。特に危険な気配はなく、ただの紙くずだとわかった。ユイナは紙くずをかき集め、机棚にぎゅーぎゅーと押し込むと、すっきりした机に教科書を置いて席に着いた。


 ふと気付いた。周囲の目が見開かれている。驚き、怒り、さまざまな感情が見て取れる。

 普通の貴族令嬢なら動揺しているところだけど、ユイナは見詰め返した。

 もともと、シルバートの舞姫学校でも成り上がりの貴族だと揶揄(やゆ)され、イジメを受けていた。講義ではのけ者にされ、社交パーティーへの参加も認められなかった。それどころか、バチルダ王女には、真っ赤に熱せられた剣で肌に消えない火傷を負わされそうになった。

 それに比べれば今の状況は耐えられる。だけど、耐えられるというだけだ。気持ちの良いものではない。


 カラーンラーン、カラーンラーン。

 鐘の音とともに教師が入って来た。


「講義を始めますよ」


 物言いたげな生徒達が諦めて着席していく。

 視線の圧がなくなり、ユイナはホッと息をついた。

 立ち止まらないと決めた。でも、この牢獄のような舞姫学校で、いったい何ができるというのだろうか。どんなに強がってみても、ひとりぼっちの寂しさは消えてくれない。

 せめて、この牢獄から出られたら……。

 ユイナは窓際の席から青天を見上げた。



 ***



 バサバサバサッ!

 魔法陣から黒い鳥が次々と出現し、青空へと飛んでいく。百羽を超えるような黒鳥の群れは、点に見えるほど上昇すると、四方へと散っていく。

 青天に広がる黒点から視線を戻したアレスは、水晶玉を掲げる術者を心配した。


「体調は大丈夫ですか?」

「疲れるに決まっているでしょ」


 メリル王女は魔法陣を解き、水晶玉をバッグへと戻しながら悪態をついた。


「でも、あれだけ飛ばせばやつらの船も見つかるでしょ。――私は部屋で休むわ」

「わかりました。見張りは任せてください」


 船内へと戻っていく王女を見送っていると、船長のシュガースが近付いてきた。


「すごい数の鳥だな。知らないやつが見たら天変地異の前触れかと気味悪がるぞ」

「そうだな」


 アレスは苦笑する。

 シュガースは船べりに手をついて海を見渡した。視線の先には海面から突き出た無数の岩が数珠つなぎになっている。まさしく“海の壁”と呼ぶにふさわしい絶景だった。


「この海域に魔眼が潜んでいるのか……」

「おそらく。誰も近付けない場所だからこそ隠れやすい」

「見つけ出せるか?」

「王女なら出来るはずだ」


 信用しているのだな、とシュガースがつぶやく。


「魔眼の居場所がわかったら、王女と二人で行くのか?」

「ああ。この船で岩礁帯に入るのは危険だ。小舟でないと無理だろ?」

「その通りだが……本当に二人でいいのか?」


 真剣な顔で問うてきた。

 闇夜の襲撃で苦戦したことを気にかけているのだろう。


「問題ない。昼間の魔眼に後れを取るつもりはない。だが、夜戦だけは避けたい。――夜の航行は頼む」

「わかっている。せいぜい魔眼に見つからないように逃げるさ。我々が見つけるのが先か、魔眼に見つかるのが先か……。それにしても、魔物はここに戻って来るのか?」

「そのはずだ」


 戻ってきた魔物に触れる事で、王女は魔物の記憶を読み取る事ができる。だが、その魔物がいつ戻って来るかはまったくわからない。戻って来ない個体もいる。気ままなものだ。


「あとは、ひたすら待つだけか……」


 アレスとシュガースは海を眺めた。遠くの空まで晴れ渡り、波も穏やかだ。


「静かだ」


 シュガースは甲板を振り返った。


「うるさい子供達だったが、いないと寂しいものだ」

「……ああ」


 家族のように大切な子供達を思い出して感傷的になる。


「一般人を危険にさらすわけにはいかない」

「カトレアをノノルに残したのもそれが理由だろ」

「ああ……大切な家族を連れていくことができなかった。個人的な理由で申し訳ないと思っている」

「別に責めているのではないぞ。舞姫は天女を宿していても、魔神と戦える力を手に入れるわけではない。言葉と舞踊で人類を導くだけだ。戦場で悲惨な最後を迎えた舞姫もいる。だから、大切な人を危険から遠ざけたい気持ちも分かる。とはいえ、天女の言葉を伝える舞姫は、人類にとって羅針盤みたいな存在だ。舞姫を連れて行かずに救世の旅を続けられるか?」


 当然の心配だった。


「だが、シュガースも天女の啓示を聞いて思っただろ。天女は世界の危機を知らせてくれるが、具体的な未来を示してくれるわけではない」

「確かに……雑だったな」


 当時の出来事を思い出したのか、シュガースは複雑な顔をした――。




 カトレアが天女を宿したのは、鎮魂の舞をしている時だった。

 魔術師団の襲撃で多くの仲間が命を落とした。彼らの魂を天へと還すために舞っていたカトレアが、ぴたりと動かなくなったのだ。

 不審に思っていると、妹がゆっくりと振り返った。

 アレスは目を見開き、その場にいた誰もが息を呑んだ。


「カトレア、なのか……?」


 妹の瞳が、赤銅色に輝いていた。それだけではない、全身が淡い光に包まれ、神々しく輝いていた。怪しく艶やかな唇が言葉を紡ぎだす。


『魔神が目覚めようとしている。ヤバいぜ、この世界』


 妹の声に別人の声が重なっていた。事態を呑み込める者はいなかった。


「お、おい、どうしたんだよ」


 声をかけるザイを無視し、カトレアがずかずかと歩いてくる。いつものようなしとやかさはない。身構えていると、眼前で立ち止まり、まっすぐアレスを指さした。


『お前は救世主だ』




 あれは天女の啓示だった、のだろうか。

 はっきりしているのは、カトレアが鎮魂の場で冗談を言わないということだ。そして、カトレアは何も覚えていなかった。妹は、何者かに操られていた。常識では説明できない出来事だった。


「カトレアに宿った何者かの言葉を信じ、救世の旅を続ける俺達もどうかしているな」


 アレスの自嘲に、シュガースもうなずく。


「あの時のカトレア嬢は人類を超越して神々しかった。間違いなく天女を宿していたはずだ……」


 言葉とは裏腹に、シュガースの眉間にしわが寄っている。


「どうした?」

「いや、些細なことだ。些細なことだが……一度気になると、気になってしまって、な」

「歯切れが悪いな。なんだと言うのだ」

「言ってもいいが、くだらないと言わないか」

「言わな……いや、内容によるな。聞かなければ何とも言えない」

「そこは『言わない』と言っておけ。相変わらず融通が利かないな」


 まぁいい、どうでもよくなってきた、とシュガースは肩の力をぬく。


「天女は……女だと思うか?」


 予想もしなかった問いに瞬きした。


「考えたこともなかったな。当然のように女性だと思っていた。神殿にある天女像も女性の姿をしている」

「そうだ。神話に描かれる天女は女の姿をしている。ところが、あの時のカトレアは荒っぽくなかったか? 話し方も男のようだった」


 たしかに、普段のカトレアからは想像できないような荒っぽさがあった。


「どうだろうな。男らしさも、女らしさも、人が作り出したものだ。天女からすれば伝えられるなら何でも良いのかもしれない」


 そもそも、天女に男女の概念があるのだろうか。


「他の天女もそうなのだろうか」

「他の天女?」

「カトレアに宿った天女がどの方角を守護しているかはわからない。だが、天女はあと三人いる。他の天女も同じような話し方をすると思うか?」

「――――」


 不意だった。

 黒髪少女の横顔が思い浮かび、胸が熱くなった。

 天女を宿したであろう黒髪の少女。


「……さぁな」


 はぐらかしたが、心拍は上がっていた。

 胸の奥では、炎のヴェールに包まれた少女が生き生きと舞っていた。


 アレスは頭を振って幻影を振り払う。

 ユイナを戦場から遠ざけるために、貴族の学校へと追いやった。

 彼女が舞姫になることは二度とない。


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