光の雨は、しとしとと20
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ノノルの港町を訪れたら突破口が見つかるのではと期待していた。だけど、港にアレスの船はなく、彼を追いかけようにも海に出る術がなかった。
寮の自室に戻ってきたユイナは、ベッドで丸くなり、さめざめと泣いた。
もう二度とアレスに会えないかもしれない。会えなければ本心を確かめようもない。謝りたい事、ありがとうと言いたい事、話したい事も山ほどあった。頭に浮かんでくるのは心残りばかりで悔やんでも悔やみきれない。
夜になってもベッドで横になっていた。授業はさぼった。空腹になっても食事ですら億劫で取れなかった。心身ともに疲弊し、まぶたが重くなっていた。
気付くと暗闇にいた。
あたりを見回そうとするが、身体が闇に浮いたように地面の感覚がない。
「ここは? 何も見えない」
焦っていると、遠くに銀色の狼がいた。長く美しい尾が揺れている。
「アレス!」
呼びかけに彼が振り向き、視線が重なった。勇気を振り絞って問いかける。
「何がいけなかったのですか?」
魔術を使ったから?
戦闘で敵を殺せると言ったから?
いや、ペントを助けるためだったとはいえ、魔術で敵を焼き殺した。
「だから嫌われたのですか? 私が悪い人だから」
銀狼は背を向けて遠ざかっていく。
「アレス、待って」
追いかけようとするが、沼に足を取られたように動けない。
すると、赤茶けた顔に灰色の髭を生やした男性が通り過ぎた。その横にはメイドの姿もある。
「ガモルド様!? アリエッタ!?」
養父とメイドは振り返りもせずに歩いていく。その後ろ姿を、茶髪の少女が追いかけていく。小柄で愛らしい走り方をする少女を見間違えるはずがない。
「ティニー!」
親友は振り向かない。
「待ってよ」
追いかけたいのに一歩が重い。
気付けば、下半身が深い雪に埋もれていた。
嫌な予感がした。
あたりを見回すと、瘦せ細った女の子が雪面に倒れていた。
「シェス!」
雪をかき分けて前に進む。初めての友達を死なせるわけにはいかない。
『いたぞ!』
男の濁声に身体が硬直した。
鞭を手にした奴隷商人が、恐ろしい形相で向かってくる。
ユイナは再び、逃げようとした。
ハッとして目を覚ます。夜の闇で部屋は真っ暗だ。
「夢、だよね」
あんな光景、現実であるはずがない。
安堵したものの、気持ちは晴れない。
「夢でも逃げた……」
シェスを助けるために奴隷商人に立ち向かうべきだった。それなのに勇気が出なかった。
それだけじゃない。ガモルド男爵とアリエッタに何も言わずにシルバート大陸を離れてしまった。育ててくれたのに裏切ってしまった。
ティニーにも可哀そうな事をした。いつも一緒に練習していたのに、何も説明できないまま別れてしまった。茶髪を馬鹿にされる彼女は、学校でひとりぼっちになっているかもしれない。
親友への罪悪感とともに、自分も同じだと思った。
「私も、ひとりぼっちだよ……」
牢獄のような舞姫学校ノノルに閉じ込められた。追い詰められて踊れなかったユイナに、ドルドラン校長は容赦なく掴みかかった。思い出すと今でも怖い。
「本当に賠償金を払えと言われたらどうしよう……」
お金なんてない。代わりに、カトレアや仲間に請求されるかもしれない。そんな事になったら合わせる顔がない。
「迷惑はかけられないよ……」
落ち込んでいる場合ではないとわかっている。
このまま何もしなければ、本当に賠償金を求められてしまう。
期限は近づいてくる。時間ばかりが過ぎていく。
「ダメ、このままではダメだよ。踊らないと」
起き上がり、備え付けの洗面所に向かい、水路から水を汲み上げ、顔を洗う。
涙の跡を落とすと、いくらか気持ちも落ち着いた。
「よし」
自分を奮い立たせるために声を出した。
寮の裏口から月夜に出た。近くの橋を渡って、踊れそうな広場に来る。
遅い時間帯もあって誰も出歩いていない。一人で踊るにはちょうどいい。
ユイナは両腕を広げ、踊りの構えをする。
「タン、タン、ターン」
伴奏を口ずさみ、それに合わせて踊ろうとした。
しかし、身体がついていかない。
「あれ……」
最近、寝込んでいたから踊りの感覚が鈍ったのだろうか。
もう一度構え直し、伴奏を口ずさんで踊ろうとする。
しかし、身体が動かない。まるで足が地面に縫い付けられたように剥がれない。
――やる気がないならやめるか!?
怒鳴り声を聞いた気がした。
辺りを見回すが、人影はない。校長を恐れるあまり、幻聴を聞いてしまったようだ。
気を取り直して踊ろうとするが、指先が小刻みに震えていた。
その震えを抑えようとした手も震えている。気付けば、肩も、ひざも、震えていた。
「どうして……震えが止まらない」
震えはいよいよ大きくなり、立っていられなくなって、その場にへたりこむ。
――お前にどれだけ金をかけたと思っている!
――その練習着も! 制服も! 学費も! 食費も! お前に払えるのか!
そんな未来は望んでいない。
どうにかしたいと思っている。
だから、地面に手を突いて立ち上がろうとする。
だけど、指先に力が入らない。
身体が、いや、心が拒絶していた。
ユイナはうつむいた。
「どうしてあんな男のために……」
心の叫びは、夜の闇に吸い込まれる。
「踊った先に何があるの?」
以前だったら、踊る事で元気になれた。でも今は違う。
ここで一生懸命踊っても、何かが変わるわけではない。私の気持ちがアレスに届くわけでもない。見て欲しい人に見てもらえない踊りなんて虚しいだけ。どうしてこんな時に踊っていられるというの!
「踊れないよ……。どうしてこんな気持ちで踊らないといけないの……」
悔しくて、寂しくて、嗚咽がもれた。
――まるで漂流者ですね。
――目印を見失い、真っ暗な海に漂う。
――自分の居場所も、向かう先もわからない。
本当にその通りだった。




