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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
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光の雨は、しとしとと20

 ***


 ノノルの港町を訪れたら突破口が見つかるのではと期待していた。だけど、港にアレスの船はなく、彼を追いかけようにも海に出る術がなかった。

 寮の自室に戻ってきたユイナは、ベッドで丸くなり、さめざめと泣いた。

 もう二度とアレスに会えないかもしれない。会えなければ本心を確かめようもない。謝りたい事、ありがとうと言いたい事、話したい事も山ほどあった。頭に浮かんでくるのは心残りばかりで悔やんでも悔やみきれない。


 夜になってもベッドで横になっていた。授業はさぼった。空腹になっても食事ですら億劫(おっくう)で取れなかった。心身ともに疲弊し、まぶたが重くなっていた。



 気付くと暗闇にいた。

 あたりを見回そうとするが、身体が闇に浮いたように地面の感覚がない。


「ここは? 何も見えない」


 焦っていると、遠くに銀色の狼がいた。長く美しい尾が揺れている。


「アレス!」


 呼びかけに彼が振り向き、視線が重なった。勇気を振り絞って問いかける。


「何がいけなかったのですか?」


 魔術を使ったから?

 戦闘で敵を殺せると言ったから?

 いや、ペントを助けるためだったとはいえ、魔術で敵を焼き殺した。


「だから嫌われたのですか? 私が悪い人だから」


 銀狼は背を向けて遠ざかっていく。


「アレス、待って」


 追いかけようとするが、沼に足を取られたように動けない。

 すると、赤茶けた顔に灰色の髭を生やした男性が通り過ぎた。その横にはメイドの姿もある。


「ガモルド様!? アリエッタ!?」


 養父とメイドは振り返りもせずに歩いていく。その後ろ姿を、茶髪の少女が追いかけていく。小柄で愛らしい走り方をする少女を見間違えるはずがない。


「ティニー!」


 親友は振り向かない。


「待ってよ」


 追いかけたいのに一歩が重い。

 気付けば、下半身が深い雪に埋もれていた。

 嫌な予感がした。

 あたりを見回すと、瘦せ細った女の子が雪面に倒れていた。


「シェス!」


 雪をかき分けて前に進む。初めての友達を死なせるわけにはいかない。


『いたぞ!』


 男の濁声に身体が硬直した。

 鞭を手にした奴隷商人が、恐ろしい形相で向かってくる。

 ユイナは再び、逃げようとした。




 ハッとして目を覚ます。夜の闇で部屋は真っ暗だ。


「夢、だよね」


 あんな光景、現実であるはずがない。

 安堵したものの、気持ちは晴れない。


「夢でも逃げた……」


 シェスを助けるために奴隷商人に立ち向かうべきだった。それなのに勇気が出なかった。

 それだけじゃない。ガモルド男爵とアリエッタに何も言わずにシルバート大陸を離れてしまった。育ててくれたのに裏切ってしまった。

 ティニーにも可哀そうな事をした。いつも一緒に練習していたのに、何も説明できないまま別れてしまった。茶髪を馬鹿にされる彼女は、学校でひとりぼっちになっているかもしれない。

 親友への罪悪感とともに、自分も同じだと思った。


「私も、ひとりぼっちだよ……」


 牢獄のような舞姫学校ノノルに閉じ込められた。追い詰められて踊れなかったユイナに、ドルドラン校長は容赦なく掴みかかった。思い出すと今でも怖い。


「本当に賠償金を払えと言われたらどうしよう……」


 お金なんてない。代わりに、カトレアや仲間に請求されるかもしれない。そんな事になったら合わせる顔がない。


「迷惑はかけられないよ……」


 落ち込んでいる場合ではないとわかっている。

 このまま何もしなければ、本当に賠償金を求められてしまう。

 期限は近づいてくる。時間ばかりが過ぎていく。


「ダメ、このままではダメだよ。踊らないと」


 起き上がり、備え付けの洗面所に向かい、水路から水を汲み上げ、顔を洗う。

 涙の跡を落とすと、いくらか気持ちも落ち着いた。


「よし」


 自分を奮い立たせるために声を出した。



 寮の裏口から月夜に出た。近くの橋を渡って、踊れそうな広場に来る。

 遅い時間帯もあって誰も出歩いていない。一人で踊るにはちょうどいい。

 ユイナは両腕を広げ、踊りの構えをする。


「タン、タン、ターン」


 伴奏を口ずさみ、それに合わせて踊ろうとした。

 しかし、身体がついていかない。


「あれ……」


 最近、寝込んでいたから踊りの感覚が鈍ったのだろうか。

 もう一度構え直し、伴奏を口ずさんで踊ろうとする。

 しかし、身体が動かない。まるで足が地面に縫い付けられたように剥がれない。


 ――やる気がないならやめるか!?


 怒鳴り声を聞いた気がした。

 辺りを見回すが、人影はない。校長を恐れるあまり、幻聴を聞いてしまったようだ。

 気を取り直して踊ろうとするが、指先が小刻みに震えていた。

 その震えを抑えようとした手も震えている。気付けば、肩も、ひざも、震えていた。


「どうして……震えが止まらない」


 震えはいよいよ大きくなり、立っていられなくなって、その場にへたりこむ。


 ――お前にどれだけ金をかけたと思っている!

 ――その練習着も! 制服も! 学費も! 食費も! お前に払えるのか!


 そんな未来は望んでいない。

 どうにかしたいと思っている。

 だから、地面に手を突いて立ち上がろうとする。

 だけど、指先に力が入らない。

 身体が、いや、心が拒絶していた。

 ユイナはうつむいた。


「どうしてあんな男のために……」


 心の叫びは、夜の闇に吸い込まれる。


「踊った先に何があるの?」


 以前だったら、踊る事で元気になれた。でも今は違う。

 ここで一生懸命踊っても、何かが変わるわけではない。私の気持ちがアレスに届くわけでもない。見て欲しい人に見てもらえない踊りなんて虚しいだけ。どうしてこんな時に踊っていられるというの!


「踊れないよ……。どうしてこんな気持ちで踊らないといけないの……」


 悔しくて、寂しくて、嗚咽がもれた。


 ――まるで漂流者ですね。

 ――目印を見失い、真っ暗な海に漂う。

 ――自分の居場所も、向かう先もわからない。


 本当にその通りだった。


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