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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
77/88

光の雨は、しとしとと12

 ***


「このようにしてロゼッタは舞姫となりました。余談ですが、彼女が舞姫となった神託の丘では、彼女の死後、降臨祭が行われるようになったそうです。そして、その伝統を継承して誕生したのがロートニア王国の舞踏大会なのです。由緒ある大会である事を覚えておいてください」


『ロゼッタ舞姫の死後、降臨祭が行われ、それがロートニア舞踏大会になった』


 ユイナは心に刻み、帳面にも書き残した。

 まだ舞姫学校『セフィル』に通っていた頃、神話なんて一つも信じていなかった。それどころか天女も魔神も作り物で、特に、王が世界を救った英雄の末裔だというのが嘘っぽかった。


 でも、今は違う。少なからず興味を持つようになっていた。それはアレスと出会い、それまでとは違う世界へ飛び出した事で見識が広がったからかもしれない。魔神が世界を滅ぼすために使っていた力が魔術だと教えてくれたのはザイだったか。そして、魔術の毒が大地を荒廃させ、シルバート大陸を海に沈めようとしていると知った。

 古の物語が自分を呑み込み始めた時、他人事ではいられなくなった。

 もちろん、神話には誇張もあり、ある事ない事も書かれているのだろう。だからすべてを信じるわけにはいかない。


「さて、話をロゼッタ舞姫に戻しましょう。ロゼッタは大天女の言葉で、救世主コーウォックに啓示を与えます。『気をつけなさい。近い将来、暗い海の底から魔神が現れ、この大地は災厄に見舞われるでしょう。人よ。団結しなさい』と」


 世界の危機が訪れる時、大天女は踊り子の体を借りて救世主のもとに現れる。

 カトレアが舞姫となり、アレスにシルバート大陸沈没の阻止を命じたように。

 しかし、魔神という共通の敵がいない今、人々が団結するのは難しい。

 魔術の使い過ぎで大陸が沈もうとしているなど誰が信じるだろうか。ましてや、絶大な力と地位を手にした魔術師がその力を捨てられるだろうか。国がその力を捨てられるだろうか。

 大陸が沈み始めるまで人々は気付けないのかもしれない。だけど、それでは遅いのだ。

 一部の強欲な人間によって、罪のない人々まで海に吞み込まれてしまう。


「そして、その時が来たのです。暗黒の海から現れた魔神は、長い両腕で街々を()ぎ払いました。その目は暗闇を見渡すように紅く光り――」


 ガタンッ!

 ユイナは思わず立ち上がっていた。


「目……?」

「ど、どうしたの?」


 教師は、ユイナの驚きを理解していないようだった。

 だが、理解できていないのはユイナも同じだ。


「魔神に“目”とはどういう事ですか。目はないと聞きました。その代わりに無数の体毛が細く伸びて、刃のようなその毛で近づく者を切り刻むのが――」

「何の話をしているのですか?」

「何って、魔神アボカリトスです」

「……魔神の名はベロントスでしょ」

「ベロントス……?」


 初めて耳にする魔神だ。教師は呆れる。


「紅い瞳でどんな暗闇を見通してしまうマガンの魔神です。まさか、知らないとは言いませんよね?」

「それは、その……マガン?」


 知らなかったとは言えなくて、どうにか誤魔化せないかと考えていたユイナだが、聞き覚えのある響きが舌に残り、眉をひそめた。


「マガンとはもしかして、《魔眼の海賊》の魔眼ですか?」

「ああ、街ではそのような噂があるようですね。魔眼の海賊が人攫いに来たとか。恐ろしいものを魔神になぞらえるのは品がありませんね」

「違います。あれは本物でした……」


 断言すると教室が静まり返った。(いぶか)し気な視線が刺さってくるのを感じた。


「……あ、いえ、なんでもありません」


 着席して黙り込んだ。

 魔眼の海賊と遭遇し、一戦交えたとは言えるはずもない。すでに黒髪の転校生として悪目立ちしている。これ以上疑いをかけられたくない。

 いや、それよりも、夜襲をかけてきた海賊の一人は紅い瞳をして、暗闇の中を苦もなく動いていた。それが魔神ベロントスの魔眼だとすると、どうして海賊がベロントスの力を使えるのだろうか。魔術と同じように特殊な訓練で会得できるものなのだろうか。だが、今まで出会ったどの魔術師も紅い目をしていなかった。シルバート大陸でも指折りの魔術師であるアレスでさえも魔眼を使えないはずだ。それなのに海賊が魔眼を使えるのが不思議でならなかった。


 《魔眼の海賊》は、どのようにして魔神の力を手に入れたのだろうか?

 暗闇に浮かぶ紅い双眸を見た恐怖は、今でもはっきりと覚えている。今まで怖い記憶から目を背けてきたが、もしかすると、そこに重要な手掛かりがあるのではないだろうか。


「続けますよ」


 教師の言葉で授業が再開される。

 だが、授業どころの心境ではなかった。

 ユイナはただ一人、あの夜の記憶と向き合うことにした。



 海賊に襲われたのは、星空に雲がかかり、周囲の輪郭を見失うほど真っ暗になった時だった。暗闇に紛れて無数の矢が降ってきて、甲板にいた船員の多くが負傷した。反撃のために敵地の岩山に切り込んだ銀狼も、敵の連携攻撃の前に傷ついて戻ってきた。そこに追い打ちをかけてきたのが魔眼の海賊だった。

 黒い仮面で顔を隠していた……そう、顔が隠れていてわからなかった。いや、仮面をしていなくても顔の判別ができたかどうか。手探りをしなければ歩けないような、それほどの暗闇にも関わらず、岩場から船へと乗り移ってきた。そして、魔眼の紅い目を閉じて闇に溶け込むと、物陰を利用して近づいてきたのだろう、雲間から射しこんだ星明りに何かがきらめいたと思った時には振り上げられた白刃が眼前に迫っていた。銀狼が助けに来てくれなければ斬られていたかもしれない。その時の恐怖もあってか、暗闇に浮かび上がる紅の双眸の不気味さが今でも忘れられない。

 心に刻み込まれた恐怖。

 あれは、人の気配ではなかった。人知を超えた存在。まるで魔神のような……いや、魔神のはずがない。魔神は神話の時代に滅ぼされたはずだ。それに、男の声で人の言葉をしゃべっていた。ユイナを見て女だと認識した瞬間、攻撃の手が一瞬止まったように見えた。

 魔眼の海賊には心がある。少なくとも、破壊と殺戮(さつりく)を繰り返した魔神とは違うような気がした。


 だとしたらあの魔眼は……?

 人とは思えない気配は……?


 一つの可能性にぶち当たり、息をのむ。


 まさか、魔神骨……。

 魔眼と呼ばれる力が魔神の一部を体内に取り込むことで得た力だとしたら……。


 シルバート王国では魔神骨を兵器にしようとしているという。そして、魔神の残骸を消滅させようと動いているのがアレスだ。だとしたら、アレスがノノルに滞在を決めたのは、単純に人助けをするためではなく、魔神の遺物を消すためなのではないか。そう考えればこの地に長く滞在しているのもうなずける。

 ぼんやりとしていた違和感がくっきりとした確信に変わった。

 アレスはすでに戦っているんだ。私が知らなかっただけで、世界では魔神の体の一部が今も生きていて、この世界に破滅をもたらそうとしているのだ。


 カラーンラーン、カラーンラーン。

 休み時間を知らせる鐘の音が響いた。


「あら、中途半端なところで終わってしまったわね」


 まるで授業を中断させられたせいだと言わんばかりの顔だが、知った事ではない。

 それよりも魔神ベロントスや魔眼について詳しく調べる必要がある。たしか、教員棟に図書室があったはずだ。場所は……探していれば見つかるだろう。

 教師への挨拶が終わると、教科書を胸に抱いて、急ぎ足で教室を出た。教師よりも先に廊下に出る素早さだった。廊下をすいすいと進み、一つ目の角を曲がったところで三人の少女と出くわした。それがカノン、シノン、セノンの三姉妹だったので緊張する。以前、強引に校長室へと連れていかれた時から苦手意識があった。


「ユイナ、ちょうど会いに行こうとしていたところなの」


 カノンが話しかけてきて、両脇にいたシノンとセノンの二人が進路をふさぐようにそれとなく広がった。狙われているような気がするのは気のせいだろうか。


「一緒に紅茶でも飲みながらお話しましょう」


 カノンが優しく微笑んでくる。ますます嫌な予感がするのは自分がひねくれているのだろうか。


「すみません。これから図書室へ行くので失礼します」

「何か読みたいものでもあるの?」

「そうですね。調べ物をしたくて」

「何を調べるの? 私達が教えてあげられるかもしれないわ」

「いいえ、そこまでしていただかなくても大丈夫です」

「つれないじゃない。それとも、避けられているのかしら?」


 笑顔で問いかけられると、はい、そうです、と肯定できるわけもなく、「そういうわけでは……」と言葉をにごしてしまう。


「それなら聞いても大丈夫よね」


 しまった。当然のように付け込まれた。

 だが、ここで断っても話がややこしくなる。それに、三姉妹が知っているのなら教えてもらう方が早いのも確かだ。

 ユイナは渋い顔にならないように気を付けながら答える。


「魔神について調べようと思います」

「魔神?」


 あまりにも予想外だったのか唖然とした顔で見詰め返された。


「そんなものを調べてどうするの?」

「……ただ興味があるだけです」

「興味、ね」


 向けられた視線が疑っているような気がした。素直に答えるべきではなかっただろうか。だが、嘘をついたところですぐにバレると思った。嘘が苦手という自覚はある。どうしても顔に出てしまうのだ。下手に嘘をついてもますます追い込まれるだけだろう。


「だけど困ったわ。私、魔神については一般常識くらいしか知らないのよ。セノンは詳しい?」


 本を手にした三女が首を横に振る。カノンがシノンにも目を向けるが、同様に首を振られる。


「それじゃあ一緒に調べましょう」

「え?」

「一人で調べるよりも四人の方が早いでしょう」

「そ、そうですね」


 確かにそうかもしれない。


「それで、魔神のどんなことを知りたいのかしら?」

「魔眼について。それと、かつての英雄が、どのように魔神を倒したのか知りたいです」

「試験に出てくる内容、というわけではないわね。まぁいいわ。行きましょ」


 三姉妹は踵を返し、教員棟へと続く廊下を歩き出す。ユイナはそれに従った。


「学校での生活は慣れたかしら?」


 ユイナの緊張に気付いているのか、なごますように話しかけてくる。


「ええ、まあ」

「前の学校とは勝手が違うところもあるのかしら?」

「そうですね」

「前はどこの舞姫学校にいたの?」

「北にある『エデル』という学校です」


 用意していた嘘を返す。何回も練習していたので自然に言えたような気がする。


「名門ね。ロートニア最古の舞姫学校でしょ? 舞踏大会での優勝回数も一番多いそうね」

「そ、そうです。ですが、学校の事はあまり詳しくありません。家庭で教育を受けてきましたので」

「複雑な事情、だったかしら」

「はい」


 ロートニアの舞姫学校についてほとんど知らないので突っ込まれたくない。

 話題が続かないように願っていると、四人は校舎から渡り廊下へと出てきた。廊下の向こうにある教員棟へと目を向けると、サマンサ教頭が歩いてくるのが見えた。この舞姫学校で唯一の味方ともいえる彼女の登場でホッとしていたのも(つか)の間、その後ろから現れた若い男にハッとする。端正な顔立ちで青い髪を散らし、教頭の後ろにいても頭一つ出ている高身長。

 ユイナは三姉妹の後ろに隠れるように身をひそめた。

 知らない青年だ。そして、舞姫学校になぜ男がいるのか。混乱してしまう。

 青年は三姉妹に気付いて近づいてきた。


「やぁ、ノンノン姉妹じゃないか」


 三姉妹と面識でもあるのか親しげに話しかけている。


「その呼び方は辞めていただけますか? イズカルテ先輩の婚約者さん」

「ひどいなぁ。そろそろ名前で呼んでおくれよ。ギーシュとね」

「士官学校の首席様が女の花園まで何しに来たのですか?」

「あくまでも名を呼んでくれないんだね。愛想は良くしたほうがいいよ。君達も結婚できる年齢になったのだからね」

「舞姫学校に何をしにきたのか聞いているのですが?」


 いつも冷静なカノンの口調に棘がある。ギーシュは首をすくめて見せた。


「ちょっと甘い蜜を吸いに来ただけさ」

「他の女に手を出したら先輩に刺されますよ」

「おお、怖い」


 本気で怖いと思っていないのか白い歯を見せて笑っている。


「踊りの方はどうだい? 今年から大会に参加だったね」

「心配されなくとも順調ですよ」

「それは良い事だ。楽しみにしているよ」

「ありがとうございます」


 社交辞令のような一礼をするカノン。


「ところで、君たちが誰かと一緒にいるなんて珍しいじゃないか。彼女を紹介してくれないか?」


 三姉妹の後ろで気配を消してやり過ごすつもりだったが、無理だったようだ。


「彼女はユイナです。先日転校してきたばかりで慣れていないのであまり怖がらせないでください」


 ギーシュは笑った。


「別に怖がらせるつもりはないよ。転校生? 珍しい髪色しているね」


 青年の手がユイナの黒髪に触れようとしている。


「っ!」


 あまりに自然だったので間合いに踏み込まれるまで油断していた。

 弾かれた様にユイナは跳び退(すさ)り、十分な距離を取った。

 胸が早鐘を打ち、追手と遭遇したかのように身構える。

 危険人物と認識した相手は、自身の手を驚いたように見つめていたが、顔を上げて笑いかける。


「身軽だね。私が触れたくて触れられなかった女性は君が初めてだよ」


 要らぬ興味を持たれたようで背筋がぞわりと粟立つ。


「もしかして、君が噂の補欠かい?」

「?」


 問いかけの意味が分からずに眉をひそめる。


「噂の補欠とは何ですか?」


 シノンが食いつくように聞いた。


「知らないのかい? 舞踏大会の出場者名簿で、補欠枠が無記名になっていて後日発表されるって話。独り演舞を誰にするか決まっていないというならまだしも、補欠が決まっていないのは前代未聞だと笑い話にされているよ」


 詳しい経緯はわからないが、ドルドラン校長がユイナを舞踏大会に出場させるために裏工作をしていたに違いない。


「その話はいいでしょう。当日になればわかることですから」


 サマンサ教頭が間に入ってくる。


「それより行きましょう。イズカルテが待っているかもしれないわ。それに、こんなところを見られるのはよくないわ。あの()が嫉妬深いのは知っているでしょ」

「わかっていますよ。――それじゃ、また。再会をたのしみにしているよ」


 こちらに向かってウインクするギーシュに、サマンサ教頭は頭痛でもあるのか顔をしかめた。


「教頭先生」


 歩き出そうとする教頭をカノンが呼び止めた。


「何かしら?」

「私達はこれから調べ物をするので放課後の合同練習には参加できないかもしれません」

「そうなの?」


 驚いたようだったが、三姉妹とユイナを見比べ、納得したようにうなずく。


「わかったわ。他の皆に伝えておきましょう」


 そう言って校舎へと歩き出す。


「私達も行きましょう」


 二人に背を向けて歩き出した時だった。


『きゃー!』と黄色い声があがった。


 何事かと振り返ると、少女二人がギーシュに駆け寄っている。


『どうしてここにいるのですか?』

『君達に会いに来たんだよ』


 笑顔をふりまくギーシュに再び『きゃぁー!』と歓声が上がる。


「あれはもうじき刺されるね」


 シノンが預言者のように断言し、その横で「最低」とセノンが吐き捨てる。


「でも、彼の本当の目的は何かしら」

「本当の目的って、女に会いに来る以外に? もしかして、アイツが言っていた補欠枠の事?」


 シノンの問いに、カノンはうなずく。


「おそらく、夜に隠れて踊っていた少女のために無記名にされていたのでしょう」

「でも、夜の踊り子は現れなかった。代わりにユイナが参加することになったけどね」

「もしかして、ユイナが夜の踊り子という事はないわよね?」


 その言葉にぎくりとする。目を合わせられない。だが、シノンが首を振る。


「それはおかしいよ。夜の踊り子が現れたのは、ユイナが転校してくる前の事だよ? 時系列が合わないじゃん」

「そうなのよね……」


 カノンの視線を感じたので、素知らぬ顔で首をかしげてみせる。


「何があったのかは知らないけれど、校長が貴女に固執しているのは確かよ」

「そ、そうでしょうか?」

「転入してきて早々に舞踏大会のメンバーにしたのよ? 特別に思っていなければしないでしょ」

「…………」

「あの校長がここまで入れ込むのは、貴女に才能を見出したからだと思うわ。だから私達も気になっているの。貴女がどのような踊りをするのか。合同練習には参加しないのかしら?」

「今は、まだ……」


 知らない人に交じってするのは緊張するし、ヘレンという女性からも恨まれていて顔を合わせるのも気が重い。


「心配だわ。舞踏大会まであと一か月よ? 集団演舞を一度も合わせずに本番で揃えられるかしら。誰がどこに立ち、どう動くか、まだ何も知らないでしょ?」

「…………」


 確かに彼女の言う通りだった。大会に参加するなら知らなければ何もできない。そもそも、ロートニア舞踏大会でどんな演舞をするのかも聞かされていない。集団演舞という事は、複数人が息を合わせて舞うのだろう。


「それとも、校長は貴女に独り演舞だけさせるつもりなのかしら」

「ひとり演舞?」

「文字通り一人でする演舞よ」


 なるほど。それなら誰とも合わせる必要がないので問題ない。


「各学校の第一位が任される演舞で、言わば花形ね」


 なるほど。それは問題がありそうだ。一位を押し退けて独り演舞をするとなったら不満が出るに決まっている。


「校長が何を考えているのか私にはわかりません。大会出場も勝手に決められていたぐらいですから」

「わかるわけないでしょ。あの校長が考えている事は誰にもわからないわ」


 歯に(きぬ)着せぬ物言いにユイナは驚いた。そして、気持ちを同じくする人がいるのだと思うとうれしくなった。


「わからない事を考えても答えなんて出ないわね。それより、合同練習に参加できないなら私達と練習しない? 知らない先輩達に囲まれて練習するより、同学年の私達と練習したほうが気持ちも楽でしょ」

「……そうですね。一緒に練習したいです。お願いできますか?」

「もちろん」


 カノンが笑顔でうなずき、シノンもセノンもうなずいた。


「しゃべっていたら着いたわね」


 顔を上げると図書室の看板があった。

 扉を開けて部屋へと入ったユイナは目を丸くした。


「すごい……」


 広々とした図書室には、背の高い本棚が軍隊のごとく並んでいた。どの本棚にもびっしりと本が埋まっていてむせ返るような本のにおいがした。ユイナの母校である舞姫学校セフィルにはこれほどの蔵書はなかった。それだけロートニア王国が平和で豊かなのだろう。


「神話関連の本はこっちです」


 勝手知ったセノンが案内してくれた。今も分厚い本を大事そうに抱えているところを見ると、本が好きなようだ。その彼女に連れられて奥へと進んだ。


「魔神の本はこのあたりですね。あまり数はないかもしれませんが」


 と、言っても本棚の一列はあった。それぞれ持てるだけの本を抱えてテーブルまで運び、手分けして調べていった。おかげで夕方になる頃には魔神についていくつか分かった事があった。


 魔神ベロントスは夜の海から現れたようだ。山のように高い巨人で、紅い瞳はどんな暗闇も見渡す力があり、長い手足は家々を薙ぎ払い、踏みつぶしていった。そして、日の出前には海の底へと消えていった事から太陽の光を嫌っていたのではないかとされている。

 魔神ベロントスの倒し方については諸説あるようで、山へとおびき寄せて崩れやすい斜面で転ばせ、山に突き立てた無数の刃で攻撃したのが有力だった。その戦いで深手を負わせたが、海へと逃げられ、そのまま出てこなくなった事から、海の底で死んだとされている。

 貴重な情報だった。それらを見つけてくれた三姉妹には感謝しかなかった。一人で探していたら一週間はかかっていたかもしれない。


 すっかり日が暮れ、三姉妹と別れたユイナは、夜が深くなるのを待った。

 今夜はペントが壁の外までやってくる日だった。一緒にザイも来るはず。彼に魔神ベロントスの事を話し、アレスに伝えてもらうのだ。少しでも、戦うアレスの役に立ちたかった。

 自室で時が過ぎるのを待ったユイナは、ランタンを手に部屋を出た。

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