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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
74/88

光の雨は、しとしとと9

 

 眠れないと思っていたが、まぶたに光を感じてヘレンは目を覚ました。カーテンの隙間から抜けてきた朝陽が枕元にまで伸びてきている。光を避けるように体を丸める。起きなければいけない時間だが、寝不足のせいで頭の奥がずきずきと痛んだ。寝覚めは最悪だ。


 ふと、気付いた。向かい側のベッドに誰もいない。ハッとして体を起こすと、すでにシーマは起きており、汲み上げた水で顔を洗っていた。ミグの姿が見当たらない。


「ミグは……?」


 タオルで顔を拭っていたシーマに問いかける。


「先に、食堂へ向かいました。しばらく一人になりたいそうです」


 タオルを干しながらの淡々とした口調に唖然としてしまう。


「ど、どうして……?」

「立ち止まって考えたいのだと思います。そういう時間も必要ではないでしょうか」


 ヘレンは首を振る。


「どうしてそんなに冷静でいられるの? ミグが私達と食事をしないなんて今までなかったじゃない……」


 選択科目で別々に行動する時はあっても、食事だけはいつも一緒だったのに……。

 それほど友達を傷つけてしまったのかと気が気でなかった。



 ***



 ザイが土手を上がって行くと、アレスが待っていた。引き締まった体躯に、女が(うらや)むような銀髪を風に流している。精悍な顔は穏やかにしているが、死線をくぐり抜けてきた猛者に油断はない。たとえ物陰から暗殺者が襲ってきても返り討ちにしてしまうだろう。

 その腕にべたべたとくっつくメリル王女に眉をしかめる。


 ――こういう男に女は惚れるもんなのかね。


 昨夜のユイナも、アレスと話をしたいと(かたく)なだった。

 他人が女に持てると妬けてくるのはなぜだろうか。

 いや、女と言っても少女だ。いや、童女だな。まだまだ子供だ。

 決して負け惜しみではなく事実を述べてみたものの、五年後はどうなっているか分からない。想像してみると無性に腹が立ってきた。メリル王女もユイナも性格に一癖あるが美人の素質がある。それに、他にもアレスを前にするとそわそわする少女には心当たりがある。メリル王女が怖くて言えないだけだ。


 ――俺はいつも『女の敵』だとか言われているのに不公平じゃないか?


 そんな事に悶々としていると、アレスが王女に何事かをささやいた。王女は不服そうな顔になってアレスから離れると、土手を下りてきた。にらむような眼を向けてくるので何事かと身構えていると、そのまま横を通り過ぎて宿へと向かっていく。

 どうやら席を外すように言われて怒ったらしい。

 これだから王女様は……。

 やれやれという気持ちで土手を登りきると、ついて来いと言わんばかりにアレスが歩き始めるので横に並んだ。


「なんだよ、こんな所に呼び出して。宿で話せばいいだろ。それとも内密な話か?」

「明日には出港する」

「は? 急な話だな。船の修理はしばらくかかるんじゃなかったのかよ」

「それが終わったらしい」

「大丈夫かそれ? 船底に穴が空いていたりしないよな?」


 冗談めかして言うと真面目な視線が返ってくる。


「重要な箇所はシュガースが目を光らせていたから問題ないだろう。今は最終確認をしてもらっているところだ」

「……ってことは、それが問題なければ救世の旅も再開というわけだ」

「ああ」

「そうか……」


 まいったな。

 アレスに話を通すって、ユイナと約束したばかりだぞ。

 どうやって二人を会わせてやればいいんだ?

 しかも明日には出るなら今日しかないぞ……。


「もう少しゆっくりして行ったらどうだ?」


 とりあえず猶予を稼ぐことにした。しかし、当然と言えば当然だが首を振られた。


「十分に休息はした。むしろ遅いくらいだ。こうしている間にも世界の危機は進行している」


 のんびりしたいが、そうも言っていられないのは事実だ。


「魔術に頼った世界になっているからな。それが世界を滅ぼそうとした魔神の力だと知らずに」

「ああ」

「理解者が増えれば俺達の戦いも楽になるのに、利権がからむと人間は愚かになるからな」

「シルバートで動きがあった」

「んん?」


 会話の流れをぶった切る言葉に戸惑ったが、シルバートでの動きを知っている事が気になった。


「本当か? ノノルの街にはデルボの爆発事件ですら入ってきていないんだぞ」


 衰退した貿易港には交易品だけでなく情報も集まらなくなる。もとからつながりの薄いシルバート大陸の情報など入ってくるはずもない。

 アレスは土手の途中で立ち止まり、周囲に誰もいないのをさりげなく確認した。


「シルバート大陸に飛ばしていたメリル王女の鳥が一羽だけ戻ってきた」


 小高い土手から見渡せる大海原へと視線を向け、きらめく朝陽に目を細める。シルバート大陸は遠過ぎて影も形も見えない。


「すげぇな。片道でも船で半月はかかる距離だぞ。王女の魔獣……いや、この場合は魔鳥と呼ぶべきか。そんな遠くまで飛ばせて情報を持って帰れるなら、偵察部隊なんて要らないな」

「それほど容易な話ではない。百羽以上飛ばして、ようやく一羽が帰ってきたんだ。それに、帰ってきた鳥の記憶を断片的に読み取れるのはメリル王女だけだ。その景色を王女の言葉や絵で表現するしかないから、確実に伝わるわけでもない。思い込みで誤った判断をするかもしれないから過信は禁物だ。そもそも、空からの景色が大半で視覚だけの情報しかない。建物への侵入や情報の盗み出しといった高度な任務は不可能な上に、飛び立った場所に戻ってくる性質のせいで情報を受け取るためにはメリル王女がその場に行かなければいけない。偵察として多用するのは危険過ぎる。なにより、王女への負担が尋常ではない。鳥の記憶を引き出すのに時間がかかって昨日も一日寝込んでいたぐらいだ」


 気遣っているのか沈痛な面持ちだ。

 王女の目つきが今朝は一段と悪く感じたのは、体調不良だったからだと思っておこう。


「便利な能力だと思ったが、色々と制約もあるのか……。なかなか思い通りにはいかないものだな」

「王女の力はまだ分からない事が多い。そういう意味でも多用は控えたい」

「まぁな。魔口から生物を呼び出せるのは異常だ。そう言えば、テンマも王女様に呼び出されたんだったか……今ではすっかり一員になっちまったなぁ」


 考えれば考えるほど魔術には謎が多い。


「それはそうと、手に入れた情報を俺にも伝えに来たんだろ。オルモーラで怪しい動きでもあったか?」

「いや、オルモーラではない」

「は? オルモーラに魔鳥を飛ばすとか言っていたよな?」

「おおよその方角でしか命令できないから仕方がない。だが、おかげでシラ=エン王国からの貿易商を見つけた。積み荷はおそらく、食料だ」


 アレスの目つきが鋭くなるので困惑した。


「意味がわからない。他国から食料を買うのは今の時代よくあることだろ。それどころかシルバート王国はいつも食料不足じゃないか。毎年、他国から補填しているだろ」

「だが、シラ=エンから食料を買い付けるのは今年ではなかったはずだ。さらに言うと、シルバートでは天女の泉を利用した麦栽培が進められていて、他国の食料に頼らなくてもよくなると聞いた覚えがある」

「へー、そうだったのか。知らなかったな」

「国家機密だからな。ユイナの父親が進めている」


 思わず目を見張った。


「マジか。ユイナ、そんなところのお嬢さんだったのか。なんで今まで教えてくれなかったんだよ」

「聞かれなかったからだ」

「はいはいそうでした。お前はそういう男だよ。肝心な事を言わなかったと思えば唐突にぶちこんでくるんだ。まぁ、それはいい。ユイナの親父が進めている栽培がうまくいっているのなら食料を買い付けなくてもいいじゃないか。それとも、うまくいっていないのか?」

「それについてはわからない……。だが、麦が食べられるようになるまで時間がかかる。早急に工面する必要がでてきたのだと思う」

「早急にって自然災害でもあったのか? いや、大陸が沈み始めた……?」

「そういう理由ではないはずだ」


 それなら何が理由で、と言おうとして一つの可能性に気付いた。

 国が自然災害以外で食料を集めると言えば決まっている。


「まさか、兵糧か」


 アレスに目を向けると、目でうなずき返してくる。


「おそらく、戦をするつもりだ」

「待て待て、馬鹿げてる。ただでさえ魔力の毒で弱っている大陸に、さらに負担をかけてどうする。シルバートの王様は魔術のせいで大陸が沈もうとしている事を知っているんだよな?」

「そうだ」

「だったらどうして。今の王は賢いんじゃなかったのかよ。これじゃあ前の王と同じだ。魔術で大陸が沈んだら全員死ぬぞ」

「陛下は優しく聡明な方だ。だからこそ、他国への侵略を考えているのかもしれない。そのための兵糧だ。陛下は、シルバートの民を大陸沈没から救おうとしているのだと思う」

「おいおい、とんでもない話を言い出したな。シルバートの民が何人いると思っているんだ。シルバートの国軍と王軍合わせて十万の兵士がいるって話だから、民はその何倍にもなるはずだ。何十万という人間を移住させるって事だぜ。そもそも、侵略するにしたってどこに仕掛ける? 何十万人が住める場所はすでにどこかの国が支配している。

 南の海は小さな島ばかりで何十万人の生活は無理だ。それに、その先には魔術強国のソイルバインもある。南は無理だ。

 東のシラ=エン、西のネフェタリカは同じ大陸だから攻めても意味がない。

 あとは近くで言うなら北のパッフェル大陸だが、大陸の南半分はウィンスターだ。軍艦を出して海岸に近づいてみろ。不可侵条約で三国の連合軍に挟み撃ちにされるぞ。だからと言って大陸の北半分も簡単じゃない。穀物の育ちが悪い寒冷地で、蛮族が支配している。そして、このヴィヴィドニア大陸までは遠過ぎる上に不可侵条約からオルモーラの海に軍艦を出せない。何十万人が移住できる場所なんてないんだよ」

「確かに無謀だ。だが、ラインが危険を冒してまで魔神骨を蘇らせたのは、その無謀を実現するためだと思わないか? そして、ウィンスターと手を組んだように見えたのも、ウィンスターを油断させるためだとしたら……」

「それじゃあ何か。シルバートの標的はウィンスターだと言いたいのか。だが、三国連合軍と戦えるだけの戦力が今のシルバートにはないだろ。前の戦争で狂王の側についていた実力者は処刑されて戦力も半減してんだぞ」

「ザイの言うとおりだ。だが、ラインには戦力差を打開する策があるはずだ。昔から二重三重と策を立てるのが得意だった。魔神骨もその一つだと考えられる」


 ザイは空を仰いだ。考えがまとまらない。

 穏やかに暮らしていればシルバート大陸は半永久的に沈まないかもしれない。だが、魔術を使わない日々が訪れるのだろうか。一度手に入れてしまった力を、人は手放すことができるのだろうか。そもそも、多種多様な人がいる世界で平穏などあり得るのだろうか。衝突はどこかで起きている。その衝突が大きなものになれば争いになる。その争いには魔術が使用されない保証はどこにもない。誰も保証できない。

 何かが劇的に変わらなければシルバート大陸は破滅の道から逃れられないのだ。


「ラインハルトがどれだけの策士か知らないが、ウィンスターにも冷血王と呼ばれる策士がいるだろ。最強の海軍と金に物を言わせて武器を買い集めているともっぱらの噂だ。さらにシラ=エンとネフェタリカの魔術師も粒ぞろいだ。うまくいくとは思えないぜ」

「わかっている。それで膠着状態になり、停戦に持ち込めればいいが……」

「国同士の争いだろ。介入できるか?」

「今は無理だ。あまりにも情報と戦力が少なすぎる。この状況で飛び込むわけにはいかない。皆を危険にさらすことになる」

「そうだな。俺もそう思う」

「だから、今は目の前の敵に専念する」

「魔眼の海賊か」

「そうだ。本当に海賊だとしたら、わざわざ陸に上がって子供達をさらっているのも気になる」

「海賊も不景気なんだろうよ。――悪かった。まじで殺気を放つの辞めてくれないか」


 アレスは土手から振り返り、遠くに見える宿場町へと視線を向けた。宿では朝食を終えたらしい子供達が外に出てきていた。


「明日、テンマと一緒にノノルに残ってほしい」

「それはいいが、大丈夫か? ただでさえ戦力が少ないのに」

「暗闇でなければあまり脅威ではない。それより、ノノルの方が心配だ。シルバートとウィンスターの討伐部隊が俺達を探しているかもしれない」

「根拠でもあるのか?」

「いや、根拠はない。だが、ラインからすれば俺達は邪魔な存在だ。メリル王女でさえも手にかけようとした。考えたくはないが、追っ手を放っているかもしれない」

「あり得る話だな。だとしたら、この場に留まるのは危険かもしれないか」


 アレスがうなずく。


「だからザイに頼みがある」

「なんだよ」

「ユイナが舞姫学校から戻ってきたら彼女も連れて避難してほしい。――これを渡しておく」


 言って四つ折りにした紙を渡してくる。


「避難の候補地と、俺達との連絡手段を書いてある」

「この場所を離れるのか……。気軽に移民を受け入れてくれる所は少ないぞ」

「そのあたりの交渉はヴィヴィドニア大陸出身のザイにお願いしたい」

「なるほど。面倒だな」


 受け取った紙を広げ、候補地に目を通す。王都を始めとして大きな町がいくつか挙げられていた。どの場所も人口が多く、出入りも多いことから、ザイ達が紛れるには好都合だ。しかし、どこへ行ってもシルバート出身者特有の灰色髪は目立ちそうだ。どこかで髪を染める必要があるかもしれなかった。


 ――カトレアの白銀の髪だけは染めずに済む方法はないものか。


 ザイが紙をたたんでポケットにしまっていると、アレスが頭を下げた。


「妹と子供達を頼む」

「言われなくてもカトレアは俺が守る」

「子供達もだ」

「だったら俺の指示を聞くように(しつけ)てくれ」

「諦めろ」

「即答かよ。ってか、『諦めろ』ってなんだよ。まぁいい。カトレアに頼めばうまくまとめてくれるはずだ。それより、アレスは魔眼の海賊をどうにかしたらノノルに戻ってくるのか?」

「それはまだ分からない」

「だったらユイナと話をしてやれよ」


 アレスの瞳がこちらをまっすぐ見た。


「どうして?」

「ユイナ、辛そうだったぞ。あれは学校で何かあったな。貴族令嬢とうまくいっていないのかもしれない」


 眉をひそめたアレスが顔をそむける。


「俺にはどうすることもできない。そもそも舞姫学校にいる彼女に会えない」

「会えないことはないだろ」


 ザイは土手の先、港町から外れた舞姫学校『ノノル』に目を向けた。高い壁に囲まれた学校は、それと知らなければ監獄と間違えられてもおかしくないような威圧感がある。


「お前ならあの壁を跳び越えるぐらい造作(ぞうさ)ないはずだ」

「超人的な事をすれば大騒ぎになる。ここで暮らすカトレア達のためにも目立ちたくない事は前にも言ったはずだ」

「冗談だよ。真に受けるなって。それくらいの事はしてやれるだろって言いたかったんだ」

「彼女を特別扱いするわけにはいかない」

「別に壁を越えなくてもいいんだぜ。門番にユイナの保護者だと言って頼み込めば会えると思うぞ」

「いや、駄目だ」


 振り返ったアレスがきっぱりと首を振る。


「俺とのつながりを極力見せたくない。彼女が親元に帰るのに支障がでてはいけない」

「もう手遅れじゃないか? あのラインハルトに向かって啖呵を切ったんだぞ。お前に付いて行くってな。その時点ですでに支障があると思うけどな」

「駄目だ。絶対に」


 アレスはそう言い、舞姫学校から目を背けるように土手を下りていく。

 ザイはため息をついた。だが、一言だけ言っておきたい事があった。


「特別扱いをしないくせにユイナを気にかけて見えるのは、俺がひねくれているからか?」


 だから、遠ざかる背中が一瞬だけ反応したように見えるのは、俺がひねくれているからだろう。


こんにちは。鳴砂です。

更新するのに時間がかかってしまいました。


実は私、結婚しました。

本気で婚活を初めて1年半。苦難の連続でした。

何人もの女性と真剣にお付き合いして、楽しくおしゃべりもできてドライブデートなどもして三か月までは付き合えるのですが、手をつなぐ勇気が出せないほど奥手な性格のためか、いつも最後は『良い人』止まりで終わっていました。

本気だったから、何度も泣きました。

それに、好きだという素直な気持ちを伝えても、なぜかねじ曲がって受け止められることも多く、世界中の恋人たちはどうやって両想いになっているのだろうと本気で悩みました。

それが分からない俺は一生結婚できないんじゃないか、と……。


ところが、です。

妻に初めて会った時は会話が止まりませんでした。3時間ノンストップです。

デートをしても、お互いがもっと長い時間を一緒に過ごしたいと思っているのが伝わってきて、昼に会って終電近くまで一緒でした。水族館デートだけで6時間も楽しめてしまうと聞けば、仲の良さが伝わりますでしょうか。

ダイヤ選び、プロポーズ、結婚指輪選び、両親へのあいさつ、顔合わせ、結婚式場探し……どれもが楽しいイベントで、いつも手をつないでいます。


婚活で何度もくじけそうになりましたけど、妻に会えて、そして俺を選んでくれて感謝しています。

あと、妻には「小説は続けるから」と言ってOKもらってます。

なので、今後とも読者の皆様とお付き合いできればと思っています。

それでは、また。

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