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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
73/88

光の雨は、しとしとと8

 

 ランタンを手に、ユイナは自室から廊下へと出た。

 昼間はステンドグラスの鮮やかな光に照らされる廊下も、今は灯りがなければ歩けないほど暗い。とはいえ、まったくの暗闇ではない。まだ生徒達も寝静まるには早いとみえて、等間隔に並ぶドア下の隙間からほのかな灯りがもれており、そのうちの一つから少女達の笑い声も聞こえた。家族と離れ離れで生活する令嬢達は、級友との生活を楽しんでいる。

 楽しげな声を耳にすると、落ち込む自分の心境との違いに、疎外感が強くなる。


 ――私の居場所はここではない。舞姫学校『ノノル』に来たのは間違いだ。


 何度も心の中で叫んでいる。その気持ちを友達に打ち明けたら助けてもらえるのではないかと思った時もある。しかし、コルフェ達は貴族令嬢や舞姫学校にあこがれを抱いている。それだけのものが、舞姫学校『ノノル』にはあふれている。美しい建物や手入れされた花壇から始まり、泉水で栽培された野菜で作る食事も、贅沢にお湯を使ったお風呂も、そして、平民とは違う貴族の日常も、すべては平民では味わえない世界だ。そこに入学したユイナに向けられる憧憬(しょうけい)の眼差しを前にすると、助けを求められる訳がなかった。


 宿舎から外に出て、用水路の沿道を歩いていく。

 夜空に雲がかかっているのか星は一つも見えず、足元の闇が一層深くなっている。ランタンの灯りで道を照らしていないと、水音に引き寄せられて用水路に落ちてしまいそうだ。

 中央大通りに出るとそのまま横断し、食堂と用水路に挟まれた小道へと入っていく。目指すのは水が流れてくる方向。用水路と学校の外壁が交差する場所だ。


 小道をしばらく行くと、前方に巨大な壁が立ちはだかった。空に向かって(そび)え立つ外塀は、いつ見ても心を挫くほど威圧感がある。


 ランタンを足元に置き、冷たい壁肌に手をついて身をかがめ、用水路の先へと目を向けた。

 そこは、天女の泉から流れてきた水を引き入れるために壁が半円状にくりぬかれており、学校の外側を見ることができた。しかし、くり抜かれた場所には、侵入防止の鉄格子がこれでもかと並んでおり、しかも、その太さが尋常ではなかった。ユイナの腕よりも太い事は、最初に発見した時に確かめている。それでも、時間とともにゆるくなっている箇所はないかと、身を乗り出して鉄格子をつかんでみるがびくともしない。


 ――外の世界が見えているのに出られないなんて……。


 鉄格子を握りしめる。


「んー……」


 ままならない現実に唸っていると、


「ユイ姉さん?」


 鉄格子の向こう側から顔をのぞかせてきた男の子にビクリとした。


「ペント、来ていたんだね」

「うん。さっき着いたところ。――何をしているの?」

「うーん……頑丈な鉄格子だなと思って……」

「そうだね。危険人物が侵入しないように頑丈にしているんだと思う」


 貴族令嬢が集まる学校だけあって防備は厳重だ。


「そうだよね……」

「何かあったの?」

「ううん。何でもないよ」

「どうせ学校から抜け出す方法でも考えてたんだろ」

「え……」


 第三者の声に驚く。コルフェから手渡された手紙には一人で来ると書いてあったが、


「ザイさん?」

「そうなんだ。付いてきちゃったんだ」


 ペントが不服そうに横を見ている。そこにザイがいるのだろう。


「夜中にこそこそと一人で出かけたら気になるだろ? 海賊が人攫(ひとさら)いにくる世の中なんだから、用心するに越したことはない」


 面倒見が良いところもあるのだと感心したが、ふと、心の隅に引っ掛かりを感じた。

 もしかすると、ザイは敵の密偵だったペントをまだ疑っているのではないか。

 そこまで考え、首を横に振る。

 いやいや、人を疑うのはよくない。それに、ザイが来てくれたのは好都合だ。コルフェ達から聞いたことを確かめておきたい。


「ザイさん」

「なんだ」

「船の修理が終わったら海賊の討伐に行って、そのまま救世の旅に出ると聞きました。本当なんですか?」

「ルーア達から聞いたのか」

「はい。……もしかしてアレスは、この街に戻って来ないつもりなんですか?」

「たぶんな。船の修理で時間を食ってしまったから、悠長にしていられないと思ったんだろ。まぁ、他の意味もあるんだろうが……」


 含みを持たせるように――いや、含み笑いが混じっているように聞こえる。

 きっと、くだらないことを考えているに違いない。しかし、今は彼だけが頼りだ。


「旅に出る前に、アレスともう一度冷静に話をさせてください。もちろん、一対一でゆっくりと。あんな別れ方のままでは――嫌なので」


 そう、自然な理由で会いたいと伝える。

 いつ帰ってくるかわからないのだから、この機会を逃すわけにはいかない。


「愛の告白でもするのか」

「そぅ、いえ……ちがいます……」

「隠すなよ」

「か、隠してなんかいません!」


 思わず大声をあげてしまった。守衛が見回りをしているかもしれないのに不用心だ。見つかってしまったらドルドラン校長に報告されるに違いない。そうなってしまえば、さらに行動制限されてしまう恐れがあった。


 幸いにもユイナが居る場所は、教員棟からも宿舎からも遠い場所にあるので人が来ることはない。周囲に誰もいないのを確認し、コホン、と咳払いする。


「私は、アレスの力になりたいんです。彼と一緒に、戦争のない平和な世界を実現したいんです」


 それは紛れもない本心だ。実現できなかった親友シェスとの平穏な日々。


「優しい人が優しく協力して生きられる世界。それを実現するためなら、どんな困難にも立ち向かうつもりです。立ち向かわなければ、奴隷商人のような悪人が蔓延(はびこ)ってしまいます。同じ悲劇が繰り返されるんです」

「意外と本気なんだな」


 心底驚いたようにザイが言った。


「だが、アレスはそれを許さないだろ。あいつは戦士と一般人を分けるからな。その結果、舞姫学校へ行かされたのを忘れた訳じゃないよな?」

「分かっています。ですが、メリル王女はどうなんですか。戦士ではないのにアレスと一緒にいるじゃないですか」

「王女は魔獣を使っての索敵能力が唯一無二だからな。孤島に隠された海賊船を見つけ出したのも彼女だ。ユイナにそんな力はないだろ」

「力ならあるじゃないですか。炎の魔術が使えますし、それを無毒化する魔法も使えます」

「それはユイナを連れて行く理由にはならない」

「どうしてですか」


 声は抑えたつもりだけど、嚙みつくような声になった。ザイはそんな事には気にした様子もなく続ける。


「確かにユイナほどの力を持つ女は稀有(けう)な存在だろうよ。だが、世の中に魔術師がどれだけいると思っているんだ。奇跡の力とか言われていた百年前ならいざ知らず、体系的に魔術を覚醒させられるようになった今では、ユイナ以上の力を持つ魔術師はざらにいるんだよ。それに、ユイナはあまりにも非力だ」

「私が、非力……?」

「魔術が、という意味じゃないぜ。腕力がないという意味だ」

「それは、アレスやザイさんのように力はないかもしれませんけど、人並みの力はあるつもりです。カトレアさんとの舞踊劇でも、本物の剣を両手に舞ったじゃないですか」

「素人の目は誤魔化せただろうな。だが、俺もアレスも気付いていたぜ。あの時、剣に振り回されないように必死だっただろ。剣の遠心力に体が流されないように、両手の剣を左右均等に振って力の流れを相殺していた。そんな芸当ができるのは才能があるからかもしれないが、最終的には握力が無くなって、片方の剣を手放してしまっただろ」

「………」


 事実だけに言い返せない。


「ユイナは軽過ぎるんだ。そして、剣に振り回されないように踏ん張る姿が、結果として重量感を与え、迫力が増した。それが舞踊劇の成功につながった。だが、殺し合いの戦場ではそうはいかないぜ。魔術師の弱点は魔口よりも内側――懐に踏み込まれての攻撃だ。敵もそれを理解しているから、弓や魔術で押し込めない場合は接近戦で押し込もうとする。そして懐に踏み込まれた場合、剣に覚えのある相手なら、力負けをしてふら付いた時点で死を覚悟したほうがいい」


 ユイナは唇を引き結び、自分の手のひらに視線を落とした。剣を振るうには頼りなく細い指なのは理解している。だから少しでも強くなりたいと剣の練習もしている。だが、それはあくまでも魅せるための剣舞だ。どんなに練習を積んでも、それは舞踊であって武術ではない。だから、いくつもの死線をくぐり抜けてきたザイの言葉一つで、ユイナの自信は簡単に砕けてしまう。


「意地悪で言っているんじゃないぜ。事実を言っているだけだ」

「分かっています」

「だが、納得はしていないんだろ?」

「………」

「アレスと話をしたら、気持ちの整理がつくのか?」

「え? 話を通してくれるのですか?」

「伝えてみるだけだ。どうなるか分からないぜ? あいつ、誰かと同じで一度決めたら(ゆず)らないからな」

「お願いします。もう一度、話をしたいんです」

「わかったわかった。ダメもとで聞いといてやるよ。――ああ、それと、分かっているとは思うが、一緒に旅をしたいからと魔術や魔法の練習はするなよ。誰かに見られてみろ。その情報がどこで敵に伝わるとも限らない。そうなってしまえば、この地を離れなければいけなくなる。ノノルの港町は俺の故郷だから住めているが、流れ者の俺達を受け入れてくれる町が簡単に見つかると思うなよ」

「……はい」


 目立ってしまえば、それだけ仲間に危険が及んでしまう。分かっているつもりだ。


「柄にもなく真面目な話をしてしまったな」


 ザイが独りごちる。


「ところで、異国のお嬢様とは仲良くやってるか?」


 場を和まそうと話題を変えたのかもしれないが、ユイナは顔をしかめた。


「別に、普通ですよ」


 そうか、とザイは同情するようにため息をついた。


「簡単には打ち解けられないよな」

「いや、そんなこと言っていませんよね?」

「言われなくても声に勢いがなくなったのはわかる。第一、普通ってなんだ? 仲良くしていることを普通というのか?」

「それは……」


 悔しいが、言葉に詰まってしまう。


「これでも心配しているんだぜ。ユイナは、なんというか、仲良くなるまで壁をつくって中に入れないようにするからな」

「……別に、壁をつくっているつもりはありません」

「よく言うぜ。この舞姫学校に負けないくらいの立派な壁を持っているくせに」


 ユイナはムッとした。

 自分を閉じ込めている壁と同じと言われて気分が良い訳がない。


「そういうザイさんは勝手に踏み込んできますよね。壁をすり抜けてきます」

「ククク、俺は幽霊か。ユイナは面白いな」

「面白くありませんっ」


 皮肉を言ったつもりなのに、逆に笑われるという皮肉な結果になってしまった。


「もう、ザイばっかりしゃべらないでよ。僕がユイ姉さんと約束したんだよ」

「そうだったな。ユイナとしゃべっていると、どうしてもからかいたくなる」

「やめてください。悪い癖ですよ」


 ザイは、フッと笑う。


「仕方ない。邪魔者はそのあたりを散策してくるとしよう。しばらくしたら戻ってくるから先に帰るなよ」

「あ、さっきの約束、お願いしますね」

「わかってるよ」


 そう言ってどこかへ歩き出したのか、かすかに落ち葉を踏んでいく音がした。壁の向こうは舞姫学校が所有する森になっているのだ。そして、森の奥には天女の泉があるらしく、舞姫学校『ノノル』は、その泉から用水路を使って水を引き込んでいた。


「僕、まだ疑われているのかもしれないね」

「え?」

「だって、僕が密偵だと知ってから、たまに見られている時があるんだ」

「か、考え過ぎじゃない?」

「そうかなぁ。今日だって一緒についてきたよ。疑われているからじゃないかな」

「………」


 ペントはペントで悩んでいるのだ。それに気づけず、自分の事ばかりで悩んでいたのが恥ずかしくなった。

 亡くなったシェスも、お姉さんだからとユイナを励ましてくれた。それがどれほど勇気を与えてくれたか。こういう時こそ、お姉さんとしてペントを守らないといけないのではないか。そもそも、ペントがユイナと行動をするようになったのは、最初は密偵だったのかもしれないけど、今は一緒に旅をする仲間になっている。


「私はペントを信じているよ。今日だって私に会いに来てくれた」

「……うん、ありがとう」

「お礼を言いたいのは私のほうだよ。今日は色々おしゃべりしよう。最近、ずっと話ができていなかったものね」

「うん!」


 元気な声が返ってきた。

 その声を聞けただけで、不思議と穏やかな気持ちになった。



 ***



 ヘレンは苛立(いらだ)っていた。

 黒髪少女の大会出場についてミグと言い合いになった時から、ほとんど口を聞いてもらえていない。一緒に夕食をとっている時も、一緒に入浴をしている時も、自室で一緒にいる今も、お互いに目を合わせることすらできなかった。


 こんな事は今まで一度もなかった。性格が違うヘレン、ミグ、シーマだが、五歳の時に相部屋になってからすぐに打ち解けた。ミグは、『ヘレン様、ヘレン様』というのが口癖になり、まるで姉を慕う妹のようについてきた。ヘレンが、ロートニア舞踏大会で舞姫学校『ノノル』を優勝させたいと話をすると、ミグやシーマも賛同してくれ、それが三人の夢になった。

 気持ちはいつも一緒のはずだった。それなのに、どうして裏切るのか。

 このままでは大会どころの話ではなくなってくる。大会が始まる前から戦いに負けてしまっている。


「ミグ、ちゃんと説明して頂戴。私は納得していないのよ」


 きつい口調になってしまう。

 ミグが横目に見る。


「出場者の件なら、私はあの黒髪少女が出たほうが優勝に近づけると思います。ヘレン様だって優勝したいとおっしゃっていたではありませんか」

「それは私達三人で実現したいの。助っ人に頼らないといけないなんて情けないわ。もう一度考え直して。努力して見返せばいいじゃない」

「努力はしています!」


 ミグが大声を上げるので、目を見張った。何も言えないでいると、ミグがいくらか声を落として問いかけてくる。


「私が努力していないと思いますか?」

「それは思わないけど、まだまだ頑張れるんじゃないかと思うの」

「ヘレン様はいつもそうですよ。努力すれば報われると思っています。それは、ヘレン様は誰よりも努力してノノルの一番になりました。でも、私がヘレン様と同じ努力をしても、同じにはなれないんです」

「その考えがいけないのよ。そう思ってしまったら、前に進めないわ」

「……ヘレン様には、努力しても努力しても追いつけない人の気持ちがわかりませんよ。だって、みんな努力しているんです。私だって頑張っていますから、何もしていない人や、やる気のない人には勝てますよ。でも、舞踏大会に参加する人はみんな努力しているんです! みんな走り続けていたら、足が速い人に勝てるわけないじゃないですかッ! 頑張っても追いつけず、置いていかれる人の気持ちを考えてくださいよ……」


 最後は涙目で訴えられた。

 太陽のように明るいミグが、悩んでいるとは考えもしなかった。しかも、自分が苦しめていたなんて……。

 さっきまでの怒りは寒気に変わっていた。

 ミグは目を合わせられずに眉をゆがめた。


「ごめんなさい……。わたし、寝ます」


 そう言ってベッドに背中を向けて横になり、タオルケットを被ってしまった。

 声をかけようにも、今まで仲違いした事がないので、どう接していいのかわからない。

 ぱたん、と閉じられる本の音がした。シーマが分厚い恋愛小説をテーブルに置き、こちらに目を向けた。


「今日は早めに寝ましょう」


 だけど……、という言葉がのどを突いて出てきたが、シーマが冷静に首を振るのを見て、肩から力がぬけてしまう。


「そ、そうね……」


 気持ちが萎えていた。どうすればいいのかわからなかった。

 ベッドに横になると、シーマがランタンの灯りを消し、部屋は暗く静かになった。


「…………」


 色々な感情が胸の奥でぐちゃぐちゃになって整理ができない。

 ベッドに横たえた自分の体が、いつもより重く感じられる。

 ふと、ミグとシーマが入学してきて、相部屋になった日を思い出した。

 太陽のように明るいミグ。そして、月のように落ち着いたシーマ。

 二人とはすぐに仲良くなり、そして、舞踏大会で優勝したいというヘレンの夢に共感してくれた。

 その夢に割り込んできた黒髪少女。

 ドルドランに認められただけあって、日傘を剣に見立てて舞う姿は美しかった。舞姫学校『ノノル』にいたら一生知らないままだったであろう力強い剣舞に、全身の血が湧き上がった。それなのに、彼女は本気を出さない。そして、由緒あるロートニア舞踏大会を侮辱した。それが許せなかった。


 彼女と良好な関係を築けるとは思えない。それに、父親が連れてきたよそ者と勝ってもおもしろくない。かと言って、今のままで優勝できるかと言われればかなり厳しい。

 王妃の親戚となるイズカルテ・キーデル率いる最上級生。そして、年齢制限で今まで出場できずに今回からの出場となった三姉妹。実力としては近年で最も高いはずだ。しかし、出場者の関係が悪かった。最上級生は、自分たちを差し置いて独り演舞に出場するヘレンに良い感情を持ってはいないし、三姉妹のように自分達だけ良ければ良いという考えの者もいる。

 いがみ合ったり、無関心だったり、理想には程遠い関係だ。

 一丸となって大会に臨む他校の生徒とは戦う前から負けている。


 いつもは考えもしない事が頭の中をぐるぐる回っている。

 ヘレンは真っ暗な部屋を見回す。もちろん部屋は暗闇に沈んで何も見えない。


 ――ミグとシーマはもう寝ただろうか?


 暗闇に耳を凝らしてみる。

 しかし、何も聞こえてこない。

 誰も寝ていないのか寝息すら聞こえなかった。


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