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深炎の舞姫2  作者: 鳴砂
第三章
69/88

光の雨は、しとしとと4

 ***


 カラーンラーン、カラーンラーン。

 鐘の音を聞きながら、ユイナは落ち着ける場所を探して歩いていた。歩道から校舎に視線を向けると、ガラス窓の向こうに令嬢達の授業風景があった。彼女達に気付かれないように小川の橋を渡り、中央通りへと入る。


 大通り沿いには甘い香りのする花壇、そして、等間隔に女性の石像が並んでいる。教頭の話では、ロートニアで活躍した歴代の舞姫だとか。異国の舞姫については無知なので名前は分からないが、左右合わせて十一体の石像が並んでいる光景は圧巻だ。ついつい魅入ってしまう。

 戦乱続きだったシルバート王国の荒々しい芸術と違い、衣装も華やかで細部まで彫り込まれた繊細な技術にも驚かされる。長らく戦争のない豊かな歴史を紡いできたのだろう。そう言えば、サマンサ教頭はウィンスターから細工師を呼んだと言っていなかっただろうか。だとしたら、これはロートニアではなく、ウィンスターの芸術作品という事になる。

 そんな事を考えながら五体目の石像に差し掛かった時だ。

 足を止め、わずかに体勢を低くする。

 石像の陰に、誰かいる。

 姿は見えないが、朝の長い日陰に人影が重なっている。


「誰ですか」


 誰何(すいか)すると、影がゆっくりと反応した。


「あらあら。日傘を閉じてまで隠れていたのに気付かれちゃった?」


 そう言いながら、ユイナと同い年ぐらいの青髪少女が出て来た。


「講義に出ずにこんな所で何をしているのかしら?」


 日傘を差し、首を傾げながら問いかけてきた。

 素性の知れない人物に身構えていると、


「お姉ちゃん、これはきっとサボりというやつだよ」


 反対側の石像からも少女が顔を出した。


「な、え?」


 ユイナは驚いて二人の少女を見比べる。

 似ている。いや、髪型が違うだけで瓜二つの顔だ。


「シノ姉さん、講義をサボっているのは私達も同じですよ」


 ふたたび同じ声がしてさらに三人目の少女が現れた。


「お、同じ顔……?」


 三人の少女を視界に収めて戸惑っていると、


「三つ子ですもの。似ていて当然でしょ?」


 最初に出て来た少女が扇子で口元を隠しながら笑い、


「私は長女の“カノン”よ」と、不意に自己紹介してきた。すると、他の二人も続く。

「私は次女の“シノン”」

「三女“セノン”です」


 そう言って六つの瞳が期待するように待っている。自己紹介しろという事らしい。


「ゆ、ユイナです……」

「そう、やっぱり貴女がユイナなのね。しかも噂の黒髪少女だったなんて」


 なぜか髪の色と名だけは知っていたらしく、長女と次女はしきりにうなずき、三女はじっと見詰めてくる。

 急に踏み込まれると緊張してしまう。それに、この学校に長居するつもりのない身としては、あまり関わりたくはなかった。


「私は用がありますのでこれで――」

「つれないじゃないの。講義に出ていないのだから暇でしょ? 暇よね? 暇なら話をしましょう」


 逃げたいのに、逃がしてくれない。


「講義に出ていないのは教科書がまだ届いていないからです。それに、用はあります」


 一人で踊りの練習ができる場所を探しているのだ。


「それより、皆さんこそ講義に出なくていいのですか?」


 切り返すと、カノンと名乗った長女は、


「私達はいいのよ。私達って何でもできちゃう優等生だから、授業に出て講義を受けるよりも自分達で勉強した方が早いのよね。だから、講義を受けなくてもいいの」

「カノ姉さんが許しているだけで学校からは許可されてはいませんよ」

「結果が出てればいいじゃない。セノは細かいんだから」

「姉さんたちがいい加減なだけです」

「えー、そんな事言っていいのかなぁ」と次女シノンがいたずらな笑みを浮かべ、

「最近こっそり読んでいる本についてうっかり口が滑ってしまうかもしれないよぉ?」

「それは初耳ね」


 姉達の言葉に三女セノンの眉がぴくりと動く。


「それとこれとは関係ありません」


 待ち伏せされていた割には置いてけぼりにされているのは気のせいだろうか。

 この隙に逃げてしまおうか。


「ああ、ごめんなさいね。ユイナは踊り上手なの?」


 静かに去ろうとしていると声をかけられた。


「見ましてよ。貴女が、十人目の出場者だと」


 ユイナは柳眉(りゅうび)をひそめる。


「十人目? いったい何の話ですか」

「あら? 知らないの? ロートニア舞踏大会の出場枠に貴女の名前があるのよ」


 舞踏大会に出場が決まっている……?


「な、何ですかそれ。私、知りませんよ」


 三姉妹は顔を見合わせる。


「この様子、本当に知らないわよ? どういう事かしら?」


 こっちが聞きたい。

 入学の時にそのような話があっただろうか。

 いや、ない。ドルドランの何かを企んでいそうな顔を思い出して眉をひそめる。


「これは真相を確かめる必要がありそうね」


 カノンがにやりとして、シノンが、「だね」という。


「校長室に殴り込みに行きましょう」

「え?」

「さぁ、行きましょう」

「ちょっ、何をするんですか」


 カノンが日傘をたたんで右腕に抱き着いてきた。


「行きましょう」


 反対側の腕にはシノンが抱き着いた。


「ちょ、ちょっと待って」


 両脇を抱えられたまま方向転換させられる。彼女達の方が上背があるのでつま先立ちに歩かされる格好だ。その後ろを三女がやれやれという顔で付いてくる。


「それにしても華奢(きゃしゃ)ね。食事はしっかり取っているの?」


 カノンが二の腕をにぎにぎしながら問うてくる。


「でも、肌は綺麗だし、健康そうだよ」と、横顔を見詰めてくるシノン。


 両側から見詰められると居心地が悪い。


「あ……あの……」

「それに、綺麗な黒髪ね。どうやって染めているの?」

「染めてはいません。もとからこの色です」


 はっきりと答えた。カトレアに個性だと褒められてからというもの、自分の髪に自信を持つようにしていた。


「地毛……?」


 予想していなかった返答なのか、カノンは目を瞬かせた。


「艶のあるいい髪ね……」

「何か特別な物でも使っているの?」

「特別かどうかは分かりませんが、薬草を配合した物を使っています」

「どこで売られているのかしら」

「いいえ、売り物ではありません。手製ですから」

「作ったの? 信じられないわ」

「でも、これだけ艶やかになるという事は効果があるのね。――セノもそう思わない?」

「そうですね」

「今度試しに使わせてもらえる?」

「ええ、まぁ……あの、そろそろ放してもらえますか。逃げたりしませんから」


 見られるのも褒められるのも気まずくてしょうがなくて懇願した。

 港街の人もそうだが、ロートニアの人々は黒髪に対して驚きこそすれ、嫌悪しないのが不思議だ。シルバート王国では魔力中毒ではないかと忌み嫌われていたというのに、国が違えばここまで変わるものだろうか。




「いったい今日はどうなっているのだ。ここは生徒が気軽に入っていい場所ではないぞ」


 開口一番、ドルドラン校長は悪態をついた。その傍にはサマンサ教頭が立っており、何やら話をしていたらしい。

 カノンが前に進み出る。


「教えてください。大会にユイナが出場する事になっていますが、選考会は受けていませんよね? 同じ学年なのに彼女を見かけた覚えがありません」


 またか、とドルドランは呟きつつ、


「選考会に出ずとも彼女にはそれだけの能力がある」

「もしかして、夜中に踊っていた舞姫というのは、彼女ですか?」

「ああ……いや、夜の踊り子は見つからなかった」


 肯定しかけた校長だが、サマンサ教頭が首を横に振るのに気付いてすぐさま否定した。


「探してきた踊り子は見つけられなかったが、彼女には実力がある。十年に一人の逸材だ」

「十年に一人……。それにしても、あれだけ固執していた夜の踊り子を簡単に諦めて、代わりにユイナを認めるという事はかなりの踊り手なのでしょうね」


 ドルドラン校長は口を閉ざしたままうなずく。


「ユイナ、これは覆すのは難しそうよ」

「え……」


 諦めるのが早い。一緒に抗議してくれるのかと思ったが、違ったようだ。


「校長、ついでにもう一つ教えてください。ユイナはどこから来たのですか?」

「どこから来たとはどういう意味だ」

「そのままの意味です。この国では見た事ない黒髪ですし、別大陸の出身ではないのですか?」


 ヒヤリとした。疑われているらしい。

 世界中には様々な髪の色が存在している。そして、髪色は出身大陸や血筋に左右されるというのが通説となっている。シルバート大陸であれば灰色や銀色、パッフェル大陸であれば金色、ヴィヴィドニア大陸であれば青色といった感じだ。黒髪が地毛だと答えたのは不用意だったかもしれない。


「そんな訳がないだろ。彼女は正真正銘ロートニアの貴族だ。髪も染めているにすぎない」


 目を覆いたくなるような嘘をついた。


「彼女は地毛だと言っていましたよ?」


 切り返され、ドルドランはハッと口を覆う。そして、ユイナに非難の目を向けてくる。

 しゃべるなと言っただろと責められている気がして身をすくめる。


「わざわざ嘘をつくなんて何か隠しているのですか?」


 追撃の手をゆるめないカノンに、サマンサ教頭が割って入る。


「あまり詮索しないでいただけるかしら。彼女には少し複雑な事情があってご家庭で教育を受けて来たの。だから貴女達が知らないのは当然よ。――ユイナ、そうでしたね?」

「えっ? えぇ。複雑な事情ですから答えられません」

「複雑なら、仕方ないですね………」


 カノンは物足りなさそうな顔をしていたが、シノンと目を合わせてうなずいた。


「もう一度言いますが、詮索(せんさく)はいけませんよ」


 危機感を抱いたサマンサが釘を刺す。


「大丈夫です。わかっていますから」


 満面の笑みで返してくるのが逆に不安だ。


「分かったのなら貴女達は講義に行きなさい。あまり酷いようだとご両親に報告しなければいけなくなります。――ああ、ユイナは残っていて」

「……失礼しました」


 三姉妹は引き下がり、校長室を出ていく。

 扉が閉じられてからサマンサが振り返る。


「狙われているから気をつけなさいね」


 まるで相手は猛獣だと言わんばかりだ。


「特に次女のシノンはどこで聞き耳を立てているか分からないわ」

「たしか、三つ編みにしている少女だったな」


 ドルドランが口を挟む。


「いえ、それは三女のセノンです」

「………。同じ顔だから分からん」

「サイドテールにしているのがシノンで、カノンは結ってはいません。校長、私は盗み聞きしていないか見張ってきます」

「ああ、頼む」


 サマンサが部屋を出ていき、部屋にユイナとドルドランが残された。

 男と二人にされて落ち着かない気持ちになる。それに、彼のギョロ目が苦手だった。それこそ、幼い頃に見た猛獣の目を思い出させるのだ。

 まだ実の両親と山奥で暮らしていた頃の記憶だ。猛獣達は山の中腹にある天女の泉を縄張りとしていた。ユイナは気配を隠すのが得意というだけで猛獣達の縄張りまで水汲みに行かされていた。


「素性は明かしていないな」

「は、はい」

「商人の娘を入学させたと世間に知られてみろ、お前も私も口では言えないような大変な事になる。絶対に素性を漏らすな。肝に銘じておくのだぞ」


 ユイナはうなずく。

 商人の娘どころか、奴隷商人に捕まっていた事もあるし、ガモルド男爵に拾われて貴族の養子となったし、アレスと出会ってシルバート王国の逆賊にされてこのロートニア王国に逃げてきた――なんて話をしたらドルドランは泡を吹くかもしれない。

 それより、確かめないといけない事がある。


「一つ質問があります」

「なんだ」

「舞踏大会とは何ですか。それに私が出場する事になっているなんて聞いていません」

「何を言っている。入学した時の誓約書に書いてあっただろ」

「誓約書に? いいえ、まったく覚えがありません」


 ドルドランはため息をつき、鍵付きの引き出しから誓約書を取り出した。ユイナが入学した時に書かされた書類だ。


「ここに、『皆に踊りを見せる事』と書いてあるではないか。これがロートニア舞踏大会で観客に踊りを見せるという意味だ」


 こじつけとも取れる言葉に目を見張る。


「そ、そんな文言で分かるはずないではないですかっ」

「認識の相違だ。私は最初からそのつもりで話をしてきたし、準備もしてきた」


 唖然とする。


「あんまりです。大会について説明するべきではなかったのですか」


 大会には多くの観客が集まるのだろう。追われる身としては、極力目立ちたくなかった。自分の名前も出したくなかったが、すでに名を聞かれていたのでどうしようもなかった経緯がある。

 そこまで考えてハッとする。


「もしかして、カトレアさんの前で大会の話をしたら断わられるから言わなかったのですか……」

「………」


 黙り込むのは肯定しているようなものだった。


「言っておくが、これは契約だ。何のために私財を使ってまでお前を入学させたと思っている」


 身勝手な言動に、言葉を失ってしまう。

 この男もそうなのか。

 人を騙し、利用する。

 汚いやり口に、ユイナは唇を噛んだ。


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